討伐部隊が壊滅した、一週間後。
ベオル山地。
オラリオの近辺に位置する山の中で、野営地が作られていた。
生き残った冒険者達―――オラリオの貴重な戦力を救出する為に荒野へ向かった【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の混合部隊だ。
グリファス達や死者の亡骸を回収した彼等は、オラリオへの帰路に着いている。
「……」
野営地に築かれた天幕の一つ。
その中で、エルフの麗人が息を吐いた。
リヴェリア・リヨス・アールヴ。
女神にも勝る美貌を誇る【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者だ。同時、目の前で眠るグリファスの血を引いた
彼女達に発見されたグリファスは相当負担を溜め込んでいたのだろう。二言三言言葉を交わした後は死んだ様に眠っていた。
「……はぁ」
重い重い溜め息をつく彼女の表情は暗い。
今回の死闘の結果、個人的に親交のあった精霊とその夫の遺体が見つからなかった事も拍車を掛けていたが、それとはまた違う要因による物だった。
事実上、【ロキ・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】は敵対関係にある。
元はと言えば
しかも、グリファスの【ファミリア】は今後本格的に自分達と争う事になる。
今回の救出作戦も、曽祖父の身を案ずるリヴェリアの存在が無ければロキが協力する事は決して無かっただろう。
「……全く、もどかしいな」
抗争が始まるとなれば、もうこれ以上彼に手を貸す事はできなくなる。
そんな派閥のしがらみに縛られるリヴェリアは、ほとほと
「全く、苦しむ家族に手を貸せないなんてな……」
目の前で眠る老人の顔には、涙の跡があった。
「うぁ、あぁ……!!」
静まり返ったホーム、その一室で幼い少女の泣き声が響く。
「お父さん、お母さん……!!」
「……」
沈痛そうな表情をして見守るヘラが、机の上から一つの封筒を取り出す。
それには、可愛らしい刺繍が刻まれていた。
「―――アイズ」
「……ぇ?」
突然手を取られ、封筒を握らされたアイズは目を丸くする。
「これ―――アリアからの手紙」
「!?」
ヘラの言葉に目を見開くアイズは、慌ててそれを見た。
封筒に刻まれた刺繍は、確かに彼女の母親が好みそうな物だった。
「……ふぅ」
再び嘆息し、その場を立ち去ろうとした時だった。
ガシィ!!と。
その細い腕が、伸ばされた手に掴まれる。
「……グリファス?」
「……リヴェリアだな」
「大丈夫なのか?あ、動くと―――」
「―――頼みがある」
瞠目するリヴェリアに構わず、万全では無い体を動かして汗を流すグリファスは、その内容を告げた。
「―――」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正気か?」
何を言っているのかと思った。
頼みがあると言われた瞬間、
だが、その懇願は確かにリヴェリアの理解を超えた。
「―――アリアの娘を、【ロキ・ファミリア】に預けるだって?」
『私の愛するアイズへ』
封筒の中から出てきた一枚の紙。
その『血』が関係しているのか、母子で通じる
『この手紙を読んでいる時、それはきっと私とライズがもう二度と貴女と会えなくなった時だと思います』
「っ―――」
視界が濡れる。
目をごしごしとこすり、少女は続きに目を通す。
「―――今回黒竜に敗北するのは、ある意味では
『一応私も黒竜の恐ろしさは身に沁みていたからね。勝てる確証は無かったから、私も色々考えてみたんだ。でも―――』
「だが、派閥の勢力を大きく失った我々では迷宮都市の頂点に立つことはできない。今回の損失は
『グリファスさえ生きていればどうにかなりそうだけど……彼だけじゃ駄目みたい』
