「前回のあらすじ!
修学旅行に現れたバグスター、ガンマイザーを新たなエグゼイドで見事倒す事が出来た桜井。
二つのバグスター騒動は、大きな傷を残しながらも無事終焉を迎えたのだった。」
「これもそれも私のガシャットのお蔭だな!!
だがハルナ君、私のではなくアベルの使うだけで飽きたらず、私の許可なくガシャットを造るなどオオオオォオォッ!!!」
「うっわ出たよめんどくさい人。」
「なにがマイティブラザーズだ!!あんなゲーム、某配工管兄弟のワンパンで倒れる様なクズみたいなゲームだろうなアァ!!!」
「仮にも味方の使うモノにケチつけんじゃないよ。」
「その上私の造ったデンジャラスゾンビは、強い!カッコいい!死なない!の三拍子!!
正に至高のゲームだアァァァッ!!!」
「変身者が頭可笑しい人間じゃないってのが唯一の汚点だよな。」
「人間じゃない!!私は神だアァアァアアアーーーーッ!!!」
「…あー、そうだね……とりま最新話、どうぞ。」
「………。」
「お、ようやく目を覚ましたね。気分はどうだ ぶほッ!?」
意識が戻り瞼を開くと眼前に神太郎の顔が間近にあったので、取り合えず殴った。
「イタタ、鼻が…ひ、酷いじゃないか、起きて早々暴力を訴えるなんて…。」
「バッチリ気分は良好、ていう表現。」
「随分荒い表現だ事で…。」
鼻を抑え涙目になってる神太郎に対し、悠は悪びれた様子など一切見せず上体を起こして神太郎に問う。
「…夏音は?」
「あぁ。体はもうすっかり元気になったよ。今は南宮先生の下で保護されている。
…キミの寝込む姿を見て気が休まらない日々を送っていたみたいだよ。ラ・フォリアちゃんにはメンタルケアも兼ねて彼女と一緒に過ごさせて貰って今この家に居ないよ。
「…何日寝てた?」
「五日。もう蓮司君達も帰って来てるよ。」
手にしてるティッシュで鼻血をふき取りながら悠の質問に答えていく神太郎。悠は神太郎の答えに安堵の息を吐く。だが次にはまた思い詰めた顔つきになる。
「秋のヤツは?」
「…傷の方は帰ってきたハルナ君が綺麗に治したよ。だがまだ意識がね…相当の深手だったから何時目覚めるかは…。」
「………そうか。」
「…でも彼なら大丈夫さ。中に居るキマイラも彼の命を繋ぎ止めている。それにこの程度で死ぬようなタマじゃないのは、キミもよく知ってるだろう。」
「…俺は桜井になんて言えばいい。俺がちゃんとしてればこうはならなかった…。」
「それもそうだろうが、過ぎてしまった事はもうどうにもならない。大事になのはこれからどうするか、だろ?
それに人の事を気にするのもいいけど、自分の事も気にしなよ。 ん。」
「? 何で手鏡なんか…。」
神太郎から不意に渡された鏡を見ると悠は言葉を失った。
鏡に映し出されたのは見間違う事無く自分の顔だ。だが、頭部の髪が一部分白くなっている。
「…何だこりゃ?」
「プロトガシャットの後遺症だよ。髪の色素が抜け落ちたんだ。今はもう大丈夫だが内臓の機能も低下していて本当にヤバかった。
…正直な所言っちゃうけど、キミ、今回の戦いで大分寿命削ちゃっているよ。」
「…そ。なら寿命が来るまでに早いとこ連中皆殺しにしなきゃな。」
「…まぁとにかくキミが無事に起きて良しとしとこう。今は深夜だから皆に伝えるのは朝になったら言うから、今の内に休んでね。明日は騒がしくなると思うから。」
そういいながら神太郎は部屋から出ていった。部屋に置かれている時計を見れば短針が3時のちょうど真ん中に止まっている。
神太郎に言われた通りもう一度眠ろうかと思ったが、五日も寝ていた為か全然寝付ける気配が無かった。
「……何か飲も。」
大分重くなった体を動かして、また鍛え直さなきゃと内心思いながら下のキッチンへ。
下のリビングで水を飲みながらふとガラスに写った自分を眺める、正確には一部が白くなった自分の頭に。
「…コレ、染めるのめんどくさそうだなぁ…。」
「私はイイと思いますよ?その髪。」
「うぇいッ!?」
