ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

11 / 79
第九話 破壊の杖

ゴーレム襲撃から明けて翌日の朝。

学院はまるで蜂の巣を突いた様な大変な騒ぎとなっていた。

夜が明けてみれば、宝物庫に穴は空いてるわ、学院の宝物の一つ破壊の杖はフーケに盗まれているわ、学院中が大量の砂塗れだわ、中庭には大穴が空いてるわ。となれば当たり前の事ではあろう。……最後の一つはルイズのせいだが。

 学院長室には早朝から今後の対策を練るため教師陣が、そしてフーケを目撃したナツミ、ルイズ、タバサが集められ今後の事を話し合っていた。あんな事件から寝れる暇があるわけも無く三人は不眠で話し合いに参加していた。ナツミはともかくルイズとタバサは見るからに目の下に隈をこさえ眠そうな顔をしている。小柄で見るからに体力が無さそうな二人に徹夜は辛いのだろう。

 そんな寝不足で立ってるのも辛い二人と普段通りのナツミ目の前では教師陣が、話し合いと言う名の責任の擦り付け合いを展開していた。日ごろ言う貴族の誇りを教える側の教師がこれであるならギーシュを始めとする傲慢な生徒が大量に生み出された理由もおのずと分かるような光景であった。

 

「これこれ、ミセス・シュヴルーズばかりを責めるでない。この中で今までまともに当直をしていたものの方が少ないのは誰もが知っておろう?今までその事実を知っていながらそれを改めることを誰もがしてこなかった。責任があるとすればそれを放置をしていた我ら全員にあると言わねばならない」

 

 終わらない擦り付け合いは学院長の鶴の一言で一応の終わりを見せた。普段は見せない威厳に溢れた学院長に感激したシュヴルーズが感激し学院長に抱きついた。

 

「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲の御心に感謝いたします。わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします」

 

 シュヴルーズは感動の涙をポロポロと零す。……そして学院長はそんな彼女のお尻をキリリとした顔で撫でていた。

 

「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」

「わたくしのお尻でよかったら!そりゃあもう!いくらでも!はい!」

 

 学院長はコホンと席を漏らす。場を和ませるつもりで尻を撫でたのに誰も突っ込んでくれない。それどころか冷たい視線が突き刺さる。

 

「……サイテー」

「私もそう思うわ、人の弱みに付け込んでお尻を撫でるなんて……」

 

 ぼそっとナツミが呟き、ルイズにそれに続きタバサもこくこくと頷いている。そんな声が聞こえたのか、学院長は視線をあたりに泳がせる。

 

「……えっと、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「このニ人です」

 

 学院長のあからさまな話題転換に、コルベールが律儀に返事をし、自らの後ろに控えていた二人を指差した。タバサ、ルイズの二人であった。ナツミは使い魔なので数には入っていない。

 

「ふむ、君たちか」

 

 そう呟き二人を見た学院長はナツミに視線を移す。

 

(こう見ると普通の平民の女の子にしか見えんのぅ)

 

 学院長がじろじろナツミを見ながらそんなことを考えている中ナツミは

 

(……なんであたしをじろじろ見るのかしら?はっ!まさかあたしのお尻を撫でようとしてんの!?)

 

 そんな馬鹿な事を考えていた。……現状ナツミからすれば学院長は堂々と非常事態にも関わらず女性の尻を平気で撫でるほど厚顔無恥な老人にしか見えない。そんな思考に陥っても仕方ないと言ったら仕方なかった。

 

 

 

目撃者たる三人の話を聞く中、学院長はふと自分の秘書が室内の何処にもいないことに今更ながら気付く。

 

「ときにミス・ロングビルはどうしたかね?」

「朝から姿を見ていませんね」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ?」

「どこでしょう?」

 

 そんな話をしていると、ノックもせず学院長室の扉が開かれ件のミス・ロングビルが姿を現した。

 

「ミス・ロングビル!どこに行っていたんですか!?大変ですぞ!事件ですぞ!」

 

 興奮した調子で、コルベールが捲し立てるが、ミス・ロングビルは冷静に学院長に報告する。

 

「申し訳ありません。朝から行っていた調査を今さっき終えたところです」

「調査?」

「ええ、今朝方、起きたら中庭が大変なことになっているじゃないですか。そして宝物庫に穴が開いており、その壁には破壊の杖を盗んだとフーケからサインを見つけ、これは一大事とすぐに調査いたしておりました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 

