ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十話 少女の涙

明けて翌日。学院長室で、学院長に事件のあらましを四人は報告していた。

 

「ふむ……。なんと、ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」

「いったい。どこで採用されてんですか?」

 

 椅子に深く腰掛け、天井を仰ぐ学院長に隣に控えていたコルベールが尋ねた。

 

「街の居酒屋じゃ。儂は客で彼女は給仕をしておったのじゃが、……ついついこの手がお尻を撫でてしまってな~。……それでも怒らんので、気付いたら秘書にならないかと、誘ってしまったのじゃ」

 

……。

 

「「「サイテー」」」

 

 タバサ以外の少女三人がまったく同時に侮蔑の声を学院長にぶつける。

 タバサはこくこくと頷いている。

 

「むぐっ……。いや、きっとあれは、魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったのじゃろう。うん!……そうに違いない!魔法学院の学院長は男前ですね。とか言ってくれるし、しまいにゃ尻を撫でても怒らない。こりゃあ惚れてると思うわい!!なんと恐ろしい手じゃ……。のうコルベール君?」

 

 学院長は聞くに堪えない言い訳を並べ立てるばかりか部下のコルベールにまで同意を求める。

 

「……死んだ方がいいのでは?」

 

 そんな学院長にコルベールは冷たかった。援軍も無い学院長はこほんと咳払いをし、急に真面目な顔で四人を見やる。

 

「こほん。さてと、君たちはフーケを捕まえ、破壊の杖を取り戻した。君たちミス・ヴァリエール、ミス・キュルケにはシュヴァリエの爵位申請を、ミス・タバサは既にシュヴァリエであるので精霊勲章の受勲申請をしておいたぞ」

 

 学院長の言葉に先ほどまで冷たい顔をしていた三人の顔がぱあっと明るくなる。

 

「本当ですか!?」

 

 キュルケが驚いた声でいった。

 

「ほんとじゃ。君たちは、その位のことをしたんじゃからな」

 

 なんせ国中の貴族の屋敷を荒らし、尚且つ憲兵隊にその足取りすら掴ませることをしなかった土くれのフーケの捕縛である。それぐらい安いものである。

 

「……あの、オールド・オスマン。ナツミには何もないんですか?」

「残念ながら、彼女は貴族ではない」

 

 学院長は申し訳なさそうに言った。

 

「あ、別に何もいらないです」

 

 ナツミにとってはいつかは別れを告げるこの世界。重荷になるようなものなど欲しくはない。というか衣食住に困ってないので特に欲しいものがない。いや、さらに言えば欲しい物が思い浮かばない。

 リィンバウムに召喚され一年彼女はそこまで貧乏慣れしていた。

 

「ふむ。話はここまでじゃ。今宵はフリッグの舞踏会じゃ。このとおり、破壊の杖も戻ってきた。予定通り執り行うぞ」

 

 キュルケの顔が喜色に染められた。

 

「そうでした!フーケの騒ぎで忘れていました!」

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。着飾るとええじゃろう」

 

 学院長の言葉に三人は礼をするとドアへと向かった。ナツミもそれに続く。

 しかし、学院長によりナツミの歩みは止められた。

 

「ちょいと、ヴァリエール嬢の使い魔……ナツミ君じゃったか、君だけは残ってくれんか?」

 

 ルイズは心配そうに立ち止まり、ナツミを見つめた。

 

「ミス・ヴァリエール、コルベール君から話は聞いておるから大丈夫じゃよ。ちょっと気になることがあっただけじゃ……。気にせず先に行きなさい。それほど時間もかからんよ」

 

 ルイズは分かりましたと、だけ告げ部屋を出て行った。

 

 

「さて、聞きたかったことじゃが……どうやってあの破壊の杖を使ったのかだけ聞きたくての。あれは儂でも使えんしろものだった故、興味があってのぅ」

 

 学院長の言葉にコルベールはこの学院で最も古くからいる学院長が破壊の杖の使い方を知らないことに驚いた。ナツミは本来いた自分がいた世界にあった兵器なので使えなくて当然と驚かない。むしろ何故、自分が使えたのかが不思議であった。

 

「いえ……あたしにもよく分からないんです。何故か武器を持つと左手のルーンが光って、その武器の使い方が解るようになるんです」

 

 いまだにルーンの力、意味を知らないナツミにはそうとしか答えられなかった。

 

