ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第二章 リンカー白き国へ行く
第一話 それぞれの再会


 

ルイズは夢を見ていた。

 広大な平原をびっしりと埋め尽し、空を汚し尽くす悍ましい悪魔の軍勢。絶望的、この世の終わりを具現化した様な恐ろしい夢。幼子なら間違いなく魘され飛び起きてしまそうな程の光景だがルイズは不思議と一切の怯えを感じてはいなかった。

 彼女には見えていたのだ。悪魔の軍勢を迎え撃たんする者達が。黒い髪を僅かに揺らし、蒼い光りを身に湛えた少女がルイズには見えていた。その少女はルイズがこの世界に偶然にも招いてしまった異世界の守護者にて伝説の召喚師ナツミ。そして、ナツミと共に並び立つ大切な家族と仲間達の姿が。

 勇ましくナツミがサモナイトソードを抜き放ち、伝説の名に一片も恥じない召喚術を炸裂させる。大地が振るえ、大気が唸りをあげ、世界に仇為す侵略者達を慈悲無く蹂躙していく。それに続きナツミの仲間達も思い思いの武器と召喚術を駆使して悪魔達を駆逐していった。

 そして、場面はガラリと変わる。

 今度は見知らぬ白い髪の青年が頭を抱えて叫び声をあげていた。見る間に青年は強大な化け物へと姿を変えた。化け物は自らの隣にいた男性を握り潰すとナツミへと声をかける。

 化け物が声を掛けるのだ。それは恐ろしくもおぞましい内容だろう。ルイズはそう思ったが、それは見事に外れた。

 それは願いであり、懇願だった。

 自分が自分であるうちに殺してくれと。

 化け物へと変じてしまう前に、心が怪物に食われてしまわぬうちにと。そうこの化け物は人だった。

 

 しかし、ナツミにそれは出来なかった。その願いが青年の最後の願いだと分っていても、生涯を他人に振り回された末の願いがそんな悲しいものなんて納得できなかったのだ。何か青年を救う手は無いのかと必死に考えていた。

 

「ば、か、やろ」

 

 青年の頼みを聞けず、泣き出しそうなナツミを見て青年は歪に苦笑しながらそう言った。青年も分っていたのだ。お人好しの極みの様な彼女にどんな無理強いをしているか。だが、それが青年が自我を保っていられる最後だった。

 次の瞬間。

 青年は更にその姿を変貌させる。

 人型を中心にそれを守るかのように背中から巨大な竜の頭を五つ纏わせた化け物へ。その偉容は化け物の王と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。ルイズは思い出す。おそらくこれがナツミが最初に言っていた魔王とその生贄になった青年のことなのだろう。

 魔王は咆哮は嵐を呼び、いくつもの竜巻が獣の様な咆哮をあげながら、天へと駆け上がる。雷鳴と豪雨がおりなすその光景はまさに地獄。この世の終わりに相応しい光景であった。もうダメだとルイズが目を瞑りそうになったその時、蒼き光がナツミから溢れ嵐を吹き飛ばす。

 雲が晴れ、月の光に照らされた魔王の眼前へと躍り出るナツミと仲間達、圧倒的としか思えない敵を目の前に彼らの瞳には一片の恐れも無い。信じているだろう。ナツミの力を、ナツミの力はこんな暴力だけの力には決して負けないと、穏やかで優しい光りをそれでいて力強さも兼ね備えたナツミの力は魔王のそれを凌駕すると誰も信じて疑ってはいなかった。

 戦いは佳境へと至る。すでに満身創痍の魔王へ特大の光を放つナツミ。もはやそれを避ける気力も、受け止める体力も魔王には残されていなかった。光を全身に浴び魔王は溶け崩れていく。

 魔王が消えゆく中、ナツミの周りに蒼い光の粒子が満ちていく。蒼き光の粒子は残る悪魔の軍勢を本来いるべき世界へと送り返していく。

 嵐が治まると、そこには綺麗な満月が空へと浮かんでいた。それは世界が救われた瞬間であった。

 

