英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第12話

 

 

 

 ギルドについたのは、ちょうど九時。

 周りを見渡しても、大所帯で来るであろうロキ・ファミリアの姿は見当たらない。

 それに何とか間に合ったかと、少し安心して階段に腰掛ける。そして、先程頂いた弁当の包へと手を伸ばす。

 ロキ・ファミリアが来る前に食事を済ませておこうと、弁当を開ければ、中から出てきたのは三つのサンドイッチ。野菜サンド、ハムサンド、卵サンドと、三つとも中身が違う。

 最初に卵サンドに手を伸ばして、それをはむっと口に運ぶ。

 

「……うまい」

 

 もぐもぐと食べながら、一週間ぶりのサンドイッチは文句なしに美味しかった。

 それから少しして、チヒロは声をかけられた。

 

「チヒロ」

「!」

 

 最後の一つ、ハムサンドを食べていたチヒロは、名前を呼ばれて顔を上げる。

 顔を上げた先に居たのは、神々しさすら感じるウェーブのかかった腰まである綺麗な金色の髪を揺らす女性。

 その女性がチヒロを見て優しく微笑んでいた。

 それにチヒロは呆然とする。

 

「チヒロ?」

「!」

 

 再び名前を呼ばれて、ハッとしたチヒロは、空色の瞳を瞬かせる。

 

「……大丈夫?」

「あ、ああ……アイズ」

 

 目の前に立っていたのは、チヒロが先程まで見ていた女性と同じ金色の髪を持つ少女――アイズ・ヴァレンシュタイン。

 だが、似ているのは髪の色だけで、見た目も雰囲気も彼女とは違う。

 今朝の夢のせいかと、ふと思う。

 すると、アイズの金色の瞳がチヒロが持つ食べかけのハムサンドに向けられる。

 

「朝ごはん食べてたの……?」

「ああ……食うか?」

 

 食べかけではあるが、チヒロがアイズにハムサンドを差し出せば、アイズは小さな口をあーんと開く。そこにチヒロがハムサンドを持っていけば、パクッとそれを食べた。

 その場に流れる二人だけの空気。

 

「朝からアツアツだねー」

「アイズ、私達が居ること忘れてるでしょ」

「!」

 

 後ろから聞こえてきた声に、アイズはハッとして振り返る。

 そこには、顔をニヤニヤとさせているロキ・ファミリア。一部泣いている男性団員もいるが。

 アイズの顔がみるみる赤くなる。

 

「おはよう、チヒロ」

「ああ、おはよう、フィン」

 

 チヒロは何も気にしていないのか、普通にフィンに挨拶を済ませて、ハムサンドの最後の一口をパクッと食べて立ち上がる。横ではアイズがアマゾネス姉妹にからかわれている。

 

「すまないな、一日中預けてしまって」

「何問題はないさ」

「いい光景が見られたからな」

「がははっ、若いってのはいいのう」

 

 この三人は本当に親バカだなと、チヒロは思う。自分の本当の子供が出来たらどうなるのかと。

 それから、チヒロはこの後の説明を受ける。

 フィン、リヴェリア、ガレスの三人で魔石の換金に行くという事で、ついでにチヒロのもやってきてくれると申し出てくれた。魔石やドロップアイテムの数が数なので、言葉に甘えてチヒロは自身のドロップアイテムの換金に行くことに。

 ロキ・ファミリアの団員はそれぞれが役割を振り分けられていて、もちろんチヒロは――。

 

「さ、私達も行くわよ。間違っても道中ドロップアイテムを盗まれないでよ」

「ロキ・ファミリアと【異端児】に喧嘩を売る人は、流石にいないんじゃあ……」

「レフィーヤ、用心よ、用心」

「アイズー! チヒロー! 行くよー!」

「うん」

「……ああ(やっぱりこうなるよな)」

 

 アイズと一緒の所に組み込まれた。

 量が量、額が額なので魔石の換金はフィン達首脳陣。他の団員達は小集団になって散っていく。

 チヒロもアイズ達と共にティオネに率いられて目的地に向かう。

 そんなチヒロは、大きな布袋いっぱいのドロップアイテムを担いでいる。

 

「……手伝おうか?」

「いや、大丈夫」

 

