怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

57 / 79
闇夜の対話

 

 

「……ふぅ」

 

 食事を終え、ようやく一息つく。

 

 果物のジュース、野菜や魚介の盛り合わせ、香ばしく焼かれた肉……食糧の保存環境が中々整わないダンジョンではついぞ食べる事のできなかったご馳走を食べて、グリファスは満足そうな表情を浮かべた。

 

 そんな彼と同じく広間の上座に座るのはフィンとガレス、リヴェリアであった。

 

 団員達に呼びかけるロキの『今夜の更新は10にんまでなー。早い者勝ちやでー』との発言を聞いたフィンはふと彼に視線を向ける。

 

「グリファスは【ステイタス】の更新に行くのかい?」

 

「んー……今夜は止しておくよ。明日にでもゆっくり更新して貰うさ」

 

「あの気色悪いモンスターを何体も潰したんじゃろう。結構上がっとるんじゃないか?」

 

「どうだろうな。私が見た限りではあのモンスターとグリファスでは随分と差があった。それ程上がらないと思うが」

 

 ガレスとリヴェリアの問答を聞き流しつつ、グリファスは口を開く。

 

「フィン。今日はもう何も無いんだろう?」

 

「あぁ。もう他の構成員にも伝えてある。作業は明日からだね」

 

「むぅ、正直ありがたいのう。今回は随分と疲れた」

 

「ははは。あんなに逃げたのは久々だったよ」

 

「全くじゃ。ドワーフの火酒が恋しいわい」

 

「ガレス、羽目を外すのは構わないけれどせめて明日の打ち上げまで我慢してくれ」

 

「ただでさえ酒飲みなど理解できんと言うのに、ドワーフはよくあんな酒が飲めるものだ……私からすれば異常にしか見えん」

 

「がっはっはっ、他の種族がだらしないだけじゃ」

 

「ガレス、ドワーフ基準で考えないでくれ。他の酒は飲めても何故かアレだけはC評価の『対異常』を貫通して酔い潰してくるんだ」

 

「そもそもお酒に『対異常』が適用されるのかな……?」

 

「あれは毒だろう」

 

「泥酔しない程度には適用されるはずなんだが……」

 

 他愛も無い話で盛り上がり始める中、口元を拭いたグリファスが立ち上がる。

 

「ん、行くのかい?」

 

「あぁ、かなり眠くなって来た。そろそろ寝室に戻るよ」

 

「そうかい、お休み」

 

「お休み」

 

 フィンやすれ違った団員達と挨拶を交わしながら広間を出たグリファスは、懐から一つの魔導具(マジックアイテム)を取り出す。

 

 そのまま、上に向かった。

 

 

 

 

「……」

 

『黄昏の館』中央塔、その最上階に位置する主神の部屋で、アイズは薄く息を吐いた。

 

 彼女の手の中には、【ステイタス】の更新内容を記された羊皮紙がある。

 

 アビリティの総合上昇値は16。約二週間に亘る遠征で深層域に生息する強敵(モンスター)(ほふ)りつづけてきたアイズにとって、それはあまりにも低い物だった。『魔力』などあれ程魔法(エアリアル)を酷使したと言うのに一つも上がっていない。

 

(もう、ここが打ち止め……)

 

 これ以上の成長は見込めない、己の器の限界と判断して次の階位(ステップ)への移行を視野に入れる。

 

「ロキ、【ステイタス】を封印してダンジョンに潜りたいんだけど……」

 

「いきなり何言っとんのアイズたん!?」

 

 

 

 

「……」

 

 その、真上(・・)

 

 尖塔の頂上に掲げられた【ファミリア】の旗、その支柱に背を預ける形で座っていたグリファスは、眼前に広がる迷宮都市の夜景を眺めていた。

 

 どこぞの美の女神が住まう摩天楼(バベル)には劣るものの、この中央塔は『黄昏の館』で随一の高さを誇る。八つのメインストリートによって切り分けられたホール状のケーキの様な形になっているオラリオを一望するには十分な高さだった。

