『―――ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「「!?」」
背後からの甲高い叫び声に、アイズが、ルルネが振り向いた。
同じくその声を聞き、焦燥を露わにした赤髪の女が動き出すよりも早く。
レフィーヤの抱える
宝玉の中にいた
「っ―――」
喉を干上がらせるレフィーヤが、手を伸ばして捕えるよりも早く。
『アァアアアアアアアアアアアアアアア!!』
あたかもアイズの魔法が切っ掛けだったかのように活動を開始した胎児は、その小さな体のどこにそのような力があるのか、自分の総身の何倍もある距離を
自身の顔に迫った不気味な眼球をアイズが大きく回避すると、胎児はそのまま中を飛び、全身から液体をしたたらせながら。
水晶の壁に埋まる食人花のモンスターに接触、
「なっ―――」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』
アイズと赤髪の女の中間、瀕死だった筈の食人花が絶叫を上げる。
赤い脈状の線が長軀を走り抜け、モンスターの叫びが高まっていく。唾液にまみれた悲鳴を口腔から吐き出し、びくりっ、と震えたかと思うと、長大な体全体が膨れ上がった。
肉が隆起する。
「何だよっ、これ……!?」
凍りつくルルネ、悶え苦しみながら変化を続けるモンスターの姿が瞳に映りこんでいる。
変容に次ぐ変容だった。
音を立て、胎児が寄生した場所から何かが盛り上がっていく。
まるで蛹から羽化する蝶の様に、人の体らしき輪郭が、メリメリと体皮の中で起き上がろうとしていた。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~オオォォッ!?』
「うわっ!?」
「っ!」
前触れなく襲い掛かってきたのたうち回るモンスター。無作為に暴れ狂うその巨体に、レフィーヤを抱えるアイズと、ルルネが疾駆して水晶の通り道を脱出する。
「ええい、全て台無しだ……!」
盛大な舌打ちを放つ赤髪の女もその場から脱出した。
「……追ってくる」
「赤いのは……見えなくなったな。【剣姫】、このままじゃ埒があかない! ここで潰そう!」
「分かった……レフィーヤ、行ける?」
「は、はいっ!」
三人を追いかけるモンスター。地形を無視する様にして水晶の柱を破壊し、耳を聾する狂声を放ちながら執拗に追行する。
迫りくるモンスターに対し、迎撃の態勢を取った。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】」
『―――アァァ!!』
「っ!」
紡がれる詠唱、展開された山吹色の
体皮の中にあったヒトガタ、先程の胎児らしき部分に寸分違わず突き刺さる。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?』
やはり中枢だったのか、無秩序に暴れ回っていたモンスターが悲鳴を上げた。
「この手応え、腕か……胸辺り狙えば魔石があるか―――くっ!?」
再びナイフを振り上げたルルネだったが、異物を振り払わんとした悶え苦しむ食人花が長軀を水晶の壁に勢いよくぶつける。
危うくすり潰されそうになったルルネが全力で跳んでモンスターから離れる直後、膨れ上がった尾に薙ぎ払われた。
「がっ……!」
どうにかナイフで受け止めたものの一息に吹き飛ばされ、林立する水晶にぶつかって束の間息を止める。
だが、追撃するモンスターが彼女を叩き潰す事はなかった。
「―――【
嵐の如き暴風を纏ったアイズが懐に踏み込み、連続の斬撃を見舞ったからだ。
『――――――アァアアア!?』
風で威力を底上げされたそれ等は一撃一撃が深層域のモンスターを葬る大斬撃。より硬質になった己の身体を冗談のように斬り刻む刃にモンスターが悲鳴を上げる。
いよいよモンスターの体躯を駆け上がりヒトガタを切り裂かんと構えた、その時だった。
『―――!?』
「!」
回避も放棄したモンスターの突撃。それを回避したアイズは目を見張る。
進撃するモンスターの先に現れた、複数の食人花。同族であった筈のその個体に、モンスターが躊躇なく食らいついたからだ。
『―――』
驚きながらアイズが見つめる中、何体ものモンスターが折り重なり繋がっていく。
そして、アイズの金の瞳は。
羽化を遂げたかのように、モンスターの体皮を破った女体の姿を捉えた。
『―――アハハハハハ!! 凄い、本当に
18階層、その中心。
19階層に繋がる出入口、それが存在する大木。
18階層を一望できる大樹の枝に乗って哄笑する、一つの『影』があった。
『アハハ、まさか本当に産んだ訳じゃぁないだろうし……やっぱり血でも分けたのかな? それなら納得できるんだけど……』
クスクスと嗤うそれは、どこまでも得体の知れない存在だった。
魔力によって形作られた漆黒の影。女のシルエットを形作りながらもその輪郭は幾度も崩れ、歪み、ぼやけては元に戻っていた。
『さてさて、状況は……あー、駄目かぁ。まあ盗まれた時点でほとんど諦めてたから良いんだけどさ。うーん、やっぱり
むぅ、と唸る彼女の視線の先。
狭い
『……あーあー、エルフの
早々に見限った彼女は、ふと水晶広場に視線を向ける。
『さっきの炎の魔法、なーんかレイラの匂いがしたんだけどなぁ。 ……おり、オリ、なんだっけ? 名前忘れたけど、とにかくあの白いのから聞いた限りじゃあ死んでる筈なんだよねぇ……出来損ないをぶつけて倒せれば良かったんだけどなぁ、まったkっ』
揺らいだ。
一瞬影がぶれた直後、それから発生されていた声が不自然に歪む。
「……mうッ、もtど、あの子のkkと、見ていたqあったんだけd……」
乱れが激しくなる中、影はウンザリした様に息を吐く素振りを見せた。
ゆっくりとその身体が薄れていく中、彼女は、薄く薄く嗤った。
『―――【剣姫】、か。また会いましょう、アリアの娘』
その声に、束の間の郷愁と悲嘆を乗せて。
僅かな魔力の残滓を残し、彼女は消滅した。