紅魔を撃つ   作:大空飛男

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殺しを許された男

強く帳簿を脇に抱え、男は蒸し暑い夜道を走っていた。

 

大役を任され、男はこうして人里の中で最も治安の悪いとされる、北村を駆けている。

 

彼が所属するのは「奈土組」。いわゆるやくざだ。

 

とは言うもの、「奈土組」はれっきとした火消しでもある。幻想郷の華となった弾幕勝負によるボヤや、その他火付けにより起きる火災も消す重要な役割であった。ただのロクデナシでゴロツキでとは違うのである。

 

 ではなぜ、二つの顔を持つやくざ者が夜の北村を走り回っているのか。

 

それは、彼らの立場にあった。近年から人里は、劇的な変化を遂げているからだ。

 

過去には荒れていた人里であったが、とあるきっかけで良い方向へと進んでいき、今では住みやすく整備され始めている。まだまだ完璧なる統治がされていないとはいえ、里の守護者や権力者たちは知恵を使い、人里を立て直しているのだ。その功績もあったのか、最近では店を持つ住民が多くなり、にぎわいを見せ始めていた。

 

しかし、良い事ばかりではなかった。劇的な変化についていけず、混乱する者も多くいたのだ。

 

その一つが、この「奈土組」であった。

 

彼らは火消しのほかにも、博打などの賭け事などを行っていた。博打そのものは未だに需要があるのだが、管理下が奈土組などのやくざ者達から権力者達へと変わり、正統なる管理がされるようになったのである。そもそもいざこざが多かった博打を改めるのは優先事項とされていたため、規則を取り決めるなど、博打その物の改正は早急に行われたのだ。

 

そこに、やくざ者たちは不満を持った。

 

理由としては言う間でもなく、甘い汁を吸う事が出来なくなったからである。イカサマなどを行い多くの金をむしり取ってきた彼らにとっては、何よりも痛手であったのだ。

 

そこで、資金供給を行えないやくざ達は新たな儲け話を探し始め、この帳簿が登場することになった。

 

この帳簿は、とある権力者に泥を塗る事ができる鍵であった。

 

内容は里の権力者である宮園家の汚職、いわゆる賄賂を受け取ったことによるもので、その日時や詳細などを記したものであった。

 

宮園家は倹約家である為、賄賂でも書き記している事を奈土組は知ると、この男に盗みに行くように命じて、今に至ると言うわけである。

 

これが公になれば宮園家の立場は無くなり、さらには信頼も無くす。つまり脅し、ゆすりを掛ける事で、権力者から直接甘い汁を吸う根端あった。力で屈しないのであれば、頭を使えばいい。姑息な手ではあるが、汚いもクソもない。この地で生き残るための手段である。

 

 そもそも、男が盗めを引き受けた理由は報酬に莫大な資金が入るからであった。いくら幻想郷であっても金が無ければ安定した生活をすることは出来ない。賭博や春を買うのも金が無ければやってはいけないのは分かるだろう。ちなみに報酬の金額は、里で一年間毎日酒を浴びるほど飲んでも足りるほどであった。

 

だが、男は莫迦ではない。先に書いた物とは違う、別の使い方を頭に描いていた。

 

それは、足を洗って比較的平和な南村に引っ越そうと考えていたのだ。つまり正確に言えば、やくざを辞めて堅気となる事であった。

 

親孝行もできず、死んだ母親の墓石も立ててやることができなかった彼は、今の自分が嫌になり、奈土組の頭に盗めが成功した代償として報酬と堅気として生きる事を約束させた。

 

金が入れば、やり直せる。まさに地獄の沙汰も金次第であろう。

 

男の母親は満足な供養もできず、死体を里の外に捨てる事しかできなかった。葬式にも墓石を立てるにも金は必要であり、男は当時、その分を出す金さえも持っていなかった。

 

その後、下級妖怪たちに食い散らかされた中から健気に骨を拾って、その骨は今でも古めかしい家の箪笥に閉まってあった。報酬を貰えば正式に供養することを考えており、南村に引っ越した際には一軒屋を立て、嫁を貰い、商いをするつもりであった。

 

 

 さて、男はそんな思いを馳せつつ角を曲がり、運河沿いの道に出た。

 

 

