ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第四話 港町ラ・ローシェル

 

 ルイズとワルドがきゃきゃうふふ、を楽しんでる中、ナツミとアカネは絶望的なまでに冷めた空気を纏い。ギーシュは気絶した自分の使い魔の大きなモグラ、ジャイアントモールを心配そうに介抱していた。

 

 とても、同じ任務を背負ったメンバーには見えなかった。

 

 

 

 

 

「……あのワルド様、そろそろ」

「おお、すまない。ルイズ、彼らを紹介してくれないか?」

 

 恥ずかしそうにルイズが呟くと、こちらはまるで恥ずかしさなぞ無いといった様子のワルドが、周りを見渡し皆を紹介してくれとルイズを促した。

 

「あ、あの……、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のえっと……ナツミとアカネです」

 

 ルイズは交互に指さして紹介する。三人はそれぞれ頭を下げる。ナツミの紹介の時に祖少し言い淀んだのは、ナツミを使い魔というよりは友達だと認識しているためだ。

 

「……使い魔が人間?というか二人?どういうことだい?」

 

 ルイズの様子には気付かず、ワルドは使い魔という単語に首を傾げていた。ナツミはそれに付け足すように言う。

 

「あのっ、あたしがルイズに召喚されて、このアカネはあたしが今朝召喚したんです」

「ほう、ただの人では無かったかこれは失礼した。まさかメイジとは思わなくてね」

「あはは、……別に貴族とかじゃないんですけどね」

 

 ワルドはナツミが召喚術を使ったと聞いて勝手にメイジと思い込む。まさか、ナツミが異世界の住人でしかも大英雄だとは想像の埒外だった。無論ナツミは説明が面倒なので、そのままにしておくことにし、笑って誤魔化した。

 

「ぼくの婚約者が世話になっているのだ。貴族や平民などは関係ないさ」

「いえ、こちらこそ」

 

 ワルドは気さくな感じでナツミに声をかけ、ナツミもそれに答える。ワルドは大人の空気を漂わせる落ち着いた感じの男であった。ギーシュの上っ面だけのかっこよさではなく、いわゆる大人のかっこよさを滲ませていた。

 フラットのメンバーにはいないタイプだ。あえていうならレイドが一番近い。

 

「あはは、メイジと聞いて安心したよ!どおりでフーケを捕まえられたわけだ!」

 

 うんうんと何かを納得したの一人でワルドはひとしきり頷くと、口笛を吹いた。すると、鷲の頭部と上半身、下半身は獅子の体躯を持つ幻獣グリフォンが現れた。ワルドはひらりとグリフォンの背に跨った。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 跨った瞬間、ワルドは相棒たるグリフォンの様子がいつもと違うことを即座に見抜いた。

 グリフォンは何故か、ルイズの使い魔たるナツミを凝視していたのだ。魔法衛士隊のグリフォンと言えば、エリート中のエリート、任務中に余計なモノに気を払うなぞありえない。

 

(なんだ。危険だと判断したのか?いや、この気配は畏怖……崇敬)

 

 乗り手を自ら選ぶ高位の幻獣は他の生き物の実力を量る能力を持つ、グリフォンも例に洩れずその能力を持っていた。そのグリフォンがどう見ても少女にしか見えないナツミに対して畏怖を抱いていた。

 

(これは……予想外だな)

 

 ナツミの想像外の実力に、内心で焦るも、それをワルドはおくびにも出さない。この腹芸はナツミには出来ないものだった。

 

「さ、ルイズおいで」

 

 内心の葛藤など全く感じさせない優しい声色でワルドはグリフォンに跨るように促した。

 ルイズはワルドの言う通り、もじもじしながらもグイフォンに跨る。その様子を見て、残りの三人もそれぞれの馬に跨る。ワルドは全員の準備が整ったのを見やると、自らの杖を掲げて叫ぶ。

 

「それでは諸君、出撃だ!」

「おー!」

 

 高らかにワルドが宣言すると、ギーシュは憧れの魔法衛士隊隊長の言葉に感動した面持ちを見せ、ナツミはこれからの乗馬を思い項垂れ、アカネは自らも叫ぶノリの良さを見せるという。バラバラのリアクションを見せ彼らは出発した。

 

 

 

