英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
「……」
飛び出している岩に腰掛けているチヒロは、帰還準備をしているロキ・ファミリアを見つめている。
フィンからの護衛という名の
チヒロが現在所属しているファミリは半年前にチヒロと主神の二人で活動を始めたばかりの貧乏ファミリア。
正直、護衛だけで100万ヴァリスというのは、あまり冒険者依頼を受けたことがないチヒロにとってはいい話なのか悪い話なのかは分からない。
だけど、ファミリアの為にも稼ぎは少しでもあった方がいい。
ちなみに、ファミリアとは千年前に天界より降り立った不変不滅の
現在ヘスティア・ファミリアはチヒロと半月前に入団した新人冒険者の二名の構成員で成り立っている。
新人冒険者の収入は期待出来ない。
だからこそ、チヒロは100万ヴァリスに釣られてしまった。
挙句には、チヒロが集めた大量の魔石やドロップアイテムを運ぶのを手伝うと言ってきたのだ。
魔石とはモンスターの生命力の核にして、冒険者の収入源の一つ。
モンスターを倒して魔石を抜き取り、それをギルドで換金する事で収入を得ている。
魔石とは別にドロップアイテムは、倒したモンスターが残すことがある身体の一部だ。
様々な武具や道具の優れた素材になるため高く取引される。
チヒロは、基本取引交渉が苦手だ。
もちろん、チヒロと長い付き合いであるフィンはそれを熟知している。
だからこそ、最後のひと押しと言わんばかりに、取引交渉も手伝うとまで言ってきた。
チヒロの完敗だった。
「……はぁ」
自分の荷物まで運んでくれているロキ・ファミリアを見て溜息をつく。
ロキ・ファミリア同様、チヒロはソロで地下迷宮遠征を行っていた。
三日間ほどダンジョンの下層を一人でウロウロとしていたのだ。
そんな事をしていれば、いつの間にか魔石やドロップアイテムが荷台に乗せなくてはいけないぐらいの量になってしまった為、さすがに帰るかと帰還することにした。
そんな時に出会ったのが芋虫のような腐食液を吹く新種のモンスター。
チヒロの愛刀である神剣《阿修羅》の特性を使って焼け倒していった先に広がっていたのは、金髪金眼の女神のような少女――アイズ・ヴァレンシュタインが巨大モンスターと交戦している場面だった。
遠くから強くなったなと巨大モンスターと戦っているアイズを見ていたのだが、新たに現れたもう一体の巨大モンスターに気づいて、さすがにあれはマズイと思い介入した。
本来ならアイズ達と接触する気はなかったのだが、仕方がないと割り切り姿を現した。
だが、まさかそれが現状に繋がるだなんて思ってもいなかった為、少しだけ複雑な気持ちになる。
すると、ちょこんと隣に誰かが腰掛けた。
もちろん、誰かなんて、その人物がこちらに向かってきていた時から分かっていた。
「……何か用か、アイズ」
「ううん……」
用もなく隣にやってきたアイズに、チヒロはそれ以上何も言わない。
二人の間に沈黙が流れる。
「(……聞きたいことは沢山ある)」
姿を消していたこの一年間、何をしていたのか。
どうして黒髪から白髪になってしまったのか。
どうしてファミリアが消滅してしまったのか。
クロに何があったのか。
でも、一番知りたいのは……。
今何を考えて、何を見ているのか――。
「……」
アイズの目に入ったのは、人が一人座れるぐらいのチヒロと自分の距離。
だが、それが異常に長く、広く見える。
人一人分の隙間。
埋めたいのに、どうやって埋めればいいのか、どうやったら埋まるのか、それが分からない。
近づきたいのに近づけない。
一年という空白の時間は、それぐらいアイズにとっては大きなものだった。
「(前はこんなことなかったのに……)」
ずーんっとアイズの周りの空気が淀む。
それに帰還準備をしていた団員達がハッとする。
「「「(アイズさんが落ち込んでいる……!!)」」」
原因なんて誰だって分かる。
