英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第8話

 

 

 

「どうして嘘ついたんですか?」

「……嘘?」

 

 様々な種族で溢れる大通りを歩いていたら、突然ベルに不満顔でそう言われた。

 あの後、チヒロが雑踏の中に足を入れれば、先に走っていったはずのベルが苦笑して待っていた。

 エイナの言葉につい嬉しくなってと言ってきた彼と、今は(ホーム)に向かって帰る最中だ。

 

「前に僕が『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?』って質問した時に、師匠キッパリ『間違ってる』って言ったじゃないですか」

「ああ、言ったな」

「でも、師匠はヴァレンシュタインさんと出会っているじゃないですか!」

 

 ベルのその言葉に、チヒロは呆れ顔を見せる。

 何故か隣を歩く少年は、ダンジョンで女の子と出会う事を求めている。

 詳しく話を聞けば、それはどうやら育ての親である祖父の影響らしい。

 

 ――男ならハーレム目指さなきゃな!

 

 なんて言葉は、正直チヒロも前主神に男の浪漫っていうのはだな、と事ある毎に語られた。

 可愛い女の子と仲良くしたい。

 綺麗な異種族の女性と交流したい。

 それは子供からちょっと成長して、英雄の冒険譚に憧れる男が考えそうなこと。

 だが、それは現在ベルが求めているものであって、チヒロが求めているわけでも、求めていたわけでもない。

 

「……俺がいつダンジョンに出会いを求めた」

「それはそうですけど……じゃあ、ヴァレンシュタインさんとはどうやって出会ったんですか?」

 

 その質問に、チヒロはサッと目を逸らす。そんなチヒロをベルは半眼で見る。

 

「師匠~?」

「……ダンジョンで」

 

 チヒロがボソッと答えた声は、しっかりとベルの耳に届いていた。

 それにベルは満面の笑みを浮かべる。

 

「やっぱりダンジョンに出会いを求めるのは間違っていないんですね!!」

 

 目をキラキラさせている少年に、チヒロは答えてはいけない事を答えてしまった気がして、額に手をあてながら溜息をつく。

 

「あぁ、それで嘘つきって言いながら逃げたのか」

 

 ふと、ダンジョンで嘘つきと言って逃げ出したベルを思い出す。やっとその意味が分かった。

 

「逃げられるのも二度目になれば、こっちだって地味に傷つくぞ」

 

 それに目を輝かせていたベルは申し訳なさそうに眉を下げて苦笑する。

 

「すみません。逃げるつもりは無かったんですけど、何かこう居た堪れなくなってというか……何というか……」

「何でもいいが、今度アイズに会った時に礼は言っとけよ」

「へっ!?」

 

 そのチヒロの言葉に、ベルの顔が赤くなる。チヒロはそれに首を傾げる。

 

「い、いやいやいや!! 無理ですよ!! 僕なんかがヴァレンシュタインさんに話しかけるなんて!!」

「命の恩人に礼を言うのは礼儀だ」

「そ、それは、その……そう……なんですが……」

 

 真っ赤な顔を俯かせて、指をモジモジしているベルに、チヒロは一つの答えを導き出す。

 

「ああ、お前アイズに惚れたのか」

「惚れ!? ぼ、僕なんかがそんな……!!」

 

 チヒロのあまりにも直球な言葉に、ベルは真っ赤な顔と手を慌てて横に振る。

 じゃあ何だよ?と言いたげに、チヒロは首を傾げる。

 

「その、惚れたとか、そうじゃなくて……師匠の隣に並べるなんてすごいなって……それで憧れたってだけで……」

 

 そう言いながら指をモジモジしていたベルは、そこでハッとしてチヒロを見る。

 ベルの話を聞いていたチヒロは、それにキョトンとする。

 その深紅の瞳はキラキラと輝いていた。

 

「だから、僕なんかの事は気にせず、師匠はヴァレンシュタインさんの事を幸せにしてあげてくださいね!!」

「話が飛び過ぎだ」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 メインストリートを出ていかにもというような細い裏道を通り、幾度も角を曲がる。

 背中に届いていたざわめきが途絶えた頃、チヒロとベルは袋小路に辿り着いた。

 目の前に建っているのはいつ崩れてもおかしくないようなうらぶれた教会。

 

「嫌いじゃないとは言ったが、好きとは言ってないぞ」

「何言ってるんですか! ヴァレンシュタインさんのような方なら一度はお付き合いしてみたいと思うのが男の性じゃないですか!!」

 

 そんな事を話しながら、チヒロとベルはその教会へと向かって歩を進める。

 教会に入る前に、チラッと人影がないことを確かめてから二人は扉のない玄関口をくぐって教会の中に入った。

 ちなみに、辺りを見てから入る習慣をベルに教えたのはチヒロだ。何事もやっていて損はないという教えからだ。

 屋内も外見に負けず劣らずの半壊状態。

 そんな廃墟と言われても反論出来ない教会内を、チヒロとベルは慣れた足取りで突っ切り、祭壇の先にある小部屋へと身を進める。

 その小部屋の一番奥にある棚の裏。そこにある地下へと伸びる階段を下りれば、小窓から微かな光が漏れるドアがそこにはあった。

 それをベルが先頭を切って開け放つ。

 

