ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第七話 月下の攻防

 

 

 蒼き光を纏ったナツミは、自らを押し潰す寸前まで追い詰めたゴーレムの足をその蒼い光の圧力で排除しようとしていた。数十トンの重さをも物ともしないその力はフーケにどうしようも無い程の恐れを抱かせていた。

 

(この娘、なんだっていうんだい!?)

 

 

数分前のライトニング・クラウドの電撃で一瞬ではあるが、意識を失ったナツミに迫りくるゴーレムの足を回避する術は無くナツミは白く染まる意識の中、万が一を覚悟しサモナイトソードを握り魔力を放出し、身に纏わせていた。ゴーレムはその魔力ごとナツミを踏み潰したが、魔力に守られたナツミを傷つけることは叶わず、ナツミの体を魔力ごと地面にめり込ませるのが関の山であったのだ。

 

 

 ゴーレムの足の下、いまだに先のライトニング・クラウドの後遺症なのか、ナツミは全身に引き攣るような痛みを覚えていた。こちらの世界の魔法の知識が無いためナツミは気付いていなかったが、ライトニング・クラウドをまともに受け、その程度のダメージしか負っていないのははっきり言って異常である。

 本来のライトニング・クラウドは電撃により、全身の毛細血管を破裂させ死に至らしめる強力な対人魔法である。その魔法を受けて多少の焦げ目で済んでいるのは誓約者としての膨大な魔力から派生した防御力ゆえであろう。

 そんな事は露知らずナツミは、電撃とゴーレムの踏み付けを貰い、かなり頭に来ていた。

 

「あぶないわね、死んだらどうすんのよ!」

 

 叫ぶと同時、一層強い魔力が放出され、信じられないことにナツミはゴーレムの足を魔力を用いて軽々と持ち上げる。片足を持ち上げられたゴーレムは踏鞴を踏み、持ち上げられた足をナツミの真横にずらされた。

 

「どんだけしぶといんだい!あんたは!?」

 

 フーケが驚きと恐怖を滲ませた声をあげる。ハルケギニアの知識ではありえない事態に思わず攻撃することすら忘れたフーケ。その隙を逃すナツミでは無かった。

 

「はあああああ!」

 

 先程は仮面の男に防がれた斬撃を再び放つ。蒼き光と化した斬撃はフーケのゴーレムを袈裟懸けに切り裂いた。

 左の肩口を中心に真っ二つとなったゴーレムはその量にあった土へと還って行く。

 

「わあああ!」

「くっ!」

 

 思い思いの声をあげ二人の下手人は地面へと落下していく。二人とも驚きの声をあげてはいたが、名の知れたフーケはもとより、仮面の男も地面へと落下する前にレビテーションを即座に唱え危なげなく地面へと降り立った。

 

「ふっ小娘と思い侮ったな。しかし、ライトニング・クラウドの直撃を受けその程度とは自信を無くすな」

 

 ナツミの思わぬ反撃に驚いていた仮面の男であったが地面に降り立った今では、冷静にナツミの出方を見計らっていた。彼からしてもライトニングクラウドが本命で、ゴーレムによる踏み付けはあくまでダメ押しに過ぎなかったのだ。足止めが目的とはいえ、ここまで常軌を逸していると何をしていいかも分からなかった。

 

 

 

 

「あはは!そら!」

 

 ナツミがフーケのゴーレムに踏まれていた頃、傭兵達に襲われていた宿の酒場に高らか笑い声が響いていた。声の発生源は火のトライアングルの『微熱』のキュルケ。

 祖国ゲルマニアでは武門として名高いツェルプストー家の彼女は久しぶりの鉄火場に闘争心が燃えに燃えていた。

 

「あたしの炎の威力を見た?火傷したくなかったら、おうちに帰んなさい!あっはっは!」

「くっ僕だって…ワルキューレ!」

 

 文字通り燃えに燃えるフーケに触発されたのかギーシュも隙を見てワルキューレを突っ込ませる。しかし、まだ後方に控えていた傭兵達の弓の一斉射撃を受けあっという間にその形を歪ませ転倒した。そんな情けないギーシュのゴーレムに思わずルイズが声をあげる。

 

「情けないわね」

「ぐぐぅ」

 

 思わず唸るギーシュ。ちなみに、ルイズは土のドットと見せかけてロックマテリアルを傭兵たちの頭にぶつけていた。

 

「あれ?ルイズ、貴女いつの間に魔法が使えるようになったの?」

「え?え、えっと……ナ、ナツミを召喚してしばらく経ってから……かな」

「……」

「サ、サモン・サーヴァントとかでコツを掴んだのか……な?」

「……ふぅん」

 

 無論、ルイズが急に爆発させずに魔法を使えば、疑問に覚える者も居るわけで、キュルケはじろりとルイズにうろんげな視線を送る。ルイズはルイズでばればれの演技をして誤魔化した。それを分からないキュルケでは無かったが、状況が状況であったので、疑問を一時棚上げにすることにしたようだった。

