英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv.5
力:D 549→D 555
耐久:D 540→D 547
器用:A 823→A 825
敏捷:A 821→A 822
魔力:A 899
狩人:G 耐以上:G 剣士:I
「(……低過ぎる!)」
約二週間の遠征から帰還して、夕食を終えたアイズは主神ロキにステイタスを更新してもらったが、更新されたステイタスを見て最初に思ったのは、それだった。
深層域に生息するモンスターをあれだけ屠ったにも関わらず、各アビリティの熟練度が全く上がっていない。
この調子で何千何万のモンスターを斬り伏せたとしても、たかが知れた数値しか反映されないのは目に見えていた。
「(もう、ここが頭打ち……)」
アビリティ評価Sに迫るにつれ値の成長幅も極端に狭まっていくが、今回の更新結果はおそらくそれ以外にも原因があると思った。
今の自身にはもう伸びしろがないのだと。
現ステイタスがアイズの能力限界であり、得意不得意の分野関係なく、もはや発展の余地はない。
アイズがLv.5に到達して三年。
「(チヒロがLv.6になったのは、確か今の私ぐらいの時……)」
アイズの手によりステイタスの書かれた紙にクシャッと微かな皺が出来る。
遠い彼の背中。その間にあるのは、上限という名の見えない壁。
これ以上の成長はもう見込めない。
ならばとアイズは現段階の自分に見切りをつける。
必要なのはLv.の上昇。
より高次な器への昇華。
壁を乗り越え、限界を超克する。
より強く。
もっと強く。
貪欲なまでに強く。
更なる力を得るために。
遥か先の高みへと至るために。
悲願をかなえるために。
そして彼の傍に今度はずっと居られるように――。
「……フィンから聞いたで。チヒロ、生きてたんやってな」
「!」
静観していた目の前の女性に声をかけられて、アイズはハッと顔を上げる。
朱色の髪をポニーテールにしていて、細目がちな瞳。端麗な顔立ちのその女性がロキ・ファミリアの主神ロキ。
ただし、女神でありながら女好きという厄介な嗜好を持っていたりする。
「あいつが生きとったんならそれはええことや。でもな、あいつを追いかけるのだけはやめ」
「……」
人形のように表情の無かったアイズが、それに微かに眉を顰める。納得いきませんとその金色の瞳が反論している。
そんな彼女にロキは優しく諭すように言葉を続ける。
「何度も言ったな? あいつの成長速度も強さも正直異常や。だから【異端児】って二つ名がつけられたんや。そんなあいつを追いかけてたらつんのめって、いつか必ずコケる……あいつ自身がそうやったやろ」
ロキの微かに曇った顔に、アイズはチヒロを思い出す。
強さを求めて求めた彼は、結局大切なものを何一つ守れずに、全てを失った。
彼がどんな気持ちでこの一年間過ごしてきたのか、結局何も聞けなかった。
結局彼の事を何も知ることが出来なかった。
昔も今も、彼が何を隠し、何を抱えているのかは分からない。
もしかしたら、そんな彼を追いかけて、いつか自分は見えない何かに躓いて転んでしまうのかもしれない。
でも、それでも――。
「……それでもチヒロの傍に居られるのなら私は……」
「……」
想いを譲る気のない金色の瞳。
暫しの沈黙を破ったのは、ロキの溜息。
「アイズたんは相変わらずチヒロ大好きっ子やなー」
真っ白な肌がどんどん赤く染まっていく。
そんなアイズの反応に、ロキはムッとする。
「ええか、アイズたん。今あいつがどこのファミリアにいるかは知らん。でも、あいつは他派閥や。結婚はおろか、付き合うっちゅーのも難しいんや。何よりもうちが認めへん!!」
「……」
まるで父親が「娘を他所の男になどやるか!!」と言わんばかりに拒否してきた主神に、アイズは半眼になる。結局はそこかと。
ロキの前でチヒロと居ると何かと邪魔しようとする。その度にチヒロの前主神とティオナ達がロキを止めてくれていたが。
口ではダメだダメだと言っているけどロキも認めてくれている、と前にティオナ達が言っていた。ただ、目に入れても痛くない可愛い可愛い娘を素直に差し出したくないという頑固な父親の気持ちになっているだけだと。
正直、それが一番厄介なのだが。
「うちのファミリアにあいつが改宗するっていうなら少しは考えてもええけど……まぁ、考えるだけで認めへんけどな!!」
「……失礼します」
キメ顔で宣言した主神を無視して、アイズは部屋から出て行く。
ドア越しに「嘘や嘘! だからうちのこと嫌いにならんとってー!!」なんて悲鳴が聞こえたが、それも無視して自室に戻る。
各部屋からは団員達の談笑の声が漏れる中、アイズは寄り道する事なく真っ直ぐ自室へと向かい、ドアを開ける。
眼前に広がったのは、寂しい部屋だった。
机にベッド、カーテン。調度品は少なく、何かとゴチャゴチャしているロキの私室と比べれば飾り気の欠片もない。
部屋を突っ切って、机の上に置いていた小さな小瓶を手に取る。中でチャポンと青い液体が揺れた。
それはチヒロと再会した時に、チヒロから貰ったチヒロ特製回復薬。
飲まずにずっと持っていたそれ。
「……チヒロ、怒るかな」
自分が飲んでいないと知れば、彼は微かに眉を顰めるだろうと容易に想像出来る。
だけど、飲もうとは思わない。
別に疑っているわけではなく、チヒロが作った回復薬は万能薬よりは劣るが、それぐらいの効果があることをアイズも知っているし、信頼もしている。
ただ、残しておきたかったのだ。チヒロが生きていた証を。チヒロと再会出来た証を。
ボフッと小瓶を握り締めたまま、ベッドへと倒れ込む。
思い出すのは、遠征からの帰還途中は常にチヒロと同じテントで眠っていた事。
思い出しただけで、顔が熱くなるのを感じる。
誰も見ていないとは分かっていても、赤くなっているであろう顔を隠したくなって、白いシーツに顔を埋める。
鮮明に覚えている彼の温もりと、自分と同じぐらい顔を真っ赤にしながら、自分と同じぐらい心臓をドキドキとさせていた彼。
距離をゼロにして感じた彼の心音と温もりが心地よくて、久しぶりに何も考えずに安心して眠ることが出来た。
そして一度だけ彼よりも早く起きた時に見た彼の寝顔。
規則正しい寝息を立てながら、自分を抱きしめるようにして眠っていた彼。
どこか甘えるように自分に擦り寄ってきた彼が可愛くて。自分を抱きしめる腕の力が微かに強くなった事が嬉しくて。
起こさないようにそっと彼の頭の後ろに腕を持って行って、包み込むように彼の顔を胸元で抱きしめた。
そうすれば、どこか安心したように彼の顔が微かに緩んだ気がした。
それが何よりも愛おしくて、彼が起きるまでその寝顔を眺めたり、白い髪を梳いたりして過ごした。
「チヒロ……」
今、そんな彼が傍に居ない事が無性に不安になる。
彼からもらった小瓶を胸に抱きながら、そっと目を閉じる。
明日になればまた彼に会えるのだ。
そう自分に言い聞かせながら、遠のく意識に全身を委ね、深い闇に落ちていった。
余談ではあるが、起きたチヒロがアイズに抱きしめられながらその胸元に顔を埋めて眠っていたという自分の状況を理解して、顔を真っ赤にしながらテントから飛び出していったのをティオナ達が目撃していた。