 そんなチームワークなど全く取れていないとは知りもしないアンリエッタは出発する一行を憂いを帯びた表情で見送っていた。

 

「どうか、始祖ブリミルよ。彼女たちに加護をお与えください。そして異世界の英雄さんどうかルイズを守ってください」

 

 目を閉じて祈りを捧げるアンリエッタ。隣では、学院長がのんきに鼻毛を抜いていた。

 

「オールド・オスマン。彼らを見送らないのですか?」

「ほほ、心配してもしょうがないですからの。それに姫様もヴァリエール嬢の使い魔の少女の話を聞きましたでしょう?」

「……はい。最初は疑いましたがあれを見せられては、信じるしかありませんわ」

 

 今朝、出発前にルイズはアンリエッタにナツミの素性を説明していた。本来はあまり吹聴していいことではないが、アカネというナツミに続き、これまた素性の知れない相手をアンリエッタの肝入りの任務に同行させることにアンリエッタが難色を示したため、説明をしたという次第であった。

 流石に説明だけでは半信半疑であったようでアカネを送還&召喚を実演して見せたのだ。

 

「ふふ、ルイズったら昔から変わってましたが、まさか使い魔が異世界の英雄とは」

 

 アンリエッタが昔を思い出し、年頃の少女と変わらぬ笑顔を浮かべる。その時突然、学院長室の扉がどんどんと叩かれた。

 

「入りなさい」

 

 学院長が入室を許可すると、コルベールが慌てながら飛び込んできた。

 

「いい、一大事ですぞ!オールド・オスマン!」

「きみはいつでも一大事ではないか…。一体なんだね?」

「慌てますよ!城からの知らせです!チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうなんですよ!」

「ふむ……」

「しかも何者かが手引きしたそうです!つまり、城下に裏切り者がいるということです!これが一大事でなくてなんなのですか!」

 

 コルベールの言葉にアンリエッタの顔が蒼白に染まる。

 

「ふぅ、コルベール君。今は姫殿下もいるその話はまた後でな」

 

 学院長はそう言うと手を振り、コルベールに退室を促す。

 

「そんな、城下に裏切り者がいるなんて…アルビオン貴族の暗躍でしょうか」

「そうかもしれないですの」

 

 未だ顔を蒼白に染め、落ち着きがなくなるアンリエッタとは対照的に、学院長は冷静であった。その学院長に、アンリエッタは思わず呟いた。

 

「オールド・オスマン。トリステインの未来がかかっているのですよ。どうしてそう落ち着ていられるのですか」

「すでに杖は振られました。我々にできることは、待つことだけ。違いますかな?」

「そうですが……」

「それに信じているのですよ」

「信じている?」

「そうですじゃ、あの異世界から来た少女がなんとかしてくれるとね」

 

 それにあの少女はガンダールブである、とまでは学院長はアンリエッタには言わなかった。ナツミがガンダールブであるならば、その主たるルイズは虚無の属性を持つメイジである可能性が高い。

 それを王室に伝えるのはまだ早い。そこで学院長は敢えて、ナツミが異世界から召喚されたことをアンリエッタに告げていた。真実を隠すには、また真実。全部は話さず、一つの重要な事を話せば相手はその一つに囚われやすい。

 まだ、ガンダールヴの事を王室に話すのはまずい、この件はまだ胸の中にしまって置こうと学院長は考えていた。

 

「ならば祈りましょう。異世界から吹く力強き風に」

 

 アンリエッタの澄んだ声が学院長室に響いた。

 

 

 

 魔法学院からラ・ローシェルへの道中、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。ナツミを含め、三人の乗馬組は途中の町で二回、馬を交換したが、ワルドのグリフォンはすさまじいスタミナで疲れを見せず走り続けていた。

 

「ちょっとペースが速くない?」

 

 ワルドに抱かれるように、グリフォンに跨っているルイズは、ナツミとギーシュを心配そうに見ながら、ワルドにそう尋ねる。

 

「ギーシュもナツミも、大分へばっているわ」

 

 ワルドが二人を見やると、二人は半ば馬に上半身を預けるようにしがみついている。

 

「ラ・ロシェールまでは止まらずに行きたいんだが」

「無理よ普通は馬で二日はかかるのよ」

「へばったら、置いて行けばいいって、それよりもあの子はなんだい?先の街から馬と同じ速度で走ってるんだが……」

「……わたしが聞きたいわ」

 