 夢と分かっていながらルイズはその光景に見とれていた。きっとこれはナツミが見た光景。ナツミが話していた世界を救った物語の一端なのだろう。

 今の場面がナツミが召喚され最初に魔王から世界を救ったという場面なのだろう。

 

 昨日まで、舞踏会までのルイズであれば手放しにすごいと思っていただろう。

 

でも今は……。

 

 あの舞踏会でそれまで自分を馬鹿にしていた男の子達が、ルイズのもとに集まってきてダンスを申し込んできた。ちょっと自分が手柄を立てたからといってちやほやする男とはダンスなぞ踊る気も無く。困り果て辺りを見ると外のバルコニーで手すりに背を預けているナツミがそこにはいた。

 目を合わせようとすると突然をこちらに背を向け、会場から出て行ってしまった。その最後に見た瞳に涙が浮かんでいるような気がして自分も会場を飛び出したのだ。あの後、思ってもいない事態となり結局はナツミの浮かべた涙の理由は有耶無耶になってしまったのだが。

 

 夢も終わりが近いのか、辺りは真っ暗になっていた。徐々に鳥のさえずりも聞こえてくる。ゆらゆらと水に揺蕩っているような感覚がルイズを包んでいた。

 

(なんでナツミは泣いてたのかな?)

 

 ルイズが夢と現の間で考え込んでいると、辺りがまた明るくなる。

 

 

(ここは?)

 

 ルイズが辺りに目をやると見たことも無い建物が幾つも立つ光景が広がっていた。

 道の幅はトリステインで最も広いブルドンネ通りよりも遥かに広い。馬も無く鉄の荷台が道を走っている。石の木が規則的に何本も立ち並ぶ、ナツミはハルケギニアを異世界と呼んでいたがルイズからすれば、今見る光景がまさに異世界そのものであった。

 

「ハシモト先輩!」

「あらエミちゃん。どうしたの?」

「えへへ。校門を出たらハシモト先輩の後ろ姿が見えたんで走ってきました~」

「転んだりしないでよ」

(あれってナツミ?なんか見たことない服着てる)

 

 聞きなれない名前でナツミを呼ぶ少女と談笑しながらナツミは夕焼けの中を歩いている。見ればあたりには男子は男子、女子は女子で同じ格好をしている。それはまるで魔法学院で学ぶ自分たちの様にルイズには見えていた。

 そのナツミを先輩と呼ぶ少女と歩くナツミは誓約者と呼ばれる英雄には見えなかったそうこの夢の中を歩いている周りの少女達と何も変わらない。

 

 普通の少女がそこには―――居た。

 

 

 

 

「ん……」

 

 いつもはナツミに起こしてもらっていたルイズであったが、今日はおかしな夢を見たせいかナツミよりも早起きしてしまっていた。

 

「……そっか」

 

 ルイズは未だに覚醒しきらぬ頭で今見た夢の事を思い返していた。おそらくあの夢はナツミの過去の話。使い魔とその主は深い絆で結ばれているという。使い魔の過去を夢として見る事もあるのかもしれない。

 

「わたし、ナツミをナツミとして見て無かったのかもしれない……」

 

 あの夢が本当にナツミの過去なのかは本人に聞くしか無いが、今までナツミを英雄という外側だけを見ていたことにルイズは少し反省していた。彼女は自分と二歳しか歳が変わらない、女の子であるということに……。

 

 

「……ん。ふにゅ……もう食べられないですの。マスター」

 

 そんなルイズのシリアスな思考はテンプレートな寝言で粉砕された。この寝言は、今ルイズが悩んでいた少女のものでは無い。今、このベッドには三人の少女の寝床と化していた。

 

右端にルイズ、真ん中にナツミ。

左端に……。

 

レビットの少女、モナティが。

 

「はぁ……ぶち壊しね」

 

