英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第24話

 

 

 

 ギルド関係者が住まう高級住宅街も近隣に位置する北のメインストリートは、商店街として活気づいている。

 そんな中でも服飾関係がこの辺りは有名で、チヒロはその中のとあるお店に訪れていた。

 お店の中には、女性用の煌びやかなドレスからシンプルなドレスまで、色んなドレスが揃っている。

 チヒロは、遠征前に注文しておいた物を確認して受け取る。

 

「羨ましいねぇ、あんたみたいないい男にそんな物を贈ってもらえる娘がいるなんてね」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 お店の店長を務めているヒューマンのおばさんは、チヒロを見て微かに頬を赤くしている。

 チヒロは、それに少し困ったように苦笑して、代金を差し出す。

 

「はい、毎度。それでどんな別嬪さんなんだい?」

「あ、えと……あ、ありがとうございました!」

「今度はその別嬪さんも連れて来るんだよー!」

 

 おばさんの声を背中に受けながら、そそくさとお店から出る。

 注文をしに来た時も同じように捕まって、同じように逃げたなと思いながら、一つ溜息をつく。

 服にそこまで拘りの無いチヒロは、あまりこういったお店に慣れていない。

 種族ごとに色々と服装に拘りがあるようだが、チヒロは着れればそれでいいと思っている。

 だからこそ、普段から無難な黒一色という格好だ。もう少しお洒落をしろとクロノスやヘスティアに言われた――ヘスティアにはその時に今着ている黒のインナーに白いジャケット、黒のパンツをもらった――こともあったが。

 

「……後はこれを渡すだけか」

 

 自分が手に持つ紙袋を見て、少しだけ不安になる。

 

「気に入ってくれるだろうか……それ以前に、本当にこれで良かったのか……」

 

 不安と不安が積み重なり、チヒロの表情が暗くなる。

 おばさんが言うようにそれは贈り物に間違いはない。だが、そういった贈り物をした事がないチヒロは、慣れない事に不安しかない。

 しかし、今から直してもらう時間も、新しく作ってもらう時間もない。

 ヘファイストスに渡した『内金』により、ファミリアの貯金は後僅かになってしまっている。

 今回購入したこれに関しては、チヒロのポケットマネーから出ている物なので問題はないが、念の為そのポケットマネーも多目には残しておきたい。

 もう一度、紙袋を見る。

 

「……大丈夫、きっと喜んでくれるはずだ」

 

 どこか自分に言い聞かせるようにそう呟いて、気合いを入れ直したチヒロは視線を前へと戻す。

 次の瞬間何かにぶつかった。

 

「「――っ!」」

 

 突然胸元に飛び込んできた影に微かに驚くが、その影がヨロけた事で慌てて手を伸ばした。

 

「す、すま――って、アイズ?」

「……チヒロ?」

 

 ぶつかった相手が金髪金眼の少女――アイズ・ヴァレンシュタインだと分かって、チヒロはピシッと固まる。

 思い出すのは、鍛錬の前に今度アイズに会ったら謝ろうと決意した事。

 まさかこんな所で会うとは思っていなかったが、いい機会だと心の中で何度も酒場での事を謝れと自分に言う。だが、チヒロの口から出てきたのは違う謝罪。

 

「よ、よそ見をしてた、すまない……」

「う、ううん、私こそ……」

「……じゃ、じゃあ!」

「あ……」

 

 アイズが何か言いたそうにしたが、それを見なかった事にして、支えるために掴んだアイズの手を離して踵を返す。

 

「(――って、そうじゃないだろ、俺!!)」

 

 表面上は平静を装いつつも、内面は荒れ模様。

 踵を返す前に見えた、アイズの悲しげな表情。

 また逃げ出した自分。

 また彼女を傷つけた自分。

 一言。一言言えばそれで済むのだ。なのにそれが出来ない。

 何をやってるんだと自分自身に呆れる。

 逃げてしまった以上仕方ない。また今度にしようと考えたその時だった。

 

「ぐえっ!?」

 

 突然後ろから襟首を思いっきり引っ張られた。

 突然絞められた首に咳き込む。

 目尻に涙を浮かべながらも、そこへと睨むように振り返る。

 だが、すぐにその睨みは恐怖へと消えた。

 

「あんた女の子にぶつかっておいて、それだけってのはどうなのよ」

「ちょっとチヒロさー、アイズに何しちゃってくれてるのかなー」

「アイズさんを悲しませるなんて、どうなるか分かっていますよね?」

「お、お前らいたのか……」

 

 笑顔で黒いオーラを纏っているロキ・ファミリアの三人娘。

 アイズと共に三人がいた事に今しがた気付いたチヒロの顔が青く染まっていく。いい予感はしない。

 

「そうね……責任を持って今から付き合ってもらいましょうか」

 

 アマゾネス双子の姉ティオネが、いい笑顔でチヒロに告げれば、それに合わせるようにアマゾネス双子の妹ティオナが手を上げる。

 

