紅魔を撃つ   作:大空飛男

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吸血鬼条約

妖艶に微笑む八雲紫を見て慶次はM1917のハンマーを下し、彼女へ銃口を向けた。

 

「麦子はどうした。お前は何故ここにいる!」

 

怒鳴りつけられた紫は、驚きと不機嫌な表情を入り交えた顔をした。

 

「あなたは私の犬なのに、主人に牙を剥けるとは感心しませんわ」

 

手のひらを下に向けると、紫はそこから六発の弾丸を落とす。カラカラと音を立てて、床へと弾丸が散乱した。

慶次は薬室の弾が彼女の能力で抜かれた事を悟ると、銃口を下ろした。反則的な能力である彼女の前では、意表をつかない限り、銃など意味はない。

 

銃を下して慶次は敵意を失ったと理解したのか、紫は再び微笑んだ。

 

「うふふ、いい子ね。私に勝てないことは重々承知のはずだもの」

 

二人には面識があった。それも数えるほどではなく、頻繁に顔を合わせている。

 

それもそうだ。慶次に人里での殺しを許可した賢者は紫であり、同時に慶次は紫による弾薬供給を受けていたのだ。見返りとして紫は座敷童から伝わる情報を下に、慶次を猟犬として使い、殺し屋稼業とは別の特例依頼を出していた。その内容は言うまでもなく、よからぬ企みをした者達を消す事である。

 

「麦子はどこだ」

 

一つ息を吸い込み冷静になると、慶次は低い声で紫に問う。すると、紫は沈んだ声でつぶやいた。

 

「彼女は、ここにはいないわ」

 

「そんなことはわかっている。どこに行ったのか知らないのかと、聞いている」

 

「そうね・・・」

 

考え込むしぐさをして、紫は首を傾げた。そして一つ頷くとすぐに口を開いた。

 

「慶次。貴女は吸血鬼条約を知っているかしら?」

 

「聞いたことはあるが」

 

吸血鬼条約とは、過去の異変である吸血鬼異変にまで遡る。

 

強力な力を持つ吸血鬼は幻想郷の支配を企て、気力をなくしていた妖怪達を従え、いわゆる革命のような物を起こそうとした。この異変は大きく広がり、幻想郷の危機へと発展した。

 しかし、最終的に強力な力を持つ妖怪達にその革命は潰されてしまい、革命を起こした吸血鬼は無条件条約を余儀なくされ、行動制限をされたのだ。これが、吸血鬼条約である。

 

「その条約により、貴方の妹は抜擢されたのですわ」

 

「抜擢」

 

言葉を復唱すると、慶次は嫌な汗が滴った。

 

「ええ。条約に基づき、食料を提供する事を私たちは約束していますの。その適任者として、貴方の妹が抜擢されたのですわ」

 

瞳を閉じて、紫は静かに言う。それを聞いて、慶次の蟀谷に血管が浮き上がった。

 

「適任者だと。何故、麦子が適任者になった」

 

「あの子はその要素を持っていたからですわ」

 

「その要素が何なのかを聞いているんだ」

 

腹の中からさらにドスの聞いた低い声を絞り出し、慶次は紫に説明を求めた。

 

まるで憎悪の塊のような雰囲気の慶次に、紫は呆れ顔で説明を始めた。

 

「貴方の妹は容姿端麗で気配りも行き届く。これは吸血鬼にとって絶好の餌になりますの。そして何より・・・スラヴの血を引いていたからですわ」

 

「スラヴ」

 

聞いたことない言葉を復唱し、慶次は若干戸惑う。どうやら表情に出たのか、紫は再び笑みを浮かべる。

 

「ええ、スラヴ人。かつて外の世界で繁栄した、一つの民族の事ですわ」

 

スラヴ人とは、かつてヨーロッパ大陸を中心として栄えた諸民族集団である。

 

先史時代にさまざまな文化を吸収して発展や混交の過程を通じ、諸部族と各地の文化を形成していった。そして各地へ渡って行き、今でもその血縁を持っている人間は世界中に多く生きている。

