英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第21話

 

 

 

「「!」」

 

 裏路地でばったり出会った二人は、微かに目を見開いて驚く。

 だが、相手がお互いに知り合いだと認知して、小さく安堵の息を吐いた。

 

「……女性が一人でこんな裏路地を通るなんて何かあったらどうするんだ、リュー」

「返り討ちにするので問題はないかと。何より、こちらの方が帰るのに時間の短縮になります」

「いや、そういう問題じゃないだろ」

 

 目の前に立つエルフの女性の言葉に、チヒロは白髪を右手でガシガシと掻いて、小さな溜息をつく。

 薄緑色の髪と空色の瞳を持つ、シルと同じ『豊饒の女主人』の制服を着ているエルフの女性の名は、リュー・リオン。

 豊饒の女主人で住み込みで働いている彼女とは、クロノス・ファミリアにいた頃からの知り合いである。

 彼女の腕の中にある紙袋。その中には林檎を初めとした果物や野菜がこぼれ落ちんとばかりに袋の口から覗いていた。

 それを見ただけで、彼女が何故こんな所に居るのかが分かる。

 チヒロは、ひょいっとそれを奪って歩き出す。

 

「ちょっ、チヒロ!?」

「ほら、行くぞ」

 

 チヒロの後をリューは慌てて追いかけて、買い出しの紙袋を取り返そうと手を伸ばす。だが、チヒロはそれを難なく避ける。

 

「持ってもらわなくて結構です」

「どうせ通る道は同じだろ。なら、持つ」

「『なら』の意味が分かりません」

「そのままの意味だ」

 

 そんな会話を繰り広げながら行われているのは、常人の目には何をしているか分からないような高速での紙袋争奪戦。

 伸ばされた手を軽く後ろに後退する形で避ければ、更に追ってくる手に屈んで避ける。そうすれば相手は屈んで一回転し足払いをかけてくる。それを飛んで避けて、相手よりも前に着地する。

 

「くっ……!」

 

 再び歩き出した背中に、リューは手を伸ばす。

 すると、パシッとその手を掴まれた。

 

「いい加減にしろ」

「!」

 

 掴まれた手に、こちらを呆れたような顔で見ている自分と同じ空色の瞳。それに既視感を覚える。

 徐々にリューの顔が赤くなっていく。

 

「女の荷物は男が持つ。それが男として当たり前だ」

「わ、分かりましたから、その……手を……」

 

 空色の瞳から顔を逸らして、リューは小さな声でそう返す。その白い肌はいつの間にか赤一色となっている。

 チヒロはそれに気づいて、慌てて手を放す。

 

「ご、ごめん!」

「ぁ……」

 

 自分で言っておきながら離れた手に、寂しさを感じる。少しだけ握られた手を見て下ろした。

 目の前に立つ彼を見れば、微かに眉を下げている。

 エルフは『認めた相手でなければ肌の接触を許さない』という特質を持っている。それを彼も知っているからこそ、今そんな顔をしているのだ。

 自分の気持ちを口に出してしまえば楽なのにという考えを、リューは友人であり、同僚である彼女の顔を思い浮かべてすぐに頭の片隅へと追いやった。そして、彼の横を通り過ぎてそのまま歩いて行く。

 

「そういう事はシルにやってください。あなたなら大歓迎されるでしょう」

「それとこれとは意味が違う」

 

 何を想像したのか、空色の瞳をげんなりさせたチヒロが、リューの隣を歩く。

 彼に手を握られて、顔を真っ赤にする同僚を想像して、リューは微かに笑みを浮かべる。

 

「私の恩人(・・)である二人が結ばれる事が私の願いです」

「……勘弁してくれ」

 

 小さく溜息をついたチヒロは、ふと表情を暗くさせる。

 それにリューは微かに首を傾げて彼を見る。すると、彼がその口が開いた。

 

「昨夜はすまなかったな」

 

