英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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異端児と白兎
第14話


 

 

 

「……また派手に使ったな」

 

 手渡された《デスペレート》をじっくり眺め、ゴブニュはそうこぼす。

 アイズの愛剣《デスペレート》。

 新種のモンスターの腐食液や体液にも耐えたデスペレートは『不壊属性(デュランダル)』。それは即ち、『決して壊れない』剣。

 オラリオに一握りしかいない上級鍛冶師(ハイ・スミス)によって作り上げられえた属性持ちの特殊武装。

 威力そのものは他の一級品装備に劣るものの、戦闘中での欠損は有り得ない。

 限りなく、一秒でも長く戦い続けるため、アイズはこの武器を愛剣として選んだ。

 だが、決して壊れないとはいえ、切れ味、威力の低下は発生する。

 

「刃がやけに劣化しているが、何を斬った?」

「何でも溶かす液と、その液を吐くモンスターを、何度も……」

 

 その場に沈黙が生まれる。

 チヒロとアイズは、進んで話をする方ではなく。寡黙な鍛冶神も、目を細めてデスペレートの鈍った光沢を放つ剣身から摩耗の兆候を正確に読み取っている。

 そんな静寂の中、アイズはハッとする。澄んだ金色の瞳が白髪の頭を捉える。

 

「……何で頭を撫でようとする」

「なんと、なく……?」

 

 撫でようと白髪に伸ばした手は、アッサリと本人により阻まれた。

 

「もとの切れ味を取り戻すまで時間がかかるな。代剣を出してやるから、しばらくそれを使っていろ」

 

 チヒロの頭を撫でようとするアイズに、その手を掴んで阻止しているチヒロ。お互いぐぐっと力を入れて、かなり本気だ。

 そんな中でおもむろに切り出したゴブニュ。二人のやり取りに突っ込む気はないのだろう、完全にスルーだ。

 ゴブニュの提案にアイズは驚いて、チヒロからゴブニュへと向き直る。

 武器は自分の方で用意すると言おうとするが、ゴブニュがそれを制す。

 ちなみに、チヒロはアイズの手から逃げ切れた事にホッとしている。

 

「半端な武器ではどうせすぐに使い潰す。素直に甘えておけ」

「そうしとけ」

「……」

 

 チヒロにまで後ろから頭をポンポンと撫でられて言われれば、アイズは全く言い返せず、強引に代剣を押し付けられる事となった。

 ゴブニュがアイズに手渡したのは、細身のレイピア。レイピアの中でも剣身は長めで、全体的に装飾は抑えられているが鍔がナックルガードとなっている。

 アイズはレイピアを鞘から引き抜く。

 

「……かなりの業物だな」

「うん……」

 

 磨き抜かれうっすらと輝く刃に、チヒロとアイズは同じことを思った。単純な威力ならデスペレートを上回っているだろうと。

 

「団員達には整備を急がせる。五日経ったら来い」

「わかりました……ありがとうございます」

 

 アイズがぺこりと頭を下げれば、ゴブニュはふんっと鼻を鳴らして、次にチヒロを見る。チヒロをというよりも、チヒロが腰に差している阿修羅を。

 

「阿修羅はどうだ?」

 

 チヒロは、腰から阿修羅を抜いてゴブニュに手渡す。

 真っ黒な鞘に真っ黒な柄。ゴブニュがその刀身を抜けば、銀色の光沢が輝く曇りの一切ない剣身が姿を現す。

 

「……何も問題はなさそうだな」

 

 神剣《阿修羅》。

 初めてゴブニュにそれを見せた時、どこで誰からと問い質された。それには一緒にいたクロもあの寡黙な男神がと驚いていたが。

 一見、普通の長刀に見えるそれは、チヒロが生まれた時から既にその横にあった。だから、どこでどう手に入れたのかはチヒロ自身も分からない。

 ゴブニュが言うには、決して壊れず、切れ味が落ちることも、威力が落ちることもない、不変の刀だと。

 ただ、謎が多すぎるとも言われた。その中でも一番の謎なのが――。

 

「……やはりお前以外は斬れぬか」

 