もっとも、閉鎖的空間である幻想郷の住人達がそんな異国の地を引いているわけがなく、知る由もないだろう。外来人と言ってもスラヴ人を知る者はほとんどおらず、幻想郷の住人達のような、いわゆる『和』の顔をしているため、基本的にそんな異血を持つものなど存在もしない。つまり、慶次がスラヴ人と言う名称を聞いたことなくとも、頷けることであった。

 

「貴方の父親は外来人。それに、外来人の中でも特質中の特質。その血を引く彼女が抜擢されるのは、仕方のない事だとは思いませんか?」

 

「そこは俺にとって専門外の話だ。知るわけがない。だが、それだけの理由で麦子が抜擢される理由が分からない」

 

紫のもっともらしい意見を否定しつつ、慶次は探りを入れる。

だが、紫は余裕の笑みを作った。

 

「吸血鬼が形となれた理由は様々あります。しかし、根本的な理由は外の世界で言う四世紀ごろ、スラヴ人による民間伝承の為なのですわ。それに、幻想郷に異人の血をいつまでも長く留まらせておくわけにもいかないですの」

 

「だから、抜擢したというのか」

 

「ええ。それだけの事よ」

 

あっさりと返事を返す紫を見て、慶次は紫を睨み殺そうとした。

紫はその視線を感じると、不敵な笑みを浮かべる。その笑みは、まるで慶次を煽っているかの様である。

しばらく紫を睨んでいた慶次だが、ふと目線を外し、急ぎ足で迷わず自室へ向かった。

 

小ざっぱりとしている寂しい自室に入ると、慶次は若干色の違う壁の前に立ち、そこを力強く押した。すると、まるで隠し扉のようにぐるりと回り、反転する。

そこにはいくつもの火器が壁に掛けられていた。M1917とは違う構造である自動拳銃もあれば、相手を遠距離から打ち抜く狙撃銃。爆薬の入った手榴弾を打ち出す携帯発射装置もあれば、大量に銃弾をまき散らす短機関銃に散弾銃など、さまざまな物があった。

 

これらはすべて、慶次の仕事道具である。しかし使うと言っても稀に狙撃銃を使うくらいであり、他の火器はほとんど使用したことはない。もっとも、使用用途は理解しており、これらの火器を今の所使う仕事がないだけである。

 

「何をしているのかしら?」

 

部屋の出入り口に立ち、紫は火器の動作確認をしている慶次に声をかけた。

 

「決まっている。麦子を救い出す」

 

「それはすべて、私が貴方の仕事用として与えた物ですわよ?個人的理由で使うのは、契約違反ではなくて?」

 

「黙れ。貴様ら賢者達の勝手な都合で身内が生贄にされるなら、俺も勝手にさせてもらう」

 

その言葉に、紫は顔をしかめた。

 

「あなたのその勝手とは、全く意味合いが変わってきますわ。私のやったことは、あくまでも幻想郷の平穏を守るため。貴方のやろうとしていることはその平穏を潰すことですわよ?あなたは仮にも、人里の治安を守る十手持ちではなくて?」

 

紫の言葉に聞く耳を持たず、慶次は黙々と動作確認を行う。そして全ての確認を終えると、慶次は立ち上がり口をひらいた。

 

「俺はあの人の、先代の理想に賛同し十手持ちとなった。だが、俺があの人の理想に賛同できたのは、妹を間接的に守れると思ったからだ。それに、俺にとっては平穏などどうでもいい」

 

そういうと慶次は呉服屋で特注した黒地のロングコートを羽織った。コートの内側に火器をひっかけてごつく物々しい姿になり、その他の火器を入れたバッグを手に取った。そして自室を出ようと歩み、紫の前で立ち止まる。

 

「どいてくれ」

 

目前の紫に対して、慶次は威圧した目で見た。しかし、紫は首を横に振る。

 

「いやよ。私は反対しているのですわ」

 

あくまでも退く意思を見せない紫を見て、慶次は顔色を変えた。

 

「どうしてもか」

 

