ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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パソコンが直りました。……多分。
何回かの再起動でも特に問題は無いので、多分大丈夫だと思います。ネットに繋がりにくかった時に纏めて修正した分を投稿します。


第十話 白い国の王子様

 

「すいません!すいません!すいません!!」

 

 ナツミ達一行は、その場で両膝をついて必死に許しを乞うていた。

 そのポーズはずばり、土下座であった。日本出身のナツミと、日本に良く似た文化を持つ鬼妖界《シルターン》のアカネはともかく、なぜ残りのハルケギニア出身組がそのポーズを知ってるのかは謎だが、一同が最上級の謝罪をしているのは確かであった。

 

「いや、頭をあげてくれないか?こちらも敗残兵と言っても差支えない我ら王党派への、最後となる大使殿にとる態度ではなかった」

「し、しかし」

「つまりお互い様だよ」

 

 ルイズの言葉を遮り、ウェールズ皇太子はにっこりと笑う。ウェールズ皇太子は先ほどまで頭に被っていた黒髪のかつらと、付け髭を外して素顔をさらしており、付け髭が無くなったその表情にも怒りの感情は一切なかった。

 

「皆もそう思うだろう?」

「まったくですな!」

「まさか、このようなお嬢さん二人に我らが制圧されるとは!」

 

 ウェールズ皇太子が周りの空賊……否、アルビオン臣下の者達に声をかけると、臣下達もナツミ達の行動を非難するどころか豪快に笑っている。

 

「して、何用でこのような落ち目の王室へと赴いたのかな」

「はい。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

「ふむ、姫殿下とな。きみは?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます。この度、姫殿下より大使の大任をおおせつかい密書をもって参りました」

 

 この中で一番年下と見えるルイズが、このような危険な任務を依頼されたことに、ウェールズは驚きの表情をする。そして、視線をワルドに移した。

 

「わたしはトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵でございます」

「君のような立派な貴族があと十人、わが親衛隊にいれば、私も辛酸など舐めさせられることは無かったろうにな…。して、残りの二人は貴族ではないのかね?」

「はい、二人はヴァリエール嬢の使い魔のナツミと更にその使い魔のアカネにございます」

「なんと!?人間の使い魔というだけでも珍しいのに、メイジと更にその使い魔も人間とな?」

 

 ウェールズはルイズの複雑な使い魔事情に首を傾げていた。

 

 

 

 

 

「その二人が怪力無双の少女と、神速の少女か、魔法を使わずにこの船を制圧するとは……」

「……」

「……ぷっ」

 

 ウェールズは戦闘が終わった後に届いた、一切魔法を使わずに船を蹂躙した化け物のような少女二人組の報告を思い出し一人でうんうんと頷いていた。そしておもむろに二人の目の前まで足を進めた。

怪力と言われたナツミは何とも言えない表情をし、そしてアカネは思わず吹き出す。

 

「こう見るとアンリエッタ姫殿下と変わらぬ歳の少女にしか見えないが、大したものだ。君達二人がいるならトリステイン王国は安泰だな!」

 

 実際にその二人の脅威に晒された割に、ウェールズ皇太子は豪快に笑ってみせた。

 

「あ、あの……」

 

 ルイズがおずおずといった様子でウェールズに声をかける。

 

「ん、大使殿。何かね」

「は、はい。密書の事なのですが」

「ああ、すまない。この二人を見ていたらすっかり、忘れていた。してその密書とやらは?」

 

 ウェールズに促され、ルイズは慌てて、胸のポケットから手紙を取り出して、ウェールズに渡そうとするが、途中で躊躇うように歩みを止める。

 

「あの、失礼を承知でお聞きしますが……。本当に王子様ですか?」

「はっはははは!まぁ、さっきまでの情けない様子を見せられては仕方ないね。僕は正真正銘の皇太子、ウェールズだよ?なんなら証拠を見せよう」

 

 ルイズの右手をとり、ウェールズは自らの右手の薬指に光る指輪をルイズの右手の薬指の指輪へと近づける。宝石は互いに共鳴し、虹色の光を辺りに振りまいた。

 

「この指輪は、アルビオン王家に代々伝わる風のルビー。そして君の持つその指輪はアンリエッタが嵌めていた、水のルビー。そうだね?」

「はい。その通りでございます」

「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」

「大変、失礼をばいたしました」

 

 ルイズは恭しく、ウェールズへ一礼すると、アンリエッタのしたためた手紙をウェールズへ手渡した。ウェールズは、愛おしそうにその手紙を見つめると花押に優しげに接吻し、手紙の中から、便箋を取り出した。

 

 

 

 ウェールズはしばし、周りの目も、時すらも忘れかのように手紙を読む。皇太子としての生まれ待った魅力はその何気ない仕草すらも、威厳を放ち、周りの皆も王子がただ手紙を読んでいるだけにも関わらず、その姿に見惚れていた。

