英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
「けっ! あんな奴を護衛に雇わなくても帰れんだろうが」
「新種の事もある。チヒロが居て損はない」
後方のベートとリヴェリアの会話を聞きながら、チヒロは思う。
癪ではあるがベートと同意見だと。
ロキ・ファミリアには、アイズを始めとする上級冒険者が多数所属している。
その他にもレフィーヤを含む第二級冒険者数名と下級冒険者数名とサポーター達。
新種のモンスターにより物資のほとんど、特に武器のほとんどを失ったと言っても、この面々では帰ることぐらい容易いだろう。なのに、チヒロは護衛の冒険者依頼をされた。
たまにフィンの考える事は分からないと、ニコニコとこちらを見ながら少し後ろを歩いている彼をチラッと見て思う。
ちなみに、チヒロは一応護衛としているので先頭を歩いている。
そんなチヒロの横を歩いているのはアイズ。
「……」
「……」
二人の間に会話はない。
そんな二人を見ながら、後ろでは二人の話が繰り広げられている。
もちろん、本人達には聞こえない程度の声音で。
「もー、二人が話さなきゃわざわざ団長がチヒロを護衛に雇った意味がないじゃない」
「まぁ、チヒロもアイズも喋るのが得意……ってわけじゃないからねー」
「でも、せっかく一年ぶりの再会なのに、このままでいいんでしょうか」
「「もちろんダメだよ!(よ!)」」
「えっ!? ちょっ、お二人共!?」
そういって二人が先頭を歩くチヒロとアイズへ向かって走り出す。
あのアマゾネス姉妹の事だ、何やら良からぬ事を企んでいるのではないかと、レフィーヤも遅れながらも慌てて追いかけた。
「チッヒロー!」
「!!」
「久しぶりの再会なんだから、何か話しましょ!」
「!?」
突然後ろからやってきた二人に、アイズが固まる。
チヒロの後ろから首に腕を回して背中に抱き着いているティオナ。
チヒロの右腕に腕を回してその豊満な胸を押し付けているティオネ。
別に二人に他意はない……と思いたい。
だが、何故か異常にチヒロに近い二人。
ふつふつと沸き起こる感情。
この感情をアイズはチヒロの主神――前主神に教えてもらった事がある。
――あ? チヒロに他の女が近づくと嫌な気持ちになる? アイズちゃんそりゃ、『嫉妬』って言うんだぜ。
『嫉妬』と言われた時に、このふつふつと沸いてくる黒い感情の名前を知った。
そして、今現在も二人に嫉妬しているのだと気付く。
簡単にチヒロとの距離を零にした二人に。
簡単にチヒロに触れている二人に。
自分の中で蠢く黒い感情にアイズが眉を微かに顰めた瞬間、アマゾネス姉妹がチヒロからベリッと引き剥がされた。
「って、何やってるんですかお二人とも!! チヒロさんから離れてください!!」
「わっ」
「あら」
遅れてやって来たレフィーヤだ。
チヒロから引き剥がした二人にレフィーヤが注意をする。
ちなみに、その間もチヒロは一切喋る事なく歩いている。
「もー! 何考えてるんですかお二人とも!! これじゃあ逆効果じゃないですか!?」
「あら、そんなことないわよ」
「うんうん。だってアイズ嫉妬してたし」
「っ!?」
突然自分の名前を出されて、アイズはアマゾネス姉妹を見る。
ニヤニヤしている二人に、どんどん顔が赤くなるのを感じる。
「そんな心配しなくても、あたし達チヒロにそういう感情持ってないから大丈夫だよ!」
「私は団長一筋だしね」
「ティ、ティオナ! ティオネ!」
顔を真っ赤にしながら珍しく慌てるアイズ。
本人がいる横でそんな話をされたら、さすがのアイズも色々と思うことがある。
チヒロに自分の気持ちがバレてしまうであったり、こんな些細な事で嫉妬してしまう心の狭い女だと嫌われてしまうんじゃないかだったり。
