怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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前準備

 

『魔法』による派手な演出と共に、それは始まった。

 

『さぁてやってまいりました怪物祭(モンスターフィリア)ァ!実況は私、【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】イブリ・アチャーがお送りさせて頂ます、どうぞよろしくぅ!』

 

 魔石製品の一つである拡声器片手に【ガネーシャ・ファミリア】の団員が声を張り上げる。

 

『それではまず我らが主神より開会を告げさせて頂きます!ガネーシャ様、どうぞ!』

 

『―――俺が、ガネーシャだ!』

 

『はいっ、ありがとうございましたぁ!それではどうぞ、我が派閥の誇る調教師(テイマー)達の鮮烈なショーをご覧ください!最初のモンスターは―――何とッ!「上層」最強、インファント・ドラゴンだぁ!!』

 

 体長4Mを超える巨体を誇るモンスターの登場と共に歓声が沸き、円形闘技場(アンフィテアトルム)が揺れる。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 そんな中。

 

 円形闘技場(アンフィテアトルム)付近の大通り、その片隅では金髪を肩まで伸ばした狐人(ルナール)の少女が頭を抱えてうずくまっていた。彼女の傍らにいる友人兼同僚は慰める様にその頭を撫でている。

 

「う、うぅ……まさかあんな事押し付けられるだなんて……恨みますよフレイヤ様ぁ……」

 

「ほら、冬華(ふゆか)。元気出して?」

 

「し、シル……ごめんなさい、折角フィリア祭に一緒に行こうって誘ってくれたのに……」

 

「ううん、大丈夫だから。また一緒に行こう?」

 

「う、うん」

 

 その友情に感謝しつつ立ち上がった冬華だったが……ヒューマンの少女が開いた手をこちらに差し出しているのをを見て、眉を細める。

 

「……シル?」

 

「その、ごめん、財布忘れちゃったみたいだから……闘技場入るのにもお金かかるみたいだし―――貸して?」

 

「話聞いてなかったの!?フレイヤ様の悪だくみに巻き込まれる前に避難しなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 同時刻。

 

 忙しくなる時間帯に備えて仕込みや掃除の手伝いをしていた冬華(・・)は、顔色を激変させて崩れ落ちる。

 

「なッ……!!」

 

「冬華?」

 

「どうしたのですか?」

 

本体(・・)に何かあったのかニャ?」

 

「……」

 

 深呼吸を繰り返し、壊れた笑みを浮かべ、口々に尋ねて来る同僚を安心させる様に告げる。

 

「……だ、大丈夫。大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

「……何言ってるの?」

 

「完全に錯乱してるニャ」

 

 余計心配された。

 

「は、はは。フレイヤ様から厄介事押し付けられちゃって……ちょっとミアさんの所行って来る」

 

【ファミリア】の主神が迷惑をかけてくるのは決して珍しい事では無い。そのフワフワした尻尾を元気無く垂らしながら行く少女の背に気の毒そうな視線が集中砲火する。

 

「……すいませんミアさん。一旦抜けさせて頂きます」

 

「……お前さんも大変だねぇ」

 

 話し声から察したのだろう、厨房を訪れて頭を下げる冬華にドワーフの女将は何も言わなかった。

 

 その優しさにちょっと泣きそうになった。深々と頭を下げて謝意を告げる。

 

「マサムネはどうするんだい?」

 

「そうですね……ホームにいる私が持って来ると思います(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 自分も準備を整えなければ。

 

 従業員の控え室でウェイトレス服から着替えた冬華は、一人酒場を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】ホーム、『戦いの野(フォールクヴァング)』。

 

 南と南東のメインストリート、それに挟まれる形で建つ豪邸を飛び出した冬華(・・)は、軽く涙目になっていた。

 

 その腰に結ばれた刀は、己の刀身を鞘の中で振動させて『声』を出す。

 

 どこまでも軽薄そうな男の声だった。

 

『いやーもう十二年前ってとこかねぇグリファスと()るのは。楽しみだ、うずうずするよ』

 

