紅魔を撃つ   作:大空飛男

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潜入

人里を出てしばらく歩き魔法の森を抜けると、霧に包まれた大きな湖が出てくる。この通称「霧の湖」の畔に、吸血鬼の住む洋館、紅魔館はあった。

その名に恥じぬほど、全体的に禍々しい紅色の洋館であり、和風建築の多い幻想郷では比較的不釣り合いな建物であった。もっとも、この建物は外の世界から越してき、正確にいえば幻想郷で作られた物ではない故、それは当り前である。

館だけではなく、周りを取り囲む塀すらも紅い。ここまで行くともはや趣味の悪い領域であり、何かしらの理由がなければ民間人が寄り付くことはない。

 

 塀の大きさは成人男性四人分ほどであり、正当にその中へと入るためにはまず正門を通る必要があるが、その正門を容易に通る事はできなかった。チャイナ服の妖怪、紅美鈴が門番を任されているからだ。

彼女は「気を操る程度の能力」を持っており、中国拳法の使い手である。もっとも弾幕戦が主体となり力の証明となっている今の幻想郷において、体術はそれほど意味をなさないのだが、館の門番であるならばそれは十分意味を持ってくる。中国拳法で門前の敵をねじ伏せることができ、まさに天職とも言えるであろう。むろん門を通るために弾幕勝負を挑まれれば、また話は別であるが。

 一見優秀のように見える彼女であったが、実はどうしようもない一つ欠点を抱えていた。

 

「すーすー」

 

それは、居眠りであった。

塀にもたれ掛り、美鈴は気持ちよさそうに眠っている。その随分と機用な寝方は、彼女が使う中国拳法の賜物とも言えるであろう。これほどにまで微動だにしない立寝ができると言う事は、それ相応の鍛錬を積まなければならず、足腰に加え体幹が強靭である事の現れであった。

これがまだ稀にならば、多少の欠点と言える。二十四時間三六五日緊張の線を張り、不眠で門を守り抜くいわゆるガーディアンになるのは人間ではまず不可能であり、それは並みの妖怪でも厳しいはずである。だが、彼女は隙あらば、大体こうして眠っているのだ。病気という訳でもなく、ただ眠いから寝てしまうのである。

 

「うーん・・・うーん。咲夜さん・・・私は寝てないですよぉ・・・」

 

寝言を呟きつつ、美鈴は苦い顔をした。彼女は言わずと居眠りにより、この館のメイド長である十六夜咲夜からよく怒られる。ゆえにそれが夢となり、出てきているのだろう。現に夢の世界で美鈴は、飛び交うナイフを懸命に避けていた。

 

さて、夢の世界で美鈴はナイフから懸命に逃げている最中、彼女を現実へ引き戻すように、うっすらと声が聞こえてきた。

誰の声かは判別できないが、呼ばれていることは薄々感じる。美鈴は声が大きくなるのを感じつつ、次第に夢の世界から覚めてゆく。

 

 「んん~?あっ私、また寝てた!?」

 

 ハッと目が覚めると、美鈴はあたふたし始める。そしてすぐに、先ほど寝ぼけて「寝てた」と口走ったことを思い出すと、ひどい仕打ちに合う可能性を考慮して身構えた。

 しかし、いつもならば起きた美鈴に対してモーニングコールならぬモーニングナイフが飛んでくるのだが、今回はなんの沙汰もなく、彼女は思わず「あれっ」と困惑した。

 

 「やっと起きましたか・・・」

 

すると、横から聞きなれない声を、美鈴は掛けられた。

声の方を振り向くと、そこには咲夜ではなく、やはり見知らぬ男性が困ったような顔をして立っていた。それに伴い、美鈴は若干の安心感に包まれる。

声をかけた男性は町人のような着流し姿をしているが、髷は結っておらず当然頭頂部も剃っていなかった。顔つきは若いが堀が深く、うっすらと西洋的に見えるところ以外は、どこにでもいるような里の住人であろう。だが、微かに焦げ臭いにおいを感じた。

 

 「え、あ、はい。私になにかご用でしょうか!」

 