 

「……なるほど、姫からの依頼は、以前私に書いた手紙を返してほしい。ということらしい。姫から貰った大事な手紙ではあるが、姫の望みは私の望みでもある」

「では……!」

「ああ、手紙は姫に返そう。だが手紙はニューカッスル城にあるのだ。多少面倒になってしまうが、このまま御足労願いたい」

 

 

 

 

 目的地ニューカッスル城は浮遊大陸アルビオンの海岸線沿いの岬に立つ、高い立派な城であった。そのまま、王党派所属の軍艦である船イーグル号は、ナツミ達一行をニューカッスル城へと向かうかと思いきや、浮遊大陸の下側に潜るような進路を取ろうしていた。

 

「なぜ下に潜るんですか?」

 

 疑問に思ったナツミがウェールズに問うと、ウェールズは言葉よりも先に、指先を遥か上空へと向ける。そこには、イーグル号と比べると馬鹿らしいほど大きな船が空へ浮かんでいた。

 

「逆徒どもの船レキシントンさ。……かつての我が軍の旗艦ロイヤル・ソヴリンだがね。あれに見つかっては流石に勝ち目は無い。まぁこの船はここまで慎重に来たから気付いていないだろうが」

 

 ウェールズ皇太子が、貴族派の船を、悔しげに見つめていると突然船の後方から、一匹の竜が飛び出した。竜の背には一人の男が乗っており、二人に視線を飛ばすとにやりと笑い、遥か頭上の船へ向かって行った。

 

「なっ!?」

「え」

 

 甲板にいた、二人以外のものも予想していなかった事態に、驚きの声をあげる。

 

 

 

 

 

 竜の背に乗る男は貴族派の男であった。

 彼が、貴族派へと鞍替えしたのは、もう貴族派の大攻勢が終わり貴族派の勝ちがほぼ決まってからだった。特に大義名分も無く、ただ死にたくないからという理由で貴族派になった人物であった。

 そんな戦いも終盤になってから、貴族派についた彼に大きな任務、地位など与えられる訳も無く、攻勢に出られるわけもない王党派の偵察という閑職同然の任務だけが与えられた。

 

(俺は運がいい)

 

 今日、彼はニューカッスル城に籠城する王党派の偵察などやっても仕方が無いとばかりに、空を風竜で思うがままに駆ってストレスを発散させていた。

 その時だ。とある船が彼の目に留まったのは、最初は内乱により治安が悪くなった隙をついて活発化している空賊の類かと思ったがどうにも様子が違う。そのまま気付かれぬように監視を続けると、甲板に特徴的な金髪の美男子が現れたのだ。

 不審に思い、船を隅から隅まで、見ているとあることに気付く。

 この船は巧妙に隠蔽されたアルビオン空軍の船であることに、となればあの金髪の正体は……。

 王位継承権第一位。アルビオン皇太子。ウェールズ・テューダー。

 

 男は、風竜を雲に隠れるように駆り、イーグル号を追跡した。

 

 イーグル号の目的地はニューカッスル城。このままでは、ただ追跡しただけで終わってしまう。そう思い男が落胆している時、男は気付いた。遥か上空に貴族派の旗艦、レキシントンが浮かんでいるのに、男は戦果があげられる事に喜び勇んで、風竜をレキシントン号へと向かわせた。

 去り際に見た、ウェールズの呆気に取られたような顔が酷く男の笑いを誘った。

 

 

 一匹の竜がイーグル号を通り過ぎ、それが意味する事を皆が理解した頃、甲板及び、船内は焦燥したような空気に包まれていた。

 

「不味いな……」

「取り敢えず、雲間に身を隠しては?」

「しかし、竜騎士に見つかっては……」

 

 ナツミ達を放って、王室派の貴族たちは今後の行動をどうするかを話し合っていた。

現在の進路は話し合いが決まらぬので、当初の予定どおり、浮遊大陸の真下に向かっていた。目的地であるニューカッスル城の真下にさえ着けば、あのような大型艦では追跡できないためだ。

 

だが、そんな都合の良い様に事は進まなかった。

 

「ウェールズ様!」

「なんだ」

「竜騎士隊がこちらに向かってきます!!」

 

 話し合いに参加していた。貴族の一人が危惧した通り、大型艦から竜騎士隊がイーグル号へ向けて、放たれていた。一撃の威力は戦艦には到底及ぶべくもないが、その機動力と旋回能力は戦艦の遥か上である。今回は大型艦がイーグル号を攻撃範囲に含めるまでの時間稼ぎが目的であろうことは容易に想像できた。

 

「不味いな……甲板に出れるものは出てそれぞれ迎撃にあたれ!」

「はい!」

 

