怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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お待たせしました。
最近執筆ペースが(ついでに文才も)著しく低下しております。更新が遅れることが多々あるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。


新たな異変の、その前に

 

 

「―――以上が、今回の事件の顛末だ」

 

 祭壇の暗がりを、煌々と燃える松明(たいまつ)が照らす中。

 

 分厚い書類の束を手に持つフェルズが、その言葉と共に締めくくった。

 

「……」

 

 重々しい空気に包まれる空間で、眉間に手をやったグリファスは息を吐く。

 

 18階層で起きた殺人事件から、一週間。

 

 各々で情報を集めていた彼等は、こうしてギルドの地下で報告を行っていた。

 

「―――赤髪の女の情報は?」

 

「いいや、あらゆる方式で調査を進めているが、全く足が掴めない。 ……はっきり言って、凄く驚いているよ」

 

 無念そうに肩を揺らしてウラノスに答えたフェルズの言葉をグリファスが引き継ぐ。

 

第二級冒険者(ハシャーナ)を容易く殺害し、格上との戦闘にも慣れたルルネやLv.5のアイズを圧倒、フィンとリヴェリアが二人がかりでようやく打倒している。 加えて例の食人花を一〇〇単位の規模で使役したこともルルネから報告を受けている……これが事実であれば予測される潜在能力(ポテンシャル)はざっとLv.6と同等以上、調教(テイム)の練度に関しては【ガネーシャ・ファミリア】の面々をも凌駕していることになる」

 

「信じられないよ……悪夢のようだ」

 

 呻くような声を漏らすフェルズに同意を示しつつ、それでも王族(ハイエルフ)の老人は続けた。

 

「その女に、一体何者が力を与えているのかも気になる―――背後に存在する勢力が見えないのも大きな問題だ。 最も有力に思えるのが闇派閥(イヴィルス)の残党といった線だが……オラリオに存在する【ファミリア】とも考えにくい。 都市にさえいれば十中八九尻尾を掴められる体制を整えているのにも関わらず、未だに例の殺人鬼を見つけられていないのだからな」

 

「……過去の亡霊、か」

 

 あくまで仮定の話だが、と念押ししたグリファスは、今もダンジョンに『祈祷』を捧げる老神に視線を向ける。

 

「これから私は30階層に行こうと思う。 フィン達も調べたとは言っていたが、最奥に存在する食料庫(パントリー)を調べ切れたとは限らないからな……何か分かったら連絡をくれ」

 

「あぁ」

 

 蒼い瞳で見つめてくるウラノスの言葉に頷いた王族(ハイエルフ)の老人は、背を翻して隠し通路へ消えて行った。

 

 その後姿が見えなくなるまで見つめていたフェルズは、やがて肩をすくめる。

 

「さて、私もそろそろ行くとするよ。地下水路で確認された食人花についても調べを進めなければ―――ウラノス?」

 

 闇に消えて行ったグリファスを見つめていた老神は、重々しく口を開いた。

 

「グリファスは……気づいている(・・・・・・)のかも知れないな」

 

「は?」

 

「『古代』より共に戦ってきた者の気配……だがそこに至る理論が理解できない、といったところか。 信じたくない感情も強いのだろうな……」

 

 困惑するフェルズもよそに、独白するかのように呟いたウラノス。ともすれば深刻な眼差しを見せる老神は、顎を僅かに上げる。

 

 見上げた祭壇の天井は、ここが地下であることを忘れそうな程に高く。

 

 松明の明かりも届かない頭上の闇は、彼等のここまでの危惧の行方を物語るかのように、音もなく渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

『―――ォォっっ!?』

 

 嘆息と同時、適当に蹴られた小石がミノタウロスの頭部を粉砕する。 ダンジョンの一角に血飛沫がぶちまけられ、砕けた頭蓋と脳漿が散らばった。

 

 時折地盤を砕いて直通の道を開き、あるいは縦穴を使い17階層まで僅か数十分でやってきたグリファスは心労も露わにして迷宮を進んでいた。

 

 

 ―――証拠は、気付けば大量に転がっていた。

 

 食人花や芋虫型のモンスターから採取された極彩色の魔石、それを解析する中で発見した混ぜ物(魔力)

 

 彼等の情報網にかからない―――つまり【ファミリア】に所属していたとしてもほとんど【ステイタス】の更新ができていない筈の人間に、Lv.6に匹敵する身体能力を与え得る何か。

 

 そして―――モンスターを変異させ、加えてアイズにも影響を及ぼしたという緑色の胎児。

 

 神々を除いてダンジョンや地上に存在するものの中で、それ等の所業を為し得るであろう彼等の敵は―――、

 

「……まさかな」

 

 有り得ない。

 