緑生い茂る木々が連なり、根の近くには草花が色付けている。あまり整備をされていない雑草の生い茂る河川敷ではある故に、夏の日差しを浴びてのびのびと成長したのだろう。

 

そんな物には目をくれず、男はただひたすらに走り続けている。足を止めれば捕まってしまうと、無意識のうちにそう思い込んでいたのだ。

 

「うおっ」

 

男は思わず声を上げた。駆け足が絡まり、躓いたのだ。男は咄嗟に帳簿を抱え込み、泥濘んでいる地面を滑り込む。そして、芋虫のように丸まって、地面へと倒れた。古着を縫い合わせた着流しは泥にまみれ、なんとも無様な姿になる。

 

「くそ!くそ!」

 

 地面を拳で叩くと、毒吐きながら男は立ち上がる。泥だらけとなった自分の姿は、低下層にいる自分の表れと思い込み、苛立ちを胸に孕んだ。

 

そんな矢先のことであった。

 

 「だ、だれでぇい!」

 

男の数メートル先に、人影が見えたのだ。もしや追手かと思いつつ、男はこわばった声で怒鳴りつけた。

 

 その人物をよく見ると、不思議な格好をしていた。

 

夏真っ盛りであるにもかかわらず、黒い長袖の洋服を着込んでいる。俗に言う黒いワークハットを深く被っており、表情読み取りづらい。里の住人の中ではハイカラである為、正直浮いているような格好である。

 

しかし、その姿に男は見覚えがあった。

 

 「て、てめぇは!!」

 

 男が叫ぶと同時の事であった。その黒装束の人物は腰に手を当てて、姿勢を崩す。

 

 「安心しろ、俺は追手ではない。奈土組の順吉」

 「じゃあ・・・なんでぇ!」

 

男もとい順吉は、黒装束の男に問う。すると彼は姿勢を崩し、冷徹さを感じる低い声で言った。

 

「殺しに来た。と言ったら死んでくれるか?

 「な、てめぇにそんな事が!」

「俺にはその許可が下りている」

 

淡々と言う男に順吉は冷や汗が噴き出すと、懐にしまっていた得物に手を掛け、黒装束の男に向け抜き放つ。

 

順吉は得物もとい、短刀に長けていた。奈土組の中では右に出る物はいないと言われる程であり、勝てる自信も少なからずはあった。現に男は、怯えたのか右足を一歩下げた。

 

「へへっ・・・死ぬのは・・・テメェだ!」

 

いやらしい笑みを浮かべ順吉は、会話の主導権を握ったと悟ると、男に向かって飛び掛った

 

だが、刹那。夜空に轟音が響いた。

 

そしてその音と同時、順吉は額から跳ね飛ばされるように地面に倒れた。

 

額には小さく焼けた穴が開いており、そこからゆっくりと血を流す。

 

一度だけビクンと体を動かしたが、それから順吉は二度と動かなくなった。

 

「・・・」

 

黒装束の人物はワークハットの唾から見下ろすように覗いて、順吉を見る。そして絶命した事を確認すると、右手に持った無骨な鉄の物体を腰のポーチに入れ、カツリと革靴を軸にして振り返った。

 

その人物のサーベルポーチに刺してあるものは十手。そう、この男は十手持ちの一人、笠間慶次である。

 

 

 貧困街として有名である北村だが、その中に一つだけ大きな屋敷がある。

 

それは権力者、宮園家の物であった。

 

元々は小さな店であったが、商いに成功した宮園家は次第に大きくなり、何時しか人里の権力者の一角となった。この閉ざされた世界である幻想郷で商いに成功すると言う事は、かなりの手腕であろう。

 

中でも現三代目当主、宮園銀之助は特に商いに長けていた。何でも外来の書物を参考にすることで、閉鎖空間独自の固定概念から逸脱し、あっと驚く商法でもうけを出すのだと言う。

 

そんな当主である銀之助は、きりきりと胃が痛むのを抱えながら、客間の前へと立っていた。この奥には、恐ろしき人物が待っているのだ。

 

それは言わずと、慶次である。

 

表向きは十手持ちとして生きているが、彼の本業は殺し屋であった。どういう訳かは知らないが、彼は唯一妖怪の賢者から人間を殺すことを許されているのだ。

たとえ保護されている人里であっても、それをいいことに当然悪事を働くものがいる。その害悪を処理するべく、慶次は依頼を請け負っていたのだ。今回は、あらかじめ不穏な動きを見せている奈土組をマークしろと銀之助が慶次へと依頼をしていた。

