英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
深層から退却をするロキ・ファミリアの護衛の冒険者依頼を受けて六日目、チヒロはアイズ達とダンジョンを登って行き、現在は深層より遥か地上に迫った中層域の地下17階層まで辿り着いていた。
深層域と比べて、中層の道幅は狭く、ロキ・ファミリアはこの17階層に上がる前に部隊を二つに分けた。
集団の規模があまりにも大きいと身動きが取りづらくなり、モンスターの襲撃にも対応出来ないからだ。
そしてチヒロは、その部隊の一つ、リヴェリアが管轄する前行部隊に配属された。
十数人ほどの団員達が固まっているその部隊の中には、アイズ、アマゾネス姉妹、ベートと上級冒険者もいる。
「……リヴェリア、俺いる?」
「ああ、もちろんだ」
この部隊の責任者である彼女に問えば、即答で返された。
正直、中層のモンスターが相手ならティオナ達なら武器が無くても勝てるだろう。
なのに、フィンはチヒロを前行部隊に入れた。
理由なんて考えなくても分かるのだが。
「お前はアイズの傍に居てくれれば、それでいい」
どこか楽しそうにそう微かに笑みを浮かべながら言ったリヴェリアを、チヒロは半眼で見る。そんなチヒロの横を歩いていたアイズは、顔を赤くしている。
今日までの六日間でチヒロは悟った。
これは護衛ではないと。
現在のような移動の際、ご飯を食べる時など何かとあればアイズと一緒にされてきた。
挙句には、新種のモンスターにより野営テントがいくつか溶かされてしまい、テントがいっぱいいっぱいだからと、一人用のテントにアイズと一緒に寝るように言われた。
それには、さすがのチヒロも焦って反対した。
最終的にフィン達に言いくるめられて、一人用の小さなテントで一緒に眠るハメになったのだが。
ちなみに、常に自分を抱き枕にして眠るアイズに、チヒロはこの六日間ちゃんと眠れた気がしなかった。
「それとチヒロ、ココからは……」
リヴェリアの言葉に、チヒロは分かっているというようにコクンと頷いて返す。
ロキ・ファミリアにはある規則がある。
すると、モンスターの雄叫びが前方から聞こえてきた。
「ヴヴォオオオオオオオオオオオッ!!」
「進行方向! ミノタウロス……大群です!!」
眼前に見えたのは、群れをなしてこちらと対峙する牛頭人体モンスターのミノタウロス。
「リヴェリア、これだけいるし、私達もやっちゃっていい?」
「ああ、構わん。だが、チヒロは手を出すなよ」
指示を仰いできたティオネに許可を出して、チヒロには釘を刺し、リヴェリアはラウルにフィンの言い付けだと指揮を執らせる。
ロキ・ファミリアのある規則。
それは、中層では下の団員に経験を積ませるという規則だ。
ロキ・ファミリアとは長い付き合いの為、チヒロもその規則を知っている。
だから、護衛の冒険者依頼はここまでだろうと踏んでいた。アイズのお世話はまだまださせられそうだが。
自分の出番は無いと判断して、出っ張っている岩に腰掛けて目を閉じる。
すると、ミノタウロスの雄叫びというよりも、悲鳴に近い声がダンジョンに響き渡る。
それに不思議に思いながら目を開いた。
目に飛び込んできたのは、泣きながら逃げ出すミノタウロスの姿。
そして、リヴェリアの指示でそれを慌てて追いかけるロキ・ファミリアのメンバー達。
何をやってるんだと呆れる。
ゆっくりと立ち上がって、走り出した面々を追うように歩き出す。ミノタウロスくらいのレベルならアイズ達に任せても問題はないと。
だが、誰かが叫ぶように言った言葉がチヒロの耳にも届く。
「ミノタウロス止まりません!! さらに上層に多数!!」
ミノタウロスは17階層に留まらず、上層へと逃げていったのだ。
さすがにこれは少しヤバイとチヒロも思う。
上層に行けば行くほど、モンスターは弱いがその分冒険者もLv.1の下級冒険者ばかりだ。
「(それでもアイズ達なら被害を出すことなく、ミノタウロスを討つ事は――!)」
そこである事を思い出してハッとする。
同じファミリアに所属する新人冒険者。
半月前に主神に新しい仲間だと紹介された自分と同じ白髪に
その少年は、現在新人冒険者として日々ダンジョンに出会いを求めながら頑張っている。
もちろん、それを聞いた時は何言ってるんだコイツと思った。
そして、キッパリと間違っていると否定した。
あまりにキッパリと否定されて、部屋の隅で暗いオーラを放ちながら落ち込んでいた少年を、主神がチヒロに面倒を見てあげてくれと頼んできた。
自分以外の眷属は要らないと言っていた『
だから、
自分がダンジョン遠征に趣いている間も、少年は上層にて日々ダンジョンを冒険しているはずなのだ。きっと現在進行形で。
少年がミノタウロスと
だが、直感が告げている。
嫌な予感を。
「あぁ、ヤバイな……ベルに何かあれば俺がヘスティアに怒られる」
そう呟いたチヒロは、一つ溜息をついて上層へと走り出した。