 髭を撫で感心した様子で学院長は頷いた。

 

「で、結果は?」

 

 コルベールが慌てた調子で促した。

 

「はい。フーケの居所がわかりました」

「な、なんですと!」

 

 冷静に告げるロングビルに対しコルベールが素っ頓狂な声をあげる。

 

「誰に聞いたんじゃ?ミス・ロングビル」

「はい、近在の農民に聞き及んだところ、近くの森の廃屋に入って行く黒づくめのローブの男を見たそうです。おそらく、その人物はフーケで廃屋は隠れ家ではないかと思われます」

「そこは近いのかね?」

「はい、徒歩で半日。馬で四時間といったところです」

「直ぐに王室に報告しましょう!王室騎士隊にフーケ討伐を依頼しましょう!」

 

 コルベールが叫ぶがその声は学院長に一喝により却下された。

 

「ばかもの!王室なんぞ知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!我が身にかかる火の粉を己で払えんとして、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!これは魔法学院の問題じゃ!当然我らで解決する!」

 

 学院長はそこでコホンと咳払いし、学院長室に集まった皆を見やる。

 

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ!」

 

 学院長は有志を募るが、誰も杖を掲げず、互いに顔を見合すだけだ。

 

「誰もおらんのか?フーケを捕まえ、己が貴族の誇りを示せる、またとない機会じゃぞ」

 

 更に学院長が促すが一向に杖を掲げるものは現れない。

 

「はい!」

 

 誰も杖をあげずにいるとさきほどまで俯いていたルイズが、自らの杖を顔の前に掲げ高らかに声をあげた。

 

「ミス・ヴァリエール!何をしているのです!貴女は生徒でしょう。ここは教師に任せて……」

 

ミセス・シュヴルーズが、驚きの声をあげつつもルイズを窘める。

 

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 ルイズはミセス・シュヴルーズを真っ直ぐに見やり言い放つ。真剣な目で凛々しいその姿はその場の誰よりも貴族らしかった。そんなルイズを見てナツミは少し困った顔をした後、微笑みを浮かべる。

 

(……無理して少し震えてるわよ)

 

 突然のルイズのフーケ捜索隊への立候補に目を奪われ、ルイズの震えに皆は気付いていないようだが、ナツミは気付いていた。そして、おそらくタバサもルイズの様子に気づいたのだろう、彼女もまた自らの杖を掲げる。

 

「君も生徒じゃないか!」

 

 コルベールが驚きの声をあげた。

 

「タバサ。いいの?」

「心配」

 

 言葉少なくタバサは返すが、不思議とルイズは冷たい印象を感じなかった。声色こそ抑揚が無いが、タバサの瞳にはそんな声色とは対照的な暖かな光が灯っていたからだ。

 

「……タバサ。ありがとう……」

 

 いつも強気で素直になれない彼女のそのお礼は、ナツミとの出会いの影響なのか?それは誰にも分からない。只その光景は学院長を微笑ませるには充分であった。

 

「そうか。では、頼むとしようかの」

「オールド・オスマン!わたしは反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけにはいきません!」

「では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ……。わたしは体調がすぐれませんので……」

 

 咄嗟に生徒の心配をしたミセス・シュヴルーズであったが、任務の矛先が自分に向けられると、お腹を押さえて呻きだす。

 

「彼女たちは、敵を見ておる。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 

 学院長の言葉にその場にいた皆の視線がタバサに集まる。とうの本人はそんな視線なぞ意にも介さずぼさっと突っ立ている。

 

「本当なの?タバサ」

 

 そう驚きながら問いかけるはルイズ。驚くのは無理もない。王室から与えられる爵位では最下級のシュヴァリエだが、その受勲対象は純粋な功績にのみ与えられるものである。つまり実力の称号である。それを自分と変わらぬ歳であるタバサが持っていた事に彼女は驚いていた。

 

「そして……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女、そして本人も……座学で優秀な成績を収めている将来有望なメイジと聞いているが?そしてその使い魔は」

 

 ルイズの評価を、ウソをまったく言わずに言い切る学院長。流石と言うか鬼謀と言うか、そう言わば狸爺であった。そんな学院長は今度はナツミを熱っぽい目で見つめた。

 