「神様、帰ってきましたー! ただいまー!」

「……ただいま」

 

 声を張り上げたベルとは真逆に、チヒロはボソッと呟いてベルに続くようにドアを潜る。

 その先に広がっていたのは、地下室という響きとはかけ離れた生活臭のする小部屋。人が暮らしていくには、不自由しない広さだ。

 ベルが『神様』と呼んだ人物は、部屋に入ってすぐにある、紫色のソファーの上に仰向けの姿勢で寝転がって本を読んでいた。

 だが、すぐに二人が帰ってきた事に気づいて、パッと起きて立ち上がる。

 外見だけ見れば幼女にも見えなくもない少女。

 ベルよりも小さな少女は、その幼い顔に笑みを浮かべながら二人の目の前までやって来る。

 

「やぁやぁお帰りー! チヒロ君九日ぶりだね! いつもは一週間で帰ってくるのに、二日も帰ってくるのが遅いなんて何かあったのかい? 心配で心配で、もう少しでダンジョンに突入する所だったよ!!」

「留守にしてすまないな、ヘスティア」

 

 チヒロがそう言って少女の頭を撫でれば、どこか気持ち良さそうに少女は目を細める。

 艶のある漆黒の髪をツインテールにして、円な瞳には透き通るような青みがかかっている。そして、その容姿には少しだけ不釣合いな豊満な胸。

 紛れもなく美少女と言える少女の名はヘスティア。

 ベルが『神様』と呼んだように、『神』そのものだ。

 チヒロやベルのようなヒューマンや亜人、ダンジョンに出現するモンスター達とも異なる、一つ次元の違った超越存在(デウスデア)

 チヒロ達のように歳はとらないし姿も変わらない。

 人知を超えた存在であるヘスティアは、英雄と呼ばれる人達よりもすごい存在である。

 

「それにしても、ベル君はいつもより早かったね?」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

 

 その苦笑気味なベルの言葉に、ヘスティアはハッと慌ててベルの体を小さなその手でパタパタと触れる。

 

「おいおい、大丈夫かい? キミに死なれたらボクとチヒロ君はかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」

 

 どうやら怪我の確認をしているようで、そんなヘスティアの隣では、チヒロがヘスティアの言葉に同意するように小さく頷いている。

 そんな二人の気遣いと告げられた言葉に、ベルは嬉しくなり頬を染めて照れる。

 

「チヒロ君は大丈夫かい? どこか怪我していたりしないかい?」

 

 ベルの確認が終わったと思えば、今度はチヒロの体にパタパタと触れてくる。ベルよりも頭一つ分身長が高い為、必死に背伸びをした状態で。

 チヒロは、そんな心配性な神様の手を取って、それをやめさせる。

 

「心配しなくても大丈夫。俺、怪我しない(・・・・・)から」

「それはそうだけど……それでも心配はするよ!」

 

 少しだけムッとした彼女の頭を撫でてから、チヒロは机の上に先程換金したお金の入った布袋を置く。

 

「おや、遠征に行っていた割に、今回はだいぶ少ないようだが……」

「他は知人に預かってもらっている。明日にでも換金してくるよ」

 

 チヒロがソファーに腰掛ければ、その隣にヘスティアとベルも腰掛ける。

 ヘスティアがチヒロからベルへと顔を向ける。

 

「ベル君の方はどうだった? 死にかけたって事は、今日はあまり見込めないのかな?」

「いつもよりは少ないですね。神様の方は?」

 

 その言葉を待ってました!と言わんばかりに、ヘスティアは胸を張ってある物をチヒロとベルの前に差し出す。

 

「ふっふーんっ、これを見るんだ! デデン!」

「そ、それは!?」

「!」

 

 それは潰した芋に衣をつけ油で揚げたサックサクの揚げ物。

 久しぶりにホームに帰ってきたチヒロは、この六日間碌に眠れなかった事と、ホームの安心感からか今にも閉じそうになっていた空色の瞳を、それを見た瞬間にカッと開いた。

 

「露天の売上げに貢献したという事で、大量のジャガ丸くんを頂戴したんだ! もちろん、チヒロ君が一番好きな小豆クリーム味もあるよ! 夕飯はパーティーだ! ふふっ、二人共今夜は寝かせないぜ?」

「神様すごい!」

「……うまい」

 

 キラーンとウィンクして親指を立てているヘスティアに、ベルは拍手をして褒め、チヒロは既に食べ始めている。

 貧乏ファミリアである為、『神』であるヘスティアもお金を稼ぐためにヒューマンのお店で普通にアルバイトをしていた。

 

 

 


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