『……はぁ』
オラリオから遠く離れた、とある海国。
その国を治める王族達の住まう城、その内の一室で物憂げに息を吐く少女がいた。
女神の様に整った顔立ち。青い髪には一房のみ白が混ざっている。眼鏡の奥から覗く碧眼は失意に沈んでいた。
身に
海に囲まれた世界。王宮と言う名の牢獄は、彼女にとってはどこまでも窮屈だった。
『……あ』
その視線の先で、一羽の鳥が飛び立つ。
水平線の向こうに消えていくその姿に、少女は束の間目を奪われた。
『―――私も』
あんな風に飛ぶ事ができたら。
どこまでも広がる大空に向かって飛び立ち、自由にあるがままに暮らす事ができたら。
こんなちっぽけな
どこまでも自由な鳥達に憧れ、羨望を抱いて呟くと―――背後から声が聞こえた。
『―――うんうん。成程、ロマンだよなぁ』
『!?』
突然の声にバッ!と振り返る。
いつの間にか自室にいた男性は、人差し指を立てて『し、シィーっ!』と言う。
『……』
明らかな不審者。
警戒する少女は従者を呼び出す
見覚えの無い神だった。
羽根つきの鍔広帽子を被った細身の男神。その顔に浮かべた柔和な笑みは優男を思わせ、しかし彼女の警戒を解くには不十分だった。
『……貴方は、誰ですか』
『ふっ、しがない唯の神さ―――うわぁ待った待ったちょっとタンマ!ストップ、落ち着いてくれ!』
『貴方が落ち着いてくださいよ……』
無駄に格好つけようとした彼の余裕は少女が
拍子抜けした様に息を吐いた少女は、緊張が抜けるのを感じた。
『で?』
『お、俺の名前はヘルメス。【ヘルメス・ファミリア】の主神さ』
『……?聞いた事ありませんね』
『おぅ、そこまでストレートに言われるとちょっと傷つくな……スタンス変えようかなぁ』
『?』
頭を抱えながら訳の分からない事を口走る彼は、やがて微笑みと共に彼女に向かい合った。
『単刀直入に言うぜ。アスフィ・アル・アンドロメダ―――この鳥籠を脱け出して、俺とオラリオに来る気は無いか?』
「……はぁ」
「おいおいアスフィ、そんな辛気臭い顔してちゃあ美人が勿体無いぜ?」
「誰の所為だと思っているんですか。あと馴れ馴れしく呼ばないでください」
「連れないなぁ」
己を攫った主神が横で笑いかけてくる中、元王女は青筋を立てる。
殴りたい。あの時あっさり頷いた自分を今すぐぶん殴りたい。
てっきり両親や関係者に話を通してあるものかと思っていた。この誘いに乗れば後はもう簡単だろうと思っていた。
それが、まさかの強行突破。
あの後母国の衛兵達に二人は死ぬほど追い掛け回され、【ヘルメス・ファミリア】に所属する上級冒険者の助けによってどうにか事無きを得たのだ。
今二人は迷宮都市に到着し、大通りを並んで歩いている。
「本当、これからどうするんですか……」
「なぁに、彼等にも面子がある。誰とも知れない男神に美姫を連れ攫われたなんて口が裂けても言えないさ。これ以上の追っ手はまず来ないよ」
「だと良いんですがねぇ……」
嘆息するアスフィは横目で主神を見やり、尋ねる。
「で、どこに向かっているんですか」
「ん?」
話し合う二人はオラリオ、西のメインストリートを歩いていた。
てっきり【ヘルメス・ファミリア】のホームにでも向かうのかと思っていたアスフィだったが、ヘルメスはニヤリと笑う。
「おいおい、君の目的を忘れたのかい?」
「は?」
「空を飛んで行きたいって言ってたじゃあないか」
「……良くもまぁそんなこっぱずかしい事覚えてましたねぇ……」
羞恥に頬を赤く染めるアスフィは、そこで目を丸くした。
「て事は……できるんですか?」
「多分ね。当てはある」
笑みを深める男神は、少女に告げる。
「君も聞いた事はあるだろう?『古代』から数多のモンスターと戦い、今や世界最強となった
「……寒気がするな……風邪か?」
「大丈夫?」