ナツミがルイズに召喚されてしばらく経ったリィンバウムの地方都市サイジェントの孤児院フラットでは普段の賑やかさは無く。静かな日々が続いていた。
後からフラットにやってきたナツミではあったが、どれだけ皆の心の支えになっていたかがわかる光景だった。
「だああああ!あいつは一体どこで何をやってんだよ!?」
「全くだな、俺たちはともかく、モナティなんて見てられないな」
叫ぶはフラットの最古参のメンバーの一人、ガゼル。なぜかカツアゲ、万引きくらいしかしないのにクラスは大盗賊という痛い少年だ。
そしてそのガゼルの横にいる鍛え上げれた肉体を持つ上半身半裸の益荒男こそエドス。クラスはもちろん益荒男。
エドスは子悪党みたいな生活をしているどこぞの大盗賊とは違い、いかつい容姿とは裏腹に誰に対しても優しい益荒男だ。日雇いではあるが石工の現場があればこまめに赴き皆の為にお金を稼ぐフラットには無くてはならない存在だ。本当に誰かに見習ってもらいたい。
そして
「大丈夫!ナツミの姐御の事だすぐ無事に帰ってくるさ!」
と楽観的ともナツミを信頼しているともとれる意見を言っているのが少年拳士ジンガ。モナティで言うところのジンガ君である。クラスは剛拳王。腕力だけでなく、ストラという気を使い自分のみならず他者の回復もこなすことができる意外に器用な少年だ。
それに最近ではエドスの石工の仕事にも一緒に行くほどの就労意欲も見せ始め、最近のフラットのお財布にかなり貢献していた。働けガゼル。
そんな三人はモナティがいない中、フラットから外出していた。ジンガとエドスは石切りの日雇い仕事が入ったために、出稼ぎに。……ガゼルは孤児院に居ても特にやることが無いので居づらいために二人に付いて来ていた。
もちろんガゼルに働く気は無い。更に最近は盗みやカツアゲもせず、ニート街道をひた走っていた。
「ときにガゼル」
「なんだエドス」
特に用もなく付いて来たガゼルに普段は温和なエドスはやけに威圧しながら声をかける。ガゼルも内心ビビりながらも表面上は普段通りに受け答えをするがそんな虚勢も更なるエドスの言葉に潰された。
「働けよ」
「がはっ」
ガゼルはがくっと体勢を崩し、右膝を大地につける。
「俺だって……俺だって働きたいんだぁ~」
「じゃあ、ガゼルも石切りに行こうぜ!」
狼狽するガゼルと自らの仕事場に来るように誘うジンガ。
「い、いやまた今度な……ナツミが心配だし」
「ガゼルお前、働く気ないだろ」
エドスの落胆したような、予想通りと言いたげな突っ込みがサイジェントの空に響いた。
そんな真面目な二人とサボりが一人居なくなったフラットではリプレがモナティを励ますため、色々と気をもんでいた。頻繁にご飯を食べるように促したり、慰めたりとなかなか大変であった。
「ほら、モナティご飯食べよ?」
「食欲ないですの……」
「いいから食えよ。ナツミが帰ってきてそんな顔のモナティを見たら心配するぞ?」
食欲が無く元気も無いモナティを励ますリプレとソル。リプレはともかく、以前のソルであればこういった心配はあまりしないがナツミとの出会いから仲間を大切にする心が芽生えたのか最近は結構皆に気を配っていた。
「ほら、ソルもこう言ってるし、ご飯食べよ。ナツミならきっと大丈夫よ」
「そうだぞ。あいつだったら絶対に大丈夫だ。お前のマスターをどうにかできる奴なんていないぞ」
「……うん、分かったですの」
二人に励まされ、少しは気が晴れたのか、ようやくベッドから起き上がる。
「今日はナツミが好きだったらーめんってのにしてみたの、なんでもナツミが故郷でよく食べてたものらしいわ」
「へ~それじゃあ、匂いに釣られて帰ってくるかも知れないな」
なんでも作れるリプレ。今日は名も無き世界の料理、ラーメンを食卓にあげていた。以前からナツミの助言を聞きながら数多の試行錯誤を繰り返してようやく再現した一品であった。最初のそれはとてもラーメンとは言えないものだったのは、ここだけの話だ。
二人はモナティを伴い、食堂に行くため背を向けた。
すると急に部屋に光が溢れ始める。
「え……!?」
光の光源たるはモナティ。
「「モナティ!」」
二人がモナティを呼ぶが光は瞬く間にモナティを飲み込んでいく。
光が晴れた先にモナティの姿は無かった。
モナティが光り包まれ消え去り、翌日。
ラミやフィズ、アルバを除くフラットのメンバーで囲むテーブルは更なる静寂に包まれていた。
ナツミであればここまで心配はしない、あの戦闘能力があれば、余程を越える程の危機が無い限り生き残るだろう。それこそ魔王クラスの相手が複数居るというとんでもない事態でない限り。
しかしモナティは人より優れた身体能力を持つ獣人とは言え、自分以外の生き物を傷つけることなど出来ないほど優しい性格をしている。
モナティはナツミが自分の処へ呼んだのでは?