「平民でありながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンを決闘にて無傷で勝利したとの報告を受けている。如何にドットクラスとはいえ無傷でメイジを倒したのじゃ。足手まといにはならんじゃろ」

 

(むしろ本命はこの子じゃな)

 

 学院長はそう考えていた。戦いを知り、自身も強者であるコルベールが自身よりも遥かに強いと感じたと報告してきたのだ。弱い訳が無いだろう。それに伝説のガンダールヴの可能性もある。

学院長の言葉に続きコルベールが興奮した様子で、後を引き受ける。

 

「そうですぞ!なにせ、彼女は誓約者、いわゆる救世の……」

 

 学院長は慌ててコルベールの口を塞ぐ。

 

「むぐ!ぷはぁ!いえ、なんでもありません!はい!」

「?しかし、生徒がたった二人では……」

 

 教師の一人が学院長の奇行に首を傾げながらも異議を唱える。

 

「ふふふ、二人では無い。それ!」

 

 学院長は笑みを浮かべると呪文を唱え自らの杖を振るう。そこにはディテクトマジックの光が込められていた。

 

「!」

 

学院長室に向かって右側の壁にディテクトマジックの反応が集まり、その様子を見たミス・ロングビルが部屋から飛び出していく。

 

「あはは……」

「あ、あんた……」

 

 ミス・ロングビルが戻ってくると襟足を掴まれキュルケまでついてきていた。ルイズは思わず言葉を詰まらせる。

 

「ミス・ツェルプストー!先程の会話を盗み聞いていたのかね!?」

 

 コルベールはすごい剣幕で詰め寄るが学院長がそれを止める。

 

「構わんよ。今朝の失態で注意が散漫になっていた我らにも非はある」

「しかし……」

 

 食い下がろうとコルベールはするが、学院長はどの段階で気付いたかまでは分からないがだいぶ前からキュルケの盗み聞きに気づいていたのだろう。

 

「それで、ミス・ツェルプストー今の会話を聞いてどうするつもりじゃ」

「もちろん。あたしも捜索隊に参加しますわ」

 

 

 

 

「……借り一」

「気にしなくていいわよタバサ。ルイズへの貸しを二つにしとくから」

「なんでわたしだけ貸しになんのよ!しかもタバサの分も!」

 

 四人とそしてプニムはミス・ロングビルが御者を務める馬車に乗り込み、彼女の案内の元、フーケがいると思われる廃屋へと向かっていた。ちなみにプニムはナツミの頭に座っている。皆が乗車する馬車はすぐに戦闘に移れるよう、屋根が無い簡素なものであった。

ナツミは言い争うキュルケとルイズの二人を微笑ましく見ていた。ルイズはキュルケを嫌っているようだが、キュルケはゼロと呼ばれ馬鹿にされている彼女の事を心配しているようにも見えた。それを証明するようにキュルケはナツミは召喚されたときにルイズを心配して最後まで残ってくれていた。

 

「キュルケはルイズが心配なの?」

「な、なななんて事いうのよ。あたしが心配なのはタバサよタバサ!」

 

からかう様なナツミの言葉に面白いほどキュルケは動揺する。ルイズはなぜ動揺するのか分かっていないようであったが。

 

「へぇ、それにしては随分動揺してるみたいだけど」

「ど、動揺なんてしてないわよ。……え、えっと……あっ!ミ、ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか?」

 

 あからさまに話題をミス・ロングビルへキュルケは振るった。

 

「いいのです。わたくしは貴族の名を失くした者ですから」

「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

「ええ、でもオスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方です」

「差支えなかった、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべる。おそらく言いたくない事情があるのだろう。キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったミス・ロングビルににじり寄る。ルイズがその肩を掴んだ。キュルケが振り返ると、ルイズを睨みつける。

 

「なによ。ヴァリエール」

「よしなさいよ。ツェルプストー、言いたくない事を聞くなんて趣味が悪いわ」

「暇だからおしゃべりしようと思っただけよ」

 

 そんなキュルケを見て、ナツミが溜息をつく。

 

「もうすぐ暇じゃなくなるんじゃないの?」

 

ナツミがそう言い馬車が向かう先を指さした。その先には暗く深い森が広がっていた。

 