 意外な来客者であった為、美鈴は言葉を詰まらせつつ、返事を返す。わざわざ寝ている自分に声を掛けてくるという事は、侵入者ではないらしい。

すると、その男は笑顔を作り、名乗った。

 

「ああすいません、申し遅れましたね。私は笹井伸一郎と言う者です。実はこの新聞の求人案内を見て、雇ってくださらないかと参りました。あの・・・責任者かだれかを呼んで来てはくれないでしょうか」

 

笹井伸一郎と名乗るその男は、紅魔館の求人案内が書いてある新聞を美鈴へと手渡した。

新聞を受け取った美鈴は、中を確認してその掲載記事を把握すると、「あっ」と思い出したように声をあげた。

 

「そういえば一か月くらい前、人手が足りないから求人をしたって咲夜さんが言ってたっけ。えーっと、ちょっと待ってくださいね」

 

美鈴はそういうと、館のシンボルともいえる時計塔へと目をよこした。時計は丁度針を動かして、ガチャリと十二時を指す。

 

「あ、そろそろ来ると思いますよ」

 

微笑みかけ、美鈴が口を開いたその刹那。まさにパッと現れたと言わざるを得ないように、咲夜が二人の前に現れた。思いがけない現象に驚いたのか、笹井と名乗った男は目を見開いて、体を一瞬跳ねさせる。

 

「あら、今日は寝ていなかったのね・・・?」

 

「は、はいぃ!もちろん寝てないです!寝てませんよぉ咲夜さん!そうです!こうして、この方のご用件をきいていたんですから!」

 

両手を胸元で振り、美鈴はあわただしく返事をした。

その答えに満足したのか咲夜は鼻で笑うと、凛々しく冷たい目つきで、笹井を睨んだ。。

 

「それで、貴方は誰?道に迷ったのかしら?」

 

高圧的な態度で、咲夜は笹井に言う。だが肝が座っているのか笹井は怯えることなく、むしろ困ったような姿勢を作ると、後頭部に手を置いた。

 

「えっと、私は笹井伸一郎と言う者ですが、こちらで求人案内をしていると先ほどそちらの女性に渡した新聞に書いてありまして、お話だけでも聞いていただけないでしょうかと」

 

「求人?確かに一か月前、ダメ元で求人を出してみたけど・・・。何故今更なのかしら?」

 

相手の心情を探るように、咲夜は笹井を睨んだ。しかし笹井は、威圧など気にせず、後頭部から手を退けると、普通に話す姿勢を取った。

 

「私は老舗糸屋である細川屋で働いていたのですが、恥ずかしながら人員削減のために、先日首を切られてしまいましてね。つまりこの記事が掲載されていたときはまだ、そこで働いていたという訳です。募集期間は書いておりませんでしたので、一度お話だけでもと思いまして」

 

淡々と笹井は言うと、咲夜は以外にも理解したように「ああ」と言葉を漏らす。

咲夜が以前人里に出向いた時、細川屋が以前に人員削減を行っており、失業した者が数人いたことを耳に挟んでいたのだ。

失業などはよくある事ではあるのだが、外部の人間である咲夜ですら耳に挟むほど噂が大きくなったのは、手に職がなくなり、自殺したと思われる仏もとい死人がでたからである。曰くその人物は北村から中央村をつなぐ橋に呆然と立ち尽くしていたらしく、数時間後踏ん切りが付いたのか、身を投げたのだという。結果、近くを歩いていた町娘が悲鳴をあげて、そこそこ大きな事件となった。

 

「ふぅん・・・でもおかしいわね。何故わざわざこの危険な紅魔館へ来る必要があるのかしら?見たところ貴方は一般人でしょう?それに、たとえ今仰った事が本当だとしたら、あなたは現在路頭に迷っているという事。つまりこの館に盗みを働こうとしているのではなくて?」

 

あくまでも高圧的に、咲夜は疑り深く問う。確かに彼女の言う意見は間違っていないであろう。路頭に迷い、金がない人間など信用は出来ない。働くといっても金目の物を盗んで、逃げ出す可能性も十分に考えられる。もし人里へ逃げられてしまえば、条約に基づきどうすることも出来ず、それこそ泣き寝入りで終わってしまう。

