怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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黒の妖精鍛冶師

 

 

「やれやれ、一体どんな風の吹き回しだ?」

 

「―――ヌフ。恥知らずの貧乏神が『宴』に参加するって聞いてなぁ。ドレスも用意できないその哀れかつ惨めな姿を、思いっきり笑ってやるんや」

 

「……」

 

 ゲスイ笑顔を見せるロキに、思わず白い目を向ける。顔だけは整っている分、その笑みは余計醜く見えた。

 

 二人はロキの部屋から移動し、グリファスの工房に訪れていた。

 

 魔石灯を点けたグリファスは、嘆息しながらも主神の要望に応える。

 

「ドレスの仕立てや馬車なんかはアルベラ商会にでも依頼するとして、どんな物が欲しい」

 

「んー、指輪とかネックレスとか、とにかくゴージャスなの頼むわ!」

 

「……」

 

 浅ましい事この上無い発言だったが、グリファスに協力を要請したのは正解だったろう。

 

 何しろこの場にある魔導具(マジックアイテム)はその多くが高位の『神秘』によって形作られた英知の結晶だ。並みの装飾品とはかけ離れた神々しさを持つそれ等を売れば部屋にある物を適当に見繕うだけで億単位の収入を得る事ができるだろう。

 

(……さて、どうしたものか)

 

 目を細める王族(ハイエルフ)の老人は安全と判断した幾つかの魔導具(マジックアイテム)を吟味し、一つのペンダントに目を留める。

 

 その中心にはめ込まれた虹色の宝石は、美しい輝きを放っていた。

 

「……丁度良いか」

 

「ん、決まったか?」

 

「あぁ、これを持って行け」

 

「ん、どれどれ……おぉっ、めっちゃ綺麗やん!フリュネちゃんが着けても神々しくなりそう!」

 

「……いや、それは無理じゃないか?」

 

「……ごめん、無理やったな。寧ろ禍々しくなるわ」

 

 ロキが例えに出した【イシュタル・ファミリア】団長の名前に何とも言えない空気になる中、気を取り直したロキが駆け出す。

 

「そんじゃウチ、ドレスを仕立て直して貰って来るわ!あんがとなー!」

 

「……大事に扱えよ」

 

 そう返したグリファスは、階段を上っていくロキの背が見えなくなるまで見つめて。

 

 遠いどこかを見透かす様に、目を細めた。

 

「……『神の宴』、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午頃。

 

 大通りを歩くグリファスは、空高く昇った日を見上げる。

 

 時刻は正午。

 

 北西のメインストリートを歩く王族(ハイエルフ)の老人は、整備して貰っていた得物を受け取るために契約をした鍛冶師の元に向かっていた。

 

 その青年の所属する【ヘファイストス・ファミリア】は団員の大半が己の工房をこの付近に構えているが、【ファミリア】幹部である彼は支店に備え付けられている工房を利用する事が多い。

 

 やがて【ヘファイストス・ファミリア】の支店に到着した彼は店内に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませ」

 

「あぁ、グレムはいるか?整備を頼んでいたんだが」

 

「恐らく2番工房かと……案内します」

 

「分かった、ありがとう」

 

 店員の一人に案内されて工房に向かう。

 

 ヒューマンの少女に案内された通路は炉が働いているのかやけに暑かったが、気にする事も無く進んで行った。

 

「こちらになります」

 

 少女に従って工房の一つに訪れると、工房の中で休息を取っていたのはダークエルフの青年だった。

 

「ん、エリザどうし……おぉ、グリファスか」

 

「邪魔するぞ」

 

「邪魔なんてとんでもない。大切なお客様だからな」

 

 破顔した青年は焼き焦げたかの様な漆黒の手を伸ばし、机の上に置かれた銀杖を手に取る。

 

「上々の仕上がりだ。遠征前よりも良い出来だろう?」

 

「どれ……」

 

 渡された銀杖を軽く手の中で弄び、グリファスは軽く笑みを浮かべる。

 

「流石【盲目の黒匠(ドウェルグ)】。良く馴染むよ」

 

「ハハハ、【生きる伝説(レジェンド)】にそう言われるとは鼻が高い」

 

 そう笑う彼はLv.4、『戦える鍛冶師(スミス)』の名に恥じない実力者だ。変わり種だらけの【ヘファイストス・ファミリア】の中でも特に飛び出た存在でもある。

 