 上半身を起こし、モナティを軽く睨むが……ほにゃっとした彼女の寝顔を見ていると理不尽な怒りをぶつけている自分に馬鹿らしくなり、頭を軽く振るとベッドから降りる。

 

 ルイズが身支度を整えていると、その音に反応したのかナツミがもぞもぞと動き出す。

 

「う……」

 

 むくりと、ナツミは体を起こすと寝ぼけ眼で部屋の一点を見ていると思いきや、隣でむにゃむにゃやら、ふにゃふにゃ言ってるモナティに視線を移す。

 

「……?なんでモナティがここに……?あれフラット?」

 

 起きたばかりで働かない頭に?を浮かべまくっていた。そんなナツミにルイズは珍しいものを見たと少しほほ笑むが、自分よりもモナティを優先してるような気分になりちょっと面白くなかった。

 

「ナツミ。おはよう。寝ぼけるなんて珍しいわね?」

「ん……おはよ。ルイズ……ああ思い出したぁ!」

 

 ルイズに返事を返すと頭を振りながら叫びだす。モナティは起きない。ナツミは昨日の様子をすっかり思い出していた。昨日ルイズが皆にちやほやされているのを見て、たまらなく寂しくなり思わず会場を飛び出してしまったこと。まるでハルケギニアで独りぼっちになってしまったような感覚に陥ってしまったことを、抑えきれない気持ちは自分の心を家族への懐古と逢いたいという願望に染め上げ、何も考えず感情のままに魔力を放出してしまったことを

 幸いにも魔力自体は破壊という形で現れなかった。

 

 より斜め上の結果では現れたが。

 

 その現れた結果が自分の隣でのんきに眠る少女―モナティ-であった。

 逢えなくなって一週間とちょっとしかたっていなかったが随分とやつれているように見える。肌も少し荒れている。昨日の夜見たときは目の下の隈も酷かった。よほど自分を心配してくれたのだろうとナツミは感じていた。

 

「ナ・ツ・ミ!」

「わぁあああ!?」

 

 そんな事を考えていると突然ナツミの眼前にルイズの顔が割り込んできた。どうやらモナティの事を考えていて周り事が頭に入っていなかったようだ。

 

「いきなり驚かないでよ……。わたしは朝食に行くんだけどナツミはどうする?」

 

 いっしょに行こうと言いたい気持ちはあったが、モナティがこんなに憔悴してるのはどうやら自分がナツミを召喚してしまったせいらしいのでルイズはそこまで言うことが出来なかった。

 

「うーん。モナティが起きるまで待ってるわ。ここであたしが居なくなったらそれこそパニックになるかも知れないしね」

「ん……わかったわ。じゃあ行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃい」

 

 少し寂しい気持ちとナツミが元気になってくれた喜びを感じながらルイズは部屋を出る。

 

 出たと思ったとたん再びドアが開かれルイズが顔だけ出す。

 

「……今晩は召喚術の練習する?」

「うん。昨日は舞踏会で出来なかったからやろうか。あたしも試したいことがあるしね」

「わかったわ。じゃあまた」

「またね」

 

 優しく声を掛けてもらいちょっぴり嬉しいルイズであった。

 

 

 ルイズが出て行った後、ナツミは再び頭を傾げていた。

 何故モナティが召喚されたのか。

 モナティとはマスターと召喚獣という関係ではあるものの、それはあくまで表面上のもので、実際彼女たちは契約を交わしてはいない。モナティはナツミではない召喚師よって幻獣界から招かれた召喚獣なのだ。主人に先立たれ、サーカスで酷い扱いを受けているところをナツミが救い、その恩を返すためにモナティはナツミをマスターと慕いナツミの傍に仕えているのだ。……実際はドジッ娘な為、色々と失敗しているが。

 

「う~ん。こういう理論は毎度の事ながらさっぱりね……」

 