すると、笹井は拳を握り、力強く咲夜へ訴えてきた。

 

「確かに!そう思うのも不思議ではないでしょう。ですが、私はこれを期に生まれ変わりたい一心!さまざまな求人を調べたところ、ここしかない・・・ここなら新たな自分を始められると思ったわけであります」

 

 目線を外さず真剣そのものに言う笹井に、咲夜は表情を崩さず無言のまま、睨み続けた。その瞳はぶれない意思を感じることができ、働く意欲は十分に伝わってくる。

暫く睨み続けた咲夜がであったが、笹井の熱意を認めると息を吐き、目をそらした。

 

「そう・・・生まれ変わりたいのですか。では、チャンスがあるかもしれませんわね」

 

「では・・・!」

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたわね。私は十六夜咲夜と申します。この館・・・紅魔館のメイド長兼、雇用責任者でもありますわ」

 

「な、なんと!そうでしたか・・・ご、ご無礼いたしました・・・」

 

驚いた表情をした笹井は、そそくさと頭を下げる。一見メイド服を着ている咲夜は、ただの使用人と見えてしまうであろう。そもそも西洋的文化を全くもって知らない人里の住人にとっては、メイドなど同じに見えるはずであり、区別をつけることは難しい。その事を踏まえ、咲夜は先ほどの高圧的な雰囲気を消すと、微笑み返した。

 

「いいえ、お気になさらず。ひとまず一度お館の中へとお連れ致しますわ。もっとも雇用するかどうかは、館の主であるお嬢様次第でしょうが」

 

笑顔ではあるものの、凛とした声で咲夜は釘をさす。そして、美鈴へと視線を変えた。

 

「聞いての通りよ。扉を開けてちょうだい。あと、昼食はそこに置いておいたわ」

 

言われた通り、美鈴は咲夜の目線をたどると、塀の端に食べ物が置いてあった。パンに軽く具を挟んだだけの物であるが、美鈴は目を輝かせ、笑顔になる。

 

「わぁ!咲夜さん!ありがとうございます!」

 

「いいのよ。じゃあ、お願いね」

 

嬉しそうな美鈴に合わせ、咲夜も少しだけ笑みを浮かべて言う。

その言葉に、美鈴は頷くと、門前の前に立ち力強く押し始めた。

ギギッと、門は重くらしく鉄の擦れる音を響かせ、開いてゆく。全て開けるわけではないのだが、それでも音は、長く響いた。

 

「どうぞ!」

 

門を開け終わると美鈴は、後ろで手を組み笑顔を作った。咲夜はその笑顔に笑みで答えると、館の敷地内へと進んでゆく。

この時咲夜は、自らの後ろで漂う憎悪の意思を、感じることはできなかった。

 

 

正門を通り、さらに庭を超え、いよいよ館へと入ってゆく。

館の中は外と変わらず、紅の景色が広がっていた。

外装だけではなく、内装までも真紅が蔓延っている。目を配る先々に紅がある為、目がちかちかと痛くなってくるだろう。

それともう一つ、この館は不可解な事がある。それは、外から見た紅魔館と明らかに館の規模が違うのである。館の外装を見れば、それほど大きくないように思えるのだが、中に入るとその数倍近く館の広さを感じることができ、もはや物理法則を無視していた。

 

「どうされましたか?」

 

立ち止まって呆然としている笹井を見て、咲夜は不思議そうに声を掛けた。笹井は声を掛けられ我に帰ったのか、小さく首を横に振った、

 

「いえ、なんでもないです。中の様子に少し、驚いていまして」

 

「ふふっ。確かに初見は驚かれるでしょうね。ですけど、時期になれるかと」

 

微笑みかけて咲夜は言うと、直ぐに歩き始める。また笹井もそれに続き、きょろきょろと周りに感心しつつ、歩き始めた。

それからしばらく歩くと、三メートルほどの巨大な扉が見えてくる。明らかに大物がいるとわかる装飾が施され、その扉を咲夜は軽くノックをした。

 