 曰く、『【ステイタス】に頼っていては、真の意味で神の境地に辿り着けない』。

 

盲目の黒匠(ドウェルグ)】グレム・スヴァルトは、高位の『鍛冶』を保有しながらも【ステイタス】を封じて武器を鍛える唯一の鍛冶師(スミス)だ。

 

 発展アビリティである『鍛冶』は勿論『力』の補正も受けられない為、作製するのは精製金属(ミスリル)を素材とした武器のみ。そんな職人然としたこだわりに感化された顧客(ファン)も多く、グリファスもその一人だ。

 

「しかし、それで第一等級武装並みの武装を作るのだから大したものだ」

 

「何、ヘファイストス様には程遠い。武器としての完成度も多くが椿(つばき)の作品に劣る」

 

 第一級冒険者であると同時、最上級鍛冶師(マスター・スミス)でもある【ヘファイストス・ファミリア】団長の名を引き合いに出されてグリファスは苦笑する。

 

 寧ろ【ステイタス】無しで最上級鍛冶師(マスター・スミス)に迫る武器を打つダークエルフには感嘆しか出なかったが……それ以上は諦める。

 

 この男は過程を無視して結果を見て言っている。頑固な職人には何を言っても無駄だと息を吐いた。

 

「さて、私は帰るよ。押しかけて済まなかったな」

 

「何、お得意様だからな」

 

 これ以上居座るのも迷惑だろうと判断し、受け取った銀杖を片手に立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さぁて」

 

 グリファスが立ち去った後、一泊を置いてグレムは立ち上がる。

 

 彼の眼は、光を映さない。

 

 幼少の頃冒険者同士の諍いに巻き込まれたダークエルフは、その日から光を失った。

 

 それでも彼が今日まで冒険者として鍛冶師として生きて来られたのは、手で耳で鼻で気配で周囲を完璧に把握できるようになれたのは、ひとえに支えてきてくれた仲間と主神のおかげだ。

 

 彼女の剣に、憧れた。

 

 盲目の身でありながら鍛冶師を目指すと語った自分を彼女だけが笑わず、己の鍛えた剣を見せた。

 

 触れる前からその剣の美しさに気付いた。光を失ったはずの眼がその剣だけは映し出した。

 

 完成した黄金比、全身を打ち抜いた衝撃、心に刻まれた白銀の輝き。

 

 それを目指している内に、彼女と全く同じ条件で武器を打って打って打ち続けていたら、いつの間にかここまで来ていた。

 

 だから、今日も目指そう。

 

 未だ届かないその境地に、辿り着く為に。

 

 その時だった。

 

「あの……」

 

 背後に佇む少女の声に、立ち止まる。

 

「見せて頂いても、構いませんか?」

 

 己の指導していた見習いの団員に、振り返る事も無く告げる。

 

「もう基礎は叩き込んだ。これからは自分であの境地を目指せ。そう俺は言ったはずだが?」

 

「うっ……」

 

 背後で少女が決まり悪そうに肩を揺らすのが分かった。

 

 気にせず告げる。

 

「これが最後だ」

 

「えっ……?」

 

「この技術、盗めるものならば盗んでみろ。後は自分で高め、あの方の境地を目指せ」

 

「ぁ、は、はいっ!」

 

 それだけだった。

 

 もはや己の一部分と化した鉄槌を手に取り、深層域のモンスター、フレイムロックから摘出されるドロップアイテム『火炎石』を炉に放った。

 

 心を燃やす。

 

 魂に刻まれた憧憬を、目の前の金属を見据え、ただひたすらに槌を振るう。

 

「凄い……」

 

 だが、盲目なダークエルフは気付かない。

 

(いつか、私も……)

 

 他の者の心に憧憬を刻んだのは、主神だけでは無い事に。

 

 団員達が目指すのは、主神だけでは無い事に。

 

 少し意識を向ければ分かる事に気付けぬまま、今日も彼は槌を振るう。

 

 これもまた、一つの眷属の物語(ファミリア・ミィス)

 

 




壊し屋(クラッシャー)を全部椿や【ゴブニュ・ファミリア】に任せる訳には行かなかったので。書いてて番外編に近い気がしたかも。


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