ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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にじファンより移転してきました。

ストーリーの大幅な変更はありませんが、所々改定しています。本来なら章ごとに改定して投稿したかったのですが、年明けと同時に投稿したかったのですが、なんとか三が日中は間に合った感じです。

にじファンとの違いは、サモンナイト2で言うところのリンカールートではないことくらいだと思って頂ければ幸いです。



第一章 リンカー再び召喚される
第一話 異世界の迷子


ここはリィンバウム。

選ばれた魂が集う楽園とも呼ばれるマナが溢れる世界。

かつてはマナが溢れるが故に隣接する四つの世界の内、二つ霊界(サプレス)機界(ロレイラル)から苛烈な侵略を受けていた。

そのリィンバウムを救ったのは後にエルゴの王、誓約者(リンカー)と称される伝説の召喚士であった。

そんな伝説に謳われる召喚士を越えた召喚師とも呼ばれる誓約者(リンカー)が紡績都市サイジェントのとある孤児院に住んでいた。

 

「いい天気ねモナティ」

 

雲一つない青空を仰いで、現代に再び現れた誓約者(リンカー)の少女は孤児院の庭に植えられた樹にその背中を預けていた。

伝説の誓約者(リンカー)の再臨と謳われている少女は、その尊称とは裏腹に身に纏う気配は只の少女そのもの、初見で彼女が最高の召喚士など見破れるものはそうはいないだろう。

ショートカットに切られた黒髪も、勝気そうなやや吊り上った瞳も、凛々しい少女といった印象を抱かせるものの、特別な何かを抱かせるには至らない。

だが、この少女―ナツミ―は一年近く前に名も無き世界と呼ばれる場所から、召喚された。そしてリィンバウムに現れた魔王を見事に倒していた。

 

「そうですね。マスター」

 

そんな途方も無い力を持ったナツミにモナティと呼ばれていた少女はぽわぽわとした陽だまりの様な笑顔を浮かべてナツミの隣に座っていた。

素直で天然といった言葉がぴったりと合うモナティは、一目見て人ではないと分かる特徴を有していた。

狸の耳が頭の上から生え、お尻にはふわふわの狸の尻尾が生えていた。

彼女はリィンバウムに隣接する四つの世界、幻獣界(メイトルパ)霊界(サプレス)機界(ロレイラル)鬼妖界(シルターン)の内、幻獣界(メイトルパ)から招かれた狸の獣人レビット。

リィンバウムに招かれ主を失って以来、ロクな目に遭っていないところをナツミに助けられ、それ以来、護衛獣としてナツミをマスターと仰ぎ慕っているのだ。

そのまま、夕方までのんびりと時が流れるかと思われたが、ナツミが急に立ち上がり、その時間は終わりを告げた。

 

「そろそろ釣りに行かないと」

「あ、一緒に行くですの。今日は一杯お魚さんが釣れると良いですの!」

 

初代誓約者(リンカー)は王国の建国者となったのに対し、現誓約者(リンカー)たるナツミは孤児院に住んでおり、常に緊縮財政を強いられていた。なにせまともに働けるのが、万年上半身を裸で過ごすエドス位なのだ。

一応、レイドも来月から騎士団に再び入団することが決まっているが、それでも今月が厳しいのは変えようがない事実。

そんな財政の中、ナツミに出来ることと言えば暇を見て川で釣りをして自給自足する事である。簡単な料理位ならナツミにも十分できるが、大人数を手早く美味しくとなると彼女の料理の腕では難しい。

幸いにもナツミの釣りの腕は、孤児院のメンバーで一番で、調子が良ければその日の夕食を賄うのは決して難しくない。

 

「モナティが釣竿持ってきますの」

「ううん、あたしが持っていくわ。モナティは玄関で待ってて」

「分かったですのー」

 

獣人故にモナティの方が腕力に優れてはいるものの、モナティはその間延びした言動に見合った生っ粋のドジッ娘である。何も無いところですっ転ぶのはもはや標準装備されていた。

モナティ自身が転ぶのは彼女自身が丈夫なので大事に至らないだろうが、釣竿を持って転んで竿が折れてしまえば、金欠孤児院には痛い出費となってしまうだろう。

 

「マスターそれなんですの?」

「ん?……なにこれ?」

 

モナティに釣竿を持たせた場合に起こるであろう未来を想像していたナツミは突如出現したそれに気付かなかった。

モナティの指摘でようやく、光り輝く光の門の様の者が目の前にあることを気付き、怪訝な表情を浮かべる。

 

「召喚獣……なわけないわよね。なにかしら……って吸い込まきゃあああああああ!?」

「マスター!?」

 

その身に宿る力が強大な故に、あまり警戒心の無いナツミは不用心にも、その光輝く四角に手のひらを押し当ててしまった。

その瞬間、凄まじい力でナツミは光に吸い込まれ、ロクに抵抗することも出来ないまま吸い込まれてしまった。

 

「マスター……マスター!!!?」

 

後にはモナティの悲痛な叫びがただ木霊するだけだった。

 

 

 

 

まばゆいばかりの光に包まれたナツミは思わず目をつむる。光は、自分を呼ぶモナティの声さえ包み込みやがて聴こえなくなっていく。

(この感覚、前にリィンバウムに召喚されたときに似てる?)

