怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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邂逅

 

 天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。森や大草原に降り注ぐ暖かな白い光はみるみる失われていき、階層全体が暗くなり始める。

 

 18階層の水晶の空は、『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。

 

「……」

 

『リヴィラの街』もまた蒼い薄闇に覆われようとする中、ルルネは錯綜する岩の路地を走っていた。

 

 リヴィラの中心地である水晶広場から北西、街壁を近くにする街の片隅。

 

 どこぞの『管理者(マスター)』によって鍛え上げ(痛めつけ)られた彼女は息を切らす事もなく疾走する。背後を振り返ると、金の長髪を輝かせる剣士と山吹色の髪を揺らす魔導士が後から追いかけて来ていた。

 

【ロキ・ファミリア】。先程の水晶広場での光景を見た限り【勇者(ブレイバー)】を中心に殺人鬼の捜索に乗り出していた様だったが。

 

(どうしたもんかなぁ……グリファスはいないみたいだけど……)

 

 あの血塗れの鎧を見た時は少なからず動転してしまった彼女だが、独りで走る内に頭を冷やした事で思考を重ねる。

 

 単純に考えれば、事情を彼等に話して第一級冒険者のパーティに保護して貰った方が安全そうではある。

 

 そう彼女が即座に判断できない理由は二つあった。

 

 一つ、情報が少ない。彼女が分かっているのは自身と同じ(・・・・・)Lv.4であるハシャーナが殺された事とその犯人が自分を―――正確には持っている『宝玉』を―――狙っている事のみ。万が一にも、ほんの一厘でも【ロキ・ファミリア】の団員が己を狙っている可能性が残っている以上あの広場に戻りたくはなかった。

 

 二つ、引き受けた冒険者依頼(クエスト)の内容にある『「宝玉」の絶対秘匿』。【剣姫】達に保護を願い出れば依頼内容、己の【ステイタス】も含めて少なからず事情を話す事になるだろう。本来背に腹は代えられないが、依頼人(クライアント)から提示された莫大な報酬やキレると鬼よりも怖い首領(アスフィ)の存在はルルネにとってその判断を躊躇わせる程のものがあった。

 

 坂や階段を一息で駆け上がり、獣人の持ち味である身軽さで剥き出しの岩の地面を蹴る。右肩にかけている小鞄(ポーチ)を揺らしつつ再度振り返ると、追手が一人消えていた。

 

「……あ?」

 

 必死に追いかけてくるのはエルフの少女のみ。姿を消した金の剣士に怪訝な表情を浮かべるが、それならそれで好都合と速度を跳ね上げる。

 

 曲がり角を折れて小径に逃げ込もうとしたルルネは記憶にあるリヴィラの地図と照らし合わせる。

 

(この道は一本道だから、一気に引き離す―――一本道?)

 

 嫌な予感に顔を強張らせるが、気付いた時にはもう遅かった。

 

 巨大な青水晶と岩壁に挟まれた、谷間の様な一本道。

 

「―――」

 

「……あーあ」

 

 その【ステイタス】でもって先回りしたのであろう少女に立ち塞がれ、間を置かずに後ろから響いた足音にルルネは渋面を作る。

 

 前門の【剣姫】、後門の【千の妖精(サウザンド)】。息が上がっているエルフの少女を狙えば逃走できない事もないだろうが、殺人鬼に襲撃を受ける可能性を考えても消耗は避けたかった。

 

 やれやれと息を吐き、観念した様に肩をすくめる。

 

「……【ロキ・ファミリア】か。どこから話そうか……とりあえず人のいない所行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、大丈夫?」

 

「………なんか、見られてる気がするなぁ」

 

「はい?」

 

「あぁ、いや、何でもない!多分、多分気の所為だと思うし……うん」

 

「はぁ……」

 

 胡乱そうな視線を向けるレフィーヤに犬人(シリアンスロープ)の少女は慌てて手を振る。くんくんと鼻を鳴らした彼女は、どこか落ち着けなさそうに尻尾を揺らした。

 

