怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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今年の「このライトノベルが凄い!」を昨日買いました。
作品部門ダンまち8位、男性部門ベル君7位、女性部門アイズたん13位、16位にヘスティア様がランクイン!
ダンまちの発展にホクホクでした!



女神の気紛れ

 

 

「へぇ、珍しいね。アイズがフィリア祭に行くのか」

 

「あぁ、ロキに連れられてな。良い息抜きになるだろう」

 

「まぁアレといれば退屈する事も無いだろうな。良い意味か悪い意味かはともかくとして」

 

「それにしても驚いた根性だのう。宴から帰った後は自棄酒に走って酔い潰れておったのに」

 

「ハハッ、違いない」

 

 宴から数えて三日。

 

 その日の朝、大広間で朝食を摂りながら派閥首脳陣は言葉を交わしていた。

 

 彼等の視界に話題となっているアイズの姿は無い。手早く済ませたのか、大広間を訪れた四人とすれ違っていた。

 

 果汁(ジュース)を飲み干した小人族(パルゥム)の首領は、ふとグリファスを見上げる。

 

「グリファスは、今日のフィリア祭には行くのかい?」

 

「あー……」

 

 己を見上げるフィンの問いに迷う素振りを見せ、やがて王族《ハイエルフ》の老人は答える・

 

「そうだな。一応は行くつもりだ」

 

「そうかい、楽しんで来ると良いよ?最近は随分と忙しかったみたいだし、ね」

 

「……」

 

 ここ二日間、昨夜まで秘密裏に行っていた情報収集を暗に指摘された事に気付き、数瞬黙り込む。

 

「……済まない」

 

「なに、『管理者(マスター)』のやり口はよく聞いているさ。何かあったらいつでも協力する、とだけ言っておくよ」

 

「……そこは素直に感謝するべきなんだろうが……何だ、そこまでその悪名は有名なのか?」

 

「ンー、そうだね。酒場でもよく聞くよ」

 

「……それはそれは。余程広まっている様だな」

 

 微妙な表情をしたグリファスはうんざりした様に息を吐く。

 

(……それにしても)

 

 グリファスは女神の動きに思いをはせる。

 

『宴』から二日間、グリファスは情報収集に駆り出されていた。

 

 そうは言ってもやった事は普段と変わらず、地上(オラリオ)地下(ダンジョン)における不審な動きをピックアップしただけなのだが。

 

 先日から見受けられていた【イケロス・ファミリア】【ソーマ・ファミリア】の妙な動きもあったが、目新しいものも複数あった。

 

 その中には西のメインストリートや大派閥付近を中心とした女神フレイヤの相次ぐ目撃情報もあり、グリファスが特に注目したのもそれだったのだが……軽く呆れた、というのが心情だ。

 

 何しろ、複数ある可能性を精査した結果―――フレイヤが、他派閥の団員を見初めたというのが最も有力だったからだ。

 

 フレイヤの男癖、あるいは女癖は神々の中でも特に性質(タチ)が悪い。何しろ見初めた人間をその美貌でもって片端から『魅了』して落としているのだから。

 

 恐らく、その『魅了』に抗えるのは神々を除いて極限まで心身を昇華させた冒険者のみ。最低でも第一級、下手をすればLv.5でも厳しいだろう。

 

 そして、『神の宴』に出席した目的もグリファスと同じ。情報収集。

 

 流石のフレイヤも大派閥に喧嘩を売る様な真似はしたくなかったのだろう。惚れた冒険者の所属する【ファミリア】を調べに行ったと考えるのが妥当だった。

 

 それを考えると、自分の行動は手遅れ(・・・)だったと悔やまざるを得ない。

 

 もし『宴』で目当ての情報を手に入れたのなら、今までと同じ様に直接落としにかかる。そして『宴』から三日が過ぎた今、その冒険者はとっくに寝取られただろう。

 

 主神ごと籠絡(ろうらく)されたのか、抗争が起きた様子も無い。狙われた相手には軽く憐憫を覚えつつもグリファスはもう一つの事柄に集中せざるを得なかった。

 

 だが、彼は知らなかった。

 

 その冒険者が、グリファスの気に掛ける少年だった事を。

 

 その女神が普段と趣向を変え、白兎(ベル)を見守ってはほくそ笑んでいた事を。

 

 そして、前提が一つ。

 

 神の気紛れは、誰にも計り知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「それじゃあ、こんなところに呼び出した理由をそろそろ教えてくれない?」

 

「んぅ、ちょい久々に駄弁ろうと思ってなぁ」

 

「嘘ばっかり」

 

 祭り一色に染まった東のメインストリート、それに面する喫茶店の二階。

 

 そこで対峙する、二柱の女神がいた。

 

 机を挟んで向かい合うのはロキとフレイヤ。ロキの傍らには連れて来られたアイズもいた。

 

 目深にかぶったフードの中で薄く笑うフレイヤに対し、ロキも不敵に笑う。二柱の女神が形成する圧力感に、注文を取りに来た従業員も顔を強張らせた。

 

「率直に聞く。何やらかすきや」

 

「何を言っているのかしら、ロキ?」

 

「しらばっかくれんな」

 

 傍で凍り付く従業員にフレイヤが微笑みかける。『美の女神』と呼ばれるにふさわしい美貌が瞬く間に彼を魅了し、赫面した彼は猛退散した。

 

