怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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赤い女

 

「っ!」

 

「ああ、やはり強いな」

 

 三人に襲いかかった女に対し、疾走したアイズも自ら斬りかかる。デスペレートが女の長剣とぶつかり合い、激しい火花を散らした。

 

 振り下ろされる長剣、横に滑るサーベル。舞い狂う剣と剣が打ち鳴らされ、銀色の斬閃が宙を何度も飛び交う。互いの姿は(かす)み、縦横無尽、決して広くない道の中で何度も立ち位置が入れ替わった。

 

 水晶壁に反射することで二人の姿がまるで分裂したかの様に周囲へ広がり、幾つもの蒼い影が群昌街路(クラスターストリート)を暴れ回る。

 

「……っ!?」

 

「……あぁクソ。この分じゃあ私も手が出せないな」

 

 巻き起こる激しい剣戟にレフィーヤが言葉を失う中、辟易した様に息を吐くルルネも加勢を断念する。

 

 射程(リーチ)の短いナイフを得物とするルルネは相手の懐に飛び込んでの超近接での白兵戦でこそ真価を発揮する。気兼ねなく動くことのできる一対多の戦闘ならともかく己の挙動が味方の邪魔になりかねない多対一は決して好ましいものではなかった。

 

 連携を積んだ【ファミリア】の仲間とであれば話は別だっただろうが、今いるのはほぼ他人と呼んでも良い【剣姫】と【千の妖精(サウザンド)】のみ。正直どうしようもなかった。

 

 可能であれば乱入して不意を討たんと二人の戦闘に集中する。

 

 まだ今のところはお互いに様子見と言ったところか。長剣だけではなく拳と蹴りを織り交ぜて洪水の様な攻撃を叩き込む女もLv.6に等しい潜在能力(ポテンシャル)を発揮する気配もなく、金の少女が十八番(おはこ)である風の付与魔法(エンチャント)を発動する様子もない。

 

 手札の全てを使った全力の戦闘でないにも関わらず、音に近い速度での戦闘を繰り広げる二人に、ルルネは冷や汗を流す。

 

 これが第一級冒険者。

 

 Lv.8の『最強』に指導を受け格上との戦闘に慣れたルルネだからこそ先程は女に対し一矢報いる事ができたが、並の冒険者であれば一撃で殺されていたことだろう。

 

 だからこそ、疑問を抱く。

 

(だけど本当に、あの女―――誰だ?)

 

 先程はLv.4であるルルネを圧倒し、今は第一級冒険者であるアイズを相手に互角―――いやそれ以上に戦っている。加えて、回復薬(ポーション)も回復魔法も無しに傷を癒したあの回復力。とてもではないが、あれ程の実力を持っていながらその名声が知られていないなど考えられない。単純に考えてあれ程の存在が彼女の【ファミリア】の情報網を潜り抜けられる筈がないのだ。

 

 にも拘らず、彼女はあの女を知らない(・・・・)

 

 美女、剣士、凄腕の調教師(テイマー)Lv.6にも届き得る【ステイタス】―――尋常ならざる回復能力。

 

【フレイヤ・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】【イシュタル・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】……ギルドに申告されていないものも含め第一級冒険者を保有している派閥に関する情報を全て網羅する彼女達の知識の中に、あの女の特徴に一致する存在はいないのだ。

 

 困惑と焦燥を隠せずに歯噛みする中、少女の視界の端でレフィーヤが杖を構えた。

 

(……やるしかないか!)

 

「【千の妖精(サウザンド)】、やるなら殺す気でやれ!あれは本当に怪物だ、長文詠唱の魔法を直撃させてもきっと生き残る!」

 

「っ―――【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 ルルネの言葉を受け、レフィーヤは迷いを見せながらも詠唱を始める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

「―――」

 

「!」

 

 紡がれる詠唱、展開される山吹色の魔法円(マジックサークル)。レフィーヤに女が視線を向けたが、目を眇めるアイズが縫い止めんと速度を更に上げた。

 

 紡ぐのは彼女の保有する召喚魔法(サモン・バースト)。本来ならモンスターに向けるべきそれを唱える迷いを押し殺し、詠唱を進める。

 

「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 見てしまったからだ。見てしまっているからだ。

 

 己より遥かに戦いに慣れた動きを見せた犬人(シリアンスロープ)の少女、憧れる金髪金眼の剣士。自分よりずっと強い彼女達をも圧倒する謎の女の姿を。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

「―――【エルフ・リング】」

 

 詠唱が完成する。魔法名を告げると同時、山吹色の魔法円(マジックサークル)翡翠(ひすい)色に変化した。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ】」

 

「ちっ」

 

 収束する魔力、目を焼かんばかりに輝く魔法円(マジックサークル)、そして続く詠唱。

 

「【黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

「……邪魔だ」

 

「っ、うっ……!?」

 

