怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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書きたい物書いてたら凄い量になった。後悔はしてない。


妖精追憶

 

 

 あの日。

 

『―――お帰りなさい、グリファス』

 

『ヘラ……』

 

 恩恵(ファルナ)に存在する神血(イコル)の繋がりで団員の生死を確認できる彼女は、既に眷属(レイラ)の死に気付いたのだろう。

 

 オラリオに帰還し、ホームに戻ったグリファスを呼び出したヘラの笑顔は、どこか寂し気だった。

 

『やっぱり、レイラは……?』

 

『……故郷()で死ねて幸せだったんだな。安らかな死に顔だったよ。本気で悲しんでいるこちらが馬鹿みたいだった』

 

『そっ、か……』

 

 自嘲を含んだ笑みと共に告げると、女神はそっとうつむく。その目には涙が浮かんでいた。

 

 事実として理解はできても、そうそう受け入られる物では無かったのだろう。そう察するグリファス自身胸中を哀しさが支配するのを感じていた。

 

 それでも喪失感を感じないのは、最期に力を譲渡された事が関係しているのだろうか。

 

 思考するグリファスに、切なく笑うヘラはそっと尋ねた。

 

『……【ステイタス】、更新するでしょ?前の遠征からやって無かったし』

 

『……あぁ』

 

 無理して気丈に振る舞おうとする主神に気付きながら、それに甘える。更新の為上着を脱いで横になった。

 

『―――どんな死に方だったの?』

 

『……そうだな。思い出のある大樹(場所)の傍で眠る様に亡くなったよ。死に際に大量の魔力を渡された』

 

『え?魔力を?そんな事ができるんだ……レイラから貰ったんなら「魔力」が凄い上がってそうだけど……』

 

 王族(ハイエルフ)の老人の背に神血(イコル)を垂らし、彼と話しながら手を動かしていたヘラはソレを見て―――固まった。

 

『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え』

 

『?』

 

『「魔力」がD評価だったのに、カンストしちゃった……「スキル」も、レイラと同じ効果のが……』

 

『……何だって?』

 

『ちょっと、待って……これ』

 

『……はは』

 

 羊皮紙に綴られている、共通語(コイネー)に走り書きで翻訳された【ステイタス】を見て―――彼は、力の無い笑みを浮かべた。

 

 妖精追憶(オベイロン・ミィス)

 

 スキルの欄に新たに刻まれたソレに、思わず苦笑する。

 

『全く、アイツは……とんでも無い物を残してくれた』

 

 

 

 

「―――【世界の始まりから存在する二つの深遠】」

 

 高速で飛行するグリファスは翼の出力を跳ね上げ、急旋回する。その直後に陸の王者(ベヒーモス)の放った咆哮(ハウル)が紙一重の空間を貫いた。

 

 レイラに魔力を譲り渡された後の更新で発現した妖精追憶(オベイロン・ミィス)

 

 その効果は、詠唱文と効果を把握した同胞(エルフ)の魔法の行使。

 

「【足を踏み入れし愚者は瞬く間に凍りつき、無数の氷像が形作られる】」

 

 詠唱するのは、最愛の妻であると同時に迷宮都市最強魔導師として君臨していた王族(ハイエルフ)の女王、レイラ・ヴァリウス・アールヴの広域殲滅魔法。

 

 あらゆる物を凍てつかせる純白の吹雪でもって宿敵を撃滅しにかかる。

 

「【咲き誇れ青い薔薇(バラ)、至れ氷の王国】―――【我が名はアールヴ】!」

 

 巨竜の砲撃(ハウル)を次々と回避しながら、詠唱を完成させた。

 

 彼を中心に、純白の魔法円(マジックサークル)幾重(いくえ)にも展開される。凄まじい魔力の規模に陸の王者(ベヒーモス)の巨体が揺れた。

 

 行使者と共に世界から一度失われた魔法、その名が紡がれる。

 

「―――【二ヴルヘイム】」

 

 その瞬間、世界が塗り替えられた。

 