「武器の使い方が解る……。学院長、やはり彼女は…」

「うむ。コルベール君の予想通りじゃな」

「?このルーンが何か解るんですか?」

 

 二人で頷き合うコルベールと学院長にナツミが問う。

 

「……そのルーンはの伝説の使い魔に刻まれていた印じゃ」

「伝説の使い魔?」

 

 伝説の使い魔、普通なら一笑するところだろうが、何の因果かナツミは伝説の召喚師の力をその身に宿す存在。勘違いと断じるのは早計過ぎた。

 

(というかまた伝説?まさかまた厄介ごとじゃないわよね)

 

 だが、生来の楽観的な思考がこうも厄介ごとが重なる訳が無いと結論する。だが、次の学院長の言葉でその楽観的な思考も完全にぶち壊された。

 

「そうじゃ、ありとあらゆる武器を使いこなしたという使い魔ガンダールヴの印じゃ。そして偉大なる始祖、虚無の守り手の印でもある」

「……虚無ってまさか」

「……大まかには聞いておるじゃろうが、今は失われた系譜。六千年前にこの地に降臨した始祖が使っていたとされるメイジの系統じゃな」

「そんな使い魔の印がなんであたしに……まさか……」

 

 エルゴの王たる自分が、異世界で今度は伝説のルーンを刻まれる。しかも今は失われた系統たる虚無の担い手の守護者のルーンだ。そう自身が虚無を守る盾ならば、その守るべき相手は――――――。

 

「わからん」

 

 驚きつつも放たれたナツミの声にきっぱりと学院長は答えた。

 

「……たしかな事はなにも言えん。君も聞いてると思うがミス・ヴァリエールは魔法が使えん。それがなぜ君ほどの英雄を使い魔として召喚できたのかもわからん。……もしかすると以前、君が別の世界に召喚されたように、この世界でも何かが起ころうとしているのかもしれん。じゃがそれも、ただの推測にすぎんがの」

「そうですか……」

 

 リィンバウムでは魔王と戦う羽目になった事を思い出し、ナツミはさらに肩を落とす。まぁ流石にそこまでの事態にはならないだろうと楽観視したい…。そうでなくても魔王を倒した後に、メルギトスという大悪魔が復活し、サイジェントに悪魔の軍勢を送りこんできたりと大事に巻き込まれっぱなしなのだ。なのに始祖だの六千年前だの失われただの、リィンバウムで厄介ごとに巻き込まれた時に聞いたモノと良く似たワードが飛び交っているのだ。嫌な予感がしてしょうがない。

 

「まぁ儂に言えるのは君が伝説の虚無の使い魔であり、ミス・ヴァリエールも虚無の使い手の可能性を否定できんとしか言えん。しかし、注意しておくことに損はあるまいて、知らんよりは知っていた方がなにかあったときに対処もしやすかろうしの」

「わかりました」

 

 学院長の言葉に神妙に頷くナツミ。

 自らも巨大な力を持つが故に利用されかけた経験があるだけに、学院長の言葉の重さが分かる。それと同時にそれを伝えてくれた学院長に感謝していた。厄介ごとは御免こうむりたいナツミだが、それで一人の少女を見捨てるようなマネは決してできない。事件に巻き込まれれば、最後まで一緒に巻き込まれる覚悟はあった。

 それと比べて彼女を召喚した人物(ソル)なんて……それを黙ってるばかりか、女の子を荒野で一人……以下略。

 

「あと、破壊の杖を……恩人の形見を取り戻してくれてありがとう」

 

 余程のその恩人とやらに感謝の念を抱いているのだろう。先程までの学院長と言う役職の仮面を剥がしオールド・オスマンとして彼はナツミにお礼を言った。

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階の大きなホールにて舞踏会は行われていた。ナツミはバルコニーの枠に持たれ、華やかな会場をなんとはなしに見下ろしていた。

会場に視線を向けるナツミは先ほどの学院長との話を思い出していた。あの破壊の杖-M72ロケットランチャー-はナツミの本来いるべき世界より持ち込まれた可能性が高いものだということ、もちろん機界(ロレイラル)から自立機械が統治するより前に召喚された物の可能性もあるが生身の人間も一緒にもいたと学院長が話していた為、その可能性は低いだろう。

