怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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群昌街路

 

 

「っ……!?」

 

 広場に向かう途中突然現れた人影に、レフィーヤは硬直する。

 

「男性の、冒険者……?」

 

 脚具(レッグアーマー)籠手(ガントレット)胸甲(ブレストプレート)

 

 首にはボロ布の様な襟巻きをし、頭には兜を被っている。浅黒の肌の顔半分には包帯が巻かれており、露わになっている左目がレフィーヤ達を無感動に見つめていた。

 

 レフィーヤが細い眉を曲げ訝しげな表情を隠せないでいると、眦を吊り上げるルルネが口を開いた。

 

「さっきの草笛……あの変なモンスターをけしかけてきたのはお前だな。【剣姫】を分断してから私達を追って来たってことはやっぱり目当ては宝玉か」

 

「えっ?」

 

 ルルネの言葉にレフィーヤが戸惑った様な声を上げるが、男は答えなかった。

 

 話す必要など無いと言わんばかりに、彼女達に向かって直進する。

 

「と、止まってくださいっ!?」

 

 反射的に叫んだレフィーヤ。

 

 男のその不気味な雰囲気に気圧され、杖を構える。

 

 だが、警告は意味を為さなかった。

 

 一歩、また一歩と大股で距離を詰める男。幅は4(ミドル)はある道の真ん中を、敷石を踏みつけて迫る漆黒の脚具(レッグアーマー)。レフィーヤの手が汗ばみ、詠唱を口ずさむか否か動きに迷う。

 

『―――』

 

 そして、その迷いが命取りだった。

 

 十歩分の間合いを切った瞬間、男の姿は掻き消え―――一切の反応を許さぬ速度でもって肉薄する。

 

 懐に踏み込まれたレフィーヤに伸ばされた手。

 

 それは『あの時』冒険者を殺した瞬間を巻き戻すようにして首を掴み、瞬く間に骨をへし折る。

 

 その、直前だった。

 

「ッ!」

 

「あ!?」

 

 唯一男に反応したルルネがしなやかな脚を突き出し、エルフの少女を蹴り飛ばす。

 

 首に伸ばされた魔の手は、紙一重で空を切った。

 

「―――!」

 

 レフィーヤを蹴り飛ばしたルルネはバックステップしつつ投擲用の小刀を三本装備、指の間に挟んだそれ等を閃かせ男に向けて投げ放つ。

 

 眼球、首元、脚。

 

 露出部や間接部など、鎧に守られていない部分を狙った正確な弾丸。

 

 鋭い凶器の全ては、籠手(ガントレット)に包まれた片腕が振り回されると同時に叩き落され―――、

 

 腰に佩いている長剣を抜き放った男が、人間離れした速度でそれを振り下ろした。

 

「……っ!」

 

 辛うじて得物のナイフで受け止めたルルネの顔立ちが、その馬鹿げた重圧に苦悶で歪む。

 

「―――」

 

「く、ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 己の高速挙動に対応したルルネに、男の目が細められるが―――更なる連撃。重く速く強い斬撃と拳蹴の数々に少女は圧倒された。

 

(やっぱり、こいつは……!!)

 

 Lv.4であるルルネを苦しめる速度、そして力。しかもまだ底が見えない。目の前の人物の力はLv.6にも届くと悟り、舌を打ち鳴らした。

 

 だが―――この程度なら、見える(・・・)

 

 その直後、長剣が横薙ぎに振るわれ、破砕音と共にナイフの刀身が砕け散った。

 

「あ」

 

「―――」

 

 得物を失い硬直する犬人(シリアンスロープ)の少女、驚きと呆れ、そして侮蔑の色を見せた男の左目。

 

 大上段に構えられた長剣が、容赦なく振り下ろされた。

 

「! ルルネさん!?」

 

 

 倒れるレフィーヤの悲鳴が飛び、鮮血が散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深層域のモンスターのドロップアイテムをそのまま武器にしたのだろう長剣。あまりの速度に鈍い残光を暗闇に描いて地面を抉った(・・・・・・)それに、男が目を見開いた。

 

「なっ」

 

「……はっ」

 