『殺人鬼のいるかも知れない広場には絶対行きたくない』と断言した少女に応じ、三人は街の倉庫を訪れていた。

 

 北西の街壁を間近にする、人気の全く存在しない倉庫。周囲には物資運搬用のカーゴが無数に放置されており、他にも鶴橋(つるはし)やシャベル、材木などが置かれている。街を築く為に使用した道具が纏められている様だった。

 

 レフィーヤが携行用の魔石灯を発見し、点灯する。

 

 カーゴの角にかけられた灯りが薄闇を照らす中、アイズ達は向かい合った。

 

「貴方の名前は?」

 

「ルルネ。ルルネ・ルーイだよ」

 

「Lv.と、所属も教えて貰えますか?」

 

「あー……2だよ、2。【ヘルメス・ファミリア】」

 

「嘘ですよねっ!?」

 

「……さっき、やけに速かった様な」

 

「さぁ、何の事だか……」

 

 目を泳がせるルルネに懐疑的な視線が突き刺さる。汗を流す彼女は耳をぴくりと動かした。

 

「……」

 

 レフィーヤが何と言い募ろうと口を閉ざすルルネにこれ以上は無理だと判断したアイズは、やがて質問を変える。

 

「どうして、広場から逃げ出したの?」

 

「……さっきも言ったろ?アンタ等第一級と同じくらい強い殺人鬼に狙われてる知れないってのにあんな所いられるかよ」

 

「どうして、狙われてるって分かったんですか?」

 

「あ」

 

 顔を強張らせたルルネに、アイズは鋭く言葉を踏み込ませた。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

「!」

 

 レフィーヤが目を見張る中、肌身離さず持っている小鞄《ポーチ》に手が添えられる。

 

「あ……」

 

 その手を反射的に伸ばしてしまったルルネは、二人の視線を感じるとがくりと首を折った。

 

「どうして貴方がハシャーナさんの荷物を……もしかして、盗んだんですか?」

 

「ち、違うっ。私は……依頼を、受けたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。

 

 薄闇に包まれる体が立つ場所、街壁の上。

 

 眼下、視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角で、ヒューマン、エルフ、獣人の少女達が向かい合って会話を交わしている。

 

 息を殺し闇と同化する視線が少女達の顔をなぞっていくと、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。

 

 ―――強いな。

 

 瞳が細まる。

 

 あれも(・・・)手間がかかりそうだ。サーベルを腰に佩き、隙のない身のこなしを纏う金髪金眼の少女に対し呟きが落ちる。

 

 そしてしばらく観察を続けていると、どこか浮かない顔で獣人の少女が動き、『宝玉』が現れた。

 

 睨み付けるかの様に眦が吊り上がる。金髪の少女が崩れ落ちるのを視界外に、その緑色の胎児を瞳の中心に収めた。

 

 一瞬、冒険者達の集まる水晶広場に目をやり、再び少女達を見下ろす。

 

 やがて、懐に伸ばされた手が取りだしたのは、草笛だった。

 

 そして。

 

 

 

「っ!?」

 

 肩を揺らしたルルネは、街壁を見上げ。

 

 

 

「ほう……気付いたか」

 

 ―――やはり、手慣れているな(・・・・・・・)

 

 視界に入れた当初と同じ感想を抱きつつ、軽く目を細める。

 

 臭いか、音か、はたまた殺気か。とにかく己に気付いて見せた手合いに驚嘆の意を抱いた。

 

 だが、遅い。

 

「―――出ろ」

 

 唇と草の間から生まれる高い笛の音。

 

 鳴らされた呼び笛の音が、街の上空を渡った。

 




メリークリスマス。
いよいよ冬休みに突入ですが、年末年始は旅行に行きますので一、二週間ほど投稿が遅れると思います。申し訳ありません。
この様な拙作ですが、来年も何卒よろしくお願いいたします。

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