ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第八話 月下のゴーレム

 タバサはナツミに対してではなく、遥か後方に現れたゴーレム対して臨戦態勢を整えていた。それを証明するようにタバサの視線は目の前で剣を構えたナツミではなく正体不明のゴーレムへと注がれていた。

 それを悟ったナツミはタバサへの警戒をとき、ゴーレムへと体を向ける。

本塔に向かい会うように立つゴーレムはナツミ達に気付いていないのか、その巨大な右手を振りかぶると先ほどルイズが魔法により罅を入れてしまった場所へ拳を叩き込んだ。

するとその圧倒的な質量に耐え切れず本塔に大きな穴が空けられてしまう。そして空いた穴からフードを被った術者と思われる影が本塔の中に侵入していった。

 

「あそこは?」

 

 目まぐるしい展開に頭が回りきっていないルイズが思わず疑問の声をあげるといつの間にかナツミの背後まで近づいたタバサがその質問に答える。

 

「宝物庫」

「わぁ!びっくりした」

 

 突然、後ろからかかった声に飛び上がるように驚くルイズ。

 

「宝物庫の宝を狙った強盗ってとこかな?」

「多分」

 

 ナツミの疑問にタバサは簡潔に答える。

 

「あんな巨大なゴーレムを作れるなんて」

 

 驚きと若干の感嘆の色を含む声をルイズはあげた。

 

「多分、土くれのフーケ」

 

 土くれのフーケ、王都トリスタニアの武器屋でナツミとルイズが聞いた貴族専門の盗賊であった。彼、もしくは彼女自身が最低でもトライアングルを超えるメイジと目されており、その盗みは、ある時は夜闇に舞うフクロウのごとく金塊を奪いさり、ある時は巨大なゴーレムで屋敷を破壊して美しい貴金属を強奪する。

 昼夜、手口ともにまったく読めないため、王都の警備隊も手を拱いていた。

 そして、その手口の中で使用されているゴーレムが三十メートルを超える巨大ゴーレムであった。

 そう、今まさに彼女たちの目の前にいるゴーレムも三十メートルを超えている。そして術者と思われる人影は宝物庫に入って行った。三十メートルのゴーレムを操れる存在がほいほいとそこらに居る可能性は低い。確実に土くれのフーケとは言えないが、どう考えても不審者ではあろう。

 

「土くれってあの!?」

「……確証は無いけど」

 

 世間を賑わす大怪盗にルイズは当然、驚くがタバサは相変わらず冷静だった。

 ゴーレムは術者が宝物庫に入っているためか拳を宝物庫に入れたまま、微動だにしない。じっとゴーレムの動向を見ていても仕方ない。ナツミはゴーレムから視線を逸らさず、ルイズの指示を仰ぐ。

 

「ルイズ、どうする?」

「このまま見逃すわけには行かないわ!捕まえて!第一、自分が学んでる学院に忍び込まれて黙ってられないわ!」

 

 鼻息荒く、ナツミに指示を出す。

 

(と言われても、この子がいるしなぁ)

 

 召喚術について話す覚悟と結論を出していたが、まだ説明してないのにいきなり召喚術使うのも、とナツミは考えていた。

 

(ま、そんなことも言ってられないか!)

「了解!」

 

 とりあえず、デルフリンガーとサモナイトソードで出来るところまでやってみるか、と心の声を漏らすことなくナツミは戦闘を開始した。

 

 

 

 

 大地を軽やかに蹴り、ナツミはゴーレムへと疾駆する。その体は瞬く間ににゴーレムへと肉薄し、勢いそのままにナツミはゴーレムの右膝目掛けて左手に構えたデルフリンガーを叩き込む。

 

「くらいなぁ!!」

 

 ナツミの代わりにデルフリンガーが高らかに声を上げる。

 左の手のルーンで強化された腕力により振るわれたデルフリンガーは滑らかな断面を残し、右足を膝下から切り飛ばす。

 ゴーレムはその身を支える巨大な二柱の柱の内、その一柱を失い、右側へその体を傾ける。突然の事態にバランスを取ることすら出来なかった。

 宝物庫に突き突き刺さった腕もその傾いた体に引きずられるままに引き出されていく。

 そして、そのまま抵抗することなく大地に倒れこむと思いきや、その右手が大地に手を突き体を傾けつつも完全に倒れぬように支えた。

 

 異常事態に術者が気付いたのであろう。

 だが術者自身はまだナツミの目には映らない。

 ナツミは巨体を支える腕を伝いゴーレムの頭頂部に向かう。肩口まで到着するとそのまま空へ飛びあがる。ルーンに強化された身体はゴーレムを俯瞰できる位置まで彼女を導く。

いまだに術者の姿は見えない。ならば!