 横を歩いているアイズに、気持ちだけもらっとくと断りを入れ、自分の物は自分でと、一人でそれを持っている。

 正直、換金を手伝ってもらえるだけでありがたいのだから、これ以上は甘えられない。何よりも女の子に荷物を持たせるなんて出来るはずがない。

 ドロップアイテムはギルドでも換金可能なのだが、いわばそれは一定的な市場価格、換金する上での最低価格と言っていい。

 騙し取られることのない安全と信頼はあるものの、やはり高値で買い取ってもらいたいという冒険者は多く、商人や商業系ファミリアへ持ち込む者は少なくない。

 だが、もちろん危険性(リスク)も伴う。

 交渉を上手く運べる自信があるのなら、彼等と商談してみるのも一つの手ではあるが、チヒロは正直に言ってそういうやり取りは苦手だ。

 初めて交渉した際に、何故か相手がどんどん値段を上げてくれて、それに異常な恐怖を抱いた事が原因だ。

 その時に一緒に交渉について来ていた前主神には、何かとチヒロの身が危険だから今後は自分が交渉する、なんて言われたのだ。

 イマイチよく分からなかったが、それにチヒロは素直に頷き、あれ以来交渉はしていない。

 ちなみに改宗した後は、リスクを避ける為にギルドの最低価格にお世話になっていた。

 

「ラウル達、しっかり交渉してお金とってくるからすごいよね。あたしは騙される自信があるなー」

「勉強込みでそれなりに痛い目にも遭ってきてるのよ、団長の指示でね。あんたは何も学ぼうとしてないだけ」

 

 あと、ファミリアのネームバリューも商談では大きな材料となる。

 ロキ・ファミリアは深層の貴重な資源を持ち帰れる数少ない派閥とあって、商人や各ファミリアは、アイズ達の機嫌を損ね取引相手から外されることを何よりも恐れている。

 今回は、そのネームバリューもお借りして、交渉を手伝ってもらえるため、貧乏ファミリアの懐がどこまで暖かくなるか、チヒロは珍しくちょっとワクワクしている。

 

「まずはこっちの用事を済ませちゃっていいかしら、チヒロ」

「ああ」

 

 手伝ってもらえるのなら文句は言わないというチヒロの顔を見て、ティオネはありがとうと言って、目の前の巨大な建物に足を踏み入れる。

 清潔な白一色の石材で造られた建物には、【ディアンケヒト・ファミリア】を表す光玉と薬草のエンブレムが飾られている。

 

「いらっしゃいませ、ロキ・ファミリアの皆様」

「アミッド、久しぶりー」

「……と、チヒロ様?」

「……久しぶり、アミッド」

 

 チヒロの姿を見て微かに目を見開いた少女は、精緻な人形という言葉が真っ先に浮かぶようなヒューマン。150(セルチ)に届かない小柄な体がその印象に拍車をかけている。

 

「お久しぶりです。一年も顔を見ていなかったので、心配していました」

 

 チヒロを見上げてくる彼女の細くて長い白銀の髪が、さらりと肩から零れ落ちる。大きめな双眸には儚げな長い睫毛がかかっていて、チヒロを心配そうに見上げている。

 彼女の名はアミッド・テアサナーレ。ディアンケヒト・ファミリアに所属する団員で、アイズ達だけでなくチヒロとも顔見知りである。

 

「……心配かけてすまないな」

「いえ……ディアンケヒト様から少しだけ聞いていましたので。大丈夫、ですか?」

 

 何が? なんて聞かなくても分かる。前主神の事だというのは。

 

「……ああ、平気だ」

「……」

 

 平気だと言ったが、平気には見えないその顔に、アミッドは眉を下げる。

 すると、チヒロの表情が引き攣った。チヒロの横にアイズが現れた事で。

 不満そうな顔をしているアイズは、思いっきりチヒロの脇を抓っていた。

 普段は乏しい表情も、チヒロの前では色んな顔を見せる。

 一年ぶりのその光景に、アミッドの顔に微かに笑みが浮かぶ。そして、すぐに仕事の顔に戻った。

 

「本日のご用件は、引き受けて頂けた冒険者依頼の件で間違いないでしょうか?」

「ええ。今は大丈夫?」

「はい。どうぞこちらに」

 

 アミッドに案内されて建物内を進む。もちろん、少しだけ不機嫌なアイズとそんな彼女に困ったというように頬を掻いているチヒロも、それに続く。

 ディアンケヒト・ファミリアは治療と製薬のファミリアだ。派閥の活動内容は開発した回復薬等の販売や、より専門的な治療術や道具の提供を主としている。

 他の店、他のファミリアでは取り扱っていない高級な薬や、失った視力さえ回復させる高度な治療術の評価は高く、客層は選ぶものの、中堅以上の冒険者達からは多く支持されている。