 だが、どちらにしてもナツミしてはどうでもいい事ではあった。たしかに元いた世界の友人、家族も気にはなる。でも自分の帰る世界はやはりリィンバウム……フラットの孤児院が彼女の居場所なのだ。

 

「相棒、黄昏(たそがれ)るねぇ~」

「そう見える?……はぁ」

 

デルフリンガーのからかうような言葉にため息を思わずナツミは吐いた。ナツミの視線の先には、料理と格闘する黒いドレスのタバサ、たくさんの男子生徒に囲まれ楽しそうに笑うキュルケ、そして

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおな~り~!!!」

 

美しい桃色の髪をバレッタでまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んだルイズがそこには立っていた。学院の制服ですら同性のナツミをして可愛いと思ってしまう容姿のルイズは、いまや宝石のごとき美しさへと磨かれ思わずナツミは息を呑んでしまった。

 

 

 ナツミはその美しさからちょっぴり羨ましいとさえ思っていた。無論ナツミの容姿も決して凡百のそれではない、整った容姿をしており着飾れば大いに映えるだろう。ただそれはルイズやタバサの様な愛らしいや可愛らしい、ではなく凛々しいと言われる姿になってしまう。

 普段はさばさばした性格ゆえに気にならない事柄だが今は何故かそんな事が気になった。

ナツミがそんな風に見とれてるとは知らないルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男たちが群がり、さかんにダンスを申し込んでいた。

そんな中、ナツミはただただ一人でバルコニーでその様子を見続けていた。何故かバルコニーとホールの距離がすごく遠くなったような不思議な感覚がナツミを襲う。

 ホールではキュルケを始め、貴族たちがダンスを踊り始めた。皆がダンスをする光景やルイズがダンスを申し込まれている姿を見ていたナツミはバルコニーから外へと続く階段を一人降りていく。

 

「おい相棒。娘っこの晴れの舞台を見なくてもいいのか?」

「うん。なんか場違いかなってね」

「相棒?」

 

 ちやほやされているルイズを見ているうちに何故かナツミの瞳には涙が溢れ出ていた。突然、バルコニーを去ったのはルイズと目が合いそうになったからだ。

 

こんな姿見られたくない。

 

別にルイズに意地を張っているわけではない。ただこのハルケギニアで唯一の居場所であるルイズが取られてしまったかのような感覚が彼女を襲っていた。

 ルイズがいままで自分を頼ってくれたのでナツミは自身が気付かないうちにそれを精神を支えとしていたのだ。しかし、今や皆に認められつつあるルイズに自分は必ずしも必要では無いのかと、そんなネガティブな感情が噴出していた。

 

「相棒……」

 

 デルフリンガーも気付く、異世界の英雄やガンダールヴという立派な外枠がなければ、今代の主は未だに二十に満たぬ少女であることに……。

 

「逢いたい……」

 

 リィンバウムの家族に……。

 

「逢いたいよぉ」

 

ソル、ジンガ君、リプレ、エドス、フィズ、アカネ、ラミ、アルバ、ガゼル、レイドさん……。

 

「逢いたい!」

 

 ………モナティ!

 自分が召喚される前、最後に一緒に居た泣き虫な護衛召喚獣の姿が最後に思い浮かんだ。

 

 その瞬間。

 

ナツミの目の前の空間が光り輝く。

 

「ナツミ!」

 

 いつの間にか、ついて来ていたルイズがナツミを呼ぶが、そんな声も今のナツミには何故かひどく遠く感じた。

 

 

 ドォオオオオオン!

 突然の衝突音とともに土煙が辺りを包む。

 

「?ゴホ、ゴホっな、なんなの?」

 

 ルイズは咳き込み混乱しながら、土煙が晴れるのをルイズは待った。早く晴れろと思うも、それで土煙が無くなれば苦労はしない。

 

 

 

「うぅ、なんですの~?。い、痛いですの」

 

 ようやくうっすらと人影が確認できるようになった土煙の中からはルイズにとっては聞きなれない、ナツミにとっては懐かしい声が辺りに響く。

 土煙が晴れるとそこには

 帽子から垂れた耳をはみ出させ、土埃が目に入ったのか碧眼を涙で濡らす少女がそこに座り込んでいた。

 

 

 

第一章  了

 




ようやく一章が終わりました。
七章まで投稿していたのを考えるとまだ七分の一。
次章はあの娘も登場します。

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