 なんとか自分が覚えている知識だけで考えようとするものの、ほぼ感覚的に最上位の召喚術を行使する彼女は理論はほぼ分からず、解決の糸口すら見つからない。

 事あるごとにソルがナツミにもっと理論をとか構築される術式だとかナツミからすればわけのわからない言葉で口をすっぱくして言っていたが全てスルーしてきたことに今更ながらナツミは後悔していた。

 

 ナツミが柄にもなく唸りながら召喚術の事を真剣に考えていると隣のモナティが動き出した。

 

「ふにゅう……う……朝ですの?」

 

 モナティはむくりと起き上がりまだ眠たげな眼をこしこしと両手でこする。しばらくそうしているとようやく頭が冴えてきたのか、はっと辺りをきょろきょろ見渡し始めた。

 

「……っ……っ」

 

 ナツミは随分と必死に部屋を見渡すその様子に声をかけるにかけられないでいると突然モナティの瞳に大粒の涙が溢れだしてきた。

 

「……夢でしたの?……ますたぁ……う……っ」

 

 今にも大泣きしそうな様子にナツミは大いに慌ててモナティに声をかける。

 

「ちょっと、ちょっとモナティ!なにいきなり泣きそうになってんの?あたしならここにいるじゃない。まだ寝ぼけてんの?」

「ふみゅ………っ?」

「モナティ?」

「ふみゅうううう!!マスター、マスター……。夢じゃなかったですの~」

 

 声を張り上げながらモナティはナツミに抱きつく。昨日の再会した時と同じかそれ以上の強さで。

 

「モナティ苦しいぃぃ……」

「良かったですの……良かったですの!」

 

 心配かけていた身ゆえ、邪険にもできずされるがままになるナツミ。だが、いかに召喚師タイプのモナティとはいえ獣人。思い切り抱きつかれているナツミは随分と苦しそうな声をあげる。

 そんなナツミの様子にモナティは気付かない。元々、天然気味の……いや、かなり天然のモナティだが今回ばかりは大好きなマスターが目の前で消えてしまいご飯もろくに食べられないほどのショックを受けてしまっていたのだ。

 それが突然、自ら召喚され気付けばナツミが目の前にいるではないか。

 その時のモナティの喜びは昨日の再会で消えてなくなるほど生易しいものでは無かった。

 

 

「……落ち着いたモナティ?」

「はいですの!」

 

 あれから短くない時が過ぎ、ナツミはようやくモナティから解放された。大分ぐったりしたナツミはとりあえずモナティを連れ朝食に向かうことにした。いつもは朝食前に洗濯をするところだが今日は大分時間をロスしてしまったためだ。

 早く食事に行かねば朝食を食い損ねてしまう。

 

「モナティ、早く!朝ごはん抜きになっちゃうわよ」

「うう……それはいやですの~」

 

 まだ少し目元を赤く腫らしてはいるが、大分顔色が良くなったモナティを軽くからかうナツミ。それ抗議するモナティの声もどことなく嬉しそうであった。

 

 

「広いところですの~!」

 

 使用人用の食堂で食事を終え、ナツミはモナティと学院を案内していた。モナティの素性は、とりあえず答えられないとしか言えなかった。ナツミの出身はロバ・アル・カリイエだと答えてしまったからだ。

 ロバ・アル・カリイエは砂漠を越えた遥か東方に位置する土地。

 そんなところから一週間ちょっとで知り合いがくるなど、不自然極まりなく下手な言い訳は逆効果だと判断したためだ。

 

(モナティがいい子だってのは分かって貰えてよかった)

 

 モナティがこの世界では、忌避される獣人ということもあり、他人には言えぬ事情があると勝手に皆が思ってくれたのはナツミにとってありがたい事であった。それはナツミ自身が使用人から高い信頼を得ていたためであったが本人はそこまで頭が回っていなかった。

 

 

 一通り、学院を案内し終えたナツミは学院でもあまり人が来ない大型の使い魔の宿舎へと来ていた。

 