 ここに来て露出した片眼を鬱陶しげに細めた女が、より速くより強く長剣を振るう。階層主(ウダイオス)を彷彿とさせる重い斬撃の数々にアイズが窮地に立たされた。真正面から横薙ぎに振るわれた大斬撃を愛剣で受け止め、あまりの衝撃に少女の身体が後方へ吹き飛ぶ。長剣に断たれた髪の一部が地に落ちるのも待たず、長剣を大上段に構え追撃せんと迫る女だったが。

 

「―――らァ!」

 

「!?」

 

『夜』の中で生じた暗闇、それに紛れて急接近したルルネのナイフ、柔い首元に迫ったそれを寸前に引き戻した長剣の腹で受け止める。

 

「お前……一瞬、また見えなくなったな(・・・・・・・・)。どんな仕掛けをしている」

 

「はっ、誰が言うかよ!」

 

 アイズに代わって女を抑え込む少女。隔絶した【ステイタス】の差に気付きながらも物怖じせず、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を心掛け格上を相手に立ち回る。

 

「ちっ、面倒な―――お前、やはり戦い慣れてるな!」

 

「っ―――」

 

 地面を抉り取りながら迫る一撃、それをナイフで叩き紙一重で逸らすルルネに苛立った様に女は罵声を上げる。

券蹴を織り交ぜられた怒涛の猛攻を凌ぐルルネは、守りに徹する事でどうにか女と渡り合っていた。

 

 だが、やはり潜在能力(ポテンシャル)の差は圧倒的だった。

 

 ルルネは首領(アスフィ)の作成した魔導具の一つである刀身を透明にするナイフでもって応戦するが、一体どうやって対応しているのか、彼女の放った攻撃はそのすべてを打ち落とされる。対して規格外の膂力で開放される女の攻撃は幾度も防御の上から衝撃を叩き込んできた。

 

 一手二手先を読もうと、十手先で必ず詰む。

 

 だが―――九手もてば、それで十分だった。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】!」

 

 レフィーヤの編み上げていた二つ目の詠唱、それが完成する。

 

 召喚魔法(サモン・バースト)によって呼び起されたのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。

 

 あらゆるものを凍てつかせる三条の吹雪でもって、敵対する者を余すことなく凍結させる。

 

「っ!」

 

「がっ……!?」

 

 女の放った蹴りを防御しながらも、その圧倒的な力にルルネが容易く吹き飛ぶ。その細い身体は何(ミドル)も薙ぎ払われ、後方のアイズに受け止められた。

 

 そこで女は、詠唱を完成させ莫大な魔力を迸らせるレフィーヤに気付く。

 

(っ―――! やられた、今の一撃を利用して射程から離脱したか!!)

 

 女の回避を待たず、魔法名が紡がれた。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 荒れ狂う絶対零度、純白の霜と氷。扇状に広がった範囲攻撃は敷石や水晶ごと群昌街路(クラスターストリート)を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫?」

 

「……あ゛ー、死んだ死んだ。あばらが何本かイッたかなぁ、これ」

 

 強力な魔法によって凍てついた群昌街路(クラスターストリート)。それを前に心配そうな視線を向けるアイズに、苦痛に呻きながらも気軽に振る舞うルルネ。

 

 魔法二つ分の精神力(マインド)を消費して息を吐くレフィーヤは、不安気に氷の世界を見つめた。

 

「大丈夫でしょうか、あの人……本当にあの魔法撃っちゃいましたけど……」

 

「あの火力でも殺しきれてないと思うけどな。多分生きて―――あれ?」

 

 エルフの少女に応じて白く染まった群昌街路(クラスターストリート)に視線を向けたルルネは、疑問の声を上げる。

 

 無い。

 

 交戦していたあの女の姿が、氷像と化していなければおかしいあの女の姿が、どこにも―――、

 

「っ!!??」

 

「ほう、今のを防いだか」

 

「嘘、だろ―――」

 

 反射的に振り上げられたナイフが長剣とぶつかり、腕を痺れさせる。ただでさえ不安定だった少女の体勢が崩れ、長剣を振り上げる女の姿が視界に映り―――、

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

「な」

 

 紡がれた超短文詠唱、吹き荒れる風。

 

 驚倒する女の長剣をアイズのデスペレートが撃墜、嵐の如き風が宿った斬撃を逆袈裟に放つ。咄嗟に防御するも相手の体は耐え切れず、凄まじい勢いで後方へ飛ばされた。

 

 斬撃の余波、風圧によって敵の兜が宙を舞い、肉の仮面(マスク)が裂けて飛ぶ。石畳を削りながら停止した女の赤い髪と、白い肌の美貌が露わになった。

 

 愕然と見開かれた緑色の瞳。驚きを隠さない彼女は、静かに呟いた。

 

「今の風……そうか、お前が『アリア』か」

 

 

 

 そして。

 

 エルフの少女の抱えた小鞄(ポーチ)が揺れ。

 

「……?」

 

 違和感に気付いたレフィーヤが、眉を訝しげに細める、その直後。

 

 ―――叫喚が、響いた。

 

 


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