「いいね、それ! 賛成ー!」

「せっかくアイズさんの服を買いに来たのですから、チヒロさんの好みに合わせる方がいいかもしれないですね」

「え……」

 

 エルフのレフィーヤの言葉に、チヒロの頬が引き攣った。

 服飾店の多い北のメインストリートにチヒロ同様服の事には無頓着なアイズがいた訳を、何となく理解した。こいつらがここにアイズを連れてきたのかと。

 

「というわけで――」

 

 トンとティオナに背中を押されて、一歩前に出される。

 それに少し慌てながらバランスを取り、何とか立ち止まれば、目の前には展開について行けず、キョトンとした表情をしている彼女。

 

「アイズー、チヒロも一緒に行くってさ!」

「!」

 

 やっと理解出来たのか、ピクっと反応を示して、チヒロへと金色の瞳が真っ直ぐ向けられる。

 チヒロは慌ててティオナに反論しようとするが、それをティオナの横に立っているティオネに遮られた。

 

「アイズはどうしたい?」

「私は……」

 

 チヒロを見つめていたアイズだったが、暗い表情で目を伏せる。

 地面を見つめながら何も言わないアイズに、チヒロは焦る。これはマズイと。

 後ろから感じる三つの殺気に生殺し状態だ。

 何か言うべきかと思案する。

 すると、黙って俯いてしまったアイズがギュッとチヒロの袖を掴んだ。

 

「アイズ……?」

 

 恐る恐るアイズの顔を伺う。

 そうすれば、必死に何かを考えているアイズの金色の瞳と目が合った。

 何かを言いたそうに口を開くが、すぐに閉じられる。言葉が上手く見つからないのか、アイズは再び金の瞳を伏せる。

 豊饒の女主人で最後に見たアイズと一緒だった。

 あの時、チヒロはアイズの言葉を待たずに、逃げるようにベルを追いかけた。ああすること以外の方法をあの場では思いつかなかった。

 あの時と同じで先程はつい逃げてしまったが、でも今は違う。

 

「待ってるから」

「え……?」

 

 驚いたようにアイズが顔を上げれば、そこにはいつもの優しい彼がいて。

 

「今度はちゃんと待ってるから」

「!」

 

 あの時は掴む事も、追い掛ける事も、呼び止める事も出来なかった。

 ただ、遠くなるチヒロの背中を一人で見ている事しか出来なかった。

 でも、今は違う。

 ちゃんと彼は待っててくれている。

 そこに居てくれている。

 

「私は……」

 

 チヒロの後ろではティオナとレフィーヤがアイズを応援していて、ティオネが優しく見守っている。

 ギュッとチヒロの袖を掴む手に力が入る。

 そして決意するように顔を上げ、真っ直ぐチヒロを見つめて口を開いた。

 

「私はチヒロと一緒にいたい」

 

 豊饒の女主人で自分が何を言いたかったのか、どうしたかったのか、まだ自分の中で答えを見つけられていない。

 それでも、今のアイズの気持ちは言えた。しっかりと目の前の彼に向けて。

 アイズの気持ちを聞いたチヒロは、少しだけアイズを見つめて、諦めたように溜息をついて苦笑した。

 

「アイズに言われたら断れないな」

「!」

 

 微かに見開いた金色の瞳だが、すぐに嬉しそうに細められた。

 そんなに会わない日が続いた訳ではないのに、彼女のこの表情を見るのが久しぶりなような気がして、チヒロも無意識に笑みを見せる。

 見守っていた三人もご満悦の表情を浮かべている。

 

「それじゃあ、気を取り直してアイズの服を買いに行こー!」

 

 ティオナの言葉を合図に、今度は四人で歩き出す。

 ティオナが先頭を歩き、そんな彼女をレフィーヤとティオネが追いかけて、チヒロとアイズが二人並んで最後尾を歩く。

 何やら先頭が騒がしいが、アイズの耳には届かない。

 チヒロの横顔をチラッと見て、そのまま下へと視線を持っていく。

 目に入ったのは、彼の袖を未だに掴んで離さない自分の手。

 振り払われない事に、嬉しさと恥ずかしさを感じる。

 クイクイッと軽く引っ張れば、こちらへと振り向いた。

 そんな仕草にすらドキッとする。

 少しだけ頬を赤くしながらも、アイズは口を開く。

 

「……ありがとう、チヒロ」

 

 それに一瞬驚いたチヒロだが、すぐに優しく微笑んだ。

 

「うん、謝られるよりそっちの方がいいな、やっぱり」

 

 予想外の返答に微かに驚いたアイズだが、すぐに微笑んで返す。

 この後、立ち止まって微笑み合っていた二人は、ティオナに手を取られ急かされるように目的地へと連れて行かれた。

 

 

 




久しぶりにアイズたんを書いた気がする……。
贈り物が誰に何を渡すのかなんて気づいても口に出してはいけません(切実)

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