 周囲に人がいなくなると、ロキが猛禽類の様に目を細める。

 

「散々興味無いとぬかしとった『宴』に出るわ、ここに来た時の口振りからして情報収集に余念は無いわ……今度は何企んどる、自分」

 

「企むだなんて、人聞きの悪い事言わないで?」

 

「じゃあかあしい」

 

 フレイヤの言葉を一蹴したロキは探る様に彼女を見る。フレイヤも微笑を絶やさずにロキを見返した。

 

 現在都市最大派閥として君臨する【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】はかつて最大派閥だった二つの【ファミリア】とは違い仲良しこよしではない。勢力争いの絶えない両者は隙あらば蹴落とす関係にあり、片方が動けばもう片方も動かざるを得なくなる。

 

 そして、動くのはロキだけではない。

 

「あんまし調子に乗っとると……『管理者(マスター)』が動くで?」

 

「あら、脅しているつもり?」

 

「いや、これは忠告や。何しろあの男、オラリオを脅かすモンは芽の段階から潰したがるからなぁ。迂闊に動くと……送還されるで?」

 

「あら怖い」

 

「スキルや発展アビリティからして実質Lv.9、恩恵封じて猛者(オッタル)やフィン達と互角に戦った位やからなぁ、超越存在(デウスデア)に片足踏み込んどる。加えてあの一途さや。【ステイタス】の有無関係無しに、『魅了』で落とせるとも考えとらんやろ?」

 

「……そうね。忠告、ありがたく受け取っておくわ」

 

 微笑を浮かべ続けていたフレイヤは、そこで初めて苦笑を見せた。

 

 彼女にとって、『管理者(マスター)』の指す老人は特別な存在だからだろう。

 

「で?」

 

「……?」

 

「男か」

 

 会話の中である程度掴んでいたのだろう、野次馬根性丸出しで問いかけてくるロキに嘆息する。

 

「……強くは、ないわ。貴女や私の眷属(こども)……ましてや彼とは比べるのもおこがましい。今はまだとても弱くて、儚い。少しの事で傷ついてしまい、簡単に泣いてしまう……そんな子」

 

 それでも、私は惹かれた。

 

 その銀色の瞳に熱を宿しながらフレイヤは語る。

 

「綺麗だった。透き通っていた」

 

 魂を見る『神の目』。

 

 それを持つフレイヤは多くの魂を見て来た。

 

 どこまでも燃える永遠の炎。

 

 一切の穢れを認めない、目を焼かんばかりの純白。

 

 世界に絶望しどこまでも黒く染まりながら、救いを手にし光を宿した闇。

 

 悲しみに暮れ日々不安定でありながら、それでも精一杯生きようと輝く光。

 

 だがその子供は、今までに見たことの無い色をしていた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ」

 

 当時の情景と重ねる様に、開いている窓から外の光景を見下ろす。

 

「あの時も、こんな風に……」

 

 そして、彼女は見た。

 

 あの時と同じ様に視界の中を走り抜けて行った、白髪の少年を。

 

「―――」

 

 フレイヤの動きが止まる。

 

 その銀の視線が、冒険者の防具を纏った白兎(しょうねん)に釘付けとなった。

 

 その足が向かうのは闘技場、怪物祭(モンスターフィリア)。徐々に遠のいて行くその背を見つめるフレイヤは、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

 

「はぁ?」

 

「また今度会いましょう」

 

 ぽかんとするロキ、そして窓から外を見つめるアイズを残してフレイヤは席を立つ。ローブでしっかりと全身を覆い隠し、店を後にした。

 

 だがこの程度では己の『美』を隠し切れない。周囲の視線から逃れる為裏道に入ったフレイヤは、口元の笑みを抑え切れなかった。

 

(あぁ、ダメね。ロキに警告されたばかりなのに……)

 

 ちょっかい(・・・・・)を、出したくなってしまった。

 

 どこまでも傍迷惑な、女神の気紛れ。

 

 クスクスと笑いながら、思いつきを具体的に頭の中で組み上げていく。

 

 そこで、立ち止まった。

 

「……」

 

 懸念するのは、王族(ハイエルフ)の老人の存在だ。

 

 彼は都市最強のLv.8。もし騒ぎに気付けば、10秒もかけずに鎮圧できるであろう最強。

 

 それこそ、モンスターを解き放った(・・・・・・・・・・・)程度であれば尚更だ。

 

 ならば、と。

 

 今現在地上にいて、それこそ事態が収拾されるまで【生きる伝説(レジェンド)】を抑え込める眷属(しょうじょ)を思い浮かべる。

 

 グリファスの作品を模倣して彼女の眷属が作った通信用の魔導具を取り出し、連絡を取る。

 

『―――』

 

「ふふっ、もしもし?ちょっとお願いがあるのだけど―――」

 

『―――』

 

「あら、貴女の成長も見て貰えるでしょ?久々にゆっくりお話しなさい」

 

『―――』

 

「今夜、私の部屋に来る?」

 

『―――――――!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

「それじゃぁ、お願いね?」

 

『お願い』と『ご褒美』の狭間で相手が涙目になる様子を想像してクスクスと笑いながら、フレイヤは通話を切る。

 

「―――さぁ」

 

 始めましょうか、と。

 

 妖艶に嗤う女神は、裏道に消えて行った。

 

 

 


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