「失礼します」

 

咲夜がそう言うと、扉の奥から声が聞こえてきた。

 

「入りなさい」

 

自尊心の塊のような子供の声が聞こえてくると、咲夜はゆっくり丁寧に扉を開く。

ギギッと木々の擦れる音が響いて扉が開かれると、真っ暗な闇が部屋中に広がっていた。だが、咲夜は明りもつけないでそのまま部屋へと入って行き、数歩進んだ。

 

「お嬢様。使用人希望者を連れてまいりましたわ」

 

咲夜の言葉と同時に、ぽつぽつと壁際の蝋燭に明かりが灯り、奥へと続いて行く。

そして凝った演出の下、蝋燭に明かりに照らされて幼き吸血鬼が現れた。

 

「ふぅん。その男が希望者?面白い顔つきをしているわね」

 

紅魔館の主、レミリア・スカーレットは彼女の三倍ほど大きい王座へと座り、未発達な足を組んでいた。幼さを醸し出している少女的な顔つきであるのにもかかわらず、頬杖をついて妖艶に笑っており、大人びた色っぽさを感じることができる。

 

「あら?貴方私の姿を見て驚かないの?」

 

不思議そうに、レミリアは笹井へと質問をする。普通の人間であれば、彼女の意外なる容姿に驚きを隠せなくなるからだ。しかし、笹井は表情を変えなかった。

 

「あなたの噂は良く小耳にはさんでいました。想像通りの御美しさで感激はしております」

 

笹井はそう言うと、片膝をついて胸元へ手を置き、話を続ける。

 

「申し遅れました。私は笹井伸一郎と言う者です。里で使用人をやっておりましたが、生まれ変わりたい一心でここへ訪ねてまいりました」

 

意外にも、西洋的な行為をした笹井に、レミリアと咲夜は若干感心をした。この男、伊達ではない。おそらく、あらかじめ正当なる挨拶の仕方を学んでいたのだ。それほどにまで、この館に取り立てられたいのだろう。

 

「生まれ変わりたい?ふふっ・・・それはどういう意味なのかしら?」

 

「はい。私は職を失い、初めてそこは、やりがいのある職場ではなかったと感じました。そうつまりは、誰か高貴な方にお仕えしたい。毎日そろばんをはじくだけが私のやりたい事なのだろうか・・・。どこかそんな思いを抱えていまして、以前の人員削減により、踏切りがついたのです」

 

「人員削減?ああ、つまりこういうことね」

 

にやにやと笑いながら、レミリアは煽るように自らの首元をトントンと叩いた。

だが、笹井はそれを見てもなお、表情をゆがませない。解雇されたことを、まるで気にしていないようであったのだ。レミリアは笹井のそんな態度が気に入らず、むすっと表情を歪めたが、足を組み直し、余裕の笑みを作る。

 

「まあいいわ・・・それで?貴方は何を持っているのかしら?」

 

「何を持っている…ですか?いったいそれはどういう意味なのでしょうか?」

 

レミリアの唐突な話題変換に、先ほどまでポーカーフェイスを保っていたさすがの笹井も、顔を歪めた。

 

「そんなことも分からずに、貴方はここへ来たのかしら?いい?私は面白い事が好きなの。つまり私を楽しませてくれる者でしか、雇うつもりは無いのよ。ふふっ、咲夜も美鈴も面白い特技を持っているわ。だからあなたも、何か特技を見せてみなさい」

 

勝ち誇ったようにレミリアは、鼻で笑う。これは、彼女が最初に出した試練なのだ。

所詮、変わりたいと言ったところで、自分の殻から抜け出せない人間は多い。里の住人がこうして紅魔館へと迂闊に来る事はレミリアにとって面白いのだが、さまざまな御託を並べて雇い入れてもらおうという魂胆が気に入らなかったのだ。

レミリアは、媚び諂うような人間が大嫌いであった。

現に、笹井は咲夜をちらりと見た。おそらく何かしらの答えを求め、咲夜へと目を運んだのだろう。

だが、咲夜は目を瞑り、何も答えない事を表している。つまりは自分で何か考えろという訳であり、肩入れをしない様子を出している。そもそも、咲夜に頼ろうとすること自体が、おこがましいことである。