 

そもそも十手持ちとは、過去に人里の治安を守ってきたお人好しな集団である。

 

人数は五人。彼らは過去に名を馳せた妖怪退治の専門家であり、人里の住人達からも信頼は厚い。もともとは治安が悪かった里を任意で見回り始めたのがきっかけであり、とある事件により称えられ、里の守護者から十手を授与された事により、この名前が付いたのだ。

 

近年では博麗の巫女が再び現れたことで、彼らは次第に役目を終えたと悟り、表舞台から消えてのんびりと暮らしている。しかし彼らは皆、どこか不完全燃焼の気分を持っているのだという。もっとも、権力者達の中では害悪に過ぎないのだが。

 

「すいません。待たせましたかな?」

 

銀之助は優しい笑みを浮かべつつ、部屋の中へと入っていった。彼はでっぷりと肥えているが、顔には愛嬌があるのだ。この何とも親しみ易そうな顔つきで、多くのもにも信頼をされている。

 

しかし慶次は黙ったまま、銀之助の前へさも汚いものを放るように帳簿を投げ捨てた。銀之助は少しだけ顔をしかめたが、すぐに顔を繕う。

 

「ありがとうございます。これで我が一家も救われる。流石は慶次さんと言ったところですね」

 

そうは言う銀之助であったが、本心からでの言葉ではなかった。むしろ、自分達の秘密を知ったこの男に対する、いわば媚び売りのような意味合いを込めている。

 

「仕事は済んだ。帰らせてもらおう」

 

銀之助の腹の中をまるで読んでいるかのように、慶次は彼を冷えた目でにらみ、その場を離れようと立ち上がる。その目はまるで、家畜でも見ているかのようであった。

銀之助は帳簿の中身を確認しながら、帰ろうとする慶次をゆったりとした声で引き止めた。

 

「まあまあ、お茶でもどうですかな?いいお茶が入ったのでね、是非とも味わっていただいたいのですが」

 

「・・・気にくわんな。わざわざ遠まわしの道を用意するな。率直に聞け」

 

銀之助の探るような目線に気が付いたのか、慶次は低く強い声で言った。銀之助は一つ息をつくと、口を開く

 

「その、これを見てどう思いましたかな?」

 

さも中身を見たのだろうと、銀之助は慶次へと問う。普通、気になって仕方がないはずである。権力者である自分達の汚職を知ることは、今後交渉する際の重要な決定打になるからだ。

 

だが、慶次はいけしゃあしゃあと、しらばっくれた。

 

「依頼主の私物は、基本いじらないようにしている。ゆえ、見ていない」

 

もっとも、正確に言えば宮園家の汚職自体を慶次は知っていたのだ。わざわざ帳簿を見なくとも、情報は仕入れている。彼は人一倍、下調べに力を入れる男である。

 

銀之助はそんな事を知る由もない。だが、慶次の言葉を信じきれず、眉をひそめる。

 

「口では何とでも言えますが」

 

「そうか。では今後の依頼は一切受けない」

 

冷静な表情を保ちながら、慶次は言い返した。帽子の奥から覗く冷ややかな瞳に、思わず銀之助は身を震わせた。

 

「い、いえ、信じましょう。貴方のことだ。嘘はつかないでしょう」

 

慌てて肯定する銀之助を見て、慶次はさも無様だと鼻で笑い、その場を後にした。

 

慶次が見えなくなると、銀之助は一つため息を着いた。

 

「あれでは誰も寄せ付けませんな。私とは正反対だ」

 

* 

 

ふと扉が開いて、チリリンとベルが鳴り響いた。

この店、香霖堂の主である森近霖之助は、それでもなお天狗から契約している新聞から目を離さず、接客する様子を見せなかった。彼は面倒事が嫌いであり、接客すらしようとしないからだ。そもそも自分の店を訪れる客は、一癖も二癖もある奴らばかりである。故に接客をする気も起きなかったのだ。

しかし、暫くしてテーブルの前にゴトリと何かが置かれた。その音にやっと反応したのか、霖之助は新聞から目を離す。

 

「ああ、慶次。君だったのか」

 

先ほどの考えから打って変わり、霖之助は慶次を気分良く迎え入れた。慶次はそんな霖之助に何処か呆れた表情を見せたように見えたが、すぐに無表情へと変わっていた。

 