自然な動作でゆっくり腰のホルスターに手を添えると、慶次は一歩前に出て殺気を放った。

それは、ただ殺しを行うための物ではない。単純な殺意ではなく、悍ましい何かを秘めている。それは武に精通した者とは違う、殺し屋の持つ特有の雰囲気であった。おそらく一般的な村民であれば、失禁してしまうのではないだろうか。

 

その異常なる殺気に、紫は恐れをなしたのか一歩だけ足を引いて

 

「いいでしょう」

 

と、承諾する意思を見せた。

 

慶次は紫もう一度だけ睨むと、彼女を押しのけ、先へ行こうとする しかし。

 

「ですが条件・・・。いや、依頼を言い渡しますわ」

 

「依頼だと」

 

その言葉に、慶次は反射的に振り返った。そして同時に、しまったと後悔をする。自分の職業柄ゆえに、反応してしまったのだ。

現に、紫は余裕の笑みを作り直した。慶次と紫の付き合いは長く、慶次の持つ弱点を知っていたのだ。慶次にとって「依頼」とは特別な言葉であり、思わず聞く姿勢を取らせてしまう。紫はそのことを当然知っており、一つの手段として使用したのだろう。

 

「ええ、まずこの原因を作っているのは、誰でしょうか」

 

「吸血鬼だ」

 

慶次は当たり前に呟くと同時に、紫の言いたいことを察して若干顔を歪めた。

 

「そう。この条約の根源を断つことが、今回の依頼よ」

 

余裕の表情で紫は言うと、扇子で口元を隠し、再び「ふふふ」と笑いをこぼした。

慶次は一つ息をつくと、口を開いた。

 

「俺に死んで来いと言うのか?」

 

吸血鬼は言わずと、恐ろしい力を兼ね備えた妖怪だ。強靭的な身体能力に加え、人間とはかけ離れた回復力を備えており、この八雲紫にも負けぬ妖艶さをも兼ね備えている。その艶美さに魅了される男女は数知れずと言われ、いわゆるカリスマを持ち合わせているのだ。

今回の標的であるレミリア・スカーレットはそのカリスマにより多くの力ある従者を持ち合わせている。故に殺す事となれば、最悪そのすべての従者とも相手をしなければならず、いざまともにやり合えば普通の人間である慶次が勝てる見込みは、無いと言っても良い。

 

要するにレミリア殺しなど、息絶えて餌になって来いと言っているようなものである。

 

しかし紫は、慶次の問いに軽く首を振った。

 

「そのつもりは毛頭ないですわ。貴方は私の可愛い犬ですもの」

 

「では、何故そんな無理な依頼を出した」

 

「勘違いしていらっしゃるようですけど、私は内情を探ってほしいと言っているのですわ。内情を知れば、場合によってさらに彼女の動きも制限できますの。もちろん殺せるのであれば、殺す方が良いでしょうけど」

 

「そんな事をしていている時間はないはずだ。それに、俺はいち早く麦子を助け出さねばならない。つまり、今回の依頼は聞けそうにないぞ」

 

力んだ声で答える慶次を見て、紫はただ妖艶に笑う。

 

「彼女が食料となるまでに、おおよそ一年ほどの猶予がありますわ」

 

「なに」

 

「生贄として選ばれた人間は、館の食糧庫に一時的に投獄されますの。彼女はまだ幼く、多くの血を吸うことができない。だがら今食料としている人間が干からびた後、次の対象にシフトするのですわ」

 

レミリア・スカーレットは、一度に多くの血液を吸引することができないと言われている。一つの理由として「幼いから」と言う説が上がるが、真実は定かではなかった。しかし血液を吸引した後、飲み切れなかった血液を口から漏らすことがあり、『スカーレット・デビル』と異名がつけられているのは、その手の人間なら知っている。

 

紫の言葉を完全に信用することは出来ない慶次であったが、異名から察するに多くの血液を飲めないレミリアは食料貯蔵をするために、人間を館に幽閉している可能性は十分にある。つまり、麦子の番が来るまでは、時間があるのだろう。

 

慶次は力んだ手を緩め、バッグを落とした。そして居間の椅子へと腰をかけると、顔を落とした。

 

