怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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WhiteRabbit

「……さて」

 

「はっ、はははははいッ!?」

 

(……参ったな)

 

 体をガチガチに固め、何か物凄く緊張してしまっている白兎(しょうねん)に、困った様に息を吐く。

 

『おい、見たか?』

 

『あのガキ、一体何なんだ……』

 

『見覚えの無ぇツラだが……』

 

『グリファス様が、何故……?』

 

『あの、子……』

 

『何やアイズ、知り合いか?』

 

『あぁ?アレ、ミノタウロスに追いかけられてたガキじゃねぇか』

 

 そもそも話をするしない以前に視線が痛い。何しろ誰もがその名声を聞く【生きる伝説(レジェンド)】が、予約された席を離れてまで何の変哲もない少年と相席を取ったのだ、注目されても仕方が無いだろう。

 

 打ち上げも半ば、【ファミリア】の仲間や主神までこちらに視線を向け、聞き耳を立てるのを察して嘆息する。

 

 こうなってしまっては仕方が無い。腹を括る事にした。

 

「どうぞ、葡萄酒です」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 エルフの店員から受け取ったグラスを僅かに飲み、口を開く。

 

「―――久し振りだな、ベル・クラネル」

 

「は、はいっ!?―――てっ、えぇ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる少年に、軽く笑みを浮かべた。

 

「何、覚えていなくても仕方ない。もう一〇年も前になるからな……最後に見た時、お前は祖父(・・)に抱かれていたよ」

 

「おっ、お爺ちゃんを、ご存知だったんですか……?」

 

「あぁ、長い(・・)付き合いだった」

 

 共通の知り合いの話題を出して会話が成立し、少年の緊張が薄らぐ。

 

 それと同時、聞き耳を立てていた人間達もひとまず疑問を解消した。

 

 何しろグリファスは一〇〇〇年以上の時を生き、エルフの中でも長く生きた部類に入る。その中で少年の祖父、あるいは曽祖父と関係を作っていても何ら不思議は無い。

 

 尤も、その付き合いが一〇〇〇年近く続いていた事など誰にも想像できないだろうが。

 

「あの、お爺ちゃんとはどんな関係で……?」

 

 それもまた気になる話だ。周囲も再び耳を澄ませ―――、

 

「あぁ―――私は、お前の祖父が心底嫌いだった。寧ろ今も嫌いだ」

 

「え」

 

 空気が、凍った。

 

 ベルが顔を引き攣らせて硬直する中、話が変な方向に流れる。

 

 グリファスの頭部には、青筋がいくつも浮かんでいた。

 

「あの男の思考回路は全く持って理解できん。なあ、人生で愛する女は一人で十分だろう?本来そうだろう?だがアイツはどうしてそれが通じなかったんだろうなぁ、あの女と愛し合っていた事は間違い無いだろうに。あの男が逃げたと知って私は思わず通信用の魔導具(マジックアイテム)を握りつぶしそうになったよ。何なんだあの男、覗きといい女遊びといい常軌を逸しているだろう。だから私はああいう神種(じんしゅ)が嫌いなんだいつも飄々(ひょうひょう)として下品に笑って。あぁ全く、顔を思い出すだけでも虫酸が走る―――」

 

「あ、あの、アールヴさん、アールヴさぁんっ!?」

 

 直前の親しみやすい表情から一変、鬼の様な形相になって恨みつらみをぶちまける。本来隠されていた地雷が少年の存在によって踏まれ、積もりに積もった一〇年分の鬱憤(うっぷん)が下手な魔法よりも凄まじく爆発してしまっていた。

 

 半分泣きそうになるベルが慌てて呼びかけるが、怨念のどつぼに嵌ったグリファスは抜け出せずに呪詛を紡ぐ。その内容が色々心当たりのあるのだろう、『ハーレムは男のロマン』等と洗脳を施されていたベルは汗をだらだらとしていた。

 

 そしてグリファスと同じく老神(ゼウス)に思う所があるのだろう、この場でたった二人詳しい事情を知る狼人(ウェアウルフ)狐人(ルナール)の店員も遠い目をしてその場から離れた。

 

 ベルは助けを求めるかの様に【ロキ・ファミリア】の方に視線を向けるが―――気まずそうに、しかしあらかさまに視線を反らされる。

 

(そ、そんなぁ!?)