「・・・整備を頼む」

 

「了解した。あ、じゃあ前に預かっていた物、返すよ」

 

霖之助は慣れた口調でそう言うと、店の奥にある倉庫へと入って行く。そこから木箱を持ち出して、再び店内へと戻った。

 

「はい、整備は万全だよ」

 

木箱を慶次の前に置くと、霖之助は再び新聞を手に取って、読み始める。

 

また慶次も黙って、木箱を開けると、そこから無骨な鉄の塊を取り出した。中にある六つの穴が開いた円柱状の鉄塊を回して、動作を確認する。

 

慶次の使う武器は、火器である。今取り出したのは六連発式のリボルバー。つまり回転式拳銃であった。

 

名称は『M1917』。銃身には文字が彫ってあり、英語のSから&、W。と書いてある。これは言う間でもなく外来の銃であり、某最初の世界大戦に使用されていた銃でもあった。

 

現在の幻想郷で銃は普及してきてはいるが、あくまでも猟銃であり、マスケット銃の様な先込め式の銃である。しかも、普及していると言っても銃自体がかなり高価であり、尚且つ弾代、弾薬代等も高価であった。そのため安易に入手することはできず、加えて自衛の為と言ってもマスケット銃は命中精度が極めて低く、飛距離も無い。故に妖怪を狙撃することもできず、かといって接敵をすれば、たとえ威力は高くとも、撃つ前にやられてしまうだろう。

つまり幻想郷で銃とは、猟の為に使う物として見られていた。

 

しかし、慶次の持つ『M1917』は小ぶりではあるが、先のマスケット銃に比べて優れている点が圧倒的多く、高性能であった。また本来はダブルアクション構造ではあるのだが、改良され、早撃ちが可能なシングルアクションとなっている。威力も45口径弾を使用し、妖怪にもそれなりの効果が望めるのだ。

 

この拳銃は間違いなく外の世界で忘れ去られてはいない物であるが、慶次の父親がこの幻想郷に入る際に所持していた物であった為、一緒に幻想入りする事となった。そもそも慶次の父親は外来人の中でも特殊であり、アジア系の血を引いていない。つまり外来人ならぬ、外国人であった。

 

 話しを戻すが、言う間でもなく特殊な機構を持つこの『M1917』を整備するのには相当な知識が必要とされる。慶次も一通りの整備ができるが、現在は霖之助に整備を任せていた。彼は密かなガンマニアであり、外来の銃に関する本を読み漁っていたのだ。もっとも現物を触ったことはないにしろ、多くの情報を蓄えた霖之助は、何かと整備の知識が豊富であり、ガンスミスと名乗っても恥じないであろう。

 

つまり、一流の仕事を志している慶次にとって、霖之助の存在は非常に都合がよかった。知識を豊富に貯え、なおかつ整備を行えるほどの技術を持っている。故に、慶次は度々この店へと訪れるのだ。

 

当初の霖之助はどこから噂を聞きつけてきたのかと疑心を掛け、遠回しに断るべく多額の金額を要求した。流石に多額の金額を払ってまでも整備をしてくれとは言わないだろうと霖之助は見ていたが、慶次はそれをあっさりと了承してしまった。そして、約束の金額をきっちり当日に払い、なんとも驚くべき行動をもとってきた。

 

こうなれば断る事は出来ず、なおかつそれに見合う仕事をしなければならなくなってしまったのだ。しかし、悪い話ばかりではなく、霖之助は趣味人故に金欠であったため、この話はうれしいことであり、今では店のメインな運用費となっていた。

 

おそらく慶次にとって、金程度で一流の整備を行うのであれば、安いものだと考えているのだろう。それに現在の十手持ちは里の守護者や権力者達からそれなりの給料が出る為、生活に苦労は無く潤っているはずであり、金を出す事を惜しまないのだと、霖之助は認識していた。

 

 「ところで・・・」

 

 ふと新聞を下げて、霖之助は慶次に目をやった。慶次は『M1917』をいじりながら、そっけなく「なんだ」と返事を返してくる。

 

「君は彼の事を、どう思っているんだ?」

 

「彼・・・?聡士郎の事か?」

 

ポカーフェイスに少しだけ表情を出すと、慶次は顔を上げた。

 