「つまり内情を探りつつ、好機があれば、殺してこいと」

 

「そういう事ですわ」

 

不敵に笑い紫は言う。慶次はそれを見て若干顔を下げた。

 

「貴様の依頼は分かりにくい。もう少し的確に伝えることができないのか」

 

「それだけでは、つまらないのよ」

 

慶次の指摘に紫は怪しく微笑みながら返事を返すと、開いていた扇子をぱちりと閉じた。

 

「私もできる限りの事は致します。ですが、私はあの吸血鬼にはいい顔をされません。つまりそれほど期待しない方が良いかと。では、頼みましたよ。慶次」

 

そう言い残すと、紫は閉じた扇子を使いゆっくりと一の字を書いた。するとそこがぱっくりと割れ不気味な入口を作ると、その中へと入っていった。

慶次はそれを、ただじっと睨んでいた。

 

 

数日後。相変わらず容赦ない夏の日照りがあるにもかかわらず、人里の中央村は相変わらず多くの人々でにぎわっていた。

 

東西南北中央で構成されるこの人里の中では最も歴史ある村であり、幻想郷が外の世界からの交流を閉ざしたころから既ににあったという。いわば、幻想郷の人間達にとっては始まりの村であり、流行の最先端を生み出していた。

 

そんな中央村には変わった店が多くある。一つとして、貸本屋「鈴奈庵」があった。

 

幻想郷内では紙が高価あるため、貸本屋ができるのは必然的であるだろう。しかし、この貸し本屋が扱っている本の多くは外来書物である。新しいものが好きである人里の住人達は興味を持ち、故に繁盛し、人気もあった。ちなみに安価な外来本の販売も行っており、小規模な印刷製本も行うことができる。

 

とは言うもの、毎日繁盛しているわけではなかった。来客が多い時もあれば、雨の日や雪の日などの悪天候により、少ない時もあるのだ。つまり、あくまで総合的に見ての繁盛であり、猫の手を借りたいほど忙しい訳ではなかった。もっとも、本を理解してすぐさま読むことは難しい故に、この繁盛の仕方は妥当と言えば妥当と言えるだろう。

 

さて、ここの店主の娘である本居小鈴は今日も退屈そうに、受付で本を読んでいた。蓄音機から流れる音楽を聞きつ つ、ぱらぱらと本をめくる。彼女はここの看板娘でもあり、用がない日はいつもこうして本を読んでいた。

加えて彼女は最近になり、特殊な力に目覚めていた。それは外来本の中でも異質である、アルファベットなどの文章で書かれている本や妖怪たちが書き記した妖魔本などを、手をかざすことで読めるようになったのだ。故にこれまで読めなかった本に目を通すことができ、もくもくと読むことができた。

 

しかし、最近になってそれもすべて読み終わってしまい、こうして暇を持て余している。彼女は読解力も高い故に、すぐさま本が読み終わってしまうのだ。

 

「はあ・・・新しい本ないかなぁ」

 

アルファベットで書かれている動物図鑑を眺めつつ、小鈴は息を漏らした。

幻想郷に存在しない生き物を数多く記されており、読めるようになった小鈴は愛読をしていたのだが、さすがに読み見飽きていた。

 

小鈴は大切そうに図鑑を閉じ、両手を組んで体を伸ばした。目を瞑り、言葉にならないような可愛らしい声が、店中に響く。

 

体を伸ばしきった小鈴はゆっくりと目を開くと、入口にぼんやりと人影が見えた。見られてしまっただろうと小鈴は恥ずかしさがこみ上げ、すぐさま両手を解いて背筋を伸ばす。

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

小鈴は掛け声を出してその客をしっかりと見ると、ほのかに赤みが掛かった瞳を大きくした。

 

「あ・・・か、笠間さん!見回りご苦労様です!」

 

やがて声が震え、緊張した様子で小鈴は再び声を出す。慶次は見回りを行う際に、ここへと顔を出すことがあり、十手持ち故に小鈴はやましいことはしていないにしろ、若干の緊張をしていた。

 

「やあ小鈴ちゃん。相変わらずかわいいね」

 