召喚事故に遭い、リィンバウムの誰とも知れない召喚師に召喚されたのでは?
前者ならまだ良い。ナツミの傍であれば少なくとも魔王でも現れない限りほぼ無事でいられるだろう。
だが後者なら?
問題なのは良識のない召喚師に召喚された場合だ。召喚獣を見世物にしたり、不当な労働に従事させる悪辣な召喚師も決して少なくない。
召喚師に限らず、マスターを失った行き場のない召喚獣をそういった仕打ちをする者もいるのだ。
現にモナティもナツミの前のマスターを失った後はサーカスの見世物にされていたこともあった。
「現状、ナツミ、モナティの安否や行方をする術はない」
フラットのメンバーで唯一召喚師の教育を受けたソルが言いにくそうにも断言する。
「そんな……」
「ちっ」
口を押さえ青褪めるリプレ、苦々しそうに舌打ちをするガゼル。
表情は違えど二人の安否を心配しているようであった。
「召喚獣には疎いのだが、他人の護衛獣をおいそれと召喚できるなのか?契約を交わしているのだろう?」
フラットのメンバーで最も年上で皆の保護者も兼ねているレイドが質問する。
「……基本的に他の召喚師と誓約を交わした召喚獣を召喚することはできない。……が、モナティはナツミの護衛獣だと自分では言っているが、実際には契約していないんだ。」
「なに?」
「あいつは面倒臭がって契約を交わしてないんだよ。くそっこんなことになるなら契約させておけば良かった。ナツミも居なくなったっていうのにっ!」
レイドの質問に答えながら、次第に溜まった鬱憤が漏れ出したのか、ソルは苛立ちを吹き飛ばすようにテーブルを強く叩いた。
「つまり、こちらからは連絡を待つ以外に無いということか……」
考え込む皆を代表し、レイドがその場を締め括った。
あの後、子供達を呼び食事を終えた後、ソルは自室へと戻っていた。
「ったくバカが……」
ソルはベッドで一人悪態をついていた。
モナティにではない、自分に初めて居場所というものをくれた相棒であるナツミにだ。
組織を抜け、親からも切り捨てられた自分をナツミとフラットのメンバーは受け入れてくれた。
家族という言葉の意味を本当の意味で教えてくれた彼らをソルは心底大事にしていた。そのうちの二人がいない。それがなんとも落ち着かなかった。護界召喚師とも呼ばれる霊属性召喚師トップクラスの自分が何も出来ない。
先程の悪態には、力無き自分へも向けられていたのかもしれない。
「うぼおおおおおお!?」
そんな考え事をしているソルの腹部に突然衝撃と激痛が襲った。まるで人間大の大きさの何かが墜落してきたような……。
「ごほっ、がはぁああ!?は、腹が……!ぐぅふ……」
「いたたた……ん?」
ソルが腹を抱え苦しんでいる中、ソルのお腹の人物が声をあげる。
「うぐぐぐ、ってその声は……」
「あらソルさん?どうしたんですの?」
昨夜行方を晦ましたモナティがソルの腹の上にいた。
「どうしたんですの?じゃない!なんでモナティがこんなとこに居るんだよ!」
「ん?えっと、マスターに送還されたんですの」
「はあ!?ナツミが?どういうことだ」
「あ」
モナティが突然現れたことも驚く事であったが、モナティがナツミの事を口にしたのも驚くべきことであった。
その事をソルが問い詰めようとすると、突然モナティの体が昨晩のように光に包まれる。
「待った!」
モナティの身体が完全に光に包まれる前にソルは自分の腹の上に乗るモナティに抱きついた。
「帰りたくない」
あの後、ハルケギニアとリィンバウムをナツミの召喚術、送還術で行き来したソルはその言葉とともに再びリィンバウムに送還されていた。幼女の入浴現場に突然現れ、それを咎められそうになると即座に行方を晦ませるという罪を犯した身で。
ソルは送還後リプレに会うなり土下座をし、釈明を開始した。
「そっかナツミとモナティは無事なんだ」
「そりゃあ良かった」
リプレとガゼルがそれぞれ喜び、ほかのフラットのメンバーも心底安心した様子をであった。リプレの優しそうな笑顔にソルは一安心した。
「でも女の子の入浴を覗いた罪は別だけどね……ちょっと頭冷やそっか」
頭を冷やそう。その言葉自体には何の悪意も無いが、なによりリプレの声で発せられたそのセリフには星をぶち壊しそうな破壊力が込められていたとソルは後に語った。