「マスターこんなところに来てどうしたんですの?」

「ちょっと試したことがあってね」

 

 ここに来たナツミの目的は昨日、モナティを召喚した際に感じた疑問を解消するためだ。

 

「えっと、モナティに確認したいことがあるんだけど」

「なんですの?」

「昨日、ここに召喚された時のこともう一回話してくれる?」

「?いいですの」

 

 ナツミは昨晩、モナティから聞いた召喚時の事を事細かに聞き始める。

なんでも、ナツミが居なくなり、ずっと泣いていたこと、自分が助けれなくて落ち込んで部屋にずっといたこと、落ち込んで幾日が過ぎたこと、ご飯は全然食べる気は無かったがリプレがたまに半ば無理矢理食べさせてくれたこと、お風呂なども一緒に入ってくれこと、そんなサイクルを何回かし、ソルとリプレがご飯を食べに行こうと誘ってくれそれに従って付いて行く途中に突然、体が光だし空中に投げ出されたと。

 

「大体、そんなとこですの」

「なんか話を聞いてると凄まじい罪悪感に囚われるわね……」

 

 自分が居なくなったことでそこまで他人に影響を与えるとは考えていなかったためナツミは少し落ち込んだ。

 

「うう、それより肝心なところを聞いてないわ。えっとモナティその召喚された時って前にリィンバウムに召喚された時と同じ感じだった?」

「……う~ん。前に召喚されたとは随分前でしたの。……あまり良くは覚えてないですけど、似てると言えば似てましたの」

「うーん……参考にはならないわね」

「うう、ごめんなさいですの」

 

 あまり情報が得られず思わず本音を言うと申し訳なさそうにモナティは耳を縮こませ謝る。

 

「ああ!ごめん、ごめん!別にモナティを責めてるわけじゃないのよ?」

「本当ですの?」

「本当よモナティに悪いとこなんて何もないわ」

 

 うるうると瞳を潤ませるモナティの頭をナツミは優しくなでる。

 

「それにしても埒が明かないわね……こうなったら」

「?」

 

 元々、頭が使うのは苦手なナツミ、彼女なりにいろいろ考えてみたがモナティが召喚された原因などは分からない。そもそも自分が召喚された原因も分からない。そんなナツミはナツミらしい短絡的な方法で疑問を解消することにした。

 

 すなわち。

 

 実践。

 

「モナティ」

「はいですの」

 

 いつになく真剣な顔してモナティを呼ぶナツミ。

 

「今からモナティをリィンバウムに送還するわ」

「はいですの!……ってふみゅうう!?」

 

 召喚できたから送還してみる。今のナツミの頭にはそれしかなかった。

 ナツミの体から魔力が噴出し送還術を組み上げる。リィンバウムでは召喚術と送還術はセット、召喚術を施行した術者であれば自らが召喚したものを送還するのは大した技量を必要としない。

 瞬く間に送還の術式を編み上げ、術を行使する。

 

「マスタ……」

 

 という声を残しモナティは送還された。

 

「送還術はできた」

 

 予想通りに結果に満足するナツミ。そのまま幾分か待つと今度は召喚術を組み上げる。

術式はサモナイト石を使わない方法。昨晩、モナティを召喚した時の術式を再現する。

 

「おいで!モナティ!!」

 

 サモナイト石を使った通常召喚よりも大分魔力を消費しつつも術式自体は無事に起動する。昨晩と同じ光が生まれ、衝突音が響く。そこにはナツミの予想通りモナティがいた。

 

 そして……。

 

「!いてぇ!?」

 

 過去に自分を召喚した少年……。

 ソルがいた。

 

「あれ?」

「あれじゃない!?」

 

 ソルはナツミの反応が不満だったのかナツミに詰め寄った。

 