にっこりと笑顔を見せる、慶次は優しい声で言う。

 

「いやぁその・・・照れちゃいますよ」

 

若干照れたような声で、小鈴は頭を掻いた。慶次はいつも、こうして声を掛けてくる。それは本心なのかお世辞なのかはわからないが、整っている顔付きである慶次から言われると、女の性故か、どこか嬉しい気持ちになってしまう。

 

「それで、何の用ですか?あっ!ここに怪しいやつはいませんよ!」

 

愛嬌振る舞い元気よく言う小鈴に、慶次は苦笑いを見せた。

 

「いや、別に怪しい妖怪や人を探しているわけでは無いんだ。すこし、探し物があってね」

 

自然な優しさを醸し出し、慶次はしっとりと言う。

 

「えっ。笠間さんも本を読むんですか?」

 

小鈴は慶次の言葉に、思わず驚いた。普段は見回りの為に顔を出すだけであり、私的にこの店を利用するとは思わなかったのだ。

どうやらその意外な思いが慶次に伝わってしまったのか、彼は再び苦い顔になる。

 

「ああ、自分も知識を深めるために読むよ。偶にしか読まないけど」

 

なるほどと小鈴は納得すると、うんうんと相槌を打つ。十手持ちである慶次は本など読まないかと思っていた故、人は見かけによらないものだと思い直したのだ。

 

「それで、何をお探しですか?笠間さんの求めているものがあればいいのですが・・・」

 

「うん。外来本の・・・そうだね、もんすたあっていうのかな?その図鑑とかあれば、うれしいかな」

 

もんすたあ、と慣れない口調で言う慶次に、小鈴は首を傾げた。確かにその資料はあるが、なぜ慶次がそれを必要としているのか分からないからだ。

 

「もちろんございますよ!」

 

だが小鈴は、慶次の趣味からだろうと思い立った。そもそも十手持ちである故に、外の世界の生物に興味を持つのは、冷静になって考えてみると不思議ではない。慶次がもともと妖怪退治の専門家であったかどうかは知らないが、その経歴を持つ者が十手持ちとなれるのだと、里の一般的な印象からの考察であった。

 

「あ、ですけど…」

 

元気よく言う小鈴であったが、すぐさま考え込む仕草をする。慶次はそれを見て、不思議そうな表情になった。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえその・・・慶次さんに読めるかどうか分からない本でして・・・」

 

「あ、もしかして外来の文字で書いてある本かい?」

 

的を射た慶次の言葉に、小鈴は申し訳なく、ぺこりと頭を下げる。

 

「すいません・・・ほかにも探してみます!何冊かあったはずです」

 

小鈴は受付から飛び出すと、本棚を探そうとする。だが、慶次は小鈴の肩を優しく叩いた。

 

「いや、それでいいよ」

 

「えっ!でも・・・読めないと思いますよ」

 

困惑と驚きを入り交ぜた表情で小鈴は言うが、慶次は微笑んだ。

 

「もんすたあの絵を見たいからさ。あ、でも。もしかしたら君に質問するかも。どんな生物だったのかなって。君なら異能の力とかで、読めるんでしょ?」

 

何気ないであろう慶次の言葉に小鈴は思わず体をびくりと跳ね、目を見開いた。

小鈴はまだ、自分の持つ能力を言いふらしてはいない。つまりこの能力を知る者は少なかったのだ。

異能の能力を持つ人間は英雄視されることが多い幻想郷ではあるが、それをよく思わない者も当然おり、妬みの対象となる場合もある。小鈴もこの事は当然知っており、同時に危惧をしていた故に、言いふらすことは避けていたのだ。仮に話したとしても親しい友人くらいであり、慶次の言葉には、驚きを隠しきれなかった。

 

「ど、どこで・・・」

 

恐る恐る小鈴は口を開き慶次の表情をゆっくりと見た。すると、慶次は意外にも驚いた顔を作って見せた。

 

「え、本当にそうなのかい?いや、なんで読めない本を置いているのか不思議だったけど、そういう事だったのか…ごめんよ」

 