 

森に入ると一行は馬車を降り徒歩で移動していた。目的地の森は道が整地されておらず馬車が通れなかった為だ。森は鬱蒼としており昼間にも関わらず、気味い悪いほど薄暗かった。

一行がしばらく歩くと森の中が急に開け空地のような場所に出た。広さは魔法学院の中庭程もあろうか、その真ん中に話に出ていた廃屋がたっていた。しばらく使っていなかったのだろう廃屋の周辺は草が生い茂り、窓枠にはガラスも嵌っていない。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。

早速ナツミ達は、集まり作戦を練り始めた。あの中にいるなら奇襲が一番である。破壊の杖の奪還を考えなければ、単純にデカい魔法を一発叩き込めば任務達成とできるのだが、そうもいかない。

 とりあえずナツミ達が立てた作戦はこうだ。

 偵察兼囮が小屋の傍に行き、中の様子を確認する。これは戦闘力が高く素早いものが適任の為、ナツミが志願した。

 中の様子を確認した後、フーケが居ればその場で鎮圧。フーケが居なければ皆で小屋に入り中を探索。

 もしフーケがナツミに気付き外に逃げてしまった場合はゴーレムを出される前に魔法で一気呵成に責め立てる。

 という作戦であった。

 ナツミからすれば少々まどろっこしい作戦だったが、召喚術を使うわけにもいかないので仕方がない。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「気を付けてねナツミ」

 

 ルイズの不安を与えぬよう笑顔を向け、ナツミは小屋へと近づいた。

 右手でデルフリンガーを握ると左手のルーンが輝き、彼女を身体能力を強化する。窓に近づき、おそるおそる中を覗いて見る、小屋は一部屋しかなく部屋の真ん中にテーブルがある。

 

(こういう時は……)

 

 ナツミは今までの戦闘経験から最適な方法を選択する。

 音も無くドアに近づくとナツミは勢いよくその扉を蹴り飛ばす。強化された脚力はドアを粉々に吹き飛ばす。

 瞬時に部屋の真ん中まで進み辺りを見渡すが人影はどこにも見られない。

 

(……?無人)

「誰もいねぇみてぇだな」

「うん……おかしいわね」

 

 

 

「ちょっとナツミ驚かせないでよ」

「へ?」

「いきなりドアを蹴破って中に入るなんて何事かと思うでしょ!」

 

 廃屋の中でルイズの叱責にナツミは首を傾げる。人質を取られているならともかく、フーケだけなら別段無茶な方法だとナツミは思っていなかった。リィンバウムでナツミが相手にしてきた連中ときたら悪魔やら召喚術を使って世界征服を目論むテロリストだの物騒極まりない連中ばかり、先手を取るのは当たり前だった。

 

「いや今までの経験から下手に先手を取られると不味いだろうし。それに人質も居ないしね」

「どんな経験を積んで来てんのよ……」

 

人質が居ないからと言って平気で扉をぶち壊すナツミにルイズはがっくりと肩を落とし彼女の過去の経験が自分とはまるで違うと再認識する。だが後にそんなナツミの思考に彼女もどっぷりと浸かるのだが、それを今のルイズが知る由もなかった。

 

 

 

「破壊の杖」

 

 二人が捜索に参加せず、話し込んでるとタバサがチェストの中から破壊の杖を取り出し、頭の上に持ち上げ皆に見せる。

 

「これが破壊の杖?」

「うん。あたし、みたことあるもん。宝物庫を見学したときだけどね」

 

 ナツミが興味津々と破壊の杖をまじまじとみやりながら言うとキュルケがそれに答えてくれた。

 

「まぁ一応ミス・ロングビルに聞いてみれば?」

 

 先程の興奮は冷めたのか落ち着いた様子でルイズが言った。

 

「ミス・ロングビルはどうしたの?」

「近くの森にフーケがいないか調査にいってるわ」

 

 ナツミとキュルケがそんな会話していると、突然ナツミは目を見開いた。

 

(この感覚っ……上!!)

