怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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朝の風景

 

「さあ団長。私の(おてせい)の料理です、たーんと食べてください♡」

 

「……」

 

 大食堂で食事が始まる。

 

 湯気の立つスープやふわふわのオムレツに各々が手を伸ばす中―――【デメテル・ファミリア】から先日届いた大量の野菜が猛威を振るっている―――フィンの前には、巨大魚を丸焼きにした野性味溢れる女戦士《アマゾネス》料理が置かれていた。

 

 その体の大きさと(いびつ)で強固な(うろこ)から度々モンスターと勘違いされるモンスター、巨黒魚(ドドパス)だ。子供でありながら一(ミドル)を超える魚の丸焼きに、小人族(パルゥム)の少年は黙って遠い目をした。

 

「ティオネの奴……。全く、給仕当番を追い出して何をやっているのかと思えば……」

 

『はい団長、あーんッ』

 

『いやティオネ、ティオネ?流石にこの量は……ちょっ』

 

「……」

 

 ご機嫌なティオネに強引に食べさせられるフィンに、グリファスもまた周囲の者と同じ様に気の毒そうな視線を向ける。

 

 野菜と塩漬けした肉のサンドイッチを食べた王族(ハイエルフ)の老人は、巨大魚(かいぶつ)の攻略を断念した想い人(フィン)の食べかけを美味しそうに食べるティオネを尻目に思考した。

 

(予定通りならルルネは既に『荷物』を受け取ったはずだ。昼頃には帰還していてもおかしくないはずだが……まぁ明日には戻ってくるだろう。解析の用意もしておかなくてはな)

 

 金にがめつい―――報酬さえ払えば詮索もせずに依頼をこなす―――褐色の犬人(シリアンスロープ)の少女を思い浮かべつつ野菜をふんだんに使ったスープを飲み干す。

 

 そして、脳裏をよぎったのは銀の女神。

 

「……」

 

 苦虫を噛み潰したかの様な表情で思い浮かべたのは、昨夜、怪物祭(モンスターフィリア)の翌晩のやりとりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何か申し開きはあるんだろうな?」

 

 迷宮都市中央部、摩天楼(バベル)最上階。

 

 美しい調度品の数々に彩られたその部屋は見る者を圧倒し、部屋の主の放つ正真正銘の『美』も相まって誰もが感嘆と恍惚に息を吐く空間だった。

 

 だが、今回ばかりは事情が違う。

 

 神秘的な雰囲気すら内包する場所を塗り潰すのは、圧倒的な重圧。

 

 一般人なら泡を吐いて倒れてもおかしくない程のそれを放つ王族(ハイエルフ)の老人に、優雅な仕草で葡萄酒を口にするフレイヤは妖しく笑った。

 

「あら、一体何の事かしら」

 

「こちらに冬華をけしかけてきておいて何を言っている。これ以上無駄な手間をかけるな、死にたいのか?」

 

「そうねぇ……貴方となら天界に行っても構わないけれど」

 

「もしありとあらゆる厄介事が解決して若い者達に全てを任せて逝っても、それだけは御免だ」

 

「あら。私、そんなに嫌われる様な事をした?」

 

「『美の女神』の類は基本的に嫌悪の対象だよ。加えて昨日の一件だ」

 

「そう、残念ねぇ……」

 

 鬼の様な形相を見せるグリファスに、フレイヤは微笑で返す。

 

 無言の視線の応酬があった。

 

 やがてグリファスは、辟易した様に息を吐く。

 

「……まぁ、不幸中の幸いと言うべきか……お前の起こした騒ぎのおかげでアイズをはじめとした冒険者が動いた。別件の被害を抑えられた側面もあったからな、今回の一件は不問にしておく」

 

「……あぁ、ロキの言ってた?」

 

「何だ、お前等会っていたのか?」

 

「えぇ、騒動が終わった後真っ先に呼び出されたけれど、快く見逃してくれたわ」

 

「……ほう。快く、ねぇ」

 

 神々の中でも畏敬を込めて『魔女』と呼ばれている女神を、白い目で見つめる。

 