「私一人では都市最強派閥の名を維持できない。そして上に立つ者が無くなった場合、オラリオがどうなるかお前なら分かるだろう?リヴェリア」
「まさ、か―――」
「あぁ―――世代交代が必要だ」
『この手紙が開かれてから一ヶ月後には、【ヘラ・ファミリア】【ゼウス・ファミリア】は消滅する。そうならなくちゃいけないの』
「―――私達に、都市最強派閥になれと?」
「厳密には、かつての都市最強派閥を壊滅させる形、でな」
『ヘラとゼウスにはオラリオの外に出て行って貰う事になっているけれど……団員達の行き場も無くなっちゃうでしょ?アフターケアって事で、ホームに残っている団員達の今後を考えてグリファスが最大限の用意を整えたみたいだけど。アイズをどうするか、私とライズも考えたんだ。本当なら、私達が見て居たかったんだけど―――ごめんね?』
「だから―――私達に、アリアの娘を預けると?」
「その通りだ」
『私の友達で、【ロキ・ファミリア】のエルフが居てね?ちょっと厳しい所もあるんだけど
「【ロキ・ファミリア】は確かな実力を持っている。そこに行けば
『アイズと同い年位の子供もいるからね。きっと馴染めるよ!』
「だが、そんな話私は聞いていな―――」
「らしいな。出発前日にようやっと思いついたらしい」
「……」
『てへ。実は何も打ち合わせしていなかったから、多分事情聞いたら頭抱えるんじゃないかな。でも大丈夫。それがOKって証だから』
「―――話は分かった。だがすぐには返事ができないから、オラリオに戻った後ロキやフィン達と相談させて貰って構わないな?」
「あぁ、もちろん。急にこの様な話を持ちかけて済まないと思っている」
「……気にしないでくれ。せめてもの償いだ」
「?」
「……そろそろ出発する様だな。疲れている所悪いが、このままオラリオに帰る事になる。用意して置いてくれ」
「あぁ、分かった」
そして天幕を出て行ったリヴェリアは空を見上げる。
「……やれやれ。とんでもない話になって来ているな」
そして、静かに頭を抱えた。
手紙には、続きがあった。
『お願いがあります』
『好き嫌いしない事、友達は大切にする事。後……自分一人で悩んで、思い詰めたりしない事。絶対失敗するからね。昔は私しょっちゅうだったから』
『最後になるけれど……貴女を最後まで見てあげられなくて、本当にごめんなさい。本当なら貴女の成長をライズと一緒に見守って、友達と遊ぶ姿や、貴女が自分だけの大切な人を見つけて幸せになる所も見守っていきたかったけれど……本当に、本当にごめんなさい』
「お母、さん……」
本当に、もう会うことはできないのだと言う実感が浸透する。
涙が、ぽつりとこぼれた。
手紙に雫が落ちるのを見て目を拭ったが、大粒の涙は止まらない。
そして、最後にそれはあった。
『私は―――ずっとずっと、貴女を愛してるよ』
幸せそうに笑う
もう、耐える事はできなかった。
「ぁ―――」
静かに、手紙が床に落ちる。
「あ、あぁ、あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「……」
顔を両手で覆って泣き崩れる少女を、見守る
女神の部屋に響く泣き声は、何時間も止まらなかった。
「ぅ、あ……」
涙は枯れた。
泣き疲れて目を腫らし、少女は女神に抱き締められるまま眠りにつこうとする。
(待って……)
(取り戻すから……)
声もロクに出ない中、幼い少女は静かに宣言する。
強くなろう。
強くなって強くなって強くなって。
必ず、取り戻そう。
失われた尊厳を。
いなくなった家族を。
黒竜に奪われた、両親を。
(絶対に、取り戻すから!)
それが。
後に【剣姫】と呼ばれる少女の、始まりだった。
ソード・オラトリア5巻読みました。ちょっと頭抱えた。
原作設定との乖離が激しくなっている……。まぁ、流石に直すのは厳しいので……。
古代の英雄の名もズレが出たし……アルバート≒ジャック、にするか?死ぬほど強引ですが。女帝イヴェルタと