ラ・ローシェルに到着した一行は、街で一番上等な宿、女神の杵亭に宿泊することになった。女神の杵亭は貴族を相手にする宿というだけのことはあって、所々に豪華な装飾品をあつらえており、テーブルなど大理石を一枚の岩から削り出して作ってあるほどだ。比較すのも間違いだがフラットのテーブルとは比べ物にならない。
現在、ワルドとルイズが桟橋に乗船の許可を取りに向かっており、残りのメンバーは宿の一階の酒場で二人を待っていた。ちなみに既にタバサとキュルケには任務の内容は伝えてないが、アルビオンに行く事は話していた。そもそも腹芸に疎く、裏表のない性格のナツミに秘密を守り通す事は難しいのだ。
なんとかナツミが一番の秘密を守っていると、桟橋から二人が戻ってきた。
「待たせたね。アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
話によると、アルビオンに向かうには、特定の条件が揃わないかぎり船が出せないため為、出向は早くても明後日となるそうだ。
「あ~良かった。とりあえず明日は休めるのね」
そういうとナツミは胸を撫で下ろす。よっぽど今日の乗馬が応えたのであろう。その声色は喜びに満ちていた。
「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋はとっておいたよ」
ワルドは鍵束を取り出すと、机の上に乗せた。
「キュルケとタバサは相部屋。ナツミとアカネも相部屋、そしてギーシュが一人、そして僕とルイズが同室だ」
「「は?」」
ワルドのとんでもない言葉に思わずアカネとナツミは間抜けな声をあげてしまった。さらっと言っているが、ワルドの発言は年頃の少女であるナツミとアカネにはインパクトがあり過ぎた。
「婚約者だからな。当然だろう?」
「そ、そんなダメよ!まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」
ワルドのさも当然という態度に、ルイズは思わず大声をあげてしまった。
「いや、まずいしょ?年頃の男女が二人ってのは」
「うんうん」
アカネがワルドに苦言を呈し、ナツミもそれに同意する。婚約者同士だから問題無い。と言ってる時点でルイズになにがしかを行おうとしているのではないかと二人は感ぐっていた。
(姫様の極秘任務中に何をしようとしてんのよ。やっぱりワルドさんってロリコンってやつかしら?)
などとナツミは思っていた。ワルドはナツミがそんなことを思っているとは露とも知らず。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
とえらく真剣な態度でルイズの手を握っていた。
「ルイズが心配ね」
「大丈夫だって相棒。相棒の居た世界じゃ分からねぇが、こっちじゃ十代で結婚なんて当たり前だぜ?なんなら相棒にはそんな相手いねぇのかい?」
「あんたにきいたあたしが馬鹿だったわ」
そう言ってナツミはデルフリンガーとの会話をぶつ切りにする。
ナツミは心情をデルフリンガーに吐露するが帰って来た言葉はむしろ心配を助長するものや、相棒たるナツミのからかいであった。
ちなみにアカネは、屋根裏に上り、ワルドとルイズの部屋を監視していた。ナツミからの頼みごとではなくアカネ自身が希望してのことだった。デバガメにならないことをナツミは祈っていた。
「相棒~怒るなよ。悪かったって」
「…別に怒っちゃいなけどさ」
「怒っちゃいないならいいけどさ。相棒だっていい年だろ?浮いた話の一つや二つあるだろ?」
「ないわよ。そんなの」
デルフリンガーはナツミは怒ってないと見るや先程の話を蒸し返す。ナツミから聞く異世界での悪魔たちの戦いは六千年もこの世にあるデルフリンガーにも、非常に血沸き肉躍る(血も肉も無いが)話であった。しかし、たまには自身の相棒たるナツミの年相応の部分も聞きたいと思っていたデルフリンガーはここぞとばかり、聞きたてた。
「ホントかぃ?あのソルだっけか?あいつとはなんもないのか?」
「……はぁ?ソルとあたしが?無いわね」
即座に否定するナツミ。
哀れソル。