 彼女としては下手をすれば足手まといが二人になっていたかもしれない状況で、的確に相手の頭に岩を落として意識を狩り取るルイズが居て助かっていたのだ。追及は何時でも出来る。

 そんななか、ルイズの隣で風のスペルで敵を吹き飛ばしていたワルドが低い声でしゃべり出す。

 

「まずいな…」

「ワルドどうしたの?」

「いや、一見優勢に見えるが魔法が尽きればそれもいずれ破られる」

 

 ワルドはそこで会話を止めると、皆を見やる。

 

「いいか諸君。このような任務では、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」

「つまり、囮と本命に分けるってことだね~」

 

 苦無を傭兵達へ投擲していたアカネは糸目の片方だけを開け、声をあげた。

 

「ああ、傭兵も数が多い。任務を知っている僕とルイズだけで桟橋に向かう。残りは囮でいいかい?」

「OK」

「了解!」

「えっ?」

 

 即座にワルドの意図を汲んだキュルケとアカネだったがギーシュは分かってないのか困惑の声をあげていた。

 

「行くよ、ルイズ」

「えっでも……敵もあんなにいっぱいいるのに……」

「大丈夫……とは言い切れないが仕方が無い。このままこうしていては任務もこなせない。そうなればどうなるか……。言わなくても分かるだろう?」

「……っ」

 

 残していく皆が心配なのと、アンリエッタから依頼された国の運命を左右する任務との間で揺れるルイズ。そんなルイズにキュルケが普段通りにからかいをかけてくる。

 

「なにだんまりを決め込んでるかしらミス・ヴァリエール。あたしは今に乗り乗ってるの。あんまり大勢でいると仲間まで燃やしちゃうわよ?……もしかしてあたし達を心配してるのかしら?」

「な、なに言ってるのよ!別に心配なんてしてないわよ」

 

 内心を言い当てられたルイズであったが生来の意地っ張り故に思わず強く言い返してしまった。

 

「なら行きなさい。どうせあたしは任務ってのを知らないから適任なのよ」

 

 そう言って赤い髪をかき上げるキュルケはいつものふざけた様子は一切なく、ルイズを諭すような優しささえ浮かんでいるように見える。

 

「……分かったわ。でも無理はしないで」

 

 ぺこりと頭を下げ、ルイズはワルドと共に裏口へと向かった。

 

「ったく調子狂うわね」

 

 ふふっとキュルケは微笑むながら呟く。そんな彼女を見てアカネが言う。

 

「貴女達って仲良いのか悪いのか分かんないわ。そらっ!」

「まぁ、良くも悪くもないわね。ほっとけないって感じかしらっと!」

 

 会話しながらも器用に相手を捌いていく二人。

 

「な、なにをのんきに会話してるんだい!もっと緊張感をだね!っひぃ!」

 

 ギーシュはそんな二人とは対照的に矢が横を掠めるたびにひぃひぃ声をあげている。先程まで風の魔法で矢を逸らしていたワルドが居なくなったため、キュルケ達へ飛んでくる矢が多くなったためだ。

 

「確かに、ワルドが居なくなって防御できる人が居なくなったのが痛いね。攻撃はあたしとキュルケでできるけど……」

「お、おい、僕が入ってないぞ!」

「このままじゃジリ賃ね。アカネなんとか出来ない?」

「う~ん。サルトビの術で相手の背後を取れるけど、攻撃の手を緩めると真正面から潰されちゃうし……うむ、こうなった召喚術で……ってダメよねぇ」

「僕を無視するなぁ!!」

 

「うぐぅ」

「があっ」

 

 アカネとキュルケが作戦を考え、ギーシュが一人喚いていると、傭兵側から苦悶の声が幾つも聞こえてくる。何事かと三人が物陰から頭を覗かせると、何人もの男が中を舞っていると光景が目に飛び込んできた。

 

「な、なにが?」

「!見て、あそこ!」

 

 アカネが指を差した方向には、杖を縦横無尽に振り回し、そこから発生させた風で傭兵達をぶっ飛ばず蒼い髪に少女―タバサ―がいた。

 

「タバサ!」

 

 キュルケは無二の親友であるタバサが援軍現れ嬉しそうに彼女の名を叫ぶ。アカネはそれを好機と見るやサルトビの術を用い、タバサの魔法で吹き飛ばされていない傭兵の背後に即座に移動しその意識を刈り取った。

 一陣の風により、乱された傭兵達を無力化するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 あっという間に傭兵達を沈黙させると、タバサがアカネへと駆け寄ってくる。

 

「ん?タバサどうしたの?」

「フーケとナツミが戦ってる」

「―っ!」

 

 タバサの言葉を受け、アカネが顔がすっと強張った。

 