全員の視線がキッとチヒロに向けられて、チヒロはその視線に若干気圧される。
あまりの迫力にチヒロは目を逸らし、みんなから睨まれる原因は分かっている為、どうしようかと指で頬を掻く。
ふと、そこで何かを思い出したように、腰にかけていたショルダーバッグからある物を取り出した。
「……?」
目の前で小瓶に入った青い液体がチャポンッと揺れる。
その小瓶を持つ手を辿れば、チヒロがそれを差し出していた。
それを不思議に思いながらも、アイズは素直に受け取る。
「俺手作りの特製
「え?」
「あまり無茶はするな」
そう言ってチヒロは何事もなかったかのように、前を向く。
そんなチヒロからアイズは自分の掌に乗っている小瓶を見つめる。
「(……誰にもバレてないって思ってたのに)」
ズキズキと疼痛を訴えてくる身体。
外から見た限りでは分からないが、アイズの内側は新種のモンスターとの戦闘で魔法を酷使し過ぎたせいでボロボロになっていた。
気を遣わせてしまった事に、申し訳ない気持ちだったり、迷惑をかけてしまったという負い目はある。
だが、何よりも彼が自分の事を考えてくれていた事が嬉しかった。
自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
そして胸の高鳴りは、久しぶりに感じたものだ。
「……あり、がとう」
振り絞って出した小さな声でお礼の言葉を述べれば、彼の耳にはしっかりと届いていたようで、顔を真っ赤にしている彼女を見て微かに微笑んだ。
その微かな微笑みを見逃さなかったアイズの顔が更に赤くなる。
そんな彼女の目に入るのは、人一人分の自分と彼の距離。
「(縮めてもいいかな……ううん、縮めたい)」
決心したアイズは、高鳴る胸の前でギュッとチヒロ特製回復薬を握り締めながら少しだけ腰を浮かす。
アイズを動かすのは、チヒロに少しだけでも近づきたい衝動。
そして、腰を人一人分空いている隙間へと動か――
「てめーらサボんじゃねーっ!!」
「っと」
「!?」
――すよりも先に突然の介入者によりベリッといとも簡単に数
自分とアイズの間に割って入ってきた狼人に、チヒロは声をかける。
「突然なんだよ、ベート」
「あ゛ぁ!?」
「……いや、ホント何、お前」
こちらにガルルルと威嚇してくる彼に、チヒロは溜息をついて自分から引き離されたアイズを見る。
「……もう……少しだったのに……あと少し……だったのに……」
地面に手を付きながら体をプルプルと震わせて、何やら落ち込んだ様子で呟いている。
すると、今度は別の声がその場に響く。
「いい所だったのに邪魔するなよベート!!」
「あんた達相変わらず見せ付けてくれるわね」
近寄ってきたのは、アマゾネス姉妹。
ティオナとベートが言い合いを始めて、ティオネは私も団長とー!なんて叫んでいる。
この後、エルフの彼女がやってきて二人の言い合いを止めようとするのが、昔からの流れ。
「お、お二人とも何ケンカしてるんですか!?」
ああ、ほらとチヒロは思う。
ピンクの戦闘衣を着た耳の長いエルフの少女――レフィーヤ・ウィリディスが慌ててこちらに走ってきた。
目の前で騒いでいる面々に、チヒロの瞳から光が消える。
「(一年前と変わらない光景……)」
一年前と全てが変わってしまった俺……。
俺はきっと……。
ココに居るべきじゃない。
ココは俺なんかが居ていい場所じゃない――。
「チヒロ?」
「!」
目の前に突然アイズの顔が現れて、チヒロは微かに目を見開く。
不思議そうに首を傾げているアイズ。
「……ごめん。何?」
「……出発するって」
「ああ、分かった」
アイズに返事を返したチヒロは、先程の思考を消すように、白髪の頭を掻いて息を吐く。これから冒険者依頼だというのに、何馬鹿な事を考えているんだと。失ってしまったものは戻らないし、羨んでも仕方ないと。
「……大丈夫?」
「平気だ。問題ない」
「……」
そう言って歩き出したチヒロに、アイズは納得がいかない表情をしながらも、何も言わずにその背中を追いかけた。