 チヒロ達が通されたのは、カウンターの一角。

 

「申し訳ありません。今は商談室が空いていませんので、こちらでよろしいでしょうか」

「構わないわ。早速だけど、これが冒険者依頼で注文された泉水。要求量も満たしている筈よ。確認してちょうだい」

 

 ティオネが泉水の詰まった瓶をカウンターに置く。それを手に取りアミッドは確認を始める。

 

「泉水って……強竜(カドモス)の?」

「うん……アミッド達から遠征の時に冒険者依頼受けてたから」

「へぇ……あ」

 

 そこで何かを思い出したように、チヒロはドロップアイテムが入っている袋の中を漁り出す。それをアイズやティオナ、レフィーヤが不思議そうに見ている。

 そんなことをしているとアミッドの確認が終わったようで。

 

「確かに……依頼の遂行、ありがとうございました。ファミリアを代表してお礼申し上げます。つきましては、こちらが報酬になります。お受け取りください」

 

 泉水の次にカウンターに現れたのは、二十もの万能薬(エリクサー)。薄く七色に輝くその液体は、万能薬と言われるだけあって何にでも効果がある。

 ディアンケヒト・ファミリアが販売するものの中でも最高品質のそれらは、単価50万ヴァリスはくだらない。

 何かを探しているチヒロを見ていた三人は、今や万能薬へと興味が移っている。ティオナは口を丸く開けて感嘆の声を上げ、レフィーヤはまじまじと見つめていて、アイズはその輝きを見つめながら綺麗と声を漏らす。

 十本ずつクリスタルケースに厳重密封されたそれを、ティオナとレフィーヤがそれぞれで持つ。レフィーヤの手が震えているのは気のせいではないであろう。

 

「アミッド、実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたの。ついでに鑑定してもらってもいいかしら? いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」

「わかりました。善処しましょう」

 

 ティオネは、長筒の容器から巻いて収納してあったドロップアイテムをアミッドに差し出す。それにアミッドは微かに目を見開く。

 

「……これは」

「『カドモスの皮膜』よ。冒険者依頼のついでに、運良く手に入ったわ」

「俺も頼む」

「「「!?」」」

 

 横からそう言ってきたチヒロが、同じように『カドモスの皮膜』を出してきた事に、みんなが驚いたようにチヒロを見る。それにチヒロは首を傾げる。

 

「チヒロ……強竜倒したの?」

「ああ」

「……一人で?」

「ああ」

「……あの強竜をですか?」

「ああ」

 

 アイズ、ティオナ、レフィーヤに問われて普通に頷くチヒロに、みんな顔を引き攣らせている。

 51階層に存在する『カドモスの泉』。その泉の番人とも言える強竜は絶対数が少なく、『稀少種(レアモンスター)』と称されている。

 その力は51階層最強。むしろ他層で出現する階層主と呼ばれるモンスターを抜きにすれば、現在発見されているモンスターの中でも間違いなく最上位に君臨する。今回の遠征で遭遇した新種を除いてだが。

 そんなモンスターを一人で倒したというチヒロに、ティオネが溜息混じりに言う。

 

「アンタ相変わらずね」

「苦戦はしたぞ」

「そういう問題じゃないわ」

 

 普通一人で強竜に立ち向かう冒険者はいない。

 

「では、チヒロ様のも見させて頂きますね」

「ああ、頼む」

 

 半眼で自分を見てくるティオネに、何がだと思いつつも、アミッドに『カドモスの皮膜』を渡す。

 市場に滅多に出回らないドロップアイテムを前にして、彼女は手袋をはめ丁重に目を通し始めた。

 『カドモスの皮膜』は優秀な防具の素材になる一方で、回復系のアイテムの原料としても重宝されている。商業系のファミリアからすれば、その稀少性もあって、喉から手が出るほど欲しいドロップアイテムの一つだ。しかも、それが二つ目の前にあるのだ。なかなかどころか、世の中で初めて見る光景なのではないかと思ってしまう。

 

「……本物のようです。品質もどちらも申し分ありません」

「そう。それで、買値は?」

「お一つ700万ヴァリスでお引き取りしましょう」

「わか――ぐむっ」

 

 チヒロとしては、申し分ない額だったので、それで取引成立しようとしたが、横から伸びてきた手に口を押さえられた。

 

「1500」

 

 自分の口を押さえている人物の口から発せられた言葉に、チヒロは額からタラリと汗が流れるのを感じた。

 