毛先を弄りながら呟いた言葉を返された悠は思わず変な悲鳴を上げてしまう。気配も読めず悠の背後に立つ人物など、一人しかいない。
「ああクソ久々に心臓にきやがったよ…こんな時間に何してんの早霜?」
「目を覚ましたと聞いたので。」
「目を覚ましたのはついさっきなのだけど?」
「…フフフフ。」
子供ながら妖艶な笑みを浮かべる早霜を前に、読めないガキと内心思う悠。そんな早霜は悠の心でも覗き見るかのようにジッと見つめる。
「…何だよ。」
「…変わりましたね。」
「あ?まぁこんな頭になったらなぁ。」
「見た目もそうですけど、私が言いたいのは中身のハナシです。」
「中身?」
「えぇ。憑き物が晴れたと言うべきか、柵から解かれたとも言うべきか。」
「…そっか。」
ソファーに腰を下ろし天井を見上げる悠。早霜に云われて自分の心情を思い返してみると、確かに幾らばかりか気分が軽い気がする。
ジッと何かを待っている早霜の視線に気付き、悠は簡潔に彼女の求めている答えを口にする。
「約束、今度はちゃんと守れたから、かねぇ。」
「そうですか。」
僅かに上がった口角で悠は答えた。早霜それに満足したかのように笑みを返した。
「それはそうといいんですか?まだ寝てなくて。」
「寝過ぎて寝れないんだよ。」
「…なら今晩は私と過ごしますか?ちょうどガレージの地下にバーラウンジが出来たんですよ。」
「待て。俺が寝ている間に何造ってんだ。何で酒飲む場所が出来上がってんだ。」
「娯楽の為だそうですよ。あの方が息抜きに造ったって。
そこで快気祝いに私と朝までどうですか。」
「俺酒飲めねえんだけど。」
「でしたらノンアルコールのカクテルで。私作れますよ?」
「何故未成年のお前が作れる………もういいや。そこまで言うなら朝まで付き合って貰おうかね。」
「フフフ…。」
「───そ・れ・で? 文字通り朝まで早霜ちゃんと二人きりでノンアルコールで乾杯してたと?
キミが急に居なくなったから皆大慌てで探していた中、新しく作ったバーで楽しく談笑してたぁ?」
「あーハイハイ悪かったって。アイツのカクテルが思った以上だったからついな、つい。」
「あのねぇ!そういうほう!・れん!・そう!はちゃんとしてくれないと!おまけにキミは病み上がり!だってのに何で朝までコースなんてしちゃうかなぁ!?」
「いいじゃん別に、酒は飲んでねえんだし。」
「全然反省していない…。」
「…思ってた以上に全然大丈夫そうね。うん。」
「あのまま一生目覚めなければ良かったものの。」
「そろそろその辺にしてもらっていいだろうか?此方もそうヒマでは無いのだが。」
「あぁすみません先生。ほら、ちゃんとキミも謝りなさい。」
「すんませーん。」
日が昇りだし時刻は午前。神太郎の報せを受けた那月は朝一番に灰原邸を訪れていた。
那月はアスタルテを傍に置かせ、此方は神太郎、悠、蓮司、ハルナと言ったメンバーでリビングに集まっていた。
集まった目的は修学旅行中に起きた二つのバグスター騒動の報告と事後対応の報告。今回の騒動で那月にも此方の事情を知られた上、此方が動きやすいよう手を回してくれた為にこのような場が設けられたのだ。
神太郎が進行役として、二つの騒動の事細かな詳細を話した。悠と神太郎がアークと戦闘し、悠がプロトガシャットを使って撃退した事や、ハルナがアベルから受け取ったガシャットを使ってガンマイザーを撃破した事など。
「──まぁざっとこんな所ですかね。以上がバグスター騒動の際に起きた事の詳細です。」
「ふむ…話しを聞いた限りでは、ウイルス感染者の持つ異能の力をバグスターが奪うと聞くが、例えばそれは私の魔術や神器も該当すると思うか?」
「どうでしょうかね。何しろ前例が無いうえバグスターウイルスは未だ解明が出来ていない未知のコンピューターウイルスですので…。」
「そうか。だがどちらにせよアスタルテの眷獣が奪われたのは確かだ…もしウイルスが最悪アイツに…。」