とは言ってもナツミは別にソルのことを嫌っているわけではない。勝手に元の世界から召喚したうえ、荒野に一人きりで放置した罪は計り知れないが、フラットの今の家族と言える人たちと出会えたのは間違いなくソルのお蔭だし、ナツミが召喚されていなければ、無色の派閥に召喚された魔王により、リィンバウムは滅ぼされていたかもしれないからだ。
それに。
(まぁ素直になれないとこはちょっと可愛いかもね)
普段は落ち着き払って冷静なソルだが、ナツミが魔王の力を宿した嫌疑をかけられ、青の派閥に護送された時はお前にいて欲しい、なんて熱い台詞をぶちまけたこともあった。
(……ん?今、考えるとあれって……)
そこまで考えるとナツミの顔は急に火照り、赤く染まる。
(いや、ソルはそんな知識ないから……親愛とか友愛とか……)
「ぬわぁぁぁぁぁ!!」
思考の海がさらなる大荒れの様相を呈してきたのか、思わず頭を抱え、うめき声をあげるナツミ。
「おおお?ど、どうした相棒?」
「……気にしないで、うん。なんでもないわ」
突然の大声に訝しむデルフリンガーを誤魔化すナツミはまだ、思考の海から脱出できないようであった。
「なはは。おもしろい話をしてんね」
そのとき、言葉とともに天井から一人の少女が降りてきた。鬼妖界の忍、朱の忍匠とも呼ばれる赤髪糸目の少女。アカネである。
「ア、アカネ。どうしたの?ルイズは?」
「うーん。なんか危険は無さそうだから戻ってきたー。疲れからもう寝るってさ」
「そっか。一日中移動に費やしたもんね。疲れて当然か……。じゃああたしたちも寝るとしますか?」
「確かに、そこそこ疲れたかも。って誤魔化されないわよー。っでソルがどうしたって?」
ルイズとワルドの部屋の監視の報告終わり、話題が蒸し返されないうちに寝ようと考えたナツミであったが、その作戦はあっさりと忍び少女アカネに看過されていた。伊達に忍びをしているわけでは無い。相手の弱点を即座に見抜くなぞ朝飯前であった。
「い、いや別になんとも思ってないわよ?」
「ほんと~?なんか思うとこがあったんじゃないの?」
(く、流石(?)忍者ね……)
「無いわよ。あえていうなら家族よ家族」
「じ――。……まぁいいや~。どうせ口割らないでしょうし」
(下手に煽って避けるようになると面白くないしね。……ふふ適度にからかうのが一番ね)
「割るも割らないも中身が無ければ意味ないでしょ。ってかルイズ達はどんな感じだったの?」
「ワルドがルイズにプロポーズしてた」
「はあああ!?」
思いもよらぬアカネの言葉に先ほどの困惑をぶっ飛ばす勢いでナツミは驚いていた。
二人が婚約者であるのは今朝聞いていし、いずれは結婚するのは分かっていたが、なぜこのタイミングでプロポーズするのかが分からなかった。
ルイズの話では二人は十年ぶりぐらいに再会したらしいし、なにより今は国の存亡がかかっているといっても過言ではないほどの極秘任務の真っ最中だ。その上明、後日には生死入り乱れた戦場に足を踏み入れるのだ。そんな危険地帯に赴くのにわざわざルイズの集中力を損なわせることをなぜワルドは言ったのだろうか。
ナツミは頭を傾げるが答えは出てこなかった。
「うん。多分ナツミが考えている通り、あたしも、もうちょっと時と場所を考えろって言いたいね」
「うーん。まぁ考えてもしょうがないか。久しぶりに見たルイズが可愛すぎて我慢がならなかったとか」
「もしかして、借金しすぎて公爵家の援助目当てとか」
二人が勝手にワルドの今回のプロポーズについて考察する中、夜は耽って行くのであった。
翌朝、ナツミとアカネは二人で、宿の中庭へと繰り出していた。中庭には多くの空き樽が積まれていたが、それでも十分すぎるほど広い。流石、街一番の宿と言ったところであろうか。
二人がこの中庭を訪れた理由は単純明快。
訓練のためであった。
ナツミは魔王討伐以来の習慣として、アカネは師匠の教育の賜物というか、訓練をサボると何故かすぐにバレるからだ。
「あーめんどいけど体、動かさないと落ち着かないのよね~」
「アカネも?あたしもなんだよね。習慣って恐ろしいわ」
そう言いあうとそれぞれの得物を構えあう。
アカネは苦無と刀、ナツミはデルフリンガーだ。
「訓練たぁ。真面目だねぇ相棒!」
「褒めても何もでないわよ!っとぉ!?」