 生き物に等しく飢えと渇きを与える砂漠、その一角が純白の嵐に呑み込まれたからだ。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』

 

 絶対零度の吹雪に閉じ込められた陸の王者(ベヒーモス)が悲鳴を上げる。その体にビキビキパキっっ!!と氷が張る。

 

 抵抗があった。

 

 そしてそれは、魔法を脱け出すにはまだ遠かった。

 

『―――』

 

 一〇秒にも及ぶ絶対零度の暴嵐。

 

 それが終わった時、白く凍てついた砂漠には物言わぬ巨像があった。

 

「……」

 

 油断無く眼下の白い世界を見下ろすグリファスは、静かに武器を構える。

 

 余程の力が無い限り、この魔法を耐える事は難しい。

 

 大抵のモンスターは断末魔を発する事もできずに氷像と化すし、よしんば数秒耐えたとしても息を吸った途端極寒の暴風が内臓を破壊し尽くすからだ。

 

 それでも、忘れるな。

 

 黒竜には劣れど、目の前の巨竜は一〇〇〇年も生き続けたLv.7を超える潜在能力(ポテンシャル)を持つ怪物―――陸の王者(ベヒーモス)である事を。

 

『―――ッ』

 

 パキっ。

 

 氷の罅割れる音が、純白の世界で響いた。

 

 ピシッ、ビキ、ミシ……、と破壊の音が連鎖する。

 

 氷像の全身に罅割れが走るのは、そう時間がかからなかった。

 

『―――オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 完全に凍りついた左前足を除いて氷の牢獄を完全に破壊した陸の王者(ベヒーモス)の咆哮が轟く。

 

「―――」

 

 そしてそれを認めたグリファスは、パックバックから三冊の書物を取り出す。

 

 それぞれ表紙の部分に美しい宝石を埋め込まれたそれを、ぞんざいに放り投げた。

 

「回路接続確認、『紅蓮の書』『蒼の書』『白の聖典』―――同時展開(・・・・)

 

 その直後、三冊の書物が同時に開かれて光を放ち、グリファスの周囲に浮かび上がる。

 

 真の魔導書(グリモワール・ネオ)

 

 発展アビリティ『魔導』『神秘』を最も極めたグリファスにしか作成できない、魔導書(グリモア)の上位互換。

 

 その効力は、書に刻まれた複数の魔法の無制限無条件発動(・・・・・・・・)

 

「【クリムゾンランス】、【フリーズエッジ】、【ホーリーレイン】」

 

 それが輝き―――一斉砲撃が放たれた。

 

『ッ……!』

 

「……」

 

 凄まじい爆音が連続し、グリファスの表情に感情は無かった。

 

 炎の槍、大氷の刃、光の雨―――空を埋め尽くされん程の魔法の連射を受ける巨竜は、しかし一歩も引かない。

 

 どんな傑作でも第二級魔導士の長文詠唱程度の威力しかでないと言う難点を除けば最高の一品と言えるが、やはり陸の王者(ベヒーモス)には通用しない。その強靭な皮膚に全て阻まれてしまっている。

 

 完全に予想通りだった(・・・・・・・・・・)

 

「―――さて」

 

 もう一つの魔導具(マジックアイテム)、『霊光の宝玉』を取り出し、彼は巨竜の元に投擲(・・)した。

 

 彼の魔力を一定量、一〇年に渡って溜め込まれた宝玉は魔法に縫い止められる陸の王者(ベヒーモス)に直撃し―――大爆発。

 

【二ヴルヘイム】を受けて凍りついた前足を、粉々に吹き飛ばした。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

「よしっ……」

 

 巨竜の視界と動きを奪った砲撃は、魔法で負わせた傷に魔導具(マジックアイテム)を叩き込んで重傷を負わせる為の布石。笑みを浮かべるグリファスはアスカロンを構え、詠唱を始める。

 

「―――【吹き寄せる熱風、永久(とわ)の業火】」

 