「ご心配無く。今回の騒動で我々の身近にいる関連者達の簡易的なメディカルチェックを行わせました、結果皆ウイルス反応は陰性でしたよ。勿論彼も。」
「そうか…。」
心なしか安堵の息を吐く那月。彼女の脳裏に災害級の眷獣を従えさせているバグスターを想像していたのが悠達にも読み取れる。それでいて陰性で良かったと誰もが安堵した。
そんな空気の中、那月は思い出したかのように悠に賢生のその後の事を聞いた。
「あぁそう言えば、お前が牢獄から連れ出した叶瀬 賢生だが、結局脱獄した事がバレて刑期が増えたぞ。まぁヤツはメイガスクラフト社の自供で罪は軽いモノとなっているが、少なくとも自由になるのは当分先の話になった…。」
「「「………。」」」
「…いや、まぁその、ちょっと勢いで、ねぇ…。」
三人からの冷たい視線が悠に突き刺さる。そんな悠に助け船を出すかのように那月が口を開く。
「まぁ当の本人は何も言わず受け入れたようだ。むしろ娘と立ち会わせてくれた事に感謝していると言っていたぞ。」
「…あー、そうですか。」
「あ、照れてるー! ぐはッ!!」
「るっさい。」
隣に居る神太郎に裏拳を叩き込む悠に、那月が何の前触れも無く唐突な爆弾宣言をかまして来る。
「それでだな、保護者である賢生が拘留中の間の叶瀬 夏音の面倒は灰原、お前が責任もって見ろ。」
「………は?」
「ちなみにお前以外の連中は既に承諾済みだぞ。本人もそれを望んでいる。」
「え?……………え?」
「イデデまだ鼻血が……あー、私はもう一人くらい増えたって全然問題無いよ。ラ・フォリアちゃんもノリノリだったしねぇ。」
「私も。」
「オレはそもそも部外者だからこの件に関係ない。」
「………え?」
完全に置いてけぼりを味わう悠であった。
「いや、ちょっと待って。夏音を、此処に?」
「あぁ。別に知らない仲でもあるまいし、お前は叶瀬 夏音の警護を一役買っていたのだろう?なら身近に置いておけば守りやすくて良いじゃあないか。」
「いやいやいやいや、確かに理にはかなっていますけどねぇ、俺等の近くに置いておくのにそれはそれでリスクが…。」
「なんだ。たかが小娘一人守りきる自信が無いと言うのか?…毎度そんな頭の様に身を犠牲にしなければ守れない、とでも?」
「ッ…やっすい挑発だ事で。」
「「「「「………。」」」」」
「……分かりましたよ!えぇ負けました!!責任以って預からせて頂きます!!」
周りからの無言の訴えにお手上げだと言わんばかりに手を挙げて言う悠。那月はこれに「うむ。」とだけ口にすると、ソファーから立ち上がる。
「ではこの話は終わりだ。私は他にもやる事があるのでこれで帰る。明日はちゃんと学園に登校する事だ。行くぞアスタルテ。」
「命令承諾……教官、その前に少しの時間を頂いてもよろしいですか?」
「ん? お前にしては珍しいな…あぁそういう事か。いいだろう。」
「感謝します。」
那月からの許しを得たアスタルテは那月の下を離れ、ある人物の元へ近づいて行く。
そして立ち止まって見上げた先に居るのは、少し困惑した様子のハルナであった。
「え、えっと…?」
「あの時は事後処理もあって遅くなってしまいましたが…私の命を救って頂き、ありがとうございます。」
「え、いや、そんな事…!」
無表情ながらも頭を下げて感謝の意を告げるアスタルテを前に戸惑いを隠せないハルナ。今思えばこうして誰かの命を必死になって助けて礼を言われるのは彼女にとって初めての経験だった。
「私はアナタにお礼を言われる筋合いは無いわよ…だって私暴走していたとはいえ私はアナタごとバグスターを…。」
「その言葉は素直に受け入れておけ。」
「彩守君?…。」
「お前の暴走に関してはオレのミスでもある。
それになんであれお前がその娘を助けた事実に変わりは無いんだ。その娘の為にも素直に聞きいれておけ。」
「……ありがとう、彩守君。
アスタルテさん。元気になって本当に良かった!」
