不審者だと思い込んでいた相手が王女と知って、ナツミは剣先を向けたまま呆けていた。
「ナ、ナツミ剣を下ろして!」
「え、う、うん」
ルイズの焦った様子に慌てて剣を下ろすナツミ。幾らナツミが楽観的と言っても、王族に剣を向けるのは流石に肝が冷えたようだった。その様子に安心したのか王女はルイズの部屋へと足を踏み入れる。そして、ルーンを唱えると持っていた杖を振るう。
「ディテクトマジック?」
「どのにも目や耳があるかわかりませんからね」
王女は部屋の安全が確認されると、頭巾をとりルイズに向き直る。
「改めて、久しぶりねルイズ」
王女は感極まった表情を浮かべルイズを抱きしめた。
「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賤は場所へ、お越しになられるなんて…」
ルイズは王女に抱きつかれ、困ったような顔をしながらも王女を抱き返した。
二人の再会は随分時を挟んだものなのか、二人は懐かしそうに昔話に華を咲かせていた。
ルイズが宮廷で王女の遊び相手を勤めていたことや、王女をよく泣かしていたこと、逆にルイズが泣かされた話など貴族や王族らしさは無かったものの、年頃の普通の少女の様な話の内容であった。
「あの頃は、良かったわ……。なんの悩みも無くて」
「姫様……」
「ルイズ、今度わたくし結婚するのよ」
「……ええ、おめでとうございます」
昔話も終わり、過去を振り返りルイズに結婚の報告をする王女の表情は憂いを帯びているようであった。心なしかルイズの祝福するはずの言葉も本来の色を失っていた。
「そう言えば姫様、ここへはどのような用件で来られたのですか?」
「え、ええ……それなんですが」
王族がこんな時間に幼馴染とはいえ、ただ結婚の報告に来るのもおかしな話であった。
ルイズに問われ、王女は歯切れが悪そうに答え始めた。
現在、同盟国でもある隣国アルビオンの王朝は内乱により、潰える寸前まで追い詰められていること。
内乱を扇動したレコンキスタなる集団は王室廃止を謳い、このまま内乱を成功させれば次はこのトリステイン王国を狙ってくる可能性が高いこと。
独力でトリステイン王国がレコンキスタを打ち破るのは困難であること。
そのため隣国、帝政ゲルマニアとの同盟が必要であること。
その同盟に両国の皇室と王室の繋がりを強固にするためアンリエッタ王女がゲルマニアの皇帝に嫁がねばならないこと。
……そして、以前アンリエッタ王女がウェールズ皇太子にしたためた手紙の内容がレコンキスタの連中の手に渡り、ゲルマニア皇室の目に留まれば、
「……婚姻が潰れてしまうでしょう。そうなれば……」
「トリステインは独力でレコンキスタと戦わねばならない。そうですね姫様」
ルイズが王女の言葉を続けると、コクリと王女は首肯する。
「ええ、それで頼みというのが……いえ、やはりこんな危険なことを…お友達に頼むなど」
「……姫様、わたしは姫様の友人です。ですがこの国……姫様に忠義を捧げる家臣でもあります。なんなりとお申し付けください!」
「ああルイズ、ルイズ!貴女は本当に素晴らしい友人です!何にも勝るわたくしの宝物ですわ!」
二人は再び感極まったのか泣きながら抱きしめあう。
「完全に蚊帳の外ね私たち」
「……マスター、ルイズさん達はなんで泣いてるんですの?お腹痛いんですの?」
最初に自己紹介されなかった為、モナティ、ナツミは二人の会話についていけず、呆然としていることしかできなかった。
「こんな危険な事を頼んでしまい、本当にもうしわけありません」
「なにをおっしゃいますか姫様、このルイズ目が必ずや、その一件を解決して見せます」
「ああ、ルイズ……ありがとうございます!」
「ちょっとルイズ」
ルイズとアンリエッタ王女は二人で感動の極みに突入している中、ナツミはその会話に水を差す。
「どうしたのナツミ?今いいとこなんだけど」
「いや、なんかとんでない事を頼まれた上にすごく軽く引き受けたでしょ」
「ルイズこの方は?」
アンリエッタ王女はナツミが会話に割り込んできたことでようやくナツミの存在に気が付いた。
「え、ああナツミ……えっと、彼女は私の使い魔です」
ルイズもそこでようやく自らの使い魔をアンリエッタ王女に紹介するのを忘れていたのを思い出し、遅ばせながら紹介する。
