青学・新チームの挑戦 作:空念
神尾が危惧したとおり、伊武のペースが落ち始めていた。それに対して越前のペースが上がっていく。越前とて、ただ黙って伊武の技を受けていた訳ではない。彼も強烈な球を伊武の足元深くに返し続ける事で、かなりの体力を奪っていたのだ。
足元の球をミラージュで無理矢理トップスピンに変えて打ち返すのは、相当な労力を要するのだ。これをずっと続けていたのでは、いずれ体力が持たなくなるのは当たり前であった。
疲労が増すにつれて、だんだん伊武の打つコースが甘くなっていく。やはり、すんなりとは終わらない。今度は越前の猛攻が始まった。
「――ドライブBっ!」
たった二球でスポットに陥るのであれば、それ以前に返せばいいだけの事。越前はサーブした直後にネットにダッシュし、ドライブAやドライブBを駆使して伊武を攻め立てる。あるいはリターンでライジングや、不完全ながら零式ドロップまでも使ってポイントを重ねる。
互いに相手を削り合い、追い込んでいく。一方的な流れだったのが、いつしか『5-4』にまで縺れていた。まだ伊武がリードしているものの、流れは完全に越前ペースである。
それでも、伊武は引こうとしない。彼は歯を食いしばり、力が入らなくなってきている腕で無理矢理ラケットを握る。
(もう少し、持ってくれ)
痛む右腕で、越前の球を打ち返す。本音を言えば、限界であった。全国大会の時、四天宝寺戦で遠山の『スペシャル何とか山嵐』(※超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐の事)を打ち返そうとして、見事に腕を壊したのだ。あれから約一ヶ月が経ち、大分痛みも取れてきたものの、完治まではいかなかった。その腕で今まで無理をして練習し、この青学戦でも無理をしたツケが、ここにきて出てきた。
それでも、ようやくここまで来た。これを決めれば、不動峰の勝利である。伊武は痛む腕を振りぬき、球を強打した。
「まだまだ、だねっ!」
越前は容赦なく球を打ち込む。彼自身も既に汗だくである。今まで左右に走らされていた上に、必殺技を連続で出しまくっているのだから、当然である。ここまで来れば、あとは気持ちが強い方が勝つ。越前は勝ちを譲る気は皆無である。
負けられないのは、越前も同じであった。彼自身今まで公式戦では負け無しで来たし、チームとしても全国優勝校としてあっさり負けるわけにはいかなかった。この、試合、勝って海堂に繋がなければならないのだ。
越前は容赦なく球を伊武に叩き込む。試合している内に、伊武の打球がどんどん威力を弱めているのに気付いたのだ。早いペースで試合を進めながらも、いつしか越前は自分のペースに持ち込んでいた。
最初は伊武の速攻に戸惑い、瞬く間に4ゲーム連取された。だが、後半は落ち着いて伊武の体力を削りにいき、後から盛り返した。
それに、伊武の失速はどうやら疲労だけではなさそうである。越前も神尾と同じく、伊武の異変に気付いていた。
「ふ~ん、やるじゃん」
越前は珍しく、対戦相手を褒める。万全の状態で無いにも関わらず、ここまで自分を追い詰めたのだ。伊武という男、やはり強敵である。
「やっぱりアンタ、嫌な奴だよね。けど俺、負けないから」
ポイントは『40-15』であり、伊武のマッチポイントになっていた。これを取られれば越前、あるいは青学の敗退が決定である。
「させないっ!」
伊武が打ち返す球を、越前はドライブBで返す。もう完全に伊武の球からは球威が感じられず、あっさりとポイントを取る。これで『40-30』。次のポイントを取れば、デュースに持ち込める。
あと一球である。あと一球決めれば、越前が勝てる。伊武はもう球を打つのも辛そうであり、持久戦に持ち込めば越前のものである。
伊武がサーブをする。完全に力の無い球が来る。それを渾身の力で、越前はリターンを叩き込んだ。それは完全に伊武の逆を突き、誰もが決まったと思った。
「うぉぉぉーーーっ!」
しかし、伊武は諦めない。目を血走らせ、雄たけびをあげて無理矢理反転し、バランスを崩しながらもラケットを振りぬいた。
だが、球の飛んだ方向は、越前の真正面。伊武は体勢を完全に崩しており、次の行動に移れない。
「この試合、もらった!」
越前はラケットを構え、綺麗にボールを捉える。そして、力強くラケットを振りぬいた。だが、これまでに無かった衝撃が越前の腕に伝わり、越前の手からラケットが離れていった。
*****
「惜しかったな、越前」
「リョーマくん、ドンマイ」
表彰式の最中、桃城とカチローが越前に話しかける。それに対する越前の表情は、少し固い。彼自身、公式戦で始めての黒星なのだ。機嫌が悪いのも仕方が無い。
それでも、都大会の出場権は獲得した。この先、勝ち上がればリベンジする機会もある。
だが、越前にはさっきから気になっている事があった。伊武との試合で、最後に見せられた技に関してである。
(……たった一球で、スポットになった)
二球でスポットになるなら、一球で返すのみ。そうやって越前は伊武を攻略した。だが、最後のゲームは、リターンの後の一球目で腕が痺れた。
伊武が最後に打った球は、返そうとする越前のラケットを喰い込むように押し込んだ。それでも越前が力任せに振りぬこうとすると、今度は球が逆回転し、腕に衝撃が走った。その為に越前はラケットを手放さざるをえなくなったのだ。
「……俺も、まだまだだね」
越前はわずかに笑みを浮かべた。初めての公式戦での黒星。だが、悪い気分ではない。周囲はどう思うか分からないが、リョーマにしてみれば敗戦は珍しい事ではない。彼自身はいつも家では負けており、既に負け慣れているのだ。
(帰ったら、親父とかがうるさいだろうな)
家で年中エロ本を読んで過ごす父を思い出し、越前は内心で苦笑した。