蓮司からの指摘によってアスタルテからの気持ちを受け取ったハルナ。アスタルテは下げていた頭を上げると、僅かに口元が上がった事に、那月も驚いた表情を浮かべてた。
「もういいのか?」
「はい。お時間を取らせて申し訳ありません。」
「別にそこまで掛かってないから良い。では戻るぞ。
…あぁそうだ灰原。お前そこから動くなよ。受け止め損ねるからな。」
「は?」
「では私達はこれで失礼する。」
「お邪魔しました。」
「ちょっとソレどういう意、ってもう消えたし!…受け止めるって、何を?」
意味深な言葉を悠に残した那月はアスタルテと共にリビングから自身の魔術で転移していった。
那月の残したワードを解こうと思考を働かす悠。そんな最中だ。室内であるにも関わらず悠を覆う影が突然頭上に出た事に。
悠は不意に上を見上げると思わず「へ?」と声を漏らした。
彼の頭上に重力の法則に従ってラ・フォリアと夏音が落ちて来た。
「えぇ、ちょ!──のうぇッ!?」
「キャッ!!」
「ひゃッ!」
慌てて腕を広げ二人を受け止める悠だが、二人分と言うのもあって支えきれず床に強く背中を打ち付ける。背中の鈍い痛みに顔顰める悠に、追い討ちと言わんばかりに顔面に何かが落ちてその所為で今度は頭を強く打った。それは二人の分の衣服などが入っているキャリーケースだ。
「…あんのドチビッ、何時かゼッテェ引っ叩いてやる…!」
「ハァ、びっくりしました…アラ?」
「?…! お兄さん?」
「…よお。」
顔に乗っかっているケースを退かして顔を見せる悠。二人は彼の変質した頭髪を見るや顔色が変わった。
「悠…その頭は一体…。」
「あー……イメチェン。」
「そんな分かりやすい嘘吐かないでください!」
「お兄さん…もしかしてそれ、私の所為で?」
「いや違うからねコレ。ここ最近のエンゲル係数の上昇でストレス爆発しちゃった所為でこれだから…。」
「ッ……!!」
悠が二人の追及を誤魔化していると涙目になった夏音が悠の胸に顔を埋めて泣きだした。コレに悠は困った顔で神太郎達へ視線を投げるが、自業自得と言わんばかりの目で返された。同じく自分に乗っかってるラ・フォリアも同じような視線を飛ばす上に明らかに怒っている。
参ったと言わんばかりに見上げる悠は、泣きじゃくってる夏音の頭に手を置いた。
「泣いてんじゃないよ、ったく。コレは俺の自業自得だから良いの。
…そんな事より、お前が元気になったようで何よりだよ。ホント。」
「ッ~~!!」
「………だからって。」
ラ・フォリアが悠の白くなった頭髪に手を伸ばす。割れ物でも扱うように、優しくその毛先を撫でる。
「毎度毎度こんなになるまで無理をして……何ですかこの頭。一体どんな無茶したらこんなになっちゃんですか?」
「この位ならまだいい方だよ全然…ちゃんと守れるモンは守りきったしな。」
「…バカ。」
未だ泣きじゃくる夏音をあやしながら何処か満足気な悠に、ラ・フォリアも胸元に顔を埋めた。感じ取れる熱を、動いている心臓の音を確かめる為に。
そんな光景を眺める中、来訪客を告げるインターホンの音がリビングに鳴る。この音に反応したのは神太郎だった。
「あ、来たかな?ハイハイ今出ますよーっと、ぶぅふぁッ!?」
「悠!ようやく目覚めたと聞いたぞ!!…ん?ドアに何か挟まって………。」
「ゼノヴィア!何度も来てるからって勝手に入っちゃ…わぁああああああッ!?お、お父様ぁ!?」
「な、なんですか今の悲鳴は!?襲撃ですか!?」
「いや、多分そういうのじゃ…ってうお!?どうしたんですか神太郎さん!?」
「何々!?一体の騒ぎなのコレ!? ッ!か、夏音ちゃん!?ラ・フォリアさんも何でゆーくんの上に…ていうかゆーくんどうしたちゃったのその頭!?もしかして、グレた!?」
「オイオイ大丈夫なのかこんな勝手に入り込んで…灰原!?お前どうしたその頭!?」
来客者は居間の扉に挟まれた神太郎を目に顔を青くして固まるゼノヴィアと一子。その後にギターケースに手を掛ける雪菜に続いて古城、凪沙、キンジが悠の上に乗っかってるラ・フォリア達の光景を目に唖然としていた。
