英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
一年前、突然彼は姿を消した。
いつものように彼の主神に彼と共に剣術の稽古をしてもらい、その後は彼とダンジョンに行こうと思っていた。
それは日常だった。
だけど、その日常は消えた。
何もなかった。
彼の大切なホームも。
彼の大切な
彼も。
必死に探し回った。
街の隅々から、ダンジョンの中まで。
仲間に止められるまでずっと。
でも、見つからなかった。
見つけられなかった。
それから少ししてからロキから聞いた。
彼の主神が死んだことと、彼のファミリアが消滅した事、そして彼が行方不明だという事を。
私はまた大切な人を失ったのだと思った。
それから今まで以上にダンジョンを駆け回り、只々モンスターを倒した。
彼を失ったという悲しみから逃げるように。
彼を守る事が出来なかった後悔を糧に、強くなるために。
……でも、どこかで思ってた。
ダンジョンのどこかに彼が居るのではないかと。
初めて出逢ったあの日のように、
◆◆◆
「本当にチヒロかい……?」
ロキ・ファミリアの団長を務める見た目は幼いが、実はアラフォーである
チヒロが頷いた事で、ロキ・ファミリアの団員達がざわめき出す。
「おいおい、マジかよ! てめー見ない間に白髪ジジイになったのかよ!!」
「……」
チヒロを指差しながら腹を抱えて笑っている
そんなチヒロの周りを飛び跳ねている褐色のアマゾネスの少女――ティオナ・ヒリュテも白髪の事に関して触れてくる。
「でも何で白髪!? ねぇねぇ!! なんでなんで!!」
それにチヒロは一つ溜息をついて、ティオナも無視してフィンに告げる。
「俺帰るから」
「「「この状況で!?」」」
全く状況整理をする事なく、全てを放り投げて行こうとしたのだ。
だが、それは叶わなかった。クイッと後ろから引っ張られた力によって。
後ろを振り返ったチヒロはああ、そうだったと思い出す。
チヒロの黒いローブをちょこんと掴んでいる手。その手から細い腕へと、そしてその人物の顔へと視線を持っていく。
金色の瞳がどこにも行かせないと告げていた。
「……アイズ、離して」
「離さない」
「離して」
「離さない」
「……」
「……絶対に離さない」
その彼女の言葉に、チヒロは小さく溜息をついて、彼女の保護者のような存在であるフィンと、フィンの両サイドに立つエルフの女性――リヴェリア・リヨス・アールヴとたくましい体つきのドワーフの男性――ガレス・ランドロックに顔を向ける。
「一年も姿を眩ませておったお主が悪いのー」
「アイズの気持ちも察してやれ」
「そういう事だ」
「……」
こいつらが親バカだったという事を思い出した。
また一つ溜息をついて、チヒロはアイズへと再び顔を向ける。
そうすれば金色の瞳と目が合う。
「帰らなきゃいけないんだ」
「……どこに?」
「……」
その問いにチヒロの表情が一瞬曇った。アイズはそれに首を傾げる。
チヒロのホームが今どこにあるのかをアイズは聞いたつもりだった。
また会うためには場所を知っておかなければいけない。
前にあった場所には、今は何もないのだから。
だが、次のチヒロの言葉を聞いて後悔した。
「俺の
「!」
光のない空色の瞳と無表情な顔。
そのチヒロの一言に、再びロキ・ファミリアがざわめき出す。
ロキから聞かされているだけでなく、チヒロが所属していたファミリアが消滅したという話はオラリオでも有名な話だ。
「消滅したって聞いてたけど……本当だったのね」
「……」
豊満な胸を持った褐色のアマゾネスの女性――ティオナの双子の姉、ティオネ・ヒュリテの呟きに、チヒロは顔を俯かせる。
そんなチヒロをアイズはじっと見つめる。
チヒロの空色の瞳には何も映っていなかった。
顔を俯かせたまま何も言わないチヒロに、更にざわめきが大きくなる。
すると、それを制するようにパンパンっという音が響く。
みんなが驚いたようにそこを見る。音の発信源は、団長であるフィン。
「その話は一旦保留にしよう。とりあえず皆は帰還準備を。今回の遠征はここまでだ」
そのフィンの言葉を合図に、ロキ・ファミリアは帰還準備に入る。
動き出した仲間達を一瞥して、フィンはチヒロへと近寄る。
その後ろには、リヴェリアやガレスなど、ロキ・ファミリアの幹部達が揃っている。
「ファミリアの事に関してはキミが話したくないのなら話さなくて構わない。その髪についてもね」
「……ごめん」
顔を俯かせて謝ったチヒロにフィンは優しく微笑む。
その視線がチヒロから未だにチヒロのローブを掴んで離さないアイズへと向けられる。
「?」
キョトンとするアイズにも、微笑みかける。
そして笑みを浮かべながら言い放った。
「その代わり、護衛として雇わせてくれないかな?」