 ウェールズは焦った様子を隠すこともせず、部下へ指示を飛ばす。それを聞き、部屋に居た貴族が杖を片手に、部屋を飛び出していった。

 

「すまないな。こんなことになってしまって」

 

 一人になったウェールズは、ナツミ達を見てすまなそうに頭を下げる。その顔は悔しさで溢れているようであった。おそらく、アンリエッタの手紙をナツミ達に渡せず、レコンキスタがトリステインに害を齎すことを悔やんでいたのだ。

 

「君達だけでも逃がしてあげたいが……それも叶わぬようだ」

「まだ、負けると決まった訳ではないのでは?」

 

 戦を知らぬルイズがウェールズへと問いかける。対照的に衛士隊に所属するワルドは眉間にしわを寄せ、歯噛みしていた。

 

「現在我らを狙っている船は、レキシントン。このアルビオンで現在、名実ともに最強の戦艦だよ。……はっきり言うがこの船があの船に勝ることなど、船速以外に無いと言っていい」

「なら、このまま逃げ切れば……」

「それも無理だ。あの船がただの戦艦ならそれも可能であったが、あの船は竜騎士も搭載可能な万能艦だ。今こちらに向かっている竜騎士に囲まれ動きを封じられれば……」

「――っ!」

 

 そこまで言われ、ようやくルイズは気付いたのか、表情が青褪める。

 

「ナツミ……」

 

 すがる様な視線をナツミへとルイズは送る。その視線に気付きナツミは溜息を一つ吐いた。

 

「はぁ……分かったわルイズ」

「ナツミがそういうなら、あたしも行くよ~」

 

 溜息混じりのナツミ、軽いアカネ。両方ともこれから過酷な戦地に赴こうとするようには見えない。

 

「ち、ちょっと待ちたまえ、何しに行くんだ!?」

 

 二人の物騒な会話にウェールズは上ずった声をあげながら問いかけた。その問いに二人は頼もしすぎる言葉で返す。

 

「軽い運動です」

「煩い虫を追い払ってきまーす」

 

 戦いではない。

……蹂躙《・・》が始まった。

 

 

(こ、こんなはずでは!)

 

 先程、貴族派旗艦レキシントンに、ウェールズ皇太子発見の報告をあげ、そのままイーグル号の足止めの任についた男は焦りに焦っていた。彼を含め、足止めに当たっていた竜騎士は総勢二十三名。

 だが現在、その竜騎士は彼を含めもう五名までその人数を減らされていた。

 イーグル号にはとんでもない使い手が少なくとも二人居たようで、その使い手の一人が最初に投擲武器が無数に放ち、しかも一発も逸れることなくこちらを強襲してきたのだ。実際彼も肩に一本の刃物が突き刺さったままだ。

 さらにもう一人は、どう見てもスクエア以上の風を操り数人の竜騎士を竜ごとまとめて吹っ飛ばした。それからは、警戒し遠巻きに牽制のみに徹していたのだが、不意に脅威が現れた。

 そう、脅威が現れたのだ。

 

 それはまさに脅威としか言いようが無い存在だった。

 

「―――――――――――――――ッ!!!!」

 

空気をも引き裂く大轟音の咆哮が白き国の大空に響き渡る。それは巨大なる影。

正体は見た目から判断するならおそらくワイバーン。本来なら知能も低く、多少凶暴だが手慣れた竜騎士であれば仕留めることは大した労力ではないはずの幻獣だ。

 だが、このワイバーンの様なものには、そんな常識なぞ、全く通じなかった。なにせ、そもそも既存のワイバーンとは比べ物にならない巨躯、なんせこちらの竜の軽く三倍。しかもそんな大きさの癖に機動力、旋回力は風竜以上、更に耐久性や威圧感、攻撃性能、比べうるありとあらゆる能力を凌駕する冗談の様な怪物だったのだ。

 それだけでも十分なのに、さらにこいつはワイバーンではありえない火炎まで吐き出す始末である。しかも射程や連射速度はただ一度見ただけでトラウマになりそうな程のもの。姿形こそワイバーンだがワイバーンでは有り得ないと男は心中で断言していた。

 その様な、化け物に対し竜騎士の駆る竜達は素直であった。ワイバーンが無造作に放った辺りの空気を激震させる咆哮に怯え、ほとんどの竜は怯え操縦不能となり方々へ散って行ってしまったのだ。

 

 そんな中、ワイバーンは今だに己に歯向かう男に向かって火炎を吐き出してきた。それを辛くも男は未だに自らの指示に従ってくれる心強い相棒を駆り回避する。だが、完全に回避するにはワイバーンの火炎ブレスは余りにも強力に過ぎた。

 

「ぐっ……は、はやく来てくれ!」

 

 軽く火傷した手で風竜の手綱を握る。助けを待つ男の叫びが青き空へと響き渡った。

 


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