「…あー、確かにこれは騒がしいわ。」
夏音を落ち着かせる為に撫でている手を休めずに呟いたのだった。
「───そうだったのか。その、プロトガシャットを使った反動で五日も目を覚まさずにその頭になったと。」
「お前よくそんなヤベーの使う気になれたな。どうなるか分からなかったんだろ?」
「あくまで保険として持っていたんだよ。今回はそんだけヤベーレベルの相手だったわけだしよぉ。」
一先ず落ち着いた面々はリビングのソファーに腰掛け悠から事の詳細を説明していた。
ちなみにドアに挟まれて気絶した神太郎は適当に床に転がされている。
「にしてもホント良かったね。修学旅行は襲われちゃったけどみんな無事で済んだし!、ユウもこうして目を覚まして元気になったし!」
「あぁ。一子ったら、修学旅行から帰って来てからずっと落ち着きが無くて夜通し鍛錬するわで、収めるのに爺様も出て来るわで大変だった…。」
「ちょ、ゼノヴィアそれ言わないでよ!! そういうゼノヴィアこそ何処か身が入って無くて、曲がる時いつも足の小指角にぶつけてたじゃん!!」
「ち、違ッ、それはだな…!」
「…まぁこういうカンジにお前を心配してる奴等が居たって事だ。」
「…すみませんでした。」
「あのぉ灰原先輩…その、夏音ちゃんは…。」
「…あー、うん。」
おずおずと言った感じで指を差す雪菜。指差した先には未だ悠に抱き着いて顔を埋める夏音が。
大分時間が経って落ち着いたと判断した悠は、夏音に声を掛ける。
「夏音。そろそろいいか?」
「………グスッ…ハイ。」
埋めていた顔を上げると、目元を赤くした夏音の顔が見えた。ソファーから立ち上がり、対面出来るようしゃがんだ悠は顔を俯く夏音の頭に手を伸ばす。
「なぁ夏音。さっきも言った様にこうなったのは俺の自己責任。確かに相手はヤバかったけど、こうはならなかったやり方は幾らでもあったにも関わらずこうなっちまったんだから。
お前が気にする必要はどこにも無いの。な?」
「お兄さん…。」
「ほら! んなしけた顔より、元気になったって姿ばっちり見せてくれよ。じゃなきゃそれこそ、この対価に割りが合わねえしよ。」
「ッ……ハイ!お兄さん…。」
「ん?」
「…ありがとうございます!」
「ッ──おう!」
目元を拭って見せてくれた夏音の笑顔。それに釣られるように溢れ出た悠の笑み。
夏音はともかく悠が見せる笑顔に皆思わず声が出そうなまでに驚くが、目の前の光景を前に誰もそれを口に出さなかった。
言葉に出さなくても普段から無表情か物調面な悠もちゃんと笑える人間、それが分かっただけでも彼等にとって十分な光景であった。
「あ、そういや元気になったらお祝いするってやつ、アレ今やっちまうか!」
「え、今やるの? 今冷蔵庫の中殆ど無いんだけど。」
「あー……じゃあ出前でも取るか。うん、寿司でも取ろう。」
「じゃあ私残った食材で出来るの考えときますね!」
「オーケー。なんか必要なのあったら買い出し行くわ……あ、いけね忘れてた。凪沙ちゃん。」
「え?…あ、ハイ!」
突然悠が凪沙に話を持ち出した事に驚いて変な声が上がってしまうなか、悠は若干戸惑いながらも話しを切り出していく。
アークとの決戦を前にしていたもう一つの約束を果たす為に。
「その……行く前に言ってたアレ、なんだけどよ。今少しだけ時間…。」
「あ…あのねゆーくん!その事なんだけど…。凪沙ね、もう平気だよ!ゆーくんが思っているより全然!!」
「凪沙ちゃん…。」
「それにね、ゆーくんはただ凪沙の事助けてくれただけなのにあんな突っ撥ねちゃう態度取っちゃったのに、凪沙今まで謝りもしないで…。」
「そんな事……元はといえば俺の判断ミスで巻きこんじまった上に、怖い思いさせちまって…謝ろうにも俺と会うとあの時を思い出して、余計怖がっちまうんじゃないっかって思ったら、今日までズルズルと…。」
「ううん、怖くないよ。ゆーくんは凪沙の知っている、優しくてだらしない所のあるゆーくんだよ!
