英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第6話

 

 

 

「(ダンジョン5階層……!)」

 

 5階層までやって来ていたアイズは、逃げるミノタウロスにトドメを刺して周りを見渡す。目に飛び込んできた逃げ出した中の一匹のミノタウロス。それに狙いを定めて走り出す。

 だが、それよりも早くアイズの横を通り過ぎた白き閃光によって、ミノタウロスは切り倒された。

 白き閃光――阿修羅を手に持っているチヒロが、アイズに振り返る。

 

「あと何匹だ?」

「一匹」

 

 その言葉にチヒロはスッと目を閉じる。

 だが、すぐにピクっと微かに眉が動いて、その目を開く。

 それが合図のようにチヒロが走り出す。アイズもその後を追う。

 通路の先から聞こえてきた男の子の叫び声。

 それにチヒロはハッとして更にスピードを上げる。

 通路から開けた場所に出れば、目に入ったのは白髪に深紅の瞳を持った少年がミノタウロスに追いかけられている姿。

 正しく、半月前に主神に新しい仲間だと紹介された彼――ベル・クラネルその人だった。

 

「ベル!!」

「し、師匠!?」

 

 チヒロが名を呼べば、ベルが泣きながらこちらを見た。だが、それがいけなかった。

 チヒロがいる事に安心したのと、足元の不注意で飛び出ている石に足を取られてしまって、ダンジョンの床に倒れた。

 尻餅をついた状態で、ベルは後ずさる。すると、その背中がドンと何かに当たった。

 

 壁だ。

 

 行き止まりのそこに、ベルは更にその顔を青ざめさせる。

 前方には自身よりも一回りも、二回りも大きいミノタウロス。後方は退路を閉ざした壁。

 唯一の頼りは、師匠と慕っている彼だけ。

 

「し、師匠ー!! 助けてっ!!」

 

 ベルの助けを請う声を聞きながら、チヒロはそこへと全速力で走る。

 だが、元々の距離が距離だった為、背中に嫌な汗が流れるのを感じる。

 ベルに向けて振り上げられる蹄。

 間に合わない。

 そう思った矢先、後方から声をかけられた。

 

「チヒロ!」

「!」

 

 ハッとしてそこを見れば、少しだけ遅れながらもアイズが走っている。そして、前方のミノタウロスとベルを見る。

 チヒロの中でベルを救う一つの方法が思いつく。

 

「アイズ」

「うん、任せて」

 

 その言葉を聞いて、チヒロはある言葉を唱える。

 

「【創造(クリエイト)】」

 

 それはチヒロの魔法。

 生物以外なら幾つかの条件はあれど何でも創り出す事の出来る反則技(レアマジック)

 そんなチヒロの目の前に空色の光が煌き、その中で一本の槍が形成される。

 完成した槍をチヒロが手に取れば、その空色の光が消えてなくなり、チヒロはその槍を思いっきり振りかぶった。

 狙うはミノタウロスの振り上げられている腕。

 キュボッと高速で狙いに目掛けて跳んで行く槍。

 それはしっかりとミノタウロスの腕に突き刺さり、そのまま壁へと刺さった。

 ミノタウロスの悲鳴がその場に響き渡る。

 振り上げられていた腕は、槍が貫通して壁に刺さっている事で、下ろすことが出来ず、ミノタウロスは必死にそれを抜こうと暴れ出す。

 金色の少女にとってはそれだけあれば十分だった。

 ミノタウロスの胴体に走る一線。

 

「え?」

 

 呆けた表情で目の前のミノタウロスを見ていたベルは、それに間抜けな声を出す。

 走り抜けた線は胴だけに留まらず、厚い胸部、槍に固定されていた上腕、大腿部、下肢、肩口、そして首と連続して刻み込まれる。

 ベルの目に銀の光が最後だけ見えた。

 

「グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオォォォオォ!?」

 

 響き渡る断末魔を聞きながら、チヒロはふうと息をついて阿修羅を鞘に収める。

 そして、肉塊となったミノタウロスの血を全身に浴びて呆然としているベルと、そのミノタウロスを倒したアイズへと近寄る。

 

「アイズ、手間をかけさせた。すまないな」

「ううん、ミノタウロスを逃がしてしまったのは私達だから……」

 

 チヒロが数秒だけミノタウロスの動きを止め、アイズがその間にトドメを刺す。

 先程、チヒロの頭の中に浮かび上がったベル救出作戦。

 何とか成功した事に内心ホッとしつつ、チヒロはベルに顔を向ける。

 それでアイズも思い出したかのようにベルを見る。

 ミノタウロスの血を全身に浴びた状態でピクリとも動かない彼。

 チヒロはそれに眉を顰める。怪我でもしてしまったのかと。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 動かないベルを心配して、アイズが声をかける。だが、反応は返ってこない。