「ど、どうしたのソル?」

「どうしたのじゃない!?そ、それはこっちのセリフだ!急に居なくなりやがって、皆心配してたんだぞ!モナティなんてロクにメシも食えなくなるし」

「それはどうもすいません……」

「それだけじゃない!昨晩はいきなり目の前でモナティが消えるわ、そしたら今日はなんだ!?いきなり俺の目の前にモナティが降ってきて、『マスターに召喚されましたの』って言ってる間にまた消えそうになるから慌てて飛びついたら地面に叩き付けられたんだぞ!」

「あはは……それもごめんなさい」

 

 それからしばらくソルの長い説教が続いた。

なんでも下手にモナティを送還して幻獣界まで送還したらどうしたんだとか。ナツミ自体がリィンバウムに居ればもし幻獣界に送還されても召喚し直せば良いが、ハルケギニアに居てはハルケギニアにしか召喚できないためフラットの皆と会えなくなるだろうと。

 

「……確かに不用意でした」

 

 素直に謝るナツミ、ハルケギニアに召喚されフラットの面々と会えなくて寂しい思いを自分もしていたため、自分が考えなしに行ったことを深く反省していた。

 

「まぁ、大事に至らなかったから良かったけどな……」

 

 そんなナツミを見て苦笑するソル。彼も言葉には出さなかったがナツミのことを心配していたため無事なその姿を確認し安心していた。

 

「まぁ、この件はもういい。とりあえず現状だけでも話してくれ」

「分かったわ」

 

 理解力に優れ、尚且つナツミのトラブルメーカーっぷりを嫌という程知っているソルはすぐに頭を切り替えると、ナツミの今の現状を聞き始めた。

 

「はぁ……相変わらずお人好しだなお前は……」

「う、悪かったわね……」

 

 一通りナツミが今の状況をソルに話すと呆れたようにソルは呟いた。ナツミも自分のお人好しなところは前々から皆に指摘されていたため歯切れが悪い。

 

「ま、それで俺もお前とフラットのメンバーに助けてもらったからな」

「モナティもですの!」

「……べ、別に成り行きよ成り行き。それにあたしも助けてもらったからね。お互い様よ!」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くナツミ、意外と褒められ慣れていないためこういうのは苦手であった。なおかつ相手が微塵も恥ずかしがって無いのがそれに拍車をかけていた。

 

「これからどうするのよ?」

「ん~向こうに送還してくれないか」

「?なんで」

 

 ソルの意図が全く分からないナツミ。

 

「バカかお前は、いやバカだったな。いやそれは置いておいて……お前、モナティに次いで俺まで消えてみろ、ただでさえ大事になってんだぞ。多少危険でも向こうに帰らないと皆に迷惑がかかる」

「それもそうね。ってバカって何よ」

「良いからさっさと送還してくれ。……送還したら俺が単体で召喚できるか試してみてくれよ」

「分かったわ」

 

 言い合いながらも、ソルの考えが分かったナツミはソルの言う通りリィンバウムへソルを送還する術式を組み始めた。

 

「言っとくが、失敗するなよ。あと適当に魔力を込めるなよ」

「……善処します」

 

 

 

 

 そして、時間は夜半過ぎ。結論から言うとソルの召喚は一応成功した。

 ソルの送還、後の召喚も成功した。成功はしたがソルは妙に疲れ果てていた。

 

 送還されたソルは何故かピンポイントでラミ、フィズの幼女二人が入浴中の浴室に送還されてしまった。

 ハルケギニアから送還された直後ソルは。

 

「無事成功だな」

 

 といかようにも取れる発言をキリッとをかました後、ふと周りを確認し信号機の様に赤、青と点滅した。

 次いでフィズの叫び声、ラミは大泣き。

 異常事態を察知したリプレが男性陣を押し留め浴室に飛び込むと幼女の入浴中に侵入した変質者と言うとんでもない光景であった。

 リプレがその変質者を問い詰めようとすると

 

「ち、違う」

 

