怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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戦場の傷跡

 

 

 荒れ果てた大地。

 

 凄まじい力によって周囲が大きく抉られ割られ、焼け焦げた跡や凍りついた薄氷など、魔法の残滓が残る地面がその激闘を物語っていた。

 

 住処を襲撃された黒竜はそこにはいない。あるのは、死屍累々と転がる冒険者達の姿だ。

 

 彼等の末路を示すかの様に、荒野には多くの血だまりが広がっている。

 

「うっ……」

 

 そんな中。

 

 荒野の形を変える大きなクレーターの中心で、狼人(ウェアウルフ)の少女が呻いた。

 

「く……ぅッッ!?」

 

 紅く染まった視界の中に黒竜がいない事に気付き、起き上がろうとするが―――全身の痛みが爆発し、再び倒れ込む。

 

「畜、生……」

 

 手足がへし折れ、全身が悲鳴を上げる中仰向けに転がり、灰色の空を見上げる。

 

『―――アレは今までのモンスターとは次元が違う』

 

『戦闘中魔石を破壊できなければ負けと思え』

 

『これを渡す。良いな、生きて帰る事に専念しろ』

 

 耳に胼胝(たこ)ができる程聞かされたグリファスの言葉の意味を、身を以って思い知った。

 

 そもそも最初から次元が違ったのだ。

 

 挨拶代わりにグリファスと黒竜の馬鹿げた砲撃が交わされ。

 

 恐らく事前に戦った海の覇者(リヴァイアサン)すら一撃で沈めかねない程の魔法を凌いだ怪物との死闘が始まり。

 

 斬っては殴られ、撃っては焼き焦がされ、削り取っては叩き潰され―――自分達は、負けた。

 

「……」

 

 ポツリ、と小さな滴が頬に当たって弾ける。

 

 雨が降り始めた。

 

 最初は弱かった雨音が徐々に強くなる中、第一級冒険者の五感が近付く一人分の足音を知覚する。

 

「―――アロナ。生きていたか」

 

「……こっちの台詞だ、爺」

 

 血反吐と共に憎まれ口を叩き、王族(ハイエルフ)の老人を見上げる。

 

 人の事を言えた義理では無いが、随分と酷い姿だった。頭部には血がこびりつき、不壊属性(デュランダル)を持つ銀義手(アガートラム)も壊れてこそいない物の罅割れてボロボロだった。

 

「……」

 

 真上の暗雲を見上げる。

 

 黒竜との戦闘が始まる直前、部隊の人間はグリファスから渡された漆黒の丸薬を飲んだ。

 

 それは服用した者の意識が途絶えた時、その者を一時的に仮死状態へと陥らせる丸薬だ。そして黒竜は、生命活動の止まった人間を必要以上に叩き潰す事は無い。

 

 自分やグリファスの様に生き残った者は、致命傷を受けずに済んで生き残る事ができたのだろう。

 

 微かな希望を持って、尋ねる。

 

「……何人、生きてる?」

 

「……」

 

 しかしそれは、グリファスの暗い顔を見て砕け散った。

 

「……私達の他には四人。後ろに居た面々だ」

 

「ッ……」

 

 動揺を感じ取ったのか、目を細めるグリファスはそれでも続ける。

 

「黒竜の砲撃……その余波を受けて重傷を負った者もいたが、辛うじて残っていた上級回復薬(ハイ・ポーション)を使ってどうにか回復させる事ができた。もうじきオラリオから迎えの部隊がやって来るはずだ」

 

「……なぁ」

 

 どうしようもない程、掠れた声だった。

 

「本当に、それだけ……?」

 

「ルーラにホルス、桜に……後は【ゼウス・ファミリア】の虎人(ワータイガー)……ライアスだったな。見て回ったがそれだけだった」

 

「―――」

 

 自分がどんな顔をしているのかも分からなかった。

 

 八四人もいた部隊。実際に怪物と戦った第一級冒険者は一六人もいたはずだった。

 

 なのに―――たった、六人?

 

「……あー畜生。ざまあねぇな。あんだけ啖呵切っといてこのザマか。本当情けねぇ」

 

「一〇〇〇年間誰にもこなす事のできなかった三大冒険者依頼(クエスト)、その内の二つを成功させたんだ。恥じる事は無い」

 

 視界が歪む。

 

 思い浮かんだのは、死闘の最中の一幕だった。

 

「あの時、私を庇わなかったら、ラインは―――」

 

「そんな風に後悔するお前を見て、あいつが喜ぶとでも思うか?」

 

「っ」

 

 歯を食い縛る。

 

「死んだ者の為にも精一杯生きろ。それが残された者にできる事だ」

 

「……分かってるよ」

 

 片手で目元を覆って吐き捨てると、グリファスは一本の上級回復薬(ハイ・ポーション)を置いて去って行った。

 

「……」

 

 その背を見て、思う。

 

 きっと彼は、自分の感じている痛みを何度も何倍も感じて来たのだろう。彼等を決して忘れず、その痛みを何度も乗り越えて来たのだろう。

 

 その強さが、羨ましかった。

 

 そして、それ以上に―――、

 

「―――あぁ、くそ」

 

 雨が降りしきる中、狼人(ウェアウルフ)の少女の瞳から涙が溢れる。

 

「―――悔しいなぁ」

 

 

 

 

『もし死んだら、骨拾い頼むわ』

 

「……」

 

 一〇〇〇年も前、けたけたと笑いながら言って来た仲間(ジャック)の言葉を思い出す。

 

 あの頃は縁起でもないと切り捨てたが、あながち冗談でも無かったのかも知れない。そのやり取りから一月も過ぎない内に黒竜が現れたのだから。

 

 雨の中、下半身から下を消し飛ばされた仲間を担ぐグリファスは、今は動かない青年を台車(カーゴ)の中に入れる。

 

 高い【ステイタス】を持っていた彼等の体は、黒竜に殺されてもまだ原型を留めていた。

 

 今残っているボロボロの魔導具(マジックアイテム)を組み合わせて即席の結界を作れば、死体の浸食を防ぐ事ができる。もうすぐ来るオラリオからの部隊に頼めば彼等の遺体はほとんどが家族の元に届くだろう。

 

 それがグリファスにとって、彼等とその家族にしてやれる唯一の事だった。

 

 だが―――、

 

「……無い?」

 

 二人。

 

 他の構成員の遺体が見つかったにも関わらず、二人の遺体だけが無かった。

 

「―――」

 

 思い返す。

 

 アリアと、ライズ。

 

 自分が意識を消し飛ばされる直前、あの二人はまだ戦っていた。

 

(まさ、か―――)

 

「―――最悪だ」

 

 表情を歪め、静かに呻く。

 

 このままでは少女(アイズ)に顔向けできない、と言う思いもあったが、それだけでは無い。

 

 もし、自分の予想が的中していたとしたら―――

 

もう黒竜は(・・・・・)倒せなくなるぞ(・・・・・・・)……」

 

 




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