 

(これならサモナイトソードの力が存分に使える!)

 

 右手に持ったサモナイトソードを力強く握り、その力を思う存分引き出す。

 

「ふきとべぇぇぇぇ!!!」

 

 溢れる蒼い光が剣より生まれ、振り下ろされた。蒼い光はゴーレムの左半身を飲み込み吹き飛ばす。光が収まるとゴーレムはその左半身を失い大地にその体を預けた。

 

 

 

 ゴーレムが左半身を失った頃、術者である土くれフーケの奥歯がギリリと音を立てた。その手にはお目当ての宝物が握られていた。

 

(なんだい!あいつは!?)

 

 彼女のゴーレムはその巨大さえゆえに機敏な行動には不向きであったが、その分パワー、耐久力に特化させたものだ、それをああも容易く屠るとは。

 突然、ゴーレムが傾き慌てて遠隔操作でバランスを取ったと思った矢先のあの光であった。慌てて外を窺うと剣を構えた少女―ナツミ―が空中にいるではないか。状況から考えておそらくあの少女がゴーレムを倒したのであろう。

 方法は不明。系統魔法の可能性が高く少なくともスクエアに規模の攻撃であろう。このまま、宝物庫にいてはあの少女が自分を捕えにやってくるだろう。だが、かと言って宝物庫から馬鹿正直に出たのではあの少女と生身で戦うことになる。それは遠慮したい。

 宝物庫から廊下に出ても良いが内部犯の犯行と思われ荷物を検められるのも拙い。なにしろフーケは素性を偽り学院に潜伏しているのだから。

 フーケはこれからの計画を考えながら最適な行動を起こせるタイミングを見計らっていた。

 

「ナツミ~大丈夫!!?」

 

 淑女らしからぬ声が響き、フーケの耳に届く。ナツミに見つからないようにフーケがそっと様子を伺うと二人の少女がナツミに駆けてくるではないか。

 制服から両方とも二年生であろう。一人はおとなしそうな青い髪の少女、もう一人はピンクの髪をした少女……。

 

「あれはヴァリエール公爵家の……なる程、さっきのお嬢ちゃんはあの子の使い魔かい……」

 

 数日前にドットのメイジを一方的に倒した使い魔の少女。それが彼女の正体だとフーケは悟った。ドットを倒した程度では脅威に思っていなかったが予想以上の力を持っていたようだ。

 そして、決闘の後に二人の少女に泣きながら抱きつかれていた。その困ったような顔を見る限りは所謂、善人と言われる人種にフーケには見えた。

 

(なら……)

 

 まるで切れ込みが入ったような笑みがフーケの顔に浮かんだ。

 

 

「ナツミ~大丈夫!?」

 

 半身を失ったゴーレムにもう危険は無いと判断したルイズは、今の大活躍を演じた自分の使い魔目掛け、思い切り駆けて行く。そんな彼女に気づいたのだろう。ナツミはサモナイトソードを鞘に納め、デルフリンガーを持った手を振る。

 

「すげぇな相棒!!こんなすげぇ相棒は久しぶりだぜ!!!」

 

 ナツミの予想以上の強さに喜びを表すデルフリンガー、いつも以上に鍔を鳴らしていた。

 

 もう戦いは終わったかのような余韻の中、タバサが似合わぬ大声を上げる。

 

「離れて!!!」

 

 ルイズとナツミはその意味を解す間もなく半身を失ったゴーレムは瞬く間にその身を復元させ立ちあがった。

 

「ルイズ!!」

「……っあ!?」

 

 ナツミもその異変を伝えるも時は遅く、意図せずゴーレムの眼前に立ってしまったルイズは、腰を抜かしペタンと地面に座り込んでしまう。

 

「逃げて!!」

 

 ゴーレムを挟み響くその声はルイズの耳に届くが悲しいかな腰を抜かしてしまったルイズは逃げるどころか立ち上がることすら出来ない。

 

「作戦成功だね」

 

 その様子を見てフーケはほくそ笑む。このままルイズに危害を加えれば必ずナツミは彼女を庇うであろう。 そして、その隙を突き学園外に逃亡する。そうすれば少なくとも学園内の人間は疑われない。宝物は分かりにくいところに隠し、あとから回収すればいい。

 

 ゴーレムによりルイズと分断され、ナツミは焦っていた。サモナイトソードは威力がありすぎて使えない。デルフリンガーも下手に攻撃してゴーレムがルイズのいる方向に倒れてしまう可能性がある。タバサはルイズの遥か後方にいて、とてもルイズを助けることなど期待できない。

 

(躊躇っている暇は無い!!)