 そもそもそれ程の力を持つ個体など既に姿を消した筈だ。

 

 それにダンジョン、モンスターとは人類の敵でしかない。例え彼等が残っていたとしても、それに干渉する事で人類に危害を及ぼすような真似は絶対にしない筈だ。

 

 くだらない思考を止め、18階層へ繋がる坂へ足を踏み入れる。

 

「―――さて、行くとするか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ッ!』

 

『落ち着け。焦りが透けて見えるぞ』

 

『ぁっ!?』

 

 殴打。地面に叩きつけられる、

 

『……!!』

 

『悪くない反応だ。が―――踏み込みが甘い』

 

『うッ!?』

 

 一撃を受け流しながらの斬り上げを容易くいなされ、殴打。地面に叩きつけられる。

 

『―――ッ!!【目覚めよ(テンペスト)】!!』

 

『温い。(魔法)に振り回されるな』

 

『!?』

 

 風を纏っての突撃。片腕の一振りであっさりと体勢を崩され、抑止(ブレーキ)もままならず壁に正面から激突する。

 

『―――リル・ラファーガッ!!』

 

『ほう―――上達したな。悪くない』

 

『ッッ!?』

 

 賛辞の言葉と同時、殴打。風の螺旋矢と化した自分が容赦なくねじ伏せられる。

 

『……どうしたら、強くなれるのかな』

 

 ホームの中庭、ダンジョン、市壁の上。心身共にめっためたにされ仰向けに転がる自分は、幾度となく彼に問いかけた。

 

 ―――お前は本当にそればかりだな。もう少し年頃の女の子らしく振舞えば良いものを。

 

 決まってそんな小言をぼやいた彼は、いつものように言った。

 

 ―――強いよ、アイズは。そんな勢いで駆け上がれる者はそうはいない。

 

 でも、まだ弱い。

 

 そう言いたげに頬を膨らませる私に、彼は困ったように息を吐いて。

 

 ―――その根性(負けん気)と、命さえあればお前はどこまでも強くなれるだろうよ。傍に家族(ファミリア)がいれば完璧だ。

 

 だが―――あまり無茶をすると、分かるな?

 

 そう言って、見覚えのある動きで片腕を揺らすグリファスに、私は青くなってこくこくと頷いて。

 

 また、無茶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 既視感を感じさせる夢から覚め、少女は目をうっすらと開く。徐々にはっきりとする視界に映ったのは、青水晶が階層全体を照らす18階層の天井だった。

 

 先日に起きた赤髪の女との戦闘。一度地上に戻ったアイズはフィン達と共に『深層』に潜り、37階層での階層主(ウダイオス)との戦闘を経て帰還に移っていた。

 

 今は、迷宮の楽園(アンダーリゾート)にある森の一角でリヴェリアと共に休息(レスト)を取っていた。

 

「アイズ、目を覚ましたか」

 

「うん……」

 

 上体を起こしたアイズは後方からかけられた玲瓏な声音に頷き、もう一つの気配を感じて振り返る。

 

 リヴェリアの隣に座っていたのは、銀杖を傍に置いた王族(ハイエルフ)の老人だった。

 

「おはようアイズ。五体満足なようでなによりだ」

 

「えっ……?」

 

 用があると言って彼女達のパーティには入らなかったグリファス。いつの間にかこの場にいた彼の存在に戸惑うアイズに気付いたのか、目を細めるリヴェリアが助け船を出した。

 

「30階層に調査へ向かっていたらしくてな。たまたま我々を見かけたらしい」

 

「あぁ。フィン達の姿も見えなかったから、どうも気になってな。話を聞いてみれば……階層主(ウダイオス)を単独で撃破したそうじゃないか? いやはや驚いたよ。まさかLv.6相当のモンスターを撃破するとは……そういう所は昔から何も変わらんなぁお前は。え? 全く、こちらは数え切れんほどの悩みを抱えていたというのに……あぁくそ、悩んでいた私が馬鹿みたいじゃないか」

 

 笑顔だった。

 

 これ以上ない位の笑顔だった。

 

 にこやかに笑う彼だったが、その背後はこれでもかと言うくらい歪んでいる。憤怒に燃える鬼を幻視した。

 

「ぐ、グリファス?」

 

「だがやってしまったことは仕方がない。ロキやティオナ達からも絞られるだろうから……取り敢えず、一言だけ言わせて貰おう」

 

 ゆらりと、手を伸ばす。

 

「っ……!!」

 

 全力で飛び起きたアイズは人形めいた顔立ちを焦燥で歪めバックステップ、階層主をも撃破するに至った身体能力を発揮して瞬く間に距離を取り―――、

 

「馬鹿が」

 

 怒涛のデコピンが炸裂、少女の意識が激痛と共に消し飛ばされた。

 

 

 


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