苦い表情になると慶次は小鈴に謝罪をした。どうやら冗談で言ったつもりらしく、まさか当たっていたとは思ってもみなかったようである。その申し訳なさそうな慶次を見て、小鈴はほっと安堵の息を漏らした。

 

もっとも苦い顔をしている慶次ではあるが、実は小鈴の能力をあらかじめ知っていた。彼に度々情報を提供する、いわゆる『漏らし屋』から情報を得ていたのである。

即ち、慶次が今回鈴奈庵に来た主な理由は、まさにこれであった。小鈴の能力を使い、外の世界に伝わる吸血鬼の殺し方を調べに来たのだ。

もともと吸血鬼は外来の妖怪であり、外来の知識から討伐方法を学べると思い立った慶次は、真っ先に鈴奈庵にある資料に目を付けた。しかし、血族故に多少のアルファベットは読めるのだが、全てを理解するには慶次の知識では足りなかった。唯一人自然に読める人間を上げるとすれば外来人兼外国人である父親であろうが、数十年前に絶縁関係となり、そもそも幻想郷で起きた『とある厄災』によりすでに他界している。

そこで、漏らし屋から得た小鈴の情報を思い出し、小鈴の力を借りることを思いついた。加えて彼女の家の本である故、読み出すのに手間もかからない。

唯一の手間としては小鈴が能力を隠していることであったため、慶次はこうして何気なく鎌をかけ、小鈴の秘密を自らの行動で明かさせた。

 

「あ、あはは・・・ばれちゃいましたか~。思わず驚いちゃいました」

 

もちろん、小鈴はそのことを知る由もない。ゆえに小鈴は、こうして自分の能力を認めざるを得なかった。あれだけのアクションを起こして、十手持ちの慶次に感づかれない訳がないと、諦めがついたのだ。

それと同時に、仮に能力を持つ故に身の危険が迫っても、慶次なら守ってくれるであろうと、根拠のない安心感が小鈴の思いに湧き上がっていた。

 

「こちらこそ驚いたよ。さて、それはどこにあるかな・・・と」

 

話題をすっぱり変えると、慶次は何気なく本棚を探す素振りを見せた。どうやら、あまり詮索をする気は無いらしい。

警戒心を解いた小鈴はすぐさまその本を探し当て、慶次に「どうぞ」と手渡す。本をゆっくりと受け取ると、慶次は小鈴に微笑みかけた。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

慶次はそういうと、店の端に置いてあるソファに腰を掛け、黙って読み始めた。

 

それからしばらく、慶次はモンスター図鑑を読みふけっていた。

小鈴は何か気を配ろうとしたが、集中する慶次は何処か自分の知っている慶次とは違うように思えて、若干の恐怖心を抱いていた。

「ん」

すると、蚊が鳴くような程小さな声で、慶次は言葉を漏らした。どうやらお目当てのモンスターを見つけたようだ

 

「小鈴ちゃん。ちょっといいかな?」

 

案の定、慶次はそういうと手招きをしてきた。小鈴は「はーい」と言葉を伸ばして受付席から立ち上がり、無意識に歩みを遅めながら向かう。

 

小鈴は図鑑を覗きこむと、そのページ記述されていたのはドラキュラであった。

ドラキュラとは言わずと知れた、世界的に有名なモンスターである。外の世界に存在するアイルランドと呼ばれる国の作家、ブラム・ストーカーが書いた小説の主役ともいえる「ドラキュラ伯爵」の事を指しており、その小説はこの鈴奈庵にもあった。

図鑑曰く、爆発的人気を博したその小説により、「ドラキュラ」の名称が吸血鬼の総称として使われるようになってしまったのだという。故に、正確な言い方であればヴァンパイアと呼ぶのが正しいとされ、あくまでも「ドラキュラ」は人物名であり、総称ではないと書かれていた。

なおこのモンスターはすでに屠られていると図鑑には書いてあり、幻想郷に入ってくることもないだろう。

 

「えーっとこれはですね・・・」

 