「一つ1500万ヴァリス」

「「「っ!?」」」」

 

 確かめるようにもう一度言ったその言葉に、後ろから見ていた三人はギョッと目を剥く。

 その際にレフィーヤの手から万能薬が入ったクリスタルケースがずるっと落ちた。それをLv.5の全反射神経を使ってアイズがギリギリでキャッチして最悪の結果が起こるのを阻止した。

 不敵な笑みを浮かべているティオネの言葉に、人形のような表情を崩さないアミッドも、ぴくりと肩を揺らして微かに動揺している。

 

「お戯れを。800までは出しましょう」

「アミッド? あなたの言った通り、この皮膜の品質は申し分ないと私も思うわ。今まで出回ったものより遥かに上等だと自負できるほど……1400」

 

 熱く静かな商談が幕を切って落とされた事に、ティオネの横に立っているチヒロは、珍しく冷や汗ダラダラだ。

 そんなティオネに、突然始まった水面下の激しいやり取りに圧倒されながらも双子の妹がヒソヒソと声をかける。

 

「ちょっ、ちょっと、ティオネっ?」

「私達は団長から『金を奪ってこい』と、そう一任されているのよ? それにチヒロの交渉の手伝いもしっかり頼むって。半端な額で取引するつもりは毛頭ないわ」

「流石にそこまでは言われていません!?」

 

 ティオネの背後に燃える炎が見える。

 チヒロ、アイズ、ティオナ、レフィーヤの4人はその時思った。

 

「「「「(もっ……燃えている! 想い人(フィン)に褒められたい……アマゾネスの本能がティオネの中で燃えたぎっている!!)」」」」

 

 使命感というよりも想い人であるフィンに褒めてもらいたいという欲望の為に、ティオネは燃えているのだ。

 カウンターに肘を置いて身を乗り出してくるティオネから、アミッドも視線を逸らさない。

 

「850。これ以上は出せません」

「今回殺り合った強竜は活きがよくてね、危うく死にかけたわ。私達の削った寿命も加味してくれるとありがたいんだけど? 1350」

「「「(いけしゃあしゃあと……!!)」」」

 

 『カドモスの皮膜』を入手した経緯を知るティオナ達は、ティオネにそれぞれが思うところの視線を送る。

 チヒロも護衛中にその話をアイズ達から聞いていた。新種のモンスターに倒された強竜からドロップアイテムが出てきて拾ったと。

 つまり今回の『カドモスの皮膜』は拾い物だ。

 

「それひろ――」

「あ?」

「……ナンデモナイデス」

 

 あまりにも鋭いその眼光に睨まれて、チヒロはササッとアイズ達の所まで下がる。

 そして一言。

 

「……女って怖ぇ」

 

 それは重々承知していた事だ。今までだって、何度も女の揉め事に巻き込まれて来たのだから。今回は女性特有の揉め事ではないのだが。

 恐怖に体を震わせているチヒロの頭を、アイズが慰めるようにナデナデしている。

 そんな中、アミッドが少しだけ考えて口を開く。

 

「……私の一存では決めかねます。少々お待ちを。ディアンケヒト様とご相談して参ります」

 

 そう言って背を向けたアミッドが中に入っていこうとするが、ティオネはもちろんそんな時間を与えはしない。

 

「あら、じゃあここでの換金は止めときましょうか。時間もないし、もったいないけど、他のファミリアに引き取ってもらうことにするわ」

 

 ぴたりと動きを止めるアミッドに、にこりと微笑むティオネ。

 チヒロ達がすっかり置いてきぼりにされる中、人形のような少女は諦めたように小さく息をついた。

 

「1200……それで買い取らせてもらいます」

「ありがとう、アミッド。持つべき者は友人ね」

 

 調子のいい台詞を口にするティオネに、アミッドはもう一度吐息した。

 それからカウンターの奥から他の団員を呼び、買い取り額分の金がほどなくして用意される。

 二つ合わせて計2400万ヴァリス。

 お金の準備をしていた団員達も、さすがにその額には顔を引きつらせていた。

 

「すまないな、アミッド。俺の分まで……」

「いえ、お気になさらないでください。その代わり、また近い内にお店に来てくださいね?」

 

 商談で謝るのも場違いだが、さすがのチヒロもそう言わずにはいられなかった。だが、帰ってきたのは再来の言葉と可愛い笑顔。

 それにああと頷いて微笑めば、アミッドの顔が赤くなる。

 もちろん、チヒロはアイズにより強制的にお店の中から連れ出された。

 

 

 


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