聡士郎とは十手持ちの同僚、松木聡士郎の事である。彼は行き場を失ったと悟り、人里を去ってしまったのだ。

 

最初は妖怪の山に住む天狗達に雇われたことが始まりであり、そこからさまざまな事があったらしく、最終的には妖怪の山で天狗達と共に生活することになったと言う。

 

「・・・彼奴は剣と直感のみに特化した男だった。おそらく変わりゆく人里で生活することに、限界を感じていたのだろう」

 

再び表情を無表情に戻すと、慶次はそういった。しかし、その顔には隠しきれない寂しさを、霖之助は感じることができた。

 

慶次と聡士郎は、何かと衝突が多かったのだ。彼らは犬猿の中であり、考え方がまるで違う。 しかし、いざいなくなると慶次はどこか心寂しい気持ちを持っているのだろう。もっとも聡士郎個人が決めた事であるため、とやかく言う事ではないと他二名の十手持ちは思っているようで、慶次もそれになんとなく従っているようであった。

 

 「でも君は、今でも与えられた使命を全うしている。彼とは違ってね」

 

「・・・彼奴は俺と違う。俺はただ、人里にある闇に身を任せているだけだ」

 

「まあ、それで僕も潤っている事は確かだけどね・・・」

 

そう言って苦笑いをすると、霖之助は新聞の頁を変え、再び読み始めた。

 

しばらく沈黙が続くと、霖之助は「あ、そういえば」と、思い出したように呟いた。

 

「理香子が君を呼んでいたよ。何でも家まで来てほしいって。店に来た際、そう言っていたよ」

 

その言葉に慶次は反応したのか、顔を若干上げた。

 

理香子とは、朝倉里佳子と言う幻想郷では珍しい、科学信仰をしている人間である。彼女は過去に、修行中であった博麗の巫女と一戦交えたこともあった。

 

一時期、とある協力者から供給を頼りにしていた慶次であったが、それでも弾薬不足に悩んでいた。補給が疎らであった為、安定していなかったのだと言う。そこで、科学信仰をしている彼女にダメ元で依頼をした所、精度は悪いが量産に成功したと、霖之助は耳に挟んでいた。ここでも見返りに金を出したらしいが、大した金額を彼女は求めず、代わりに被験者として手伝ってほしいと頼まれ、こうしてたまに呼び出されるのだ。

 

最近になり、理香子の銃弾に関する研究は進み、外の世界に存在する銃弾の精度とほぼ変わらなく生産を行えるようになった。もっとも、販売に向けて大量に生産することはできないのだが、慶次一人だけに渡す弾丸であれば、それは十分に足りていた。

 

「・・・何の用か、聞いているか?」

 

「たしか、君に試してほしい物があるらしいよ。今回は銃弾じゃないみたいだ」

 

「・・・そうか」

 

慶次はひっそりとつぶやくと、点検し終わったのか『M1917』の薬室にハーフムーンクリップで弾薬を詰め、それをホルスターにしまった。

そして挨拶もせず、香霖堂を出ていった。

 

 

人里の西側にある村は、その名の通り西村と呼ばれていた。各村と比べて比較的穏やかな空気が流れており、レンガ造りの役所や古風漂う屋敷といろいろとな文化が混合してもいた。

この景観を作り出した理由としては、中央村のハイカラ的影響を受けた建物が近年多く建設されたからだ。故に多文化の混合した村が出来上がり、その姿は村と言うより町に近い。そもそも間違った解釈で伝わった建物も多くあり、煉瓦造りの建物もフランドル製法と呼ばれる積み方で作られ、歴史的観点から見れば珍しい建物もある。

 

さて、そんな西村のはずれに、納屋のような質素感漂う家がある。家の周りには何か怪しい鉄くずが置いてあり、西村の人々には寄り付かないようにと言われていた。

 

そこに、朝倉理香子は住んでいた。

メガネに白衣姿は如何にもと言う格好であり、日夜研究に励む彼女は里の変人として知られている。科学の概念が邪教と思われているゆえに、彼女は孤立をしているのだ。もっとも彼女にとって孤独など気にもせず、むしろ心地が良かった。

そんな孤独を突き通す理香子ではあるが、彼女には数少ない協力者もいる。彼女の研究には、第三者の意見を求める物もあり、数少ない協力者はこれに該当する。つまり、被験者として、利用するのだ。