 

「それで?何もないのかしら?」

 

笑みを崩さず、レミリアは追い打ちをかけるように鋭い瞳で睨みつけ、催促をする。

さあ困れ、無様な醜態をさらして見せろ。レミリアはそんな下衆の期待を込めて、笹井を睨み続ける。

 

そして数分間。無言の重圧が続いた。

 

「では…私の特技。お見せいたしましょう」

 

苦い顔をしていた笹井であったが、とうとう何かしらの考えが思い浮かんだのか、覚悟の色を含んだ顔つきになった。

それを見て、レミリアは少しだけ期待を寄せる。

 

「ええ、何かしら?」

 

レミリアは少しだけ身を乗り出し、笹井の醜態をあざ笑おうとした。

その刹那だった。

 

ズドンと轟音が部屋中に響き、レミリアの真隣りで何かが横切ったと思うと、蝋燭立てが一瞬にして無残に砕け散った。意図しない出来事にレミリアは身を乗り出したまま、目を見開く。

 

そして、場の空気が一瞬にして静まり返った。

 

我に返りレミリアは笹井を見る。すると、いったい何時抜いたのか、手首を若干ひねり、拳銃を構えていた。銃口からわずかに、煙が噴き出している。

レミリアと咲夜が認識できたのは、笹井がふと、肩をレミリアに向けた瞬間だけであった。おそらくその刹那、彼はまさに抜刀術のような速さで拳銃を後方へ抜き、その動作に加えて引き金を引いたのだろう。

 

「なっ!あなた!」

 

思いがけない笹井の特技に唖然としていた咲夜であったが、我に返ると鈍く銀色に光るナイフを取り出し、まるでそこにいたかのように笹井の首元へとナイフを突き立てた。どうやら咲夜は、若干取り乱したようである。

 

「待ちなさい。咲夜」

 

レミリアはそんな咲夜を静止させるべく、満足そうな笑みを作り言い放つ。自分が取り乱していた事をレミリアの言葉で気が付いた咲夜は、しぶしぶ笹井の首元からナイフを下すと、涼しい顔を作り直し、元の場所へと戻った。

 

「貴方、本当に町人なのかしらね?」

 

椅子から立ち上がると、レミリアはゆっくりと歩み始めながら言う。

 

「もっ…申し訳ございませんっ!ですが恥ずかしながら、私はこのように拳銃をいじるのが趣味でありまして・・・」

 

即座に膝を突き、笹井は心底申し訳なさそうに返事する。

いや、そう見えるだけであろう。この男はその気になれば、先ほどの鉛玉をレミリアの額へぶち込むことができたのだ。この特技を披露したということはすなわち『いつでもお前を殺せるぞ』と、自信の表れなのだ。

レミリアは久々に、胸の高鳴りを感じていた。

 

「ふふっ。それは随分と物騒な趣味じゃない?でも・・・」

 

そのまま歩みを止めず、レミリアは笹井の前へと歩み寄ると、まるで騎士のごとく、笹井は胸元へと片手を置く。

 

「・・・ご満足頂いたでしょうか」

 

「ええ、合格よ。どうやらただの町人では無いみたいね?町人ではあるけれど、それ以外にも何かを秘めていそう・・・ふふっ気に入ったわ」

 

妖艶な笑みを込めて言うと、レミリアは笹井に対し、手の甲を向ける。それは、忠誠を誓わせる儀式の為であった。

 

「いいわ。貴方を使用人として取り立ててあげる。さあ、誓いなさい」

 

レミリアが行った行動に感づくと、笹井はその小さな手を取り、口づけを行う。

 

「さて、今日から貴方には新たな名前をつけなきゃね」

 

忠誠の儀が終わると、レミリアは両腕を組み、軽やかに歩き始める。

 

「新たな名前ですか?」

 

「ええ、生まれ変わりたいのでしょう?」

 

笹井の質問にレミリアはにこやかに答えると、考え込む仕草をする。

それからしばらくレミリアは考え込むと、いい案を思いついたのかハッと笑みを作る。

 