ポケットからのメガネをわざとらしく取り出すと、小鈴はそれを掛けた。そして慶次の横隣りに立ち、先ほどの内容を読み始める。

慶次は興味深いのか小鈴の言葉に相槌を打ち、それを黙々と聞いていた。気になる事はメモを取り、横文字の単語は小鈴にその意味を聞いてきた。

 

 そして数分後、小鈴は読み終えると一息をついて、慶次の向かい側のソファへと腰を掛けた。熱心に聞いてくる慶次を見て思わず自分も熱が入ってしまったのだ。

 

「こんなところですかねー」

 

小鈴はうつむいてメモを見ている慶次に何気なく目を向けると、なぜか顔をしかめている事に疑問を持った。

 

 気分を害する事をしたのだろうかと、思わず小鈴は思い返す。慶次の顔は、しかめているというよりどこか恐ろしげな、親の仇を見るような眼であったのだ。

 

「あ、あの…」

 

周りにただよう重い空気と湧き上がる疑問で、小鈴は思わず声をかけた。すると、慶次は何事もなかったかのように様に顔を上げると、笑みを作った。

 

「ん?ないだい?」

 

「いえその・・・怖い顔をしていたので・・・」

 

徐々に声のトーンを落として、小鈴は言う。すると慶次は息をついて、再び笑う。

 

「ああ、ちょっと考え事をしていてね。大丈夫、何も問題はないよ」

 

そういうと、慶次は「さて」とつぶやくと椅子から立ち上がり、受付へと向かった。

 

「今日はありがとう。これ、代金ね」

 

じゃらりと通貨を机へと置いて、慶次はと鈴奈庵の暖簾をくぐってゆく。

その逃げるような行動に小鈴は再び疑問を持ったが、急いでいるのだろうと脳内で解決をした。そして受付机へと戻り、再び本を読み始めたのだった。

 

人里の中央村は店が多く建ち並ぶ。そこには当然居酒屋も多くあり、夜になればまた別の顔を見せていた。

そんな居酒屋の中に、ごろつきや気性の荒い連中、さらには妖怪すらも足を運ぶなじみの店がある。繁華街から一歩足を引いた店であるゆえに、きな臭い連中が好んで通うのも無理はないだろう。しかし、だからと言って飯や酒がまずいわけでもなく、中には普通の客も入り混じっていた。

今日もがやがやと賑わうその店に、一人の男がカウンター席に座っていた。男はちびちびとお猪口に注いだ熱燗を飲んでいる。

整った顔立ちをしており、うすい茶色の和服を身に着けている。髪は時代遅れの髷など結わず、ぼさぼさとしているのが印象的であろうか。帯刀はしていないが懐には本が見え、刀の代わりに十手を腰に差している。

つまり、彼は十手持ちであった。名は国枝孝謙と言い、十手持ちの中で唯一戦闘技術に長けている人間ではない。だが腕っぷしはそこらの人間よりも強く、悪知恵もめっぽう働く男であった。

孝謙がしばらく酒を飲んでいると、居酒屋の入り口ががららと開いた。そして、そこからハイカラな黒ずくめの男が入ってきた。

数人のごろつきたちは、彼らの性なのかガンを飛ばそうと入り口をにらみつける。しかし、その人物がだれなのかと知ると、一斉に何事もなかったかのように、目を泳がせた。所詮は里の中で威張っている腰抜けたちである。

 

「おーい慶次。ここだ、ここ」

 

手を振って孝謙はその人物、笠間慶次を呼んだ。慶次をここに呼び出したのは、孝謙であったからだ。

慶次は孝謙の呼びかけに気が付いたのか、無表情で彼の元まで歩むと、孝謙の横へと座った。

 

「酒、何がいい?」

 

少しだけ酔いが回っている孝謙は、慶次へと酒を進める。それに答える様に、慶次は帽子を脱いで席へ置くと、自ら熱燗を頼んだ。

 

「例の物は、あったか?」

 

唐突にいつも通りの口調で慶次は話を切り出すと、孝謙は少し待てと言わんばかりに、お猪口を口に運んだ。数秒して孝謙は酒を飲みほしお猪口を置くと、足元に置いてある革製の抱鞄に手を伸ばし、紙の束を一つ取り出した。

 