 紡がれたのは謝罪の言葉。リューが思い出すのは、昨夜の事件。

 『ベル・クラネル』の逃走。他派閥との乱闘。その事を彼が謝っているのだと察する。

 狼人の話は給仕をしていたリューの耳にも届いていたし、チヒロとシルの反応からその話の中心人物が逃走した彼だという事も気付いている。そして、同じファミリアの者を馬鹿にされた事にチヒロが激怒した事も。

 

「あなたが謝る必要はないと思います」

「いや、でも……」

 

 ベルの事があったとはいえ、乱闘騒ぎを起こしてリュー達に迷惑をかけたのは自分の為、チヒロはそれに歯切れ悪くする。

 リューは、そんな彼に優しい笑みを向ける。

 

「チヒロ、あなたはあなたがやりたいようにやればいい。もし、あなたが道を間違えるような事があれば、あの時のあなたのように今度は私があなたを止めます」

「……」

 

 真っ直ぐなまでに自分を想った優しい言葉。それを受けてチヒロは石畳へと視線を落とす。

 思い出すのは、強くなりたいと言ったベル。そして幼き頃の自分。

 

「……今、俺は何がしたいんだろうな」

「チヒロ……?」

 

 突然立ち止まった彼に、リューは遅れて足を止める。

 振り返れば、顔を俯かせている彼。

 

「俺は強くなりたかった。守る為に、救う為に……でも、結局何も守れなかった。救えなかった」

 

 思い出すのは、ニッと口角を上げて得意気に笑う(クロノス)

 そして、横たわる彼の前で泣き叫ぶ自分。

 

「!」

 

 頬に伸ばされた白い手にハッとする。

 少しひんやりとしたその手を辿って顔を上げれば、どこか寂しげに微笑んでいるリューと目が合った。

 

「何もなんて言わないでください。あなたに守られ、救われた人がココ(・・)にちゃんといる」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 【アストレア・ファミリア】。

 そこは正義と秩序を司る女神が主神のファミリア。

 アストレア・ファミリアは、迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まるような事もやっていた為、対立する者も多くいた。

 そして事件は起きた。

 敵対していたファミリアにダンジョンで罠に嵌められ、ある一人の団員を除いて全滅。生き残った団員は、自らの主神を都市の外へと逃がし、そして復讐へと身を投じた。

 その団員が当時Lv.4であったリュー・リオン。

 彼女は、仲間を失った私怨から仇であるファミリアを一人で仇討ちした。

 闇討ち、奇襲、罠、手段を厭わない襲撃に晒され――敵方のファミリアは壊滅。

 だが、彼女はそこだけには留まらなかった。

 彼の組織に与する者、関係を持った者――疑わしき者全てに襲撃しようとしたのだ。それは行き過ぎた報復行為。

 それをしてしまえば、冒険者の地位も剥奪されてしまうと分かっていても、復讐者になり果てた彼女は自身を止める術を持ってはいなかった。

 そんな時だ。彼が彼女の前に現れたのは。

 

「これ以上はダメだ、リュー」

「……! チヒロ」

 

 深い路地裏を辿り、次の標的へと向かっていたリューは、突然目の前に現れた黒髪に空色の瞳の男――チヒロを見て、足を止める。

 彼と出会ったのは、彼の主神に紹介されたのが切欠だ。偶にダンジョンに一緒に潜ったりするなど、気を許している知人ではある。

 だが、今はそんな彼に構っている暇はない。

 

「退いてください」

「退かない」

 

 間髪を容れずに返ってきた反対の返事。

 真っ直ぐ見つめてくる自分と同じ空色の瞳を、キッと睨みつける。

 

「私にはやらねばならない事があるのです」

「復讐か?」

「……ええ」

「冒険者じゃいられなくなるぞ。下手したらギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載る可能性だってある」

「それも覚悟の上です」

 

 チヒロの顔が歪んだ。

 怒りと悲しみを含んだその表情に、リューは微かに動揺する。だが、すぐにその感情を掻き消す。彼に構っている時間はないのだと。

 一度目を閉じたチヒロ。次に目を開いた時には、既に最初の彼に戻っていて。

 