「そう!今日から貴方は、ザルティス・・・。ザルティス・クラースヌイと名乗りなさい!」

 

「ザルティス・クラースヌイ・・・ですか。いったいどういう意味で?」

 

聞いたことのない言葉の並び故に、笹井は首をかしげた。無理もない。この世界ではまったくもって使われることの無い言葉であるからだ。

 

「外の言葉よ。ザルティスとは幸運をもたらすヘビ。クラースヌイは、悪魔を表す赤。貴方は今後、私に幸運をもたらすヘビとして、ここに仕えてほしいのよ」

 

そう言うとレミリアは、満面の笑みを笹井へと作った。

理由はどうあれ、この男は使い道がありそうである。初見はまだまだどのような人物であるかはわからないが、この男がいったい誰なのかを、レミリアは何となく悟っていた。

 

「どうしたのかしら?ザルティス?」

 

レミリアがさっそく改名した名前を使い、笹井を不思議そうに呼ぶ。笑顔を見せたあたりから、笹井の表情は何処か別の事を考えている様であったからだ。

声をかけられてふと我に返ったのか、笹井はすぐに微笑んで言葉を返した。

 

「いえ、ただ感激をしていたのです。これで、私は本当の意味で生まれ変われることができた。光栄な名前を付けて頂き、感謝しております」

 

「ふふっ…いいのよ。今日から楽しませて頂戴。ザルティス」

 

レミリアは満足そうに言うと、後の事は咲夜に任せ、部屋から出ていったのだった。

 

 

空には半月が光を放ち、紅魔館を鈍く照らしていた。

レミリアはそれを見つめ、館のベランダにある鉄製の椅子へと座りながら紅茶を楽しんでいた。この場所は彼女のお気に入りの場所であり、こうして良く月を見ながら、紅茶を飲んでいるのだ。

紅茶を飲み終わり、レミリアはカップをソーサーへゆっくり置くと、先ほどまでいなかったはずの咲夜が、瞬きする間もなくレミリアの横へと現れた。

彼女は何事もなかったかのように鉄製の盆に乗せているテーポットを手に取ると、紅茶をカップへと注ぐ。だが、不思議と紅茶を注ぐ咲夜の調子がぎこちなかった。

 

「咲夜、不服そうね。普通の人間を雇い入れるのは、気乗りがしないのかしら?」

 

そんな些細な事に気がつき、ふとレミリアはつぶやいた。対して咲夜は、いつもの調子でレミリアに微笑みかける。

 

「そんなことありませんわ。お嬢様の決めた事ですもの。それに求人案内を出したのも、私ですし」

 

「そうだったわね、まあいいわ。ところで彼は、どこの部屋へと案内したの?」

 

「はい。私の部屋のすぐ近く、あの開いている個室を一つ与えましたわ。おそらく今は、掃除でもしているのでしょう」

 

笹井改めザルティスの事を任された咲夜は、今後の生活を兼ねて、彼に部屋を与えていた。もっとも長年使われていない部屋故にひどく埃がたまっており、掃除をしなければとても人間が住めるような状態ではなく、咲夜はバケツと箒をザルティスへと渡し、掃除をするように促していた。

 

「時に、咲夜。ザルティスの特技を見た時、一般人でないことはわかったはずじゃない?」

 

「ええ…。そのことは申し訳ございませんでした。あのような特技を持つ町人がいるとは・・・私驚きを隠しきれませんでしたので・・・」

 

心底驚いていたのか、咲夜はザルティスの特技を思い返す。あれはまさに神業と言っていいだろうと、咲夜は内心肝を冷やしていたのだ。

 

早撃ちで正確な射撃をするのは、とてつもなく難しいと言ってもいいだろう。本来の早打ちは腰だめで撃つために正確な狙いが定まらず、おまけに発射の際による衝撃で銃身は大きくぶれててしまい、弾丸は明後日の方向に飛んでいく。正確な射撃を行うためには理論上相当な腕力と経験が必要であり、結果熊のような大柄の男性でなければ、早撃ちを行う事はできないのだ。