「現状もっとも新しいとされる紅魔館の求人案内だ。とはいうもの約一か月前の事だからな。機能するかは分からん」

 

孝謙はそういうと、新聞を自分の手元へと置く。この新聞は慶次が、孝謙へ頼んだものであった。

 

 「何の真似だ?」

 

 しかし、慶次は孝謙の行動に苛立ちを覚えた。依頼物を自らの手元に置いたことは、要するに自分へ渡す気がないと言った現れであるからだ。

 

 「なあ慶次。そのだな」

 

苦い顔つきの孝謙に疑問を抱いたのか、慶次は若干眉をひそめた。そもそも、こんなチンケな嫌がらせをするような小さい男ではないことを、慶次は知っている。

 

「どうした?」

 

「・・・いやね。さすがにこれは危険すぎだぞ。いくらお前の依頼主が紫さんだとしても、そこまで義理立てする必要があるのか?」

 

孝謙はレミリア・スカーレット殺害依頼を受けたことを、慶次自身から聞いている。しかし、身の危険を冒してまでも義理立てしようとしている慶次に、付き合いが長い孝謙にとってはどうにも腑に落ちなかったのだ。

確かに依頼や任務には忠実に動く慶次であるが、第一に妹の事を考える慶次がこの任を引き受けた理由が分からない。死んでしまっては、妹を守れなくなってしまうからだ。もっとも好機を見出さなければレミリアを殺せないことを踏まえ、使用人として潜入しろと案を出したのはまぎれもない孝謙であったが、長期戦を余儀なくされましてや里から離れることとなる。しかし、それを簡単に承諾したこと自体、慶次が何か焦っているように思えてならなかった。

さまざまな疑問を巡らせこの質問をした孝謙であったが、慶次は親父から出された熱燗を手に取ると、口を開いた。

 

「今回、俺が依頼を引き受けた理由は私欲だ」

 

その言葉に、孝謙は予想をしていた考えを確証へと変えた。

 

「麦子ちゃんの身に何かあったのか?」

 

「そうだ。だからどうした?これは身内の関係だ。お節介を起こすようなことはするなよ」

 

「それはわかってるけどよ」

 

とは言うもの、孝謙はやはり不服を拭えきれなかった。それこそ相談をしてくれれば、力になれるはずである。それに、もしものことを考えると、むなしい気分になるのだ。

 

「また減ると思っているのだろう。俺たち十手持ちが」

 

慶次は、孝謙の考えをズバリ言い当ててくる。孝謙は机上で両手を組むと、口を開く。

 

「過去に俺たちがやってきたことはいつもあぶねぇ事ばかりだったけどよ、今回ばかりは危険すぎるからな。それも聡士郎とは違って、命を落とす確率は高い。麦子ちゃんは残念だと思うが、今回はやめといた方が良くないか?」

 

笑みを作りつつも、孝謙は強い声量で警告をした。だが、もちろん慶次は止まらないだろう。

案の定、慶次は孝謙をにらみつけ、意思が変わらない事を表していた。

しばらく孝謙も負けじと睨みつけたが、慶次の覚悟に折れて目を伏せる。そして、ただ無言で作業をこなしている親父に声をかけると、一つの酒瓶を指定した。

 

「頑固な奴だ、わかったよ。だが約束だ慶次。もしうまく潜入できて麦子ちゃんを助け出し、ここへ帰ることができたら、三人であの酒を飲もうじゃないか。あの酒は高い。一人で飲むにはもったいないだろう?」

 

そういうと、孝謙は慶次へ新聞を手渡したのだった。

 




どうも、飛男です。
今回は以前とだいぶ変わっていると思います。大筋こそそのままですが、視点が大きく違っているはずで、主に慶次とかかわったキャラにスポットを当てているわけです。なお、冒頭こそ慶次の視点で話が動いていましたが、慶次視点の三人称はおそらく数えるほどしかないかと思います。こうすることで、以前よりも慶次が怖い人物であると伝えることができたらいいなと思っていたり・・・


さて次回は前回と同じく、やっとこさ紅魔勢が出てきます。楽しみに。

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