 現在、ワルド、ルイズペアは一頭のグリフォンに、ギーシュとナツミはそれぞれ馬に乗っていた。そしてアカネは先程寄った街で馬が足りないと言われ、自らの足で一人走っていた。

そう、馬と同じ速度で。

 

「なはは、ナツミへばってるわね~」

「……うるさい」

 

 そんな中、さらに驚くことに彼女は雑談する余裕すら見せていた。その気になれば馬よりも早く走れるのは明白であった。

 

「あれは忘れて……って、それよりも置いていくわけには行かないわ」

「なぜだい?」

「だって、仲間じゃない。仲間を見捨てるなんて貴族のすることじゃないわ」

「やけに肩を持つね。もしかしてあのグラモン元帥のご子息は君の恋人かい?」

 

 笑いながらワルドは言った。

 

「違うわ」

 

 一切の照れもなく断言するルイズ。

 

「そ、そうか。ならよかった婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

「お、親が決めたことでしょ?」

「そうかもね。でも僕は、ずっと立派な貴族になって君を迎えに行くって決めていたんだよ」

 

 

 

 

「うわぁ~あの髭。本気だよ。また、僕のルイズって言ってるよ」

 

 グリフォンから少し後方に離れてナツミの馬と並走するアカネは、呆れながら呟いた。少女といえど忍びは忍び、彼女はその忍びゆえの優れた聴覚をフルに利用し、二人の会話を盗み聞いていた。

 

「ねぇナツミ聞いてる?」

「……聞いてる~」

 

 ナツミはぐったりと馬に体を預け、なんとか顔だけアカネに向けて受け答えした。

 

「あ~ナツミ、すっかり忘れてたけど、今朝渡した紙とペンって別にこっちにもあるでしょ?なんであたしに持たせたの?」

「ん?ああ、あれか……。まぁ、大したことじゃないんだけどね」

 

 アカネがナツミの気を紛らわせようとして話題を振り、それにナツミが答えようとすると。

 

「もう半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か!」

 

 一人だけ話相手が居なかったギーシュがナツミに声をかけてくる。

 

「知らないわよ」

「会話をぶつ切りにしないでくれよ。っていうか馬と同じ速度で走る人間がいるでしょ!っとか言ってくれよ」

 

 

 そんな馬鹿な会話を所々に挟みながらも、一行はラ・ロシェールを目指し、ひた走る。

やがて一行がラ・ロシェールまでもう少しという峡谷に差し掛かる頃には夜中になっていた。だが港街も近いというのにここには塩の香りなど一切しない。

 

「なんで港街なのに山道なのかしら?」

「塩の香りもしないね~」

 

 そんなナツミとアカネにギーシュが呆れる。

 

「君たちはアルビオンを知らないのか?」

「「知らない」」

 

 二人が同時に応えた。

 その時、ナツミ達が跨った馬、目掛けて崖の上から松明が何本も投げ込まれる。松明の炎に驚き、馬たちは大きく嘶きギーシュは馬から放り出され、ナツミは馬に振り下ろされる前に飛び降りる。

 そこに松明の炎によって夜闇に浮かびあがったナツミ達を狙い、幾つもの矢が飛んでくる。

 

「奇襲よ!」

「デルフ!出番よっ!」

「おうさっ!」

 

 アカネが声をあげ、苦無を引き抜きギーシュに向かって飛んでくる矢を打ち払う。ナツミはデルフリンガーを構え、自ら飛んでくる矢を撃ち落とした。しかし、その直後、先に倍する数の矢がナツミ、ギーシュに向かい殺到してきた。

 

「わあああ!」

 

 ギーシュがその様子に、頭を抱え怯える。ナツミは飛んでくる大量の矢に対し今度はサモナイトソードを引き抜くと、息を僅か吸った。

 

「はっ!」

 

 その直後、ナツミが息を吐くと同時に解放された魔力は周囲の空気を押しのけ即席の楯を作り出す。ナツミ達を射抜かんとする数多の矢は、あっけなく弾かれた。

 

「風のメイジだったのか、どうやら心配は無用のようだね」

「ありがとうございます」

 