 

「(……済まない、ヒューマンの少年)」

 

「(アレは不味い。かつて闇派閥(イヴィルス)に向けられた物に近い感情を感じさせる)」

 

「(確かにあの眼はやばいなー、でも誰か助けに行ってやらんと……)」

 

「(ならお主が行くか、ロキ?)」

 

「(嫌やー!?空気が重いもん、暗黒面出ちゃってるもん!)」

 

「(わ、私が……)」

 

「(アイズさん行っちゃダメです、殺されちゃいます!)」

 

「(あの子のお爺さん、グリファスに何したのー!?)」

 

 戦々恐々となる都市最強派閥。王族(ハイエルフ)の老人がだらだらとぶちまける恨み言の数々に白兎(ベル)共々汗を流した。

 

 だが幸いにも、自制心を取り戻したグリファスが息を吐く。

 

「……いや、悪かった。お前に言う事でも無かったか」

 

「い、いえ、お気になさらず……」

 

 心なしか晴れ晴れとした表情を見せる彼は葡萄酒を飲み干し、どこかほっとした様な表情を浮かべるベルに視線を向けた。

 

「風の噂に話は聞いていたが……あの男が、死んだって?」

 

「あ、はい……村を出掛けた時、谷に落ちたって……」

 

「そうか……あの男は、そう死ぬタマでは無かったがなぁ……」

 

「え?」

 

「いや年寄りの戯言だ、気にしないでくれ」

 

「は、はぁ……」

 

 グリファスの態度の軟化と共に打ち解ける二人だったが、老人の心中は未だに煮え滾っていた。

 

 谷に落ちて死んだ?馬鹿馬鹿しい。あの駄神(おとこ)はピンピンしてるわ。

 

 ゼウスの追跡に関しては凄まじい精度を誇る女神(ヘラ)から逃れる為に死を偽装し、まだ14の子供を置いて行方を眩ました事などとっくに知っていた。ゼウスと連絡を取ったヘルメスにも確認済みだ。

 

 己の【ファミリア】が最後に遺した『可能性』を自ら放り出した辺り本気で馬鹿げている。一度と言わず何度でも殺してやりたい。

 

「あ、あのっ、アールヴさん、アールヴさん?」

 

「……あぁ、済まない。考え事をしていてな」

 

「はい、おかわりです」

 

「………頼んでいないんだが?それにこれ店で特に高い奴じゃないか」

 

「しっ、シルさん……!?」

 

「大丈夫ですよベルさん、この人基本的にとても優しいですから。お金ポンポン出してくれます」

 

「おい?」

 

 苦笑するグリファスに酒を届けたヒューマンの店員は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「ベルさんのお爺さんと、仲が良かったんですね?」

 

「……おい、今の話を聞いてよくそう言えるな」

 

「えー、でもよく言うじゃないですか。喧嘩する程仲が良いって」

 

「あらゆる人間関係にそれが通用すると思うなよ……?」

 

 うちのベートやティオナ辺りになら当て嵌まりそうだが、とぼやいた彼は、ふとベルに尋ねる。

 

「【ヘスティア・ファミリア】に入ったそうだな?」

 

「は、はい」

 

『あァ!?じゃが丸おっぱいドチビの!?』と席でロキが反応するのを軽く無視しつつ続ける。

 

「良い神か?」

 

「……はいっ!」

 

 その清々しい笑顔と、嘘偽りの無い純粋な言葉に、グリファスはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて、安心した。

 

 そう呟いた彼の声色は、まるで孫を前にした老人の様で。

 

「―――頑張りなさい」

 

「!」

 

 祖父の知人にあたる老人の言葉に、世界最古最強の冒険者からの激励に。

 

 羞恥、困惑、歓喜―――顔色を目まぐるしく変化させた少年には、最後には勢い良く頭を下げ、絞り出す様に言う。

 

「はい……ッッ!!」

 

 それで、満足だった。

 

 笑みを浮かべるグリファスは仲間達の元まで戻ろうと席を立ち―――金髪金眼の少女とぶつかりそうになった。

 

「わ……」

 

「おっと……アイズ?」

 

 どうした?

 

 そう目で尋ねかけるグリファスに彼女は気まずそうに眼を逸らし、ぼそぼそと呟く。

 

「えっ、と……その子に、謝り、たくて……」

 

「え?」

 

 目を丸くする少年に、歩み寄るアイズはぺこりと頭を下げる。

 

「あの時……ミノタウロスを、逃がして……色々、怖がらせちゃったから……」

 

 ごめんなさい。

 

 そう言ったアイズに、目を丸くしたベルは―――真っ赤になって慌てふためいた。

 

「いや、そんなっ、寧ろ謝るのは僕の方でっ!?助けてもらったのに恥ずかしいやら何やらで逃げてしまって、その……!?」

 

「……くくっ」

 

 その可愛げのある姿に、老人は思わず笑みを漏らした。

 

 何て、透明な。

 

 奇しくもとある美の女神と同じ感想を抱いたグリファスは、今度こそその場を離れる。

 

 その夜は、家族(ファミリア)と遅くまで飲み笑い合った。

 

 




ひとまずこれで一段落、次話から怪物祭(モンスターフィリア)編になります。
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