「どこ?」

「向こう」

「……。タバサは二人に付いてあげて、ちょっち様子見てくるわ」

「……分かった」

 

 二人は短い会話を交わし、アカネはそれが終わると瞬く間に夜の闇に溶けて行った。

 

 

 夜の闇を裂くようにアカネは疾走する。幸いナツミは宿とは然程離れてはいないところでフーケと見慣れぬ仮面の男と戦っていた。

 

 

 

 仮面の男は焦っていた。事前に野盗の仕業に見せかけ傭兵を仕掛け実力を量り、ナツミが剣の腕も立つ風のメイジと当りをつけ、物理攻撃……つまりフーケのゴーレムで叩き潰すという作戦を立て実行した。作戦の決行に当たり、万が一防がれた時を考え、一撃で人を即死可能な風の魔法、ライトニング・クラウドを先にぶつけた。

 作戦は見事に成功。

 

 したはずだった。

 

「くっ手ごわい!」

「もうどうすんだい!向こうも決着尽きそうだよ!」

 

 それがどうだ。

 現在はフーケと仮面の男は苦戦を強いられていた。蒼い光を纏うナツミの実力は、仮面の男の予想を遥かに越えて強大な力で二人に襲いかかる。そこらのメイジよりは多少が腕が立つ程度と思っていたが、その身に纏う気配はドラゴンにも匹敵しかねない程だった。

 

「はああああ!」

 

 裂帛の気合とともに振られる剣からの衝撃はスクエアスペルにも匹敵する威力で大地を削る。

 

「ちっこのままだとヴァリエールの小娘に逃げられちまうね」

 

 フーケは苛立つように言葉を吐いた。そんなフーケと仮面の男にとって不利な状況は想像もしなかったもので覆る。

 

「ナツミ!大丈夫!?」

「アカネ!?」

「ぴんぴんしてるようにも見えるけど……所々焦げてない?」

「聞かないで……」

 

 突然のアカネの登場に思わずナツミは気を抜き、アカネとの会話に意識の幾らかを裂いた。そんな隙を逃す襲撃者では無かった。

 

「フーケ!」

「あいよ!」

 

 仮面の男の合図にフーケは即座に先程のゴーレムと同規模のゴーレムを作り出した。ゴーレムはその身を倒れこませるように二人に覆い被さってくる

 

「くっサモナイトソード!」

 

 ナツミは右手に持つサモナイトソードから魔力を吸い上げ、巨大な衝撃波として打ち出し、ゴーレムを迎撃する。蒼き光を纏った衝撃波はゴーレムを砕かんと唸りをあげ襲い掛かった。衝撃波は容易くゴーレムの体に食い込み、その体をなんと砂埃へと変化させた。大量の砂埃と化したゴーレムはアカネとナツミの視界を容易く奪う。

 

「ああ!また同じ手を……!!」

「うわっぷ」

 

 ナツミは魔法学院の時と同じ手口でフーケにやられたことを思い出し、思わず歯噛みをするが、サモナイトソードを振るい風を起こし視界を晴らす。

 

「あああ!逃げられた!」

「あちゃ~」

 

 二人はまるで同じ格好で頭を抱えた。

 

 

 

 

「宿の方はどうなったの?」

「ん~もう終わったよ」

 

 とりあえず当座の危機が去ったのを確認した二人は現状の確認をしていた。ナツミはフーケと怪しい仮面の男に襲われていたことを、アカネは傭兵達に襲われ、アンリエッタ王女の作戦を優先するために、ワルドとルイズを桟橋まで向かわせたことを報告する。

 

「それを早く言いなさいよ!」

「色々あってこっちもそれどころじゃなかったのよ!って言い争ってる場合じゃないでしょ!?」

「くっ場所は分かってるんでしょうね?」

「諜報活動は得意分野で~す。ばっちりよん」

「流石、えっと……おいでクロックラビット。ムーブクロス」

 

 ナツミの言葉とともに、空中から服を着て時計を抱えた兎が現れ二人の体に吸い込まれていった。

 

 ムーブクロス。

 幻獣界に住まう、速さに特化した能力を持つ兎―クロックラビット―を複数を対象とした特殊召喚術の一つである憑依召喚(対象の体に召喚獣を取り憑かせ身体能力を上昇、下降させる召喚術)することで一時的に移動能力を上昇させる召喚術である。

 ただでさえ俊敏な二人がこの術を行使すれば、

 

「行くわよアカネ!」

「あいあいさー」

 

 風にも勝るスピードで疾駆することも可能とする。

 

 

 二人は急ぎ、ルイズ達のもとへ駆ける。

 周囲は先ほどまでの喧騒が嘘のように不気味な静けさを漂わせていた。

 

 




 この三日で二か月分位投稿しているという。
 本当は二章を全部、改稿してからまとめてと思ったのですが、時間が掛かりそうだったので出来てる分を投稿しているというのが、三日連続投稿のカラクリです。

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