「お前が止まる気がないのと同じで、俺も退く気はない」

「っ!」

 

 変わらない立ち位置。

 もういいと言わんばかりに、リューは腰に差してあった長い木刀を手に取る。

 

「なら、力尽くで行かせてもらいます」

 

 チヒロが何かを言う前に、リューは肉薄する。

 横に振りかぶられた木刀を、チヒロは飛んで避ける。逃がさんと言わんばかりに、リューは更に肉薄、木刀を彼に向かって突く。

 二人の間にギシッと軋む音が響いた。リューはそれにハッとする。

 木刀の切先が彼が腰に差していた愛刀――『阿修羅』の鞘に受け止められていた。

 チヒロは、リューを押し返し、その反動で距離を取る。それに一瞬バランスを崩したリューだが、すぐさま彼へと駆け出す。

 

「(こんな所で止まっている暇など……!!)」

 

 何度も何度もチヒロへと襲いかかるが、チヒロはそれをいとも容易く鞘で受け流す。

 受け流し、受け止め、弾き返す。その繰り返しで、一度も彼はその愛刀を抜かない。

 それにリューはギリッと奥歯を噛み締める。

 

「何故……何故抜かないのですか!?」

 

 肩で息をしながら、らしくもなく声を荒げる。そんな彼女をチヒロは変わらない瞳で見つめる。

 

「俺はお前を止める為にココにいるんだ。阿修羅を抜く理由はない」

「私はそんなこと頼んでなど……!!」

「俺が嫌だから止める。ただそれだけだ」

 

 あまりにも身勝手な理由。それにリューはカッと頭に血が上って、再び彼へと肉薄する。

 疾風の如く彼の懐に潜り込んだ彼女は、無防備な彼に今度こそもらったと木刀を突く。

 だが、次の彼の行動にリューの思考が一瞬停止する。

 

「いい加減にしろ」

 

 木刀を突き出した手は彼の手に掴まれていて、グイっと引き寄せられた事で、目の前にある彼の顔。

 空色の瞳と空色の瞳が一瞬交差する。だが、突撃の勢いと引き寄せられた事により、そのままポスッと彼の胸に埋まった。

 

「――っ!!」

 

 思考が再起動したリューは、慌ててチヒロから離れようとする。だが、それをチヒロはさせてくれなかった。

 全身で感じる彼の温もり。ギュッと強く抱きしめられたリューは、身動き一つ取れない。

 

「な、なな、何を……!!」

「ちゃんと俺の話を聞いてくれ」

「!」

 

 耳元から聞こえた懇願するような彼の声。今の状況に慌てていたリューは、その声により動きを止める。

 

「復讐に身を投じた所で、何も変わらない、何も生まれない。ただ、後々自分が後悔するだけだ」

「それでも私は――」

「俺が嫌なんだ!!」

 

 チヒロはリューの肩から顔を離し、彼女を見下ろす。チヒロの空色の瞳は悲しみに染まっていた。

 それにリューは締め付けられるような痛みを胸に感じる。

 

「リューが復讐者になるのも、リューが周りから恨みを買うのも、リューが傷つくのも……リューが悲しい思いをするのも、全部俺が嫌なんだ」

「では、私にどうしろと……」

 

 心の中にある真っ黒な増悪の塊。復讐という行動以外にこれを治める方法をリューは知らない。

 復讐という以外に仲間の仇を取る方法をリューは知らない。

 逡巡する彼女に、チヒロは目を閉じるが、何かを決意したようにすぐに開いて彼女を真っ直ぐな瞳で見つめる。

 

「俺に任せて欲しい」

「え……?」

「俺が全部終わらせる」

 

 

 




次回もリューさんとの過去編です。
ご意見、ご感想お待ちしています!

最後に一言!
リューさんにだけ、大胆過ぎないかチヒロ君!?

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