 

 異世界で戦い抜いたナツミの感が今、自分たちに迫る危機を察知していた。何か大きな者が接近してきている。直感を微塵も疑いもせずナツミは反射的に左手でサモナイトソードを抜き放ち、全力で天井に向かい剣を振るう。

 

 

 サモナイトソードから力強く美しい蒼き光の奔流が欠片も残さず天井を吹き飛ばす。……その先にあったゴーレムの右手さえも。

 

「きゃああああああああ」

「何!?」

 

 突然の事態にルイズ、キュルケが慌てる中、タバサの反応はナツミに次いで早かった。状況を理解するなり自分より大きな杖を振り、魔法を唱える。巨大な竜巻が舞い上がり、右腕を失いバランスを体制を崩しかけていたゴーレムにぶつかる。

 竜巻はゴーレムの体に傷をつけることこそ叶わなかったが体勢を崩しかけていたところに巨大な竜巻を食らったため後ろ向きに倒れていく。

 

「退却」

「プニム!ルイズをお願い!」

「プニ!」

 

 自らのトライアングルスペルがあっけなく防がれ、ゴーレムの対抗手段がナツミしかいないことを悟ったタバサは即座に撤退を提案した。タバサの言葉を聞きナツミはプニムに指示を出し小屋の外に飛び出す。

 キュルケ、プニムに持ち上げられたルイズ、タバサの順に外に飛び出し、ナツミは殿としてゴーレムを警戒しつつの撤退する。

 幸いにもゴーレムはまだ体勢を整えていない。

 

「タバサ!それ、わたしが持つわ」

 

 自分より小さな体躯のタバサより左手のルーンで身体強化された自分の方が破壊の杖を持った方がいいだろうとタバサに破壊の杖を渡すよう促す。それにこくりと頷くと無言でタバサはナツミに破壊の杖を渡す。

 

「!?」

 

 破壊の杖がナツミの手の中に収まった瞬間、突然この破壊の杖の使い方が彼女の頭を駆け巡る。

 

(なんでこんなものが……)

 

 ナツミが思いもよらなかった破壊の杖の正体に足を止めてしまう。

 

「ナツミ!?どうしたの?」

 

 急に足を止めたナツミを不思議に思い、プニムからルイズが降りる。その間にゴーレムが体勢を整え立ち上がってしまう。その右腕はいつの間にか復元されていた。

 

「!?」

「ナツミ!逃げて!!」

 

 破壊の杖に意識を傾けている間に、ナツミを押しつぶさんとゴーレムが歩を進めていた。誰もが絶望的と見てしまう光景にルイズは悲鳴に近い声を上げながら駆け寄ってしまう。何が出来る、出来ないじゃない。ただナツミを失いたくない、そんな感情の赴くままの行動だった。

 迫りくるゴーレムにもルイズの声をも意に介さずナツミの体は自然に破壊の杖をゴーレムへと向けた。サモナイトソードやデルフリンガーよりも自然に体が動く感覚が彼女は感じていた。まるで左のルーンはこの武器を使うためにあるかの様なそんな不思議な感覚であった。

 

「ルイズ!そこから動かないで!」

 

 ルイズに警告しながら破壊の杖をゴーレムに向ける。安全装置を外し、引き金を引く、破壊の杖から放たれたそれは狙いを違えずゴーレムの胸部へと着弾する。

 

次の瞬間。

 

耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がばらばらに飛び散った。土の塊があたりに散らばる。残ったゴーレムの下半身は見る見るうちに崩れ、ただの土へと戻っていく。

 ルイズがナツミのもとに駆け寄るころには土の小山がそこにはできていた。

 

 

「すごいじゃないナツミ!破壊の杖を使えるなんて!」

「ヴァリエールの使い魔にはもったいないわね」

「……なんか含みのある言い方じゃない」

 

 キュルケの嫌味に睨みながら言葉を返すルイズ。それに遅れてタバサがナツミへと近づいてきて呟いた。

 

「フーケは何処?」

 

 全員は一斉にはっとした。

 その時茂みがガサガサと音を立て、周辺の偵察を行っていたミス・ロングビルが現れた。

 

「ミス・ロングビル!周辺にフーケはいませんでしたか?」

 

 キュルケがそう尋ねると、ミス・ロングビルはわからないというように首を振った。

 

「とりあえず周辺にそれらしい人影はありませんでした」

「そうですか……」

「それより、ヴァリエール嬢の使い魔さんが持っているのが破壊の杖ですか?」

「ええ」

「ちょっと見せてもらってもよいですか」

「はい、どうぞ」

 