「えええ!?人にしか見えないですが」
「人です。姫様」
「人を使い魔にですか……初めて見ました」
人間が使い魔なのがよっぽど珍しいのか、それともナツミの格好が珍しいのか不躾にナツミをじろじろと見るアンリエッタ王女。
「ナツミは人間ではありますが先のフーケの捕獲は彼女がいなければ達成できませんでした。彼女は宮廷のメイジと比べても優れた実力を持っています」
「まぁ」
ナツミの活躍を聞いたアンリエッタ王女はナツミに向き直ると、明るい声で言った。
「頼もしい使い魔さん」
「は、はい!」
「わたくしの大事なおともだちを、どうか守って下さいね」
そして、すっと左手を差し出した。
「そんな姫様、使い魔に手を許す……」
ごとごと、アンリエッタ王女が平民に手を許したことにルイズが思わず声をあげると、なぜかルイズの部屋の向こうから異音がした。
「ナツミ!」
「分かってるわ!」
デルフリンガーを携え、即座に駆け出すナツミ。ルーンを発動させるとドアを勢いよく開ける。そこに杖を持つメイジがいること確認すると杖を蹴り飛ばし、剣を突き付ける。相変わらずこういったことには無駄に手馴れていた。
「動かないで」
「あわわわ……、な、なにもしない!盗み聞きしたことも謝る!許してくれ!!」
ドアの向こうに居た不審者メイジことギーシュ-は杖を失い、突き付けれた剣に怯え命乞いをした。
「ギーシュ!あんたまさか、今の話を盗み聞きしてたの!?」
「い、いや盗み聞きというか、中庭で麗しい姫様を見かけ、これは護衛せねばと後をつければルイズなんかの部屋に姫様が入っていくではないか!それで鍵穴から盗賊のように姫様を見守っていただけで……」
ギーシュはルイズに捲し立てられると剣に怯えながらも、言い訳を言い出すが内容はまんま犯罪者、ストーカーである。
ナツミはそんなギーシュの罪の告白を聞いて馬鹿らしくなり剣を下ろし頭を抱える。なんで自分の周りの男は犯罪者が多いのか、ストーカーとか万引きとかセコイのが。ちなみにそれ以外は世界を征服しようとしたり、国を乗っ取ろうとしたりとスケールが無駄にデカい。
「それでどうする?これ」
「これっていうな」
脱力したナツミはルイズにギーシュをどうするか聞く。ルイズは腕組みをしてしばらく考えると
「女の子の部屋を覗いた上に盗み聞きなんて死刑ね」
「待て!い、いや待って下さい。姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けて下さいますよう」
ルイズの非常な言葉に命の危機を感じたのか、ギーシュはアンリエッタ王女に向き直り、格好を整えると自ら任務を希望する。その瞳はどことなく熱を帯びているように見えた。
「ギーシュ……王女様に惚れたの?」
「な、なにを言う!つ、使い魔の癖に!僕はこの国を守る貴族だぞ、国家の危急とあらば命をかけるのは当然だろう!」
「隠さなくてもいいじゃない。王女様綺麗だし、ギーシュが好きになっちゃうのはしょうがないんじゃない?」
「だ、だから違うと言ってるだろ!」
「ん?でもギーシュってモンなんとかって人と、後なんかもう一人の女の子はどうしたのよ」
その瞬間ギーシュは暗い表情になり影を背負う。
どんよりとした空気を放つそれを見て、思わず後ずさるナツミ。
「モンモランシ―ね。振られたよ、君に言われた通り謝ったが……浮気はいけないね」
「自業自得だと思うけど、なんかごめん」
あはは、と空笑いをするギーシュにナツミは思わず謝罪するが、二股をかけていたギーシュが全面的に悪い。今回はナツミに決闘で敗れた上にフラれるというダブルパンチでギーシュの心には大きな傷が残ったようであった。
「グラモン?貴方、もしかしてグラモン元帥の……」
「息子です!四男です!!」
いや、たいした傷では無かった。アンリエッタ王女の興味が自分に向けられた途端に先程までの負のオーラは霧散し、しゃべりだすギーシュ。
彼の家はもともと軍人家系。しかも歴代の軍部の幹部を一族が歴任するほど名家である。その勇名は王族であるアンリエッタ王女が知る程であった。
「そうですか。ではミスタ・グラモン。このわたくしの不始末故に生まれてしまった此度の国の憂い払ってくれますか?」