 崩れ落ちた陸の王者(ベヒーモス)に向かって翼を羽ばたかせ、突貫する。

 

「【世界の始まりから存在する二つの深淵】」

 

 紡ぐ【妖精女王(ティターニア)】の攻撃魔法。

 

 全てを焼き尽くす炎を呼び起こし、最後の一撃を叩き込む。

 

「【足を踏み入れし愚者は瞬く間に焼き尽くされ、跡には灰すら残らない】」

 

『ッ―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「っ!」

 

 放たれた砲撃(ハウル)

 

 迫り来る衝撃に、王族(ハイエルフ)の老人は目を細め―――紅い魔力をその身に纏った(・・・・・・・・・・・・)

 

 アスカロンを振り下ろし、衝撃波を打ち砕く。

 

『ッッ!!??』

 

「【咲き誇れ紅蓮の(はな)、至れ炎の国】―――【我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱を終わらせたグリファスは、驚愕に眼を見開く陸の王者(ベヒーモス)に向かって極大剣を構え―――一息に振り下ろした。

 

 記憶の中の英雄(ジャック)の動きをなぞり、眼球を貫く。

 

『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!??』

 

 苦悶の叫喚を上げる陸の王者(ベヒーモス)が暴れ狂う中、歯を食い縛って彼は耐え―――魔法名を叫ぶ。

 

「【ムスペルヘイム】!!」

 

 展開された魔法円(マジックサークル)に呼応し、大剣が紅く輝く。

 

 竜殺し(アスカロン)の片刃、それに使われている精製金属(ミスリル)が魔法を喰い尽くす。

 

 そして―――紅く燃える巨剣が、陸の王者(ベヒーモス)の頭部を焼き切った。

 

『ッ……!!』

 

 左の眼球を中心に頭部を斜めに焼き切られ、巨竜のシルエットが崩れる。

 

 全力で回復を始め、どうにか命を繋ぎ止めようとする陸の王者(ベヒーモス)に残された片眼―――それが、大炎剣を振り上げる老人の姿を捉えた。

 

『「―――っっ!!」』

 

 巨竜は回復を即座に放棄、その角を振るってグリファスを迎撃し、王族(ハイエルフ)竜殺し(アスカロン)を振り下ろした。

 

 激突する。

 

「な……!」

 

 炎剣が押し負け、罅割れる。

 

 翼の後押し、力の手袋(ヤールングローヴィ)、Lv.7の【ステイタス】を使っても力と頑強さで上回って来る怪物に、グリファスは苦笑した。

 

「やれやれ、これだから怪物は―――」

 

 追憶(おもいで)の巨剣に別れを告げ、砲声(・・)する。

 

「―――【ムスペルヘイム】」

 

 それは、世界を焼いた。

 

 竜殺し(アスカロン)を砕いて解き放たれたのは獄炎の槍。

 

 それは巨竜の角を消し飛ばし、頭部を貫き、肩、胸と次々と肉体を撃ち抜いて―――巨大な『魔石』を、完膚なきまでに打ち砕いた。

 

『―――』

 

 灰になる巨体、馬鹿げた量の『ドロップアイテム』。

 

「……ははっ」

 

 それを見て、笑い―――老人は崩れ落ちた。

 

「はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 炎で焼かれても溶けなかった氷の大地に仰向けに転がり、一頻り笑う。

 

「やったぞ、私は遂にやった!たった一人で陸の王者(ベヒーモス)を撃破した!信頼する【ファミリア】の家族達も海の覇者も撃破し、残るは後一体だ!」

 

 両手を広げ、天に宣言するかの様に叫んだグリファスは―――そこで笑みを苦い物に変える。

 

「だが―――これでも駄目だな(・・・・・・・・)黒竜で打ち止めか(・・・・・・・・)

 

 

 

 その、一週間後だった。

 

 黒竜討伐の為グリファスと合流した【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】が黒竜に敗北し、壊滅したと言う急報が彼等の主神からもたらされたのは。

 

 




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