 笑うルルネの手には、逆手に握られた一振りのナイフ。

 

 暗い輝きを放つそれを、男の左腕、手首に深々と突き立てていた。

 

「馬鹿げた『管理者(マスター)』様にみっちりと鍛え上げられたからな、この程度十二分に対応できる!」

 

「っ……!!」

 

 瞠目する男の蹴撃。冗談の様に敷石を粉砕する一撃を犬人(シリアンスロープ)の少女は素早く回避した。

 

 次の瞬間。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 絶叫を上げ、ズタズタに斬り刻まれた長躯が突っ込んできた。

 

 群昌街路(クラスターストリート)を突き破る食人花のモンスター。幾つもの青水晶の破片が周囲に飛散し、間髪入れず現れた金髪金眼の少女を青白い光で彩る。

 

「ッッ!!」

 

 横手に振り向いた男目がけ、その銀のサーベルが振り下ろされる。咄嗟に回避した男の鎧に鋭い斬閃が刻み込まれた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「………死ぬかと思ったぁ」

 

 ルルネの横に立ったアイズは気遣う様に視線を向ける。耳と尻尾をぶるぶると震わせる彼女はギリギリの戦いに汗を滝の様に流していた。

 

 剣を振り鳴らすアイズは、眼前の男を一瞥する。彼は不自然に落ち窪んでいる左眼を眇め、ちっと舌打ちを放った。

 

「……貴方が、ハシャーナさんを殺した人?」

 

 まだ確たる証拠こそ無いが、第一級冒険者としての勘が働いたのか。とにかくそう問いかけたアイズに、右手から流血する彼はずっと引き結ばれていた口を開く。

 

「だったらどうした?」

 

 戦場に高く響いた、女の声(・・・)

 

 外見通りではなかった声音にアイズとレフィーヤが目を見張る中、全てを理解したルルネが嫌悪の表情を浮かべた。

 

「あ、貴方は男の筈じゃあ……!?」

 

「違う」

 

 明らかに男性の顔立ちである相貌を見つめて戸惑うレフィーヤに、ルルネが否定の声を上げる。

 

「その臭い、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の奴だ……死体の皮を引き剥がして(・・・・・・・・・・・)、被っているな」

 

「「!?」」

 

「……ほう、知っていたか」

 

「アレの体液に浸した人の皮は腐敗を防ぐ事ができる……単純だけど馬鹿げてるよ。雑に扱えば毒に犯される可能性だってあるってのに……」

 

「それじゃあ、その顔はハシャーナさんの……?」

 

 それまで言いかけたレフィーヤは顔を蒼白にさせ、口元を押さえる。男に変装する事で捜査の目を掻い潜った女の手口を見破ったルルネも吐き捨てる様な表情だった。

 

「……あぁ、くそ。きつくてかなわん」

 

 女は彼女達を無視し、苛立った様に身につけている鎧を脱装し始めた。

 

 胸甲(ブレストプレート)を掴み、砕く。簡単に破壊して取り外すと剥がれた鎧の内からインナーに包まれた豊満な胸がまろび出る。襟巻きや他の装備も強引に外し、白い首筋やしなやかな肢体を露わにした。

 

 腐敗防止の作用が切れたのか、肉の仮面(マスク)の一部が音を立てて溶け落ち、左眼周囲に女の白い肌が露わになる。

 

「ッ……あの女宝玉を狙ってる【ステイタス】はざっとLv.6得物は見ての通り剣もの凄く強いけど右手は腱を切ってやったから強力な回復薬(ポーション)でも使われない限り動かせない筈―――!?」

 

 息を呑むアイズに超早口でルルネが情報を伝える中。

 

 鎧を脱装し、兜、膝当て、籠手を残した状態で女が顔を上げた。

 

 小さな光粒と共に傷の癒えた右手(・・・・・・・)で、長剣を握る。

 

 ルルネが顔を強張らせる中、感情の薄い表情に驚きを滲ませるアイズも愛剣(デスペレート)を構えた。

 

 

「―――いい加減、宝玉(たね)を渡して貰おう」

 

 

 激突。

 

 

 


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