裏口から小窓を一定間隔で叩く音が聞こえると、理香子は小窓を解錠し、その協力者の一人を中へと入れた。

 

「いらっしゃい慶次。待ってたわ」

 

笑顔を作り、理香子は言う。慶次も挨拶のために軽く頷き、しゃがみ込むとその小窓から納屋へと入っていった。

 

「・・・汚いな」

 

周りを見渡して慶次は呟くが、理香子はそんなことなど気にもせず、さっさと二階へと足を運んでいく。彼の意見よりも、自分の作品の意見がいち早く聞きたかったのだ。

 

しかし、その作品を理香子は下へ運んでくると、慶次は作業台にある未完成品をいじっていた。それは、彼にために開発していた、試作弾薬の一つである。慶次は基本表情を顔に出すことはないのだが、慣れていくとわずかに表情を変えていることが読み取れる。どうやら慶次はその試作弾薬に興味を示したようで、それを手に取ると若干不思議そうな表情をしながら全体を見渡していた。

 

「ああ、それはまだ試作段階。本題はこっちよ」

 

理香子は慶次に声をかけると、慶次は何事もなかったかのようにその試作品を作業台へと置いた。

 

「はい、これ。今の私が作れる最高の品よ」

 

そういって理香子が手渡したのは、何やら機械的な物体であった。慶次はそれを手に取ると、手首を動かしつつ咲くほどの試作弾薬と同じように、全体を見見渡した。

少しの間沈黙が続くと、慶次は顔をあげ、理香子に目線を合わせた。

 

「・・・さっそく、試していいだろうか?」

 

「ええ、何回も試したから、大丈夫だと思うわ」

 

苦い顔をしつつ、理香子は言う。興味本位の開発から始まり、試行錯誤した結果ちょっとした傷をいくつも負ってしまった。故に、苦い思い出となってしまったのだ。

 

慶次はそんな理香子の思いなどは知りもせず、整えられた立襟の制服を脱ぐとシャツ姿となり、その機械的な物体を左腕に装着した。そして再び制服を羽織ると、ボタンを占める。

 

ちなみに慶次の着るこの制服は、幻想郷で着ている者はいない。明治十三年ごろに着用されていた警官の制服であり、堅苦しい故に一般的では広まらなかった物であるからだ。そもそも保守的な考えを持っている幻想郷の人々は和服を好むため、南蛮風の服を着ようとする者は少なく、見向きもされない物であった。

だが慶次曰く、身が引き締まるといった理由でこの服を好んでいた。また、色合いが黒く、基本夜間に殺しを行うことが多い慶次にとっては迷彩効果が期待され、殺し屋稼業を行う身としては向いているのだ。故に、愛着をするようになったのだという。

 

慶次は理香子と共に納屋を出ると裏手の屋根に向けて、装着した腕を掲げた。

 

「さあ、あなたに使いこなせるかしら?」

 

茶化すように理香子は言うと、慶次は無表情のまま中指を動かした。すると、袖の中から何やら鋭利な鉄の塊が飛び出して、屋根に引っかかった。

 

慶次は再び中指を動かすと、鉄の塊と繋がっている糸のような物が巻き上がり、地を離れた。そして屋根に付く瞬間、鉄の塊は袖の中へと回収され、慶次は屋根に上った。

 

 そう、この装置は鉤縄である。主に忍びが壁などを上る際に使う物として一般的には知られているだろう。

 

 しかしこれは普通の鉤縄とは大きく違う。理香子の研究により独自のアレンジをされており、とある装置によって鉤爪が射出され、遠くまで一瞬にして届くものであった。それに加えただの縄ではなく、いくつもの細い鉄を絡み合わせて作った縄で物であり、俗にいうワイヤーのようなものであった。これにより強度と携帯性が増し、この射出式鉤縄が実用化したのである。

 

「うまくいったみたいね。流石私の研究かしら」

 

 満足のいく結果だったのか、理香子は勝ち誇ったようにつぶやく。

 

 それからしばらくして、慶次は屋根裏の窓から納屋へ入ったのか、先ほどの小さな扉から改めて出てきた。

 

「・・・上々だ」

 

小さな声で、慶次は満足そうに答えるが、理香子はそれが不服で口を尖らせた。

 

 「それだけ?もっと褒めてほしいところだわ」

 