だからね、もうゆーくんが気にする必要なんか無いよ。」
「……そっか…分かった。」
「うん!……そ、それはそうと、謝罪の気持ちを兼ねてのお礼をね、渡したいんだけど…。」
「いいよそんな、蟠りが無くなったってだけで、俺に取っちゃもう十分。」
「………よし! 夏音ちゃん!雪菜ちゃん!ちょっとイイ!?」
「? 何ですか?」
「私達に何か?」
「うん、ちょっと耳貸して!」
リビングの端っこで周りに聞こえない様に夏音と雪菜に何かを伝えている凪沙。残された者達はそれを目に首を傾げるだけだった。
「…えぇ!? ほ、本気ですか?」
「う、うん…その位しないと、割に合わないかなぁー、って。でもやっぱちょっと恥ずかしいって言う気持ちが…それで巻きこんじゃう形になるんだけど、夏音ちゃんもどうかなぁー?、って。」
「…私、やるです!」
「夏音ちゃんも!?」
「はい!少しでもお兄さんに恩返ししたいです!!」
「そ、そうですか……ハァ、分かりました。センパイの事は任せてください。」
「ありがとう雪菜ちゃん!! それじゃあ夏音ちゃん!」
「はい!」
夏音と雪菜の承諾を得た凪沙は一呼吸入れて立ち上がった。
凪沙に何かを頼みこまれた雪菜はソファーに座ってる古城の元へ、背後に立つと彼の目元を手で覆い隠した。
「へ? ひ、姫柊?」
「先輩。今は何も言わずにこうされてください!」
戸惑う古城を抑えてる雪菜を余所に、凪沙と夏音は悠の元へ、状況が掴めず首を傾げる悠の目前に立つ二人は、緊張している様子であった。
「えっと…お二人さん?」
「じゃ、じゃあいくよ夏音ちゃん。」
「は、はい!」
「「せーッの!」」
「うおッ!?」
二人はそれぞれ悠の肩を掴んで、自身の体重を掛け悠のバランスを崩す。
二人の思い掛けない行動に咄嗟の反応が遅れるが、体が前のめりになった所で力を入れて転ばない様にその姿勢を維持させる。それが二人の狙い所であった。
「「──ンッ。」」
「ッ!!」
二人の次に起こした行動に悠どころか、古城を除いた周りが目を見開いた。
前のめりになって丁度二人の顔の位置にまで下がった悠の顔に、凪沙と夏音は左右の頬にキスを落とした。
少しの時間が経ち、唇を離す凪沙と夏音。その顔は耳まで真っ赤だった。
「ア、アハハハ。やっぱり人前でやっちゃうと、恥ずかしいね…。」
「はい……? お兄さん?」
「?…あー、これってもしかして。」
前のめりの体制のまま一向に動かない悠に、ハルナは近づいてドアをノックするような仕草で頭を叩いてみる。だが一向に反応は帰ってこなかった。
「…うん、固まってるわね。さっきのアレ相当刺激が強すぎたみたい。」
「え~~~ッ!? 凪沙達恥ずかしい思いしてやったのにィ!ゆーくんッ!!」
「ちょっと残念、でした…。」
「まぁまぁ、そう騒がずに。何でしたらもう一回やってみたらどうです?案外それで再起動掛かったりして。」
「いや再起動って、ラ・フォリアさん灰原君をパソコン扱いですか…。」
「それだったら今度は私がしよう! 既に何度もしてるから私は恥ずかしくないぞ!!」
「ゼノヴィア!?……う~~ッ!だ、だったらアタシがする!!ユウとはまだした事無いから、もしかしたら…!」
「いや、多分キミの方が落ちてしまうと思うぞ?私は。」
「お、おい姫柊!!一体何が起こった!?凪沙は一体何をしたんだ!!オイ!!その手を退け…!!」
「ひゃ!?…先輩、どさくさに紛れて何処触ってるんですか……!!」
「ち、違う!!手を退けようと伸ばしたら、その、偶々だって!!姫柊の胸に触る気なんかこれっぽっちも…!!」
「……フンッ!!」
「ぶふぉ!?」
「………なぁ、コイツ等は普段いつもこうなのか?」
「ま、まぁ、な。じき馴れて来るよ、うん…。」
「…ハァ……頭が痛くなる…!」
「………ハッ! わ、私は?……どうして床で寝ているんだ?」
その後、なんやかんやで悠も元に戻り、凪沙達は平常になり、古城達の痴話喧嘩も収まり、夏音の快気祝いの準備を行う事になった。
費用面は悠が全て出すとの事で、他の面々は出前の品を選んだり、食材の調達や調理などを。そんな中悠は、意外な人物に声を掛けられ自室にてその人物と二人きりの状態であった。
「まさかお前の方から話があるとは……一体何の用だってんだよ。」
「…オレも貴様と好き好んで会話などしたくない。だが、今回はそれを抜きにして聞いておきたい事がある。」
「なんだ?」
「…桜井の事だ。率直に聞いて、お前はアイツをどう見る?」
「…主語が成ってねえなぁ。どうって、どこが?」
「…アイツがオレ達と違って、人格が変わったり、ガシャットを生み出したり、仕舞いには分裂したり…オレにはどうもそれが気になって仕方ない。」
「ふぅん……お前、こう言いたいのか?
