英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
チヒロと出会ってから、彼が遠征に行くまでの間、オラリオやダンジョンに関してなど色々な事をベルは彼から習った。
だが、一つだけ教えてくれない事があった。
『強くなる方法』。
これだけはどれだけ聞いてもチヒロは『生きて帰ってくる』という言葉だけで後は何も教えてはくれなかった。あるとすれば、一回だけ一緒にダンジョンに潜った際に、ナイフの扱い方とモンスターとの戦闘での駆け引きを軽く教えられたぐらいだ。
その時にベルは悟った。
彼は自分を
――し、師匠って呼んでもいいですか!?
――いや、普通に名前で……。
――お願いします!! 師匠って呼ばせてください!!
――……勝手にしろ。
だから、少しだけでも彼に近づこうと、無理矢理ではあるが師と仰ぐ許可をもらった。
「(……でも、そんなの意味がない事だって僕が一番分かっていた)」
只の自己満足だって僕が一番分かっていた。
そんなんで彼との距離が埋まらないなんて一番僕が分かっていたんだ。
「(……強くなりたい)」
彼に冒険者と認めてもらう為に。
彼に仲間だと認めてもらう為に。
彼に追いつくために。
彼のように強く……。
僕は強くなりたい!!
決意を新たに、目の前に現れた影がそのまま浮かび上がったような異形の怪物――『ウォーシャドウ』の群れへと飛び込もうと、ベルはグッと足に力を入れる。
だが、それよりも早くその場に一陣の風が吹いた。
思い出すのは、
目の前で崩れ落ちるウォーシャドウ達。そして、その場に佇む白髪に空色の瞳を持った青年。
「……ベル、大丈夫か」
――……少年、大丈夫か。
まるであの時のあのシーンを繰り返しているようで。
ベルは、手に持っていた長刀を鞘に収めている青年――チヒロを見て、顔を俯かせる。ギリっと奥歯を噛み締める音が鳴った。
「6階層まで潜るなんて、なんて無茶をしてるんだ」
「……師匠は初めてダンジョンに潜った時、18階層まで行ったんですよね」
顔を俯かせているベルから発せられたどこか棘のある言葉に、チヒロは微かに眉を顰める。
「……俺とお前は違うだろ」
「っ!!」
バッとベルが顔を上げれば、チヒロはベルに背を向けて歩き出していた。
その背中を見つめながらグッと口を結ぶ。
「帰るぞ」
「……です」
「は?」
「嫌です」
まさかの拒絶の言葉に、チヒロは驚いたように振り返る。
真っ直ぐこちらを見つめている深紅の瞳と目が合った。
一瞬彼が誰かと重なる。
「僕はまだ帰りません」
「……そんな状態でこれ以上どうする気だ」
「戦います」
「何でそこまで……」
「僕は強くなりたいんです!!」
「!」
――俺は強くなりたいッ!!
今度はハッキリと見えた。
ベルの姿に幼い日の自分が重なる瞬間を。
チヒロの空色の瞳が微かに困惑の色を見せる。
「……理由は何だ」
「どうしても追いつきたい人がいるんです。何がなんでも辿り着きたい場所があるんです。それでその人に認められたいんです、僕という存在を」
どこまでも真っ直ぐな彼から、チヒロはスッと目を逸らす。そして、小さく呟く。
「【
チヒロが前に出した右手に、空色の光が集まる。その中で形成されるのは一本の短刀。それを無言でベルへと差し出す。
突然の事に戸惑いながらもベルはそれを受け取る。
「そんなボロボロのナイフじゃ碌に戦えないだろ。それを使え。またダメになったら新しいのを創ってやる」
そう言ってチヒロは壁に凭れるように、その場に座り込む。
彼の行動に、ベルは戸惑うばかりだ。
「え、あの、師匠……?」
「……どうせ今は何を言っても聞かないんだろ。なら好きなだけやれ」
「!」
「ただし、本気でヤバイと思ったら止めるからな。お前に何かあったら俺がヘスティアに怒られる」
「……はいッ!!」
タイミング良く現れたモンスターへと、チヒロに見守られながらベルは駆け出した。
◆◆◆
「……眩しい」
ダンジョンから地上へと戻れば、空は既に白みがかってきていた。
背中の重みを抱え直して、チヒロは歩き出す。その背中には、ボロボロになったベルが担がれていた。
最後の一体を倒したベルは、倒したモンスターと一緒にその場に倒れた。それにチヒロは一瞬驚いたが、駆け寄れば気絶していただけだった。
限界を超えてまで目指したい憧憬がベルにはある。
その想いを表しているのがベルに発現したスキル【
真っ直ぐ過ぎる彼に、チヒロは昔の自分を重ねてしまった。一途なまでに
でも、チヒロは
そんな事を考えていれば、いつの間にかホームであるうらぶれた教会に辿り着いた。
チヒロは、そのまま地下部屋へと向かう。ドアを開けたその先には、部屋の中でオロオロと歩き回っている女神がいた。
「チヒロ君!! ベル君!!」
消耗の色濃い顔をしていたヘスティアが、部屋に入ってきた人物達を見て、顔をパアッと明るくさせた。
だが、すぐにチヒロの背中でぐったりしているベルを見て言葉を失う。
「ベ、ベル君!? ど、どうしたんだい、その怪我は!? まさか誰かに襲われたんじゃあ!?」
「落ち着けヘスティア」
「チヒロ君、でも……」
「詳しい話は後でするから、まずはベルの体を綺麗にして治療しないと……」
その言葉に納得して、ヘスティアは慌てながらも治療の準備を始める。
チヒロはそんな彼女を見てから、ベルをシャワー室へと連れて行く。
泥と血で汚れたベルの体を洗い、ヘスティアが用意してくれた服を着せる。
ちょうどその時にベルが目を覚ました。
「し、しょう……」
「……目を覚ましたか」
力のない深紅の瞳がチヒロを捉える。
すると、微かに眉を下げた。
「……すみません」
「……何で謝る」
「我儘言って……迷惑をかけたので……」
「もう済んだ事だ。気にするな」
そう言ってチヒロがベルをヘスティアが待っているベッドへと連れて行く。
そうすれば、ベルはヘスティアにも謝罪の言葉を紡ぐ。
「すみません、神様。心配かけてしまったようで……」
「本当だよ。チヒロ君がボロボロのキミを担いできた時は、心臓が停るかと思ったよ」
「ご、ごめんなさい」
「悪いと思っているなら、ちゃんと反省してくれよ?」
チヒロによりベッドに座らされたベルは、それに力なく頷く。
そして言った。
「神様……」
「なんだい?」
「……僕、強くなりたいです」
「!」
紡がれた決意の言葉に、ヘスティアはハッとする。
深紅の眼差しが見つめているものが何かをヘスティアは知っている。
必死に
「うん……」
初めてその意志を口に出した彼に、ヘスティアは目を伏せて真摯に受け止める。
「……」
只一人、チヒロだけがそのベルの意志に顔を俯かせた。
……ついにストックが切れてしまったorz
すみません、今後更新遅くなるかもです。
ご意見、ご感想、お待ちしています!