デルフリンガーと他愛もない会話をしていると、その隙をついてアカネが苦無を投げた。
デルフリンガーを構え、ルーンを発動させていたナツミは紙一重で、アカネの苦無を回避した。
「いきなり投げないでよ!」
「なはは!忍者に隙を見せるのが悪い!」
「言ったわね!」
言い放つとナツミは地面を舐めるように走り出す。倒れる寸前まで体を低く走るナツミは風のごとき速さでアカネの元にたどり着くと同時に右手に構えたデルフリンガーを薙ぐように振るう。錆びついたデルフリンガーがアカネを打ち据えた。と思った瞬間、アカネの姿が一瞬で掻き消える。
「サルトビの術!?」
高低差を無視した高速移動忍術。
相手の後ろを取るのはもちろんだが、他の場所への移動可能な万能忍術。
「はっ!」
後ろを振り向く間も惜しむように、全身から魔力を放出し空気の壁とするが、背後にいると予想したアカネはそこにはいなかった。即座に辺りを確認するがアカネの姿は一切見えない。
隠密。
忍びが持つ、スキルの一つである。
相手への攻撃を起こさぬ限り、真横にいたとしてもその姿をまったく悟らせない忍術である。アカネはナツミの攻撃をサルトビの術で回避したのちに隠密を用い自らの姿を隠していた。馬鹿正直にナツミと打ち合えば、ただでさえ修羅場と呼べる歴戦の経験とエルゴの王の名に相応しい魔力を持つ上に、ルーンの加護を持つナツミには流石のアカネでも勝てない。
ならば自らがもつ忍者のスキルを用い、搦め手で行けばよい。もとより忍者とはそういった戦いを得意とする者達だ。
ナツミの頬に汗が伝う。一向にアカネは仕掛けてこない。持久戦に持ち込み、ナツミの集中力を削ぎ、隙を突こうという策を分かっていても手出しが出来ない。忍者らしい、いやらしい戦いかと言えた。
……僅かな時がどこまでも引き延ばされる様に思える緊張の時間であったが、その幕切れはあっけないものであった。
「ワルド。来いって言うから、来てみれば、何してるの?覗き?」
「ルイズ、もう来てしまったのか?」
「貴方が来いって言ったんでしょ」
二人が極度の集中状態にあったなか、そんな会話が中庭に響いた。ナツミがふとそちらを見やるとワルドとルイズが並んで立っているではないか。
「ありゃ?見られちゃったか~」
そう声がナツミの耳元から聞こえたと思うと、ふっとナツミのすぐ背後にアカネが現れた。
「わわっ!?そ、そんなとこに居たの!?」
「なはは、気取られないように大分気を使ったけどね。あと一分二人が来なければ詰んでたね」
「ぐっ、最初の一撃が決まってれば…」
「……なはは、いやいや、あれ食らってたら間違いなく骨まで逝ってたよ」
アカネが顔を青ざめさせながら呟いているとパチパチとワルドから拍手が送られてきた。
「ははは!これは良いもの見させて貰ったよ!」
「ワルドさん?」
「いや、二人がルイズを守るに足る人物かどうか決闘でもしようと思っていたが、その必要は無かったようだ。流石ガンダールブだね」
「ガンダールヴ……って、あの?」
ワルドの言葉に彼の隣に居たルイズが首を傾げる。
「ああ、そうだよルイズ。かつて始祖の使い魔が用いていた四つの使い魔の一柱。神の楯ガンダールヴ。一騎当千の実力を誇る英傑。そうでなければ、ただのメイジしかも女の子があの剣を片手で扱うなんてそうできることではないからね」
「……」
いや、普通に使えます。と思わず言いそうになるナツミだが面倒なので黙る。というか実際は一騎当千どころか数万の悪魔に憑りつかれた人間を一方的に倒せるというバカげた力を持っている。
「なに魔法衛士隊という職業柄、強者には興味があってね。フーケを尋問した際に片手で剣を扱うならまだしも、巨大なゴーレムの腕を両断する少女の話を聞いてね。興味があって調べたところガンダールブに辿り着いたのさ」
「そうなんですか」
ナツミはワルドの会話の内容に若干の違和感を覚えたが、大して気にもせずそれを流す。
「土くれのフーケを捕まえた腕でも試そうと思ったが、先程の二人の決闘で十分理解できた。これで失礼するよ」
ワルドは髭を一撫でするとルイズを伴い、朝食に向かっていった。
「なんか萎えたね」
「なはは、あたしたちも朝食にしよっか」
お互い師匠がいないと若干、訓練も甘くなる二人であった。