 

 使える手段は数少ない。ルイズが危険に晒されてる中、迷ってる時間が酷く惜しい。胸元に手を突っ込み緑色の石を掴み出し、魔力を込めた。

 

「おいで!ワイバーン!!」

 

 

 

 サモナイト石が光り輝き、巨大ななにかが空中へ現れた。

 空中に滞空するはゴーレムとほぼ同等の体躯。大気を地面を叩きつけるように動かすは強壮たる腕と一体化した翼。大地を陥没させんとするかのような隆々と発達した筋肉をもつ後ろ足。鞭のようにしなやかな尾、鋼鉄と見間違える鱗。そしてあらゆる獲物を食い散らす猛々しい牙。

 その姿はまさしく飛竜であった。

 それはワイバーンであった。

 ワイバーンは幻獣界より召喚されたばかりにも関わらず、即座に主たるナツミの意を汲みその鋭利な足の爪をゴーレムの両肩に食い込ませゴーレムを後ろへ引きずった。

 圧倒的なパワーにゴーレムは僅かばかりも抵抗できず、ルイズから離されその身を後ろ向きに倒された。

 

「よし!いいわよワイバーン!おいでプニム!」

 

 ワイバーンによりゴーレムとルイズを引き離すことに成功し、ナツミは更にプニムを召喚する。

 召喚されたプニムは瞬く間にルイズのもとに近づき、その身に似合わぬ怪力でルイズを耳で抱え上げゴーレムから離れるように走り出した。

 

「きゃあ!?」

 

 目の前で展開される状況を飲み込めず混乱していたルイズはそのままプニムにより危険域を離脱する。

 ルイズが無事に逃げられた事を確認し、ナツミが再び視線をゴーレムとワイバーンの怪獣大決戦に戻すと、ゴーレムはその体を起き上がらせ、ワイバーンと組み合っていた。

 

 

 

 ナツミとルイズを作戦通りに分断させた隙に宝物庫を脱出したフーケは目の前で繰り広げられる己のゴーレムと戦うワイバーンに唖然としていた。

 

(いつまに現れたんだい!?)

 

 ゴーレムを適当に暴れさせその隙を突き逃げようと背を向けていると突然、光が輝き大地が震え、何事かと後ろを見れば巨大なワイバーンが現れているではないか。

 というかあれはワイバーンなのか?大きさなぞ並みのワイバーンの倍以上。それにあの瞳は深い知性を備えているようにも見える。現にルイズに危害が及ばぬように立ち回っているようであった。

 

(引き時だね)

 

 もう、十分に距離は稼いだ。このまま戦っても益は無い。というか勝てる気がしない。

 

「……」

 

 術者自身の耳にも聞こえぬ声で呪文が中庭の隅で紡がれた。

 

 

 ゴーレムの拳が何度もワイバーンに叩き込まれる。その拳は当たる寸前に鉄へとその姿を変えるが、鋼鉄をも上回る硬さを誇る鱗に傷一つも付けられずいた。

 

「?」

 

 ふと違和感がナツミを襲った。急にゴーレムが拳を振るうのを止める。そればかりか体すらも動かすのを止める。

 それを好機と見たのかワイバーンは空中へと飛び上がったと思いきや、一気に急降下しその両足をゴーレムへと叩き付けた。叩き付けられた両足は大した抵抗も無く、ゴーレムの両肩のみならずその胴体すら破壊する。否!いつの間にか砂岩へと錬金されたゴーレムはその強力な攻撃に耐え切れず三十メートル級のゴーレムに見合った砂埃を発生させた。

 

「わぷっ」

 

 あまりに大量の砂埃にナツミは視界を奪われる。

 

「ったく!ワイバーン!」

 

 フーケの意図を即座に理解したナツミは砂埃を払う様にワイバーンに指示を飛ばす。がその前に一陣の風が砂埃を吹き飛ばした。

 

「……!」

 

 驚くナツミの目の前には杖を構えたタバサが立っていた。

 

「あ、ありがと。フーケは?」

「逃げた」

「そっか。あ、ワイバーン帰っていいわよ。ご苦労様」

 

 ゆっくりと光に包まれ幻獣界へとワイバーンは送還されていく。心なしか物足りなそうな顔をしている。

 

「次はもっとがんばりましょ」

「ぎゃう!」

 

 雄々しく返事をし、今度こそワイバーンはもといた世界へ帰っていった。

 

 戦闘を終え、一時の静寂に中庭は包まれていた。

 蒼く澄んだ目で再びナツミを見つめるタバサがそこには居た。

 

「……」

「……」

「……」

 

「わかったわ、ちゃんと今のことも含めて説明するから」

 

 こくこくと頷く、タバサと中庭の惨状を見てこれからのことにナツミは頭を抱えるのであった。

 


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