「何言ってんの正宗(まさむね)!?戦い楽しむ余裕なんてある訳無いじゃん、相手グリファスだよ、Lv.8だよ!?多分フレイヤ様が本気で怒らせてるから軽く死ねるよ!?」

 

『最初に妖術発動させとけばどうにかなるだろ、精神力(マインド)が尽きるまでなら耐えられる筈だ』

 

もう分身10体以上出してるじゃん(・・・・・・・・・・・・・・・・)妖刀(アンタ)からの供給があったって10分もてば良い方だよ!」

 

 そう言い合いながら駆ける彼女は建物の屋上を次から次へと飛び移り、本体(・・)との合流地点へと急ぐ。

 

『……それにしてもさ。情事の誘い一発であそこまで揺さぶられる辺り、あの主神様に随分と毒されてるよな』

 

「う、考えたくなかったのに……!?あぁ、我ながら情けない……」

 

『まぁ人類共通なのかも知れんが。「あぁ、昔は本当に純粋な()だったんだが……」』

 

「へし折るぞこの野郎!?無駄にそっくりなグリファスの口真似しやがってッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これで良し、と」

 

『作業』を終えた狐人(ルナール)の少女は、嘆息しつつ立ち上がる。

 

 彼女の佇む裏路地。そこは至る所に無数の呪符が貼り付けられていた。

 

 冬華は通信用の魔導具(マジックアイテム)―――これを作ったエルフは模倣品を作る事にあまり良い顔をしなかったが―――を取り出し、どこかと連絡を取る。

 

「やほー。そっちの調子はどう?」

 

『ん、まぁ上々かな。妖力の調子を見る限りは東西南北全部設置し終わったみたいだけど』

 

「あ、本当だ。じゃあ準備は完璧だね」

 

 彼女達(・・・)は、これから起こるであろう戦闘の下準備を行っていた。

 

 単純に考えても第一級冒険者同士の激突だ。加えて冬華の魔法―――極東で言う妖術―――は、非常に目立つ。加えて他者を巻き込みかねない規模を誇る為、己の妖力を込めた呪符をオラリオの各所に設置する事で一種の結界を作っていた。

 

 戦場となるだろう場所の空間を弄り、あらゆる方式で他者の認識からその場を外す結界をだ。

 

 ……わざわざここまで大規模にしたのは、ただでさえ『かなり』怒っているであろう王族(ハイエルフ)の老人に、万が一にも他者を巻き込んで火に油を注ぐ様な真似をしたくなかった、との要因もあるが。

 

「でもさ、わざわざこうして連絡取り合うのに疑問を感じるな。貴女も私も私なんだから(・・・・・・・・・・・)、全部念話で済ませちゃえば良いのに」

 

『10人も20人もワーワーギャーギャー言ってたら頭がパンクするでしょう。少人数か緊急時以外は本体(・・)からの一方通行のみって決めたのは「私」でしょ』

 

「まぁそうなんだけどさ。不便に思うとあの判断を後悔する時もあるのよ」

 

 好き勝手言い合う彼女達だが、【影法師】と呼ばれるスキルによって生み出された彼女達に個体差がある訳では無い。

 

 他の人間と同じだ。自分の中で複数の情報と推測、己の感情と無数の選択肢を擦り合わせては答えを弾き出す。

 

「はぁ、それにしてもあんなお願いされるなんてなぁ……」

 

『今夜を期待してよう……』

 

「……我ながら情けないなぁ」

 

『まぁ、それについては全面的に同意するけどね。まぁ折角グリファスと()れるんだし、精々楽しくやりましょう』

 

「あぁ、でもやっぱ怖いなぁ……」

 

 だから彼女は、彼女達は。

 

 正誤美醜喜怒哀楽全てをひっくるめて、きっと誰よりも素直に自分と向き合う事ができる。

 

「さて、始めましょうか」

 

『えぇ。どこまでもふざけきった女神と、その眷属による盛大な茶番を』

 

 

 


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