「・・・いい出来だ。流石だな」

 

「ふふふ、でしょ?頑張った甲斐あったわー」

 

理香子はそういうと、嬉しそうな声を出してくるりと一回転をした。慶次はそれを見て、わずかに苦笑いをこぼした。

 

「じゃあそれ、あげるわ。どうせ私が使う事ないもの」

 

満足そうな表情を崩さず理香子は言うと、納屋へと戻っていった。

 

 

さて、慶次はその後北村へ戻ると見回りを行い異常がないことを確認すると、自宅へ帰っていた。その途中に寄った茶屋で団子を買い、片手は塞がっている

 

この団子は慶次が食べるわけでは無いのだが、共に暮らしている妹、笠間麦子の為に買った物であった。

 

殺し屋稼業と妖怪退治の専門家となった慶次は、笠間家を離れ一人暮らしをしていた。しかし、彼が二十歳になった時に妹であった麦子が独立したと聞き、自分の家で暮らすように促したのだ。当時の里は言うまでもなく危険であった為、自分の目に届くところへ置いておきたかったのである。

正直なところ彼は妹を溺愛し、また唯一普通に会話のできる存在であった。最近になり大人びて、より一層美人さが増していた。父親譲りのブロンド髪は美しく、里の男が放っておくわけもない。そう思えるほど、麦子は美しかった。

 

しばらく歩いて、辺りがすっかり夜になった頃。慶次は自分の家までたどりつくと、微かな違和感を覚えた。

 

普通この時間になれば、どこの家も明かりはつけるはずである。しかし、慶次の家だけ、明りがついていなかったのだ。麦子は外出をあまりしないため、慶次は扉をたたき、麦子に鍵を開けるように促した。

 

そこで、また違和感を覚えた。しばらく返事がない為慶次は勢いよく扉を開こうとすると、以外にも軽く扉が開いたのだ。普段なら心張棒により扉が容易に開かなくなっているのだが、それがなかったのだ。

 

慶次はまさかと思い立ち、ホルスターの『M1917』を抜き放つと、いつでも打てるように構え、家の中へと入っていった。

 

「麦子・・・!何処だ!」

 

珍しく慶次は声を張り上げ、妹の安否を確認しようとする。しかし、返事は帰ってこない。

 

「・・・どうなっている?」

 

慶次は苛立ちがこみ上げてきて、銃を構えたまま速足で家の奥へと足を運んだ。

 

すると、かすかに人影が見えた。胸のふくらみや体つきのラインからして、女性である。

 

「麦子?」

 

銃身を下ろして、ゆっくりとその人影へと近づいた。もしかしたら何かと交信しているのかもしれないと馬鹿馬鹿しい考えが慶次には浮かんだが、むしろそれほど、淡い期待を寄せていた。

だが、その淡い期待は打ち消された。

 

「なっ・・・貴様は!」

 

金色の髪をしており、妖艶で大人びた顔つき。紫を基調とした服を着て、メルヘンな傘を杖のようにして先を床に突いている。慶次にかつて弾薬を共有し、協力者であった人物。

 

そう、この女性は。

 

「八雲・・・紫!」

 

「あら、慶次。お帰りなさい」

 

慶次の張りつめた声に、八雲紫は笑顔で笑いかけた。

 

 




どうも、飛男です。以前の作品を見たことある方は、お久しぶりです。
以前の作品である「スカーレット・アサシネィション」の、いわばリメイク作品となります。ですが、多くの改善点があります。故に新規投稿に踏み切ったので、4話まではおそらく流れは同じです。
さて、なぜ過去作を変更しなければならなったのか、それは、慶次の職業にありました。
暗殺者は、本来そこまで感情をですわけにはいかないのです。つまり、以前の作品は慶次の心理描写ばかりで、まったく恐ろしさを感じさせることができません。むしろ、紅魔勢の方がよくわからない感じとなってしまった訳です。
これは作品的にどうなのかと思い、約一か月悩んだ末、新規投稿をした方がよいだろうと判断しました。おそらく「それだけで新規投稿したの?」と思われるかもしれませんが、私個人のこだわりがありまして、そこは重々ご承知願いたい次第であります。

では、今回はこのあたりで、おそらく4話まではすんなり投稿ができると思いますので、新しき慶次をお楽しみにしていてください。それでは。



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