 ワルドはナツミを風のメイジと誤解していたが、ナツミはあえて訂正せず、気をつかわせた礼だけをする。ワルドとナツミは油断なく崖を見るが今度は矢が飛んでこない。それを好機と見るやナツミはアカネに指示を出した。

 

「アカネ、お願い」

「がってん承知ぃ。サルトビの術!」

 

 ぱっとアカネが突然姿を消す。サルトビの術。アカネが得意とする高低差を無視した瞬間移動である。高位の術者であれば、相対する敵の後ろすら容易くとることができる便利忍術の一つであった。

 

「ぐわっ!」

「い、いつの間に…ぐふぅ!」

 

 アカネが消えたと同時、崖の上から肉を打つ音が連続で響く。

 さらに小型の竜巻が現れ、次々に崖の下に賊を吹き飛ばしているではないか。何事かと、ナツミが空を見上げると、月を背に蒼き竜が羽ばたいていた。

 

「おや?あれも風の魔法だね。しかも風竜使いか」

「シルフィード?」

 

 ワルドが感心したような声を、ナツミが素っ頓狂な声をあげるその先にいる竜は間違いなくタバサの使い魔たるシルフィードであった。シルフィードが地面に降りると、赤い髪の少女がシルフィードから飛び降りてくる。

 

「こんばんわ」

「こんばんわじゃないわよ!何しに来てんのよ!」

「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓を見たらあんたたちが馬に乗って出かけるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけてきたってのに」

 

 そう言うとシルフィードの上のタバサを指さす。タバサは着替える時間すら与えられなかったのか、ナイトキャップにパジャマを着ている。よほど眠いのか目をこしっていた。よくそんな状態で魔法を唱えられたものだ。

 

「あのね。ツェルプストー。これはお忍びなの。極秘なの。お分かり?」

「お忍びぃ?だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。とにかく感謝しなさいよ。貴女達を襲った連中を、捕まえたんだから」

 

 キュルケは倒れた男たちを指さした。ちなみに三分のニ程がアカネに残りがタバサに無力化されていたため、実質キュルケは何もしていない。その男達はアカネとギーシュの尋問を受けていた。ときおり、アカネの忍者仕込みの技を受けたのか悲痛な色を宿した悲鳴が上がる。

 

「やっぱりキュルケは友達思いねルイズ」

「何言ってるのナツミ?」

「だから、キュルケはルイズが心ぱ、もごもが!?」

(黙りなさいナツミ!)

(もごもご)

 

 三人がじゃれていると、尋問を終えたのか二人が戻ってくる。

 

「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言っています」

「ふむ……、なら捨て置こう」

「いや、ちょい待って。あたしが尋問した奴は、女に頼まれたって言ってけど?後、もし捕まったら物取りだ。とだけ言えと言われたって」

「……そうか。ならこの町の衛士に引き渡した方が良さそうだな」

「ん?」

 

 ギーシュが手に入れた情報とは違う情報を手に入れたアカネをじろりと見やるとワルドはそう言った。その瞳には一切の感情が浮かんでいないようにナツミには見えた。

 

「アカネ、どんな尋問したの?」

 

 ナツミがギーシュの尋問では喋らなかった賊からそんな情報を聞き出した方法を興味本位で聞く。

 

「えーと、まず、腕を縛って猛毒を塗った苦無を手の甲にぶっ差して、腕が腐るの見せ……」

「もういい」

「えー、あと師匠特製の秘薬を……」

「もういいから!」

 

 明るい声でおぞましいことを話し出すアカネをなんとか制止するナツミ。見た目は年頃の少女でも中身は忍者。やるときは結構えぐいことを平気でこなしてしまうのだ。今回は死者が出なかったのがせめても救いではあった。

 ここにきてナツミはさらにどっと疲れが出たのか目の下には隈が浮かんでいた。

 

 

 

 

 王女とナツミ達、ワルドの極少数しか知らないはずの任務。にも拘わらず自分達を狙えと指示された賊の襲撃。しかも任務自体は昨晩依頼されたにも関わらず、通常馬で二日かかるこのラ・ロシェールでの待ち伏せ。

 アンリエッタ王女依頼の任務はここにきて、きな臭さを漂わせ始めた。

 

 ラ・ロシェールはもう近い。

 

 


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