「大丈夫よ、アイズ。あなたチヒロの事に関してだけは分かりやすいもの。チヒロも気づいてるわ」
「!?」
「それにチヒロが嫉妬がどーこーってだけでアイズのこと嫌ったりするような奴じゃないって!」
「そうですよ、アイズさん!」
何故か止めに来たはずのレフィーヤまで、二人側にいってしまった。
アイズは更に顔を赤らめる。チヒロ本人に自分の想いが気付かれているという事に。
そして、横でそんな話をされているのに一切会話に入ってこない彼をそっと見る。
アイズの視線に気付いたのか、チヒロがパッとアイズから顔を逸した。
顔を逸らされたせいで、表情を伺うことは出来ないが、その白髪の髪から出ている耳は微かに赤くなっている。
そんなチヒロからバッと顔を逸らしてアイズは俯く。
「いやー、相変わらず熱いねー」
「ホント、羨ましい限りね。私も団長と……はぁ」
「って、結局こうなるんじゃないですか!!」
先程と変わらず、黙って歩いている二人。
ただ、少しだけ違うのは先程とは違って気まずい雰囲気が二人から無くなっている事だ。
アイズに関しては色々と恥ずかしくて、頭からシューっと煙を出す程に顔を真っ赤にしているが。
そんな事をしていたら、もちろんアイズに思いを寄せる狼人が黙っているはずもなく。
「てめー! 冒険者依頼中に何遊んでやがんだ!!」
「……俺は遊んでないだろ」
蹴りかかってきたベートを、チヒロは溜息混じりに阿修羅の鞘で受け止める。
彼の八つ当たりは今までも何度も相手してきた為、正直慣れたものだ。
ベートの蹴り技を鞘で受け流していたチヒロは、リヴェリアが早く止めに来ないかななどと思っていた時に、何かを感じてピクリと眉を動かす。
べートの蹴りを鞘で弾き返して、サッと右手を柄に添える。
チヒロの雰囲気が変わった事で、アイズ達もハッと構える。
「ガアアアア!!」
前方から数体のモンスターが押し寄せてきていた。
「……」
誰よりも早くアイズはグッと足に力を込めた。モンスターの群れに突っ込もうと。
だが、それを行うことは無かった。
何かが斬れる音と地面に倒れる音により。
モンスターの群れが一瞬にして崩れ落ちる。
その真ん中に立っているのは長刀――神剣《阿修羅》を右手に持っているチヒロ。
チヒロは、阿修羅の刀身についたモンスターの血を軽く振って落とす。
そして、こちらに振り向く。
「フィン、冒険者依頼中に倒したモンスターの報酬はもらっても……?」
「ああ、もちろん構わないよ」
「なら……」
チヒロの横の壁に亀裂が入る。
その壁が微かに崩れ落ちて、ギロッと何かがチヒロを見た。
そして間髪入れずにその亀裂からそれが這い出てくる。まるでそれは雛が卵の殻を破るようで。
壁から出てきたのはモンスター。
だが、そのモンスターはチヒロの手により一瞬で一刀両断される。
「こいつらは俺の獲物だ……手を出すなよ」
自分の周りに大量に現れたモンスターに、顔色一つ変えずにチヒロはそう言い放った。
「は、はは……相変わらず化物級の強さだな、アイツは」
目の前で繰り広げられている戦闘に、誰もがべートの言葉に同意したくなった。
モンスターはダンジョンの中で産まれる。
迷宮の壁から先程のように這い出てくるのだ。
また、階層ごとに壁面から産まれるモンスターは決まっていて、下層に行けば行くほどモンスターの力は基本強くなる。
そして、ここは現在48階層。
出てくるモンスターは上層とは比べ物にならない程強いため、下層のモンスターには基本パーティを組んで挑む。
だが、チヒロはソロで下層のモンスターの群れとやり合っている。
その強さは、上級冒険者が多数在籍する最強ファミリアの一角と言われているロキ・ファミリアのメンバーですら異常と思えるものだった。
「……」
最後の一体を倒し終えたチヒロを見つめながら、アイズはギュッと強く手を握り締めた。