 特に断る理由も無いナツミはミス・ロングビルが言われるままに破壊の杖を彼女へ渡す。

 

「ご苦労様」

「えっ」

 

 その言葉とともにミス・ロングビルは四人から距離をとり、破壊の杖をナツミ達へと向ける。

 

「どういうつもりですか!?」

 

 大声でルイズが問いただす。

 

「どうもこうもないわ、さっきのゴーレムを操っていたのは、わたしだよ」

「え、じゃあ……もしかして……」

 

 ミス・ロングビルはそこでメガネを外す。優しそうだった目が釣り上がり、猛禽類のような目つきに変わる。そして身に舞取る気配も、ただの秘書から何処か血なまぐさい裏の世界に身を置く者と言える独特のものに変質する。

 

「そう。わたしが土くれのフーケ。さすがは破壊の杖。わたしのゴーレムがばらばらじゃないか。」

 

 ゴーレムが壊された悔しさよりも、それを壊せる程の力を秘めた武器を手に入れた事が嬉しいのかフーケは酷薄な笑みを浮かべる。

何をしようとしているのか悟ったのだろう、キュルケとタバサが杖をミス・ロングビル、否フーケへと向ける。

 

「おっと!動かないで。破壊の杖はぴったりあんたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」

 

 破壊の杖を突き付けられ、仕方なくルイズたちは杖を放り投げた。

 

「あと、そこの使い魔さんも、剣を投げてもらおうか。特にその喋らない方の剣はとんでもないマジックアイテムみていだし、あとで貰ってやるよ」

 

 ふふふと隠しきれない愉悦を笑みに含ませながらフーケは呟いた。

 そんな笑いを受けながら、言われた通りサモナイトソードとデルフリンガーを言われた通り投げた。痛いとデルフリンガーが喚いていたが誰も気にしなかった。

 

「どうして!?」

「そうね、ちゃんと説明しなきゃ死にきれないでしょうから……説明してあげるわ、冥土の土産に」

 

人それを死亡フラグという。

 

「わたしね、この破壊の杖を奪ったのはよかったけど、使い方が分からなかったのよ」

「使い方?」

「ええ、振っても、魔法かけても、うんともすんとも言いやしない。このままじゃ宝の持ち腐れ。……でもね使い方が分からないなら、使ってもらえばいい。魔法学院の連中なら誰かしら知っているだろうしね。だからフーケの居場所を教えて破壊の杖を使わざるおえないような状況を用意したってわけ」

「私たちの誰も知らなかったらどうするつもりだったの?」

「その時は、全員ゴーレムで踏み潰して、次の連中を連れてくるわよ。でも、その手間は省けたわ。こうやってきちんと使い方を教えて貰えたしね。……まぁ安心しな。使い方を教えて貰ったお礼に殺しはしないわ」

 

 首から下を土で埋めてやるけどね。とフーケは面白そうにけらけらと笑う。

 だが、ナツミを目の前にして、その態度は愚行以外の何物でもない。武器を奪ったことで安心して舌の滑りが良くなっているようだが、ナツミは武器を振るっても無類の強さを持つが、武器を持たなくても圧倒的な力を持っているのだ。なんとも無知というのは心底恐ろしい。

 

「ん?使い魔さん。何をしてるんごうああああ!?」

 

 ナツミを不審に思い、問いただそうとしたフーケは突然、空中から現れた岩が頭を直撃しそのまま気絶した。

 

「ロックマテリアル。威力は大分抑えたから死ぬことは無いわよ。あとそれ破壊の杖って名前じゃないみたいよM72ロケットランチャーとか言うみたい」

 

 単発だからもう使えないという言葉は飲み込んでおいた。そうしなければあのフーケのシリアスな場面はあまりに滑稽で痛すぎる。

 未だに頭にロックマテリアルをめり込ませたフーケに歩み寄りナツミはその傍らに転がる破壊の杖を拾い上げる。

 

「フーケを捕まえて破壊の杖も無事回収。任務達成ねルイズ」

 

 ナツミはロックマテリアルを送還し三人に向き直りそう告げた。

 

「はぁ……今回は出番無しか」

 

 

 悲しそうなデルフリンガーの声が辺りに響いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。