桜井には、俺達の中にある抗体以外に何かあるんじゃないか、って。」
「あぁ、出なければガシャットを生み出したり、分裂など普通に考えて有り得ないだろう。」
「確かに……でも何でその話を俺に?あのアホ上司に言えば良かったんじゃねえの?」
「…その事だが、オレは最近ゲンムの行動に不信を抱いている。」
「アイツに?」
「言っても桜井関連についてだがな、オレは今回の事をヤツに真っ先に伝えた。だがヤツはまだ分からないとだけ。」
「単に何も異常は無かった…って、俺も言う所だが。今回の一件を聞くと、何も無い筈が無いよなぁ…。
で?、最終的にお前は俺に何を求めているって?」
「…ガシャットやドライバーについてゲンムに次いで博識なのは俺が知る限りお前だけだ。だから…。」
「俺が桜井の謎を解け、と…まあバグスターウイルスについては絶賛お勉強中の身だが…。」
「………。」
「………ふぅん。お前の頼み事抜きにしても個人的に気になってるからな…やってやるよ。」
「そうか…何か分かったら教えろ。」
「……にしても意外だな。」
部屋からさっさと出たいと言わんばかりに背を向ける蓮司に悠が声を掛ける。蓮司は背中を向けてドアノブに手を掛けた状態で聞き入ってた。
「桜井の為とは言え俺に頼るなんて…お前等向こうで何かあったか?」
「ッ!…どうもこうも無い、ただアイツの事が不可解で気になるから仕方なくだ!……でなければ貴様の手など絶対に借りん。
………あの時の事を抜きにしてもな。」
「…あぁ。アレな。」
「…あの日から貴様を殺したいほど嫌いだったが、今日の貴様を見て余計嫌いになったよ…。」
「…そうか。ならオレも、お前を好きにならなくて良いな。」
「………。」
蓮司はドアを音が出る程強く閉めて部屋を出ていった。
残された悠は、出ていったドアを眺めながら重い息を吐いた。
「───そういやよ、お前その頭どうするつもりだ?」
「んぁ?」
リビングで行われている快気祝い。卓上に出前で取った特上寿司人数分など、ラ・フォリア、夏音などが高い食材を用いて作った料理が並べられ、悠の財布がプロトガシャットの後遺症以上に大ダメージを受けた今日の食卓の真っ最中。
キンジが悠の頭を見てふと呟いた一言が寿司を口に入れかけた手を止めた。
悠が毛先を弄って「あー。」と口にする光景を目に箸を動かす手を止めた。
「コレ絶対目立っちまうよなぁ。」
「だろうなぁ、白一色はともかく中途半端なそれはなぁ…。」
「目立ちますよね…。」
「私は全然イイと思うぞ? ホラ、私もこうして青に緑が入ってるしな!」
「ゼノヴィアは最初からその髪型だったから違和感が無いんだよ。ユウの場合はいきなり急にこうなったから目立っちゃうの!」
「染めるしかねえよなぁ…あぁメンドクセェ…。」
「…ごめんなさいでした。」
「んもうだからお前が気に病む必要無いっての!こんにゃろうめ!!」
「ふわッ!?」
頭の事で悩む悠に罪悪感を感じる夏音にワシャワシャと頭を撫でる悠。そんな微笑ましく見える光景に、古城が不意に感じた事を口にした。
「こうして見てっとよ、灰原と叶瀬って兄妹だよなぁ。頭白くなった所為でよ。」
「ん?」
「へ?」
「まぁそう考えれば満更そこまで悪く無いんじゃないの?灰原君、夏音ちゃんは特別可愛がっていたし。」
「おまッ、桜井!」
「特別………エヘヘ。」
「いいんじゃないですか?別にそのままでも特段可笑しいという訳でも無いですし…それに私の髪の色とお揃いになりましたしね!」
「いや俺白でオタク銀じゃん。そっちはキラキラとしてんじゃん。」
「ちょっと待て。お揃いだったら私だってそうだ。知ってるぞ、私や悠の髪型の事を、メッシュというのだろう?」
「むぅ……! ねぇゆーくん、ちょっとジッとしてて!」
「ん?」
何処か不満げな凪沙は悠の頭髪を見るやナニか閃いたように悠の背後へ。後ろ髪に触れながら予備であろう髪留めのゴムを取り出した。
「うん、この位伸びてれば……出来た!」
「ん?…おぉ。」
寝ていたのもあって伸びていた悠の髪を後ろで小さく纏めたポニーテール。振り返ると凪沙が満悦笑みを浮かべた。
「えへへ、これで凪沙ともお揃いだね!」
「へぇー、似合ってんじゃんか。なぁ?…暁?」
「…オレも髪、伸ばそうかな。そうすれば凪沙と…。」
「止めましょう先輩、絶対凪沙ちゃんに引かれます。」
