怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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考察と帰還

 

 

「さて、そろそろ僕等も出発しようか」

 

「あぁ」

 

 フィンの言葉に頷いて周囲の団員達に合図を出し、部隊を動かす。

 

 グリファス達は18階層にいた。

 

 50階層の安全階層(セーフティポイント)、及び51階層で今まで確認される事の無かった芋虫型のモンスターやその上位互換と思われる女体型のモンスターと交戦、撃破した【ロキ・ファミリア】。

 

 グリファスがモンスターの相手をした事で野営地や物資の被害は無かったが、アイズとベート以外の第一級冒険者達は芋虫型との交戦で己の得物を失ってしまっている。それで58階層を超える事などできる筈も無く、彼等は迷宮攻略を断念して地上への帰還に移っていた。

 

 数十人規模の大所帯である彼等は18階層に到着した時点で部隊を分割。リヴェリアが指揮を執る先行隊が数十分前に出発し、ガレス、フィン、グリファスは後続の部隊を率いて地上へと向かっていた。

 

「……結局、あのモンスター達は何だったんだろうね?」

 

「さあな。下層域から進出して来たと考えるには不自然な点が多い。加えて―――」

 

 フィンと言葉を交わしながらグリファスが懐から取り出したソレに、フィンとガレスは目を大きく見開いた。

 

「極彩色の魔石、じゃと?」

 

「グリファス。もしかして、それは―――」

 

「あぁ。あの得体の知れんモンスターの魔石だよ」

 

 17階層を進む彼は小石に近い大きさの魔石を上に掲げて見上げ、目を細める。

 

 本来は紫紺一色である筈の魔石だが、彼の持つソレは中心が極彩色に濁っていた。

 

「ダンジョンから生み出される魔石本来の性質とは別に、何らかの不純物が紛れ込んでいるな。どんな力が働いているかは分からないが……」

 

「不純物……?」

 

「魔石の質はそのモンスターの出身階層や種類、強さによって変動するが、これは違う。ゴブリンの様な上層域の魔石にあるようなソレとは明らかに違う『ナニカ』が、これにはある」

 

「よくもまぁそこまで調べられるモンじゃのう、迷宮(ここ)には碌な設備も無いだろうに」

 

「今ある魔石の調査・加工用の設備が存在しない時代から、こんな事を続けていたからな」

 

「年の功と言う奴か」

 

「……」

 

 グリファスの話を聞いて何かを考え込んでいたフィンが、ふと顔を上げる。

 

「……そう言えばあのモンスター、個体によって大きさと戦闘力に差があったね」

 

「……確かに」

 

「十中八九『強化種』じゃろうな。51階層で遭遇した時もモンスターを率先して狙っとった」

 

「……は?」

 

 ガレスの言葉に瞠目したグリファスは移動中にも関わらず立ち止まって振り返る。

 

「あの芋虫型、その全てがモンスターを狙っていたのか?目の前の冒険者を無視してまで?」

 

「ンー、確かに不自然な動きだったね。あの時は大して気にしていなかったけれど」

 

 アイズ達の報告では強竜(カドモス)も芋虫型に倒されていた、と言うフィンに驚倒しそうになる。

 

 本来『強化種』は無数のモンスターの中から数体程度と、深層域でも決して多くない割合で発生する物だ。

 

 それに、魔石の味を知った『強化種』とは言え最大の敵たる人間が近くにいると言うのにわざわざモンスターを狙う個体など聞いた事が無い。どう考えても優先順位がおかしい。

 

 それが群れどころか、種族単位で発生している……その事実に果てしない違和感を覚えた。

 

「……全く、つくづく厄介な」

 

 第一等級武装すら易々と破壊し腐食する体液に、それを吐く『強化種』。加えてグリファスの索敵を無視して突然現れた女体型。

 

 生態から習性まであらゆる面で謎なモンスターに、グリファスは心底うんざりした様に息を吐いた。

 

「……それにしても、先に出発した連中はどうしたのかのう」

 

「……え?あぁ、ミノタウロスか」

 

「ンー、まぁ大丈夫だと思うけどね」

 

 思考の泥沼に嵌りかけていた所に声をかけられて反応が遅れかけるが、それでもガレスの言葉に応じる。

 

 つい先程、通信用魔導具(マジックアイテム)を介してリヴェリアから連絡が入った。

 

 17階層を移動中ミノタウロスの群れと遭遇、異常事態(イレギュラー)とも言える大群をアイズ等第一級冒険者が一瞬で返り討ちにしたものの狩り切れなかったミノタウロスが足並み揃えて逃げ出して行ったと言う。

 

 その報告にはグリファスもフィン共々頭を痛めたものの、そこまで心配もしていなかった。

 

 彼等は【ロキ・ファミリア】の精鋭だ、逃げ出した猛牛(ミノタウロス)程度すぐに狩り尽せるだろう、と。

 

 だがその報告は合流する少し前にようやく届き、最終的にはダンジョン5階層までミノタウロスが進出したと聞いて彼等は若干の冷や汗を流す事になるのだが……そんな事は知る由も無かった。

 

 

 

 

「ん~っ、やっと着いたぁ!」

 

「やれやれね。今回は色々しんどかったし」

 

 摩天楼(バベル)の外に出たティオナが体を伸ばす。他の団員達も弛緩した様子を見せていた。

 

 バベルの中で問題無く合流した【ロキ・ファミリア】は無事に地上へ帰還した。

 

 したの、だが……、

 

「……」

 

「……アイズ?どうしたんだ」

 

「……なんでも、ない」

 

「……全く」

 

 一体何があったのか、合流した時からアイズがやけに落ち込んでいた。

 

 尋ねても何も言わない少女に呆れたような苦笑を向けるが、自分に言わないという事はそれ程重要な案件でも無いと判断し―――寧ろそう有ってくれと祈って―――放っておく事にする。

 

 北のメインストリートを進んで行く彼等の視界に映ったのは、迷宮都市北端に位置するホーム。

 

 八つの尖塔によって槍衾の様に形作られた建物。

 

【ロキ・ファミリア】ホーム、『黄昏の館』。

 

 門の前に立ったフィンは門番の団員に声をかける。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

「お疲れ様です」

 

「お帰りなさい!」

 

 口々に言う彼等が門を開き、遠征に向かっていた面々が敷地に足を踏み入れる。

 

 厳しい遠征を乗り越えてようやっとホームに帰れた事に安堵の息を漏らす彼等の目の前で、騒々しく扉が開け放たれた。

 

「おおぉっっかえりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 零能の身とは思えない速度で駆け込んでくる赤髪の女神。

 

【ロキ・ファミリア】の主神である彼女は男性陣には目もくれず、女性陣に向かって勢い良くダイブした。

 

 ひょい、ひょい、ひょい。

 

「えっ、ちょ―――きゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 先輩達の鮮やかな回避に着いていけなかったレフィーヤが勢い良く押し倒される。

 

「ちょ、ロキ、待って、止めてください!?」

 

「ふははぁ、良いではないか、良いではないかぁ」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ少女と、どこまでも下種い笑みを浮かべて柔らかな身体を堪能する主神。

 

「……やれやれ」

 

 そんな『いつも通り』の光景に軽く呆れた様に息を吐くグリファスだったが、それを見てようやく『帰って来れた』様な気がした。

 

 

 


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