 天界にいた頃からの長い付き合いだったらしいロキが彼女に借りの一つ二つ作っていたであろう事は想像に難くない。大方今回の騒ぎの事でゆすろうとでもした時に弱みを握られて見逃さらずを得なかったのであろう。

 

 そして恐らくは、この先の事も(・・・・・・)

 

「全く、あきれた根性だな。そこまでして欲しいか、ベル・クラネルが」

 

「……あら」

 

 今度こそ。

 

 心底驚いた様に目を見開いた美の女神は、どこか愛嬌を感じさせる仕草で首を傾げた。

 

「どうして分かったの?ロキにもまだそこまでは気付かれていなかったのに」

 

「騒ぎの中でお前の解き放ったモンスターが唯一襲った冒険者だ。半信半疑だったが『本命』と仮定して調べれば後は簡単だったよ」

 

 あっさりと答えた老人の目は、しかしどこまでも冷たい。

 

「普段のものとは趣向が違う様だが……あの少年は既に別の【ファミリア】に所属しているだろう。あまり手を出すな、今回の様な真似は絶対にやめろ」

 

「随分肩入れするのね?」

 

「当然の事を言ったまでだろう」

 

 だが、グリファスの表情は決して良くない。

 

 フレイヤには手を出すなと言ったものの、これ以上何もできないからだ。

 

 ただでさえ『新種』の案件で手一杯なのだ、それを抜きにしたって女神の動きは読み切れず後手に回ることになるし、フレイヤもそれを理解している。現状でさえ気を変えて白兎《ベル》に接触すれば一瞬で籠絡できるのだから。

 

 だから彼にできたのは、『これ以上地上で余計な真似をするな』と釘を刺す事のみ。

 

 まぁ万が一フレイヤが昨日と同じ真似をすれば怒りのままに叩き潰す気満々なのだが―――、

 

「ね、グリファス?」

 

 そこで、薄く薄く微笑んだフレイヤは身体を寄せて囁いた。

 

 常人ならたったそれだけで『魅了』し得る、魔性の囁き。

 

「もう、夜も更けてきたし―――今夜は、泊まっていかない?」

 

「断る。あまり密着するな、自分の眷属にでも相手してもらえ」

 

 あっさりと女神を引き剥がしたグリファスに、彼女は思わずといった様に苦笑した。

 

「相変わらず、つれないわねぇ」

 

「いい加減にしろ、お前―――っ?おい待て、その本は―――」

 

「え?あぁ、最近入団したシギン―――エルフの女の子が持っていて。行きつけの本屋に行けば買えたけれど……素敵よねぇ、貴方達。一〇〇〇年もの間一生愛し合って支え合って。見出しに『乙女の憧れる物語』とか『理想の伴侶』とか出ていたのも頷ける―――」

 

「くそっ、その本そこまで広がっていたのか……!?やけにあの作家から大金を振り込まれていると思ったら……!!」

 

「売り上げも最上位だったと思うけど」

 

「何……!?」

 

 とあるヒューマンによって自分の半生を描かれた物語。

 

 想定以上に受けていたらしきその存在に戦慄し、狼狽するグリファスの表情に、フレイヤはクスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 よりにもよってあの女神に動揺する姿を見せてしまった事に息を吐きつつ、食器を片付ける。

 

 その時だった。

 

「あ、グリファス」

 

「ん?」

 

 声をかけられ振り向くと、そこにいたのはティオナだった。彼女の後ろにはアイズやティオネ、レフィーヤもいる。

 

「どうかしたのか?」

 

「んー、これから皆でダンジョンに潜ろうと思っててさ。ちょっと長くなりそうだから報告のついでにフィンも誘おうと思ってたんだけど……」

 

「グリファスも、行く?」

 

「あー……」

 

 ティオナの言葉を引き継いだアイズの問い。

 

 軽く考え込んだグリファスは、苦笑を浮かべつつ答えた。

 

「誘ってくれた所悪いんだが、生憎と今日は用事があってな。済まない」

 

「い、いえお気になさらず……!」

 

「でも、用事って何なの?」

 

 レフィーヤが慌てふためく中投げかけられたティオネの問い。

 

 視線が集中する中、王族(ハイエルフ)の老人は静かに笑った。

 

「―――何、ちょっとした調べ物をな」

 

 


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