 

 どこまでも美しい満天の星空、都市を彩る多様な建物とその明かり。

 

 彼とその仲間が創り上げ、守りたいと願った世界だ。

 

 そんな景色を眺める王族(ハイエルフ)の老人は、手の中で紋様の刻まれた木板を弄ぶ。

 

 通信用の魔導具(マジックアイテム)だ。

 

『遠征お疲れ様です。師匠(せんせい)

 

「あぁ。ありがとう、アスフィ」

 

 初めて出会った当初と比べれば凄まじい成長を遂げた愛弟子の声に目を細めつつ、一言尋ねた。

 

「それで、報告って言うのは?」

 

『はい。師匠(せんせい)が近頃お探しになられていた「クラネル」の性を持つ少年を確認しました』

 

「―――そうか」

 

 鈴の鳴る様な声と共に告げられた言葉に、彼はどこか懐かしそうに笑った。

 

『名前はベル・クラネル。白い髪に紅い瞳、年は14。貴方の仰っていた特徴とも一致します』

 

「うん、間違い無いな。一体どこの【ファミリア】に?」

 

『……【ヘスティア・ファミリア】ですね。師匠(せんせい)が遠征に出発する少し前にギルドで発足の登録がされています。彼がたった一人の団員です』

 

「……それはそれは。よりにもよってあの女神の眷属とは……残念だな、あと数週間早く私が見つけられていれば【ロキ・ファミリア】に誘ったものを」

 

『ホームの場所は聞きますか?』

 

「いや、必要無い。オラリオの神の性格と所在地はほぼ全て把握している」

 

 そう話しながら彼が思い浮かべたのは北のメインストリートにあるジャガ丸くんの露店でバイトをする幼い女神だった。その身長にそぐわない胸囲に嫉妬したロキと日々情けない争いを繰り広げていたと記憶している。

 

 闇派閥(イヴィルス)の件から都市に降臨したあらゆる神の情報を集めるグリファスに、アスフィは感嘆の声を上げた様だった。

 

『はぁ、流石「管理者(マスター)」ですね』

 

「止めてくれ、何なんだその呼び名は」

 

『結構有名ですよ?オラリオで暗躍する迷宮都市の裏の管理者って』

 

「……不味いな。そこまで注目されているとなるとかなり動きにくくなる」

 

『大丈夫ですよ、おかげで中立派閥(われわれ)が動きやすくなってますから』

 

【ヘルメス・ファミリア】の団長からの実感の込められた言葉に思わず苦笑する。

 

「【ファミリア】の調子はどうだ?」

 

『順風満帆、と言った所ですね。一月前の遠征では何人かLv.4にランクアップしましたし』

 

「そうか、それは何より」

 

『貴方の御指導のおかげでしょうに……』

 

「ははは、私が表立って動けない分ヘルメス・ファミリア(お前たち)にはしっかり働いて貰わないといけないからな。しっかり鍛え上げさせて貰った」

 

『うわぁ、何ですかその言い方。厄介事持ち込まれそうで嫌です』

 

「どうだろうなぁ……今の所は何とも言えないが」

 

『えぇー……』

 

 物凄く胡乱気な声を上げる苦労人(アスフィ)に笑みを浮かべた。

 

 真上の美しい月を見上げ、立ち上がる。

 

「それじゃあ。アスフィ」

 

『えぇ、師匠(せんせい)

 

 その直後、グリファスの姿が消える。

 

 どんな仕掛けを使ったのか、次の瞬間には自室に居た王族(ハイエルフ)の老人は窓から夜空を見上げる。

 

【ゼウス・ファミリア】の忘れ形見である少年に思いを馳せ、その名を呟いた。

 

「ベル・クラネル、か……」

 

 一度、会ってみたいものだ。

 

 その願いは次の日に叶えられる事など、彼には知る由も無かった。

 

 




感想、よろしくお願いします!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。