(ポニーテールって事は、アタシともお揃いって事だよね!……うぅ、でも年下の子に出し抜かれちゃった。)
「どう?これだったら似合ってるし、問題無いんじゃないかな?」
「うーん、まぁ確かに首元は涼しいし結構……。」
「……。」←”何人の髪型真似してるんだよ”と訴える目。
「……。」←”誰かパクるかこの自意識過剰野郎が”と訴え帰す目。
「え、えっと…ゆーくん?目がちょっと怖いけど、気に入らなかった?」
「いやいやイイんじゃないコレ? 髪切る手間省けたしな、うん!」
「良かったぁ…。」
「……アレ?あの神太郎さん。川内達は?それに吹雪ちゃん達も…灰原君の目が覚めたんなら、真っ先に来ても良い筈なんですけど…。」
「ん~?」
ふとハルナが凪沙と楽しく話す悠を眺めている中、本来ならこの場に居そうな人物がいない事に疑問を抱き、酒を飲んで酔っ払っている神太郎に聞き出す。
「あ~、彼女達ね!今大事な時期に入ってソレに専念するんだって!」
「大事な時期?」
「うん前々からやってる川内君達も、今回の件で強くならなきゃ!って吹雪君達のやる気が上がってね、その結果レベル「悠ーーーーーッ!!」がぁふぉッ!?」
「神太郎さんッ!?」
突然神太郎が腰掛けていた床から飛び出て来た為に下から打ち上げられて頭を強打した神太郎。
床から飛び出て来たのは、丁度ハルナ達が話題に上げていた川内であったが、彼女の纏っている服装が普段と変わっていた。
「せ、川内!?どうしたのその服?」
「あ、ハルナじゃん!おっひさ! コレねコレね!!改二仕様の新しい服なんだ~。どう?似合うでしょ?」
「姉さん!!もう先走り過ぎですよ!!」
「川内ちゃん速~い!那珂ちゃんもうくたくただよぉ~!」
「吹雪ただ今戻りました!」
「じゃーん!パワーアップして戻ってきたにゃしよ!」
「ぽーい! 夕立も改二っぽい!」
「ゆ、夕立ちゃん!?どうしちゃったの何か背が伸びてるし目が赤くなってるし!!あ、那珂ちゃんその服カワイイ!!」
「ふふ~ん!皆驚いてる驚いてる!」
「いえ、恐らく姉さんの登場の仕方に唖然としてるのでは?」
「まぁそこはいいとして!悠はドコ行っちゃった?もしかして恥ずかしがって隠れてる?なぁ~んて!」
「此処に居るが?」
「うわッ! もう脅かさないで、よ…。」
「悠さ、ん…。」
「アハハー♪…え?」
「悠さん?ですよね?」
「………にゃしィ。」
「ぽい?………ぽい!!」
「…何だよ?」
「ゆ…悠も改二になってるーーーッ!?」
「もしかしてお義兄ちゃん、人間止めて那珂ちゃん達と同じ体に!?……あ、でもそれはそれで都合が良いかも。」
「まさか!……そんな、悠さん!」
「いや髪型変えただけですけど?」
途中から川内達も加わった快気祝いは大いに盛り上がったようであった。
「あーー、頭イッタイ。これ絶対お酒所為だけじゃないよねぇ。所々記憶とんでるし。
アレかな?秋君が居ない所為?彼が目覚めるまで私こういう扱い?…体持つかなあ。」
快気祝いが終わり、神太郎はラボの端末の前で頭に氷袋を乗っけて冷やしながら作業をしてる最中だった。
端末の横に専用の機材に挿し込まれている三つのガシャット、蓮司の持つタドルクエストと悠の持つバンバンシューティング。そしてブランク状態のデュアルガシャットが挿されていた。
「今回の二つの戦いは苦しい激戦であったが、それと同時に素晴らしいデータ収集が行えた。これだけのデータがあれば…!」
仕上げのエンターキーを力強く押す神太郎。するとデュアルガシャットにデータが送られ変化を起こす。
アベルの持つデュアルガシャットと同様に黄色のダイヤルが付き、無機質な銀色からワインレッドの色へ。左右の側面には二つのゲームタイトルとロゴが描かれていた。
神太郎は新しく出来たガシャットを狂気染みた笑みを浮かべながら手に取り、じっくりと眺める。
「完成だ…! 遂に辿り着いたぞ、Lv,50の領域へ…!
フフ、フハハハハハハハァァッ!!!ブァアーーーッハァアアッ!!!今に見ていろアベルゥ!!私の造り上げたガシャットがァ、貴様を完膚なきまでに叩き潰すのをなァアッ!!!ブエエッハハハハハアァアッ!!!」
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「──出来てるよ」
……カッコ良すぎだろ!!
これ程までにカッコいいドルオタはどこを探してもカズミンだけだろうなぁ。