 と言う言葉とともにソルは再びハルケギニアに召喚された。まるで犯罪の現場から逃走するように。

 再びナツミに召喚されたソルは送還がうまくいったことを告げると絶望にまみれた顔で再びリィンバウムに送り帰された。

 曰く。

 

「帰りたくない」

 

 とぶつぶつ言っていたが、帰らないわけにもいかないだろう。

 ともあれソルの単体での召喚、送還が上手くいったことはナツミ、ソルともに良き結果であった。ソルの無事が確認でき、ハルケギニアと行き来できることは、ナツミがリィンバウムに戻る方法があるということを示唆することに他ならなかった。

 そしてソルはその事実を元に向こうでナツミを召喚する方法を皆と検討してくれると言っていた。

 

「まぁ、帰れる希望が見えたのは良かったかな。でも……」

「マスター?」

「―――――」

 

 言葉を切るナツミの見つめる先には、ぽやーっとしているルイズがいた。今朝までは至って普通の様に見えたルイズが昼間を挟んで呆けているのだ。言葉をかけても、目の前で手を振っても、肩を叩いても反応しない。故に今日の召喚術の練習はなし崩し的に無しとなっていた。

 

「一体どうしたのかな?」

「上の空ですの」

 

 ナツミは知る由もなかったがルイズは昼間、この学院に王女が行幸された際に長らく会っていなかった婚約者を目撃しその凛々しい姿にすっかり心を奪われていたのだ。つまり恋は盲目というやつである。

 

「それでマスターはガウムと自分を助けてくれたんですの」

「そりゃあよかったな獣っ子。やっぱし相棒は良い奴だねぇ」

「うん!マスターはすっごく良い人なんですの~。他には……」

「ほぉー」

 

 ナツミが真剣にルイズの頭を心配するところまで悩む中、妙に気があったのかデルフリンガーとモナティは仲良く話し込んでいる。会話だけなら江戸っ子おじいちゃんと、おしゃべり孫娘みたいにも聞こえなくもないが、絵面は獣っ子と喋る剣。酷くシュールな光景だった。

 

 そんな四者四様に時は過ぎて行く中。

 唐突にドアがノックされる。

 ノックは規則正しく叩かれる。初めに長く二回、それから短く三回……。

 

 その音を聞きルイズがはっとした顔になり立ち上がる。

 ルイズがドアを開くと、そこには真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女が立っていた。

 

「……貴女は?」

 

 ルイズの問いに、しっとだけ言うと、杖を取り出しルーンを唱え始める。

 

 

「っ!」

 

 それを見たナツミは即座にデルフリンガーを掴み、一息にドアまで近づくとルイズを自分の後ろに隠す。

 

「!?」

 

 黒頭巾の少女が驚くもすでにその喉元にはデルフリンガーが向けられていた。ミス・ロングビルの事もある、学院内に不届き者がまだ居ないとも限らないし、なにより相手は問答無用で杖を取り出したのだ。まっとうな客人ではないとナツミは判断した。

 

「……なんの用」

「……あ、怪しいものではありません」

「こんな夜中に顔を隠して女の子の部屋に来て怪しくないなんてことあるわけないでしょ」

 

 溢れるナツミの魔力か、はたまた突き付けられたデルフリンガーに恐怖しているのか黒頭巾からもれる少女特有の高く澄んだ声は少し震え、怖れを滲ませていた。ナツミも先のフーケの件もある。学院自体が安全と言う盲目的な考えは既に無い。

 

「……っ!?もしかして……」

「どうしたのルイズ?」

 

 幾分かの時が過ぎ、突然ルイズが声をあげる。そんなルイズにナツミは正面の不審者から目を逸らさずに問いかけた。

 

「姫殿下……?」

 

 

 ルイズの半信半疑の問いに黒頭巾の少女は頭巾を少しずらし、ナツミ、ルイズに顔が見えるようにする。

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 

 そこには神々しいまでの高貴さをにじませた少女―アンリエッタ王女-が月明りに照らされ立っていた。

 

 


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