「ははっ!どうかこのギーシュ・ド・グラモンにお任せあれ!」
「ありがとうございます」
アンリエッタ王女直々の依頼を受け、ギーシュは自分が王女専属の騎士であるかのような錯覚を受け、恭しくを頭を下げ、膝を立てる。
ギーシュのその忠義にアンリエッタ王女も感銘を受けギーシュの腕をとり感謝した。
「ひ、姫殿下が、ぼぼ、僕の手を……」
アンリエッタ王女がギーシュの手に触れた途端、ギーシュは笑顔の表情そのままに失神してしまった。
「こいつ役に立つのかしら?」
「置いて行こう」
「こんなとこで寝たら風邪をひくですの」
王女以外が失神したギーシュに好き勝手なこと言い出すがギーシュが一向に目覚めない。
にやにや笑ったその表情から分かるのは、彼が今、夢という名の桃源郷に旅立っていることだけだった。
「大丈夫ですの?」
モナティがギーシュをつつくが、ギーシュは「えへへ」と言いながら気絶したままだ。
「姫様、その任務は急ぎなのでしょうか?」
「……ええ。レコンキスタの貴族たちは、王党派を国の隅まで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間のもんだいでしょう」
ルイズはその返答に表情を一層引き締めると、アンリエッタ王女に頷いた。
「早速、明日の朝ここを発ちます」
「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました」
「あとこの……手紙をウェールズ皇太子に渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」
アンリエッタ王女は憂いを帯びた表情でためらい気味にルイズに手紙を渡す。その表情は悲恋に悩む乙女そのもののようであった。アンリエッタ王女がさらに自らの右手の薬指の指輪を外すとルイズに手渡す。
「以前、母君から賜った水のルビーです。お守り代わりに持っていてください。路銀が足りなければ売り払ってもかまいません」
そこでアンリエッタ王女は再びルイズと視線を合わせ、深々と頭を下げた。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。水のルビーがアルビンオンに吹く猛き風から、貴女方をまもりますように」
翌朝、ナツミは頭を抱えていた。
理由は馬に乗らねばならないからだ。しかも今回は王都トリスタニアよりも遠い港街ラ・ロシェール。
正確な到着時間は怖くて聞けないナツミであったが、ルイズが普段は履かない乗馬用のブーツを履いていることから、長い時間、馬に乗らねばならないのは予想できた。思わずワイバーンを筆頭に乗れる召喚獣を脳内検索かけるも、そんなことをしたら後が大変なので渋々諦めた。
「はぁ……」
「なはは、もしかしてナツミは乗馬苦手?」
そう声をかける少女はリィンバウム、フラットのメンバーがよくお世話になっている薬屋あかなべの自称看板娘アカネ。糸目がチャームポイントの少女である。
昨晩、アンリエッタ王女から依頼された任務にモナティを連れて行くのは危険なため、ソルを夜中に呼び出して相談した結果、小回りが利くアカネがハルケギニアに召喚されていた。
アカネは鬼妖界から召喚された人間である。もともとは忍術の師匠たるシオンが召喚され、それに巻き込まれる形で彼女も召喚されてしまったのだ。
本来は自らを召喚した召喚師に仕えるのが正しい姿なのだが、シオンは自ら仕えるに足る主と召喚師を認めず。アカネとともにその召喚師の元を立ち去り、世を忍ぶ仮の姿として薬屋を営んでいた。
そしてそこの店員がこのアカネである。
彼女も師匠たるシオン同様、忍者であり仲間内でも近接戦闘能力はかなりのもので、それが今回の極秘任務に一番適しているためリィンバウムより召喚されていた。ちなみにモナティは最後まで渋っていたが、安全になったらまたハルケギニアに召喚するからと約束するとおとなしく送還されていった。
「うん……向こうじゃ馬に乗る機会なんてないしね、そういうアカネはなんか手馴れてるね」
「ナツミ、あたしは忍びだよ?馬に乗れなきゃ、忍びの任務もこなせないよ~。まぁ馬より速く走れるけどね」
あはは、と笑いながら鞍の調整をするアカネ。