 チヒロ以外が使用することは出来ないというものだ。

 ゴブニュが刃をスッと指の腹で撫でたが、その指に傷はついていない。

 持てと言うように差し出された柄を、チヒロは手に取る。

 そうすれば、刀身が一瞬だけだが七色の淡い輝きを放った。まるで命を吹き込まれたかのように。

 何故自分しか使えないのか、使用者であるチヒロもその理由は分からない。

 昔父親に問いた事はあるが、笑って「イケメン好きなんじゃないか?」とはぐらかされた。

 ただ、その時同時に「そいつならチヒロの力を制御(・・)してくれる」とも言われた。

 ゴブニュに差し出された鞘を受け取って、阿修羅を収める。

 そんなチヒロを見て、彼はふんっと鼻を鳴らし、もといた場所へ戻りそれまでの作業を再開させる。それはもう行けという合図。

 彼の背中に二人はペコリと頭を下げて部屋を出る。それから未だに口論を交わしていたティオナと合流して建物から外へと出た。

 

「よーし! それじゃあ、ティオネとレフィーヤと合流して、チヒロの換金のお手伝い頑張ろっか!」

「……うん」

「よろしく頼む」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 金品などをホームに置きに行っていた二人と合流して、チヒロがダンジョンから持ってきた戦利品を換金する為に、色んなお店を歩き回った。

 そして、時間が正午を少し過ぎた頃。

 

「何でクロがチヒロに交渉させなかったのか、よーく分かったわ」

 

 北のメインストリートのオープンカフェにて、チヒロ達は休憩をしていた。

 白いテーブル越しにティオネに半眼で言われた言葉に、ジャガ丸くんを食べていたチヒロはキョトンとする。そんなチヒロの横では、アイズがチヒロに買ってもらったジャガ丸くんをハグハグとひたむきに食べている。

 

「クロって意外と親バカだったもんねー」

 

 正直、ティオナのその言葉をチヒロは否定できない。

 クロから初めてお使いを頼まれた時、後ろからコソコソ尾いてきていたのを、気配で察知していたチヒロは恥ずかしくて仕方なかった。

 

「アイズさんがいるのに、他の女性をたらしこむなんて、最低です」

「……たらしこむ?」

 

 クロの事を思い出していたチヒロは、アイズの逆隣に座っているレフィーヤが眉を逆立ててこちらを睨んでいる事に首を傾げる。何を言われているかサッパリだ。

 

「……まぁ、見た目はイケメンだから仕方ないとして、あの笑顔はなによ、あの笑顔は。普段は全く笑わないのに」

「営業スマイル」

「どこで覚えたのさ、それ」

「クロ」

 

 やっぱりかと項垂れる三人。

 ドロップアイテムを換金する際に、ティオネに一度チヒロ一人でやってみなさいと言われて、チヒロは大人しくそれを実行した。

 その時に思い出したのは、クロに教えられた交渉術。

 第一にカウンターに女の子がいること。

 第二に「換金よろしくお願いします」という時は必ず爽やかな営業スマイルを付けること。

 第三に相手が金額を提示してきたら、少しだけ悩むふりをして、その後に「もう少し高くなりませんか?」と弱々しい営業スマイルを付けること。

 この三つを守ればチヒロなら必ずいい金額を提示してもらえる――と、チヒロは教えられたのだ。

 だが、それは教えた本人が想像していたよりも効果は抜群で。挙句には「貴方も買い取らせてください!!」なんて言ってきた。

 その日以来、クロには換金をさせてもらえなくなった。

 あれから何十年ぶりかの換金交渉は、まさかのあの日の二の舞。カウンターの奥にまで連れ込まれそうになった。

 もちろん、チヒロの身の危険を感じたアイズがチヒロをすぐに救出してくれた。そして一言「チヒロにさせちゃダメ」と。

 

「……」

 

 チヒロ達の会話には入らずに、ひたむきにジャガ丸くんの小豆クリーム味を食べていたアイズは、いつの間にか手元にジャガ丸くんの包装紙しか残っていない事にショボンとする。