かつて無色の派閥が魔王召喚に失敗し、自分がリィンバウム召喚されたときを思いだす。

(そう言えば……あの時は目を開けたら無色の派閥の召喚師達が死んでたのよね……)

ナツミは自分が召喚されたときの惨状を思い出し、ごくりと喉を鳴らした。

やがて、その感覚も徐々に薄れ、それに伴い光もだんだんと収まり視界が晴れていく。

 

その視界の先には

 

「あんた……誰……?っ……」

 

 

と言って倒れこんでくる同い年くらいの桃色の髪の少女の姿があった。

 

 

 

 

 

「……」

ある意味、予想外な展開にナツミはひどく混乱していた。

かつて召喚されたような惨状も覚悟していたのだが、実際はそんな血生臭い惨状とは全く無縁の光景が広がっていた。

まさか、召喚しておいて本人は気絶してしまうとは、これでは自分を召喚した理由も聞ける訳も無く。とりあえず召喚者である気絶した少女を支えていた。

 

「君、ちょっといいかね」

 

すると途方に暮れるナツミに男性が声を掛けてきた。

ナツミが声のするほうに意識を向けると大勢の少年、少女がこちらを見ていた。服装を見る限り、皆が統一性のある恰好なので学校の制服といったところであろう。

その学生らしき少年、少女達を背後にして立つおでこが後退しすぎた中年の男性が立っていた。彼がナツミに声を掛けた男性だった。

大きな木の杖を持ちローブを羽織ったその姿は典型的な召喚師にナツミには見えた。

「ええっとミス?見たところ平民のようだが……何処から呼ばれたのですかな?」

「……え?へ、平民?」

男性の質問の意味がナツミにはいまいち分からなかった。自分の姿はどう見ても人間だ。ならば鬼妖界(シルターン)より召喚されたと基本的には考えるはずだ。角は無いし、レビットのような特徴的な耳も無いため幻獣界(メイトルパ)の亜人には見えないだろう。

召喚師にしては不自然なセリフだった。

 

「ええ、マントも無いし、杖も……無い……もしかして君はメイジですかな?」

男性は要領の得ないナツミに苛立つ様子もなく、もう一度質問してくる。

 

「いや、メイジじゃなくて、召喚師ですけど……」

(っていうかメイジって何?)

未だに男性が何を言いたいのかいまいち理解できなかったが、流石に二度目の質問も質問で返すのは気が引けたためナツミはとりあえず自分の職業(?)を答えた。

「召喚師?」

(というかメイジを知らないですと!?)

今度は男性が困惑する番であった。メイジとは基本的に貴族であり、この国においてありとあらゆる国民生活に密接に関係している者たちである。それを知らないのはよほど辺鄙で極少数の村人しかいない寒村ぐらいであろう。

そしたナツミはナツミで男性が召喚師を知らないことに驚いていた。召喚師とはリィンバウムでは戦争はもちろん、召喚獣による鉄道があるほど国民の生活に関わっているからだ。

よって、二人の互いの第一印象は奇しくも同じものになっていた。つまり、

―ド田舎人―と

そんな互いに全く同じ第一印象を抱いていたことを、知らない彼らであったが、ここにきて先ほどまで沈黙を守っていた少年、少女達が騒ぎ出す。

「ゼロのルイズのやつ平民を召喚したぞ」

「しかも、気絶してるし」

誰かがそういうと皆がどっと笑いだす。

「あれだけ挑戦して出てきたの平民じゃ、ルイズじゃなくてもショックで倒れるわ」

 

ほとんどの少年、少女は気絶した桃色の髪の少女―ルイズ―の心配をせず、嘲笑する様子にナツミは表情には出さなかったが密かに怒りを感じていた。

 

そんなナツミの様子に気づかず男性―コルベール―は一人顔を顰めていた。

 

(気絶……そうだ。いくらあれだけサモン・サーヴァントを繰り返しても精神力を使い切り、気絶するほど消耗などしないはず。つまりミス・ヴァリエールが平民を召喚したショックで気絶したのでないならば、この少女自体が強力な幻獣か……もしくはそれ以上の力を持っていた為、その代償として多くの精神力を消耗した……まさかな)