こちらに朝っぱらから召喚されていたがアカネの機嫌はすこぶる良かった。リィンバウムで初めて出来た女友達であるナツミが行方不明になり、彼女も随分と心配していたのだ。ソルが話があるから来いと夜中に呼びやがった時はかなり頭に来たが、ナツミの行方が分かり自分の助けがいるとあらば、そんな怒りも吹き飛んでいた。
「きゃああ!な、なによこのモグラ!?」
ナツミとアカネが、荷物を馬にくくりつけていると突然ルイズが悲鳴をあげた。
慌てて二人がルイズを見やると巨大なモグラがルイズの体を己の鼻でつつき回していた。ルイズはなんとか逃れようと地面を転がるが、それでもモグラからは逃れられず、スカートが捲れ下着が露わになっていた。
「……良い」
ギーシュはルイズがもがくその光景を頬を染めながら見入っており、ルイズを助ける気配がない。
「あんた何してんの?」
「お、おおう!?い、いや僕の使い魔とルイズが戯れる光景を微笑ましく思っていただけだけさ」
「いやいや、めちゃめちゃやらしい目してたよ?」
とりあえず命の危機は無さそうなので、ギーシュを詰問するナツミ。
ギーシュはかっこよく、言ってるつもりだがその目つきは酷くやらしい目をしていたため、アカネに突っ込まれていた。
「ギーシュの使い魔ってデカモグラだったの?」
「デカモグラではない。ジャイアントモールと言ってくれたまえ、ちなみに名前はヴェルダンデだ。良い名前だろ?」
「どうでもいいわ、ルイズ助けよ……」
自分の使い魔のデカモグラを恍惚と紹介するギーシュ。顔は二枚目だが中身は三枚目だったようだ。
そんなギーシュのどうでもよいと思ったのか、ギーシュを無視をしてルイズを助けに向かうナツミ。
だが、ナツミがルイズに近づき、ヴェルダンデをルイズから引きはがそうとしたその時。
突風が舞い上がり、ルイズに抱きつくヴェルダンデを吹き飛ばした。
「誰だッ!」
愛する使い魔を吹き飛ばされ激昂するギーシュ。
風が吹いた方向を見やると、一人の長身の男が現れた。マントを背に、頭には羽帽子を被っている。
「貴様!ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」
ギーシュが自らのバラを模した杖を掲げると、それを遥かに上回る速さで男は自分の杖を引き抜き、ギーシュの杖を弾き飛ばす。
「僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。極秘の任務ゆえ、一部隊を付けるのわけにもいかないので、僕が指名されて来たのだ」
長身の男性はそこで帽子を取り一礼する。
「トリステイン女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
堂々と自己紹介するワルドからは自信とそれに見合う実力が滲み出ているようであった。その気配に押され文句を言おうとしたギーシュは分が悪いと見たのかうなだれる。
「ナツミ、ナツミ。あのギーシュってもしかしてメチャメチャ弱い?」
「うん」
「ぐふぅ!」
アカネの歯に衣着せぬ言葉と全くフォローする気の無い様子にのけ反るギーシュ。ワルドには一瞬で無力化され、少女二人には低く見られる。朝っぱらから哀れ。
「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」
その言葉を聞いた途端、ナツミとアカネの動きが止まる。
「い、婚約者?」
どうみても二十代後半のワルドと十六歳のルイズが婚約者。現代日本では犯罪であるそれにナツミは驚きを隠せずにいた。自分もルイズと一歳しか歳が変わらぬため驚きも一塩であった。
そんなナツミに気づかずルイズが立ち上がりワルドを呼んだ。
「ワルド様……」
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
ワルドはルイズに駆け寄ると、彼女を抱え上げる。
「お久しぶりです。ワルド様」
「相変わらず軽いな君は!まるで羽の様だね!」
ワルドに軽々と抱え上げられ頬を赤く染めるルイズ。
「ぼ、僕のるいず?」
「なはは……あれ何?」
はしゃぐルイズ達と冷めるナツミ達。
これから戦争地域に行こうとするメンバーの空気では無かった。