だがあの男は、一見至って普通の町人であるが、寸分の狂いもなくレミリアの横にある蝋燭立てを撃ち抜いていた。確かに金で出来ている蝋燭立てを銃弾で破壊することは難しくはないだろうが、彼から見て蝋燭立ての距離は約十メートルであり、なおかつあの細い蝋燭立てを撃ち抜くのは容易でないはずである。それに加え、早撃ちでは一般的である腰だめ撃ちでは無く、銃を斜めに向けてひねるように撃っていた。これはまさに、人間ができるような芸当ではなかった。

故に咲夜はザルティスに対して早々ながら危機感を覚えていた。あの時おそらく彼がその気になれば、油断していたレミリアの額に弾丸を撃ち込むことができたのだ。あのような町人がいるとは迂闊であったと、咲夜は少なからず反省をしていた。

 

しかし、レミリアは咲夜の返答を聞くと、子供のようにきゃっきゃと笑い始めた。

 

「あっははは!彼は町人では無いわよ」

 

「えっ…そ、それは本当でございますか?」

 

意外な言葉に咲夜は首をかしげる。すると、レミリアは得意げな顔をした。

 

「以前聞いたことがあるのだけど、彼はおそらく過去の栄光を背負う一人よ。笹井伸一郎と言う名前は、きっと偽名ね」

 

「えっ!ああ、なるほど…彼らですか」

 

声をあげて、咲夜は頷く。レミリアはそんな咲夜を見てにやりと笑うと、紅茶を一口啜った。

そう。笹井伸一郎改めザルティス・クラークスヌイの正体は、慶次であったのだ。そもそも笹井伸一郎はすでに死んでおり、その経歴を慶次が入手し、こうして偽名として利用をしているのだ。

ちなみにこの偽名は、細川屋から解雇され自殺した仏そのものであるが、それをうやむやにし、入手していた。ゆえに仏は笹井であるが、記録上はまったくもって別の人間となっている。

 

「でもいいのよ。彼らはこの世界から必要とされなくなっている。だから彼は、きっと里にいるのが嫌になったのかもしれないわ。それにそんな実力を持つ彼が、嘘を並べてまでもここで働きたいというんだもの。雇う他ないと思ったわ。それを捨てるなんてもったいないじゃない」

 

自分達妖怪を狙う人間であっても、レミリアは受け入れると言った事に咲夜は自分の過去を思い出した。

そうだ、この方はそういう方だった。損得よりも、自分が面白いと思った事を優先する方なのだ。故に自分は、今ここに居ることができる。

 

「それにね」

 

心の中で改めて咲夜がレミリアに忠誠を誓っていると、レミリアは子供のように背もたれを反対にして、咲夜へと顔を向けた。

 

「彼をここに置いておくと、私は気分が良くなるのよ。そう、彼は私達の種族を恐れて、具現化させた種族の血を引いているからだわ」

 

「それは・・・スラヴの血をですか?」

 

「ええ。だから彼をおいておくのは、吸血鬼として都合がよいのよ」

 

「なるほど…」

 

納得したように、咲夜は頷いた。この方はそこまで見抜いていたのかと、同時に感心をする。

 

「これから楽しくなりそうだわ。フフフ…」

 

半月を見上げて、レミリアは心底楽しそうにつぶやいた。

 




どうも。飛男です。最近は課題に追われ、白目向いています。
さて、今回は少し難しい話となってしまったかもしれません。急に誰かわからない()キャラが出てきて、そのキャラクター中心で話が進んでいきます。紅魔館の住人達は、その男を見て何を思うか、そんな感じで書いていました。まあ、一見ただの町人であるにもかかわらず、早撃ちするなんてそんな住人いるわけないじゃないですか。それに西洋と東洋を併せた顔付きなんていわゆるハーフで、つまりは慶次になりますよね。
しばらくはこんな感じになると思います。きっと慶次という名前はほとんど使わず、ザルティスが主体の名前となってくるでしょう。混乱を招いてしまいますが、一種の書き方ではありますので、ご了承してくださると助かります。

では、今回はこのあたりで。

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