 一度は涙の引いた深紅の瞳だが、アイズを見つめたまま再び湿り出している。

 そして、じわじわとその白い肌を赤らめていく。

 それにチヒロは、首を傾げる。

 すると、アイズが少し困ったようにチヒロをチラッと見てくる。

 その金色の瞳がこちらに助けを求めていた。

 身内の事のため、あまりアイズには迷惑をかけられない。

 交代と言うようにチヒロは、アイズの肩を軽くポンと叩き、アイズより一歩前に出て、未だに固まって動かない彼に手を差し伸べる。

 そうすれば、アイズからこちらへとその深紅の瞳が動く。

 

「立てるか、ベル」

 

 だが、その手を取ることはなく。

 チヒロとアイズを交互に深紅の瞳が何度も動く。

 それに二人は同時に首を傾げる。

 そして、ベルが微かに震える口を開いた。

 

「し……」

「「し?」」

「師匠の嘘つきぃいいいいいいい!!」

 

 やっと口を開き、反応が返ってきたと思えば、ドピュンとミノタウロスから逃げるよりも早く、ベルは泣きながらそれだけ言い放ってそこから走り去っていった。

 残されたチヒロとアイズは、それにポカーンとする。

 すると、その場に響く笑い声。

 

「くっ、くくっ……【剣姫】と【異端児】の二つ名は伊達じゃねぇな。助けた相手が泣きながら逃げ出しやがった。さすがアイズとチヒロだぜ!」

 

 そう言って腹を抱えながら笑っていたのは後からチヒロとアイズを追ってきたベート。

 それにアイズが少しだけムスっとする。

 

「しかもあいつチヒロのこと師匠って! お前弟子に逃げられてんぞ!!」

 

 チヒロは、爆笑しているべートをチラッと見て、ベルが走り去って行った方を見る。

 

「(ベルに逃げられるのはこれで二度目(・・・)か……地味に傷つくな)」

 

 空を切るだけの手を見つめて、少し前の事を思い出す。

 考えても仕方のないそれに、小さな溜息を一つついて、アイズに声をかける。

 

「俺は追いかけるから」

 

 簡潔に要件だけを伝えて、ベルが走っていった方へと歩き出そうとする。

 だが、それをアイズに引き止められた。ローブをギュッと掴まれた事によって。

 

「……アイズ?」

 

 突然のアイズの行動に、チヒロは不思議そうにアイズを見る。

 そうすれば懇願するような金色の瞳と目が合う。

 

「……また、会える?」

 

 チヒロと一年も会えなかった日々。

 正直言って、好意を寄せている人に一年も会えないのは辛く、悲しく、寂しかった。だから、不安だった。

 ここで彼を行かせてしまえば、また会えなくなってしまうのではないかと。

 何も答えないチヒロに、不安が更に積み上がって顔を俯かせる。

 チヒロのローブを握り締める手に力が入って、ローブに皺が出来る。

 だが、そんなアイズの不安は一瞬にして吹き飛ばされた。

 感じるのは、頭に乗せられた温もり。

 バッと顔を上げれば、微かに微笑んでいる彼。

 自身の頭に乗せられているのは、そんな彼の大きな手。

 優しく自分の頭を撫でる彼の手は昔と変わらず心地いい。

 気持ち良さそうに目を細めたアイズに、チヒロは告げる。

 

「フィンに明日、ギルドの前で待っていると伝えておいてくれ」

「!」

 

 それはフィンに対しての伝言ではあるが、意味を変えれば明日ギルドに行けば会えるというチヒロからの次に会うための約束。

 昔から不器用な彼。

 それに頬が緩むのを感じる。

 明日もチヒロに会えるのだと。

 

「……うん、伝えておく」

 

 その言葉を聞いたチヒロは、じゃあなと一言かけてベルを追いかけて行った。

 

「……」

 

 まだ頭の上に残っている彼の温もりに浸るように、自身の頭に手を乗せてそっと目を閉じる。

 ふとそこで思い出すのは、チヒロがベルと呼んだ白兎のような少年。

 泣きながらチヒロに嘘つきと言い放って逃げていった少年。

 

「嘘つきって、一体……?」

 

 チヒロが彼にどんな嘘をついたのかと、ふと疑問に思うアイズだった。

 

 

 


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