 物足りない。その言葉が頭を横切る。

 すると、目の前に差し出された食べかけのジャガ丸くん。ちなみに小豆クリーム味。

 パッと横を見れば、食べていいぞと言っている空色の瞳。

 微かに顔を綻ばせて、パクッとそれにかじりつく。

 すると、ティオナの疑問の言葉が二人に飛んできた。

 

「何で二人って付き合わないの?」

「「……」」

「「「……」」」

 

 その場に流れる暫しの沈黙。

 そして、チヒロとアイズは同時にボンッと顔を赤くした。

 

「あら、チヒロがここまで顔を赤くするのは珍しいわね。脈アリ?」

「ち、ちが――って、アイズ、そういう事じゃなくて……!!」

 

 チヒロが慌てて反論した事に、今度はズーンと暗いオーラを発しながら落ち込むアイズ。

 落ち込んでいるアイズに、どう声を掛けようかとオロオロしているチヒロ。

 一年ぶりに見るこの二人のやり取りに、三人は笑みを浮かべる。

 

「お、俺ジャガ丸くん買ってくる!!」

 

 席を立ち上がったチヒロは、ササッとジャガ丸くんが売られている屋台へと足早に向かう。

 

「逃げたわね」

「逃げたね」

「逃げましたね」

「違うって……」

 

 残されたのは、そんな彼の背中を半眼で見ている三人と、未だに落ち込んでいるアイズ。

 そんなアイズにティオネは苦笑する。

 

「大丈夫よ、アイズ。あれは反射的なもので、きっと本音じゃないわよ」

「……そう、かな?」

 

 アイズがそっと金色の瞳を上げる。だが、その双眸はまだ不安そうで。

 

「うんうん。あたしもそう思うな。チヒロって誰に対しても基本同じ感じで接するけど、アイズだけは違うんだよね。なんかあたし達とは違って近いっていうか……」

「『特別』って感じですよね」

「そうそう!」

 

 アイズは、再び顔に熱が集まるのを感じる。

 チヒロの中で自分がどの位置に居るのかは分からないが、それでも周りからそう見られているのは嬉しいと思う。

 

「でも、アイズが自分の気持ちに気付いてるのも珍しいわよね? 結構、自分の事には疎いのに」

「……クロに教えてもらった」

「クロってそういう話大好きだったもんねー」

 

 『嫉妬』という気持ちを教えてもらった時に、アイズはクロに言われた言葉を思い出す。

 

 ――やっぱりチヒロのこと好きだったのか。

 

 あのニヤニヤ顔は一生忘れない。

 それからクロに色々と恋の駆け引きというものを教えられた。

 

「ちなみに、どんなこと教えてもらったの!?」

「それ聞いてフィンに実行しようとか思ってるでしょ」

「ティオネさん……」

 

 表情を変えて話に食いついてきたティオネに、アイズは少しだけ身を引く。

 早く教えなさい! というようなティオネの血走った目に圧倒されながら、アイズはおずおずと口を開く。

 

「……覚えてない」

 

 三人は同時にガクッと崩れた。

 

「何で覚えてないのよ!?」

「……よくわかんなかった、から?」

「アイズらしいね」

 

 そう言って笑うティオナの横で、ティオネは肩を落として落ち込む。それにアイズは、慌てて手を横に振る。

 

「で、でも、一つだけ覚えてるよ?」

 

 すぐさま回復したティオネが、再び詰め寄ってくる。それにアイズはビックリしながらも、必死に思い出すように、言葉を紡ぐ。

 

「え、えと……チヒロが眠ってる時に『きせーじじつ』を作るって」

「それはダメでーす!!」

 

 顔を真っ赤にして立ち上がったレフィーヤに反対されて、アイズはキョトンとする。

 ティオネはなるほどと、何を考えているのか腕を組んでブツブツと呟いている。そんな双子の姉の姿に、ティオナはフィン相手に寝込みを襲うとか無理だからと冷静なツッコミを入れている。

 

「それはダメって……レフィーヤどうするか知ってるの?」

「えっ!? い、いえ、あの……その……わ、私の口からは言えません!!」

「今日の祝宴で酔い潰して……」

「絶対に無理だって」

「……どういう状況だ」

 

 袋一杯にジャガ丸くんを買ってきたチヒロは、その場の話について行けず、首を傾げた。

 

 

 


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