怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

42 / 79
学校、忙しい。連休、忙しい。



ウラノス

 

 神ウラノス。

 

 オラリオの創設神とも呼ばれる、最初に下界へ降臨した神々の中の一柱だ。

 

 彼はこの地に最初の『神の恩恵(ファルナ)』を与え、精力的に塔と要塞着工に取り組んだ。

 

 彼の尽力によってモンスターの侵攻を防ぐ事に成功し、オラリオの原型となる要塞都市は完成に至ったのだ。

 

 そして時が過ぎ、オラリオがある程度安定した頃に【ウラノス・ファミリア】は彼の手により解体された。その後彼は当時のグリファスと共に派閥を再編成し、都市の管理機関ギルドは発足した。

 

 無駄な(いさか)いを防ぐためギルドの職員達には恩恵(ファルナ)を与えず、隠し持つ私兵もフェルズと【ヘルメス・ファミリア】、グリファス、そして一つの『異端』に留まっていた。

 

 現在はギルドの地下、祭壇でダンジョンを抑え込む為に日々『祈祷』を行っている。

 

 そんな老神(ろうじん)に笑みを向けるグリファスは、全てを見透かす様な碧眼と目を合わせた。

 

「何の用だ、グリファス」

 

「あぁ、一〇〇〇年前からの無理難題(クエスト)を片付ける前に、疑問を解消しておきたくてな」

 

 眼を細めるグリファスは、かつての主神向かって単刀直入に尋ねた。

 

「……一体お前は、何を企んでいる?」

 

 いきなり企てられたモンスターフィリア。あの様な催しを目の前の老神が提案したと言うのは明らかに異常だった。

 

 眼を細める彼の言葉に、ウラノスはゆっくりと口を開いた。

 

「アレは……『異端児(ゼノス)』の望みを叶える為の布石だ」

 

「―――っ」

 

 その言葉で、全てを察してしまった。

 

 異端児(ゼノス)、と言う言葉がある。

 

 いつからかダンジョン各地で見つかる様になった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指す言葉だ。かつてウラノスから依頼を受けた【ゼウス・ファミリア】が何体かを捕獲し、話を聞いたウラノスは『保護』と言う名目で支援を行っている。

 

 竜人(リザードマン)のリド、歌人鳥(セイレーン)のレイ、石竜(ガーゴイル)のグロス……彼等と対話をした事もあるグリファスは、その『望み』を正確に察する。

 

「ヒトと、モンスターの友和……とうとう、やるつもりなのか……?」

 

神意(しんい)は既に定まっている。ダンジョンに祈祷(きとう)を捧げ続けてきた私に、彼等の慟哭(どうこく)から目をそらす事はできない」

 

「……」

 

 ギルドの守護神としての地位を揺るがしかねない発言だった。

 

 だがグリファスはもう何も言わない。

 

『俺ハ、覚エテイルゾ。オ前ノ事ヲ―――』

 

 もう知っているからだ。

 

 ダンジョンの奥深くで転生を繰(・・・・・・・・・・・・・・・)り返す中で今までに無か(・・・・・・・・・・・)った理知を手に入れながら(・・・・・・・・・・・・)ヒトからもモンスター(・・・・・・・・・・)からも忌み嫌われる存在の事を(・・・・・・・・・・・・・・)

 

『―――やはり、ヒトと分かり合う事はできないのでしょうカ』

 

 その絶望を。

 

『俺っちは―――前に見たあの空を、見てみたい』

 

 その切望を。

 

「―――」

 

 そこまで考えて嘆息したグリファスは、思考を切り換える様に首を振る。

 

「……まぁ、突然あの催しを始めようとした理由は良く分かった。もう帰るとするよ」

 

 とんだ無駄骨だった、とぼやく王族(ハイエルフ)の老人はかつての主神に背を向ける。

 

「―――いけそうか?」

 

「……」

 

 そして、不意に投げかけられた老神(ろうじん)の言葉に立ち止まった。

 

 何の事かは、聞かなくても分かった。

 

 傍らのフェルズが耳(?)を澄ませるのに気付きながら、振り向きもせずに告げる。

 

「まぁ、無理だろうな(・・・・・・)

 

 感情の込もっていない声音で、彼は断言した。

 

「三大冒険者依頼(クエスト)―――陸の王者(ベヒーモス)海の覇者(リヴァイアサン)はまだ撃破できるだろう。だが―――黒竜は違う」

 

「アレを撃破するのに求められるのは、全てを消し飛ばす『英雄の一撃』だ」

 

「数百年見てきたが、最盛期の今でも【ヘラ・ファミリア】に―――いや、【ゼウス・ファミリア】にも、存在しない」

 

「だから―――もう潮時だと判断した(・・・・・・・・・・)

 

 そう。

 

 彼は、いや、レイラを含めた二人は一〇〇〇年間ずっと探してきていた。

 

 時代を担う英雄を。

 

 黒竜の片眼を潰した英雄(ジャック)や、『古代』共に戦った戦友(なかま)にも勝る素質を持った者達の到来を。

 

 だが、二つの【ファミリア】にはそれが存在しない。だから黒竜には勝てない、と。

 

 容赦無く彼は断じた。

 

 そしてその旨は、依頼の話を聞いた時に己の恩恵(ファルナ)が奪われる可能性を無視してヘラとゼウスにも話している。

 

 黒竜討伐におけるどうしようもない程の危険性(リスク)を知りながらも、二人は、いや、話を聞いた彼等(・・)は笑った。

 

『おいおい、お前は何を見てきた?』

 

『大丈夫。貴方の言う通りこの子達は二つの【ファミリア】黄金世代なんだから。黒竜も倒せるわよ』

 

『貴方もいるんだ、必ずやれます』

 

『魔石ぶっ壊せば終わりだろ?私が叩き斬って吠え面かかせてやる』

 

『ね?』

 

「……っ」

 

 そこまで思い返し、冷酷な表情が崩れそうになる。

 

 結局、始まる前から諦めているのは自分だけなのだ。

 

 若い彼等は未来を見据え、世界に巣食う怪物を討たんとしていると言うのに。

 

「……どう足掻こうと、黒竜は倒せない。だが―――」

 

「生き残る事はできる、だろう?」

 

 一瞬の沈黙があった。

 

 ややあって、表情を崩した老人は苦笑する。

 

「……神にはお見通し、と言う訳か。Lv.7になってからは多少誤魔化せる様になったのだがな」

 

「今のは下界の者―――いや、お前を知る者ならば容易に察しただろう」

 

 家族(ファミリア)の犠牲を、お前ならば必ず最小限に抑えようとするはずだ。

 

 そう告げる老神(ろうじん)は、珍しく微笑んだ。

 

 これは、(おや)からかけてやる事のできる数少ない激励だ。

 

「―――必ず、生きて帰ってこい」

 

「まだ、やる事が幾らでもあるからな」

 

 笑みを返しながら、グリファスは今度こそその場を立ち去る。

 

 静かになった祭壇に、周囲の松明(たいまつ)が燃える音がしばらく響いた。

 

 




原作で新要素が出ると、どうしても絡めたくなってしまう。これが吉となるか凶となるか……何だかハラハラします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。