そんな思考に埋没している男性にルイズを馬鹿にしていなかった一人の赤い髪の少女が声をかけた。

「ミスタ・コルベール、ミス・ヴァリエールが気絶してしまっていては、コントラクト・サーヴァントも行えません。これ以上、外にいてもしょうがないのではありませんこと?」

「ん?そう言えばそうですなミス・ツェルプストー。皆、召喚の儀は終わりです。教室に戻りますぞ」

コルベールは赤い髪の少女から指摘されようやく気付いたのか皆に指示を出す。

コルベールの指示を受けた彼らは次々に空へと飛び上がっていく。

「はあ?」

そんな様子を見てナツミはつい間抜けた声を出してしまった。

「召喚獣も無しに人が飛んでる……憑依召喚?……じゃあないわね。……っていうか私がこの子を運ぶの?」

ナツミが一人で混乱し、さらにどうやってルイズを運ぼうかと頭を悩ませているとツェルプストーと呼ばれた少女がナツミに近づいて来て、ルイズに向かって持っていた杖を振り「レビテーション」と唱えるとルイズの体がふわりと浮かびあがった。

「流石にルイズがいくら小さくても女の子に担がせるのは気が引けるわね」

少女はそういうとじろじろとナツミを観察し始めた。

「ふーん。多少変わった服を着ている以外はどう見ても平民よね……。ねぇ貴女?」

「な、何?」

ナツミの事を観察していた少女は唐突にナツミと目を合わせ、声をかける。

「剣士には見えないんだけど腰に差してある剣……使えるの?」

「う、うん。少なくともそこらの騎士には負けない位には」

 

話がややこしくなるのであくまで剣のみを使った戦闘に限ってナツミはそう答えた。魔力を存分に振るえば、それこそ軍どころか国と真っ向から戦っても勝てるだろう。

 

「ふーん。なら主人を守ることくらいはできそうね。ああ、名乗るのを忘れてたわ。私の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズのクラスメートよ」

「ルイズ?」

「……そっかこの子、名乗る間もなく気絶したのよね。ルイズってのは今、そこに浮いてる子よ。貴女を召喚した張本人」

どうやら、ナツミの予想どおりこの気絶してる少女がナツミの召喚者であり、先ほど馬鹿にされていたルイズであったようだ。そこまで思考し、ナツミはある事実に気づいた。

「あ、こっちも申し遅れました。私はナツミ。橋本夏美」

「ハシモトナツミ?変な名前ね」

「……変で悪かったわね。ナツミで良いわ」

おもわずナツミはリィンバウムで初めて名を名乗った時を思い出す。

「まぁ、いいわ。その子のこと頼んだわね」

そう言うとキュルケは燃えるような赤い髪を翻し、大きな塔のほうへと去って行った。その背後にはやたらとデカい赤いトカゲがピョコピョコと付いて行く。

ほとんどの少年と少女が去って行くと先ほどコルベールと言われた男性がナツミへと近寄ってきた。

「話かけておいて放置して申し訳ありません」

「え、ああ、別に気にしてないんでいいですよ」

「申し遅れましたが私はジャン・コルベール。このトリスティン魔法学園で教師をしております」

「あ、どうも……ナツミです」

柔らかい物腰と丁寧なあいさつにナツミも姿勢を正す。

「ど、どうもご丁寧にありがとうございます」

「このまま幾つか質問をしたいのですが、ミス・ヴァリエールこのままにして置くこともできません。保健室まで行きましょう」

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ一応念のためにちょっと体を調べさせてもらいますぞ」

「えぇ!?」

中年の男性からのいきなりの発言。ナツミは身の危険を感じていた。

 

 

 

「魔法で武器が魔力が無いか調べるならそう言って下さいよ!何事かと思いましたよ」

「いや、こちらも思い返すに大分言葉が足りなかったようです。申し訳ない」

あの後、ナツミが戦闘態勢に入ったり、ナツミが発した魔力を見てコルベール仰天したりといろいろあったが、真にコルベールが仰天したのはナツミにかけた探査魔法ディテクトマジックの結果だったりする。

コルベールとてトライアングルクラスに連なる高位の魔法使い。その身に宿す力に少なからずの自信を持っていたがナツミのそれと比べると、溢るる大海を前にした湖としか思えなかった。

(この少女は何者なんだ?少なくとも悪意や害意は無いが、あのとてつもない魔力……ただの平民では無い)

ふぅ、とナツミには気づかれぬように溜息をつくコルベール。ルイズがこの春の使い魔の儀式で召喚を成功させることができるのかが一番の悩みの種であったが、よもや成功しても悩むことになろうとは想像もしていなかった。

 

そして、リィンバウムとは別の世界に再び呼ばれたにも関わらず、ナツミには悲観の様子は無かった。

まさか、更なる異世界に呼ばれてしまったとはまだナツミは気付いていなかった。

 

 


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