『……』
森の中を、一人の老人が歩いていた。
その表情には珍しく余裕が無く、焦燥が見て取れた。
やがて彼は、馴染みの大樹の根元で捜し人を見つける。
『―――レイラ』
『……グリファスですか』
大樹の根元で夕日を浴びていた
『……心配したぞ。置き手紙だけ置いて勝手に出て行って』
『……ごめんなさい』
安堵した様に息を吐いた老人は、レイラの隣に腰を下ろす。
『……どうして、ここに?』
『―――死ぬ時は、ここで眠りにつきたいと前々から思っていたんです』
『ッ……そう、か』
その言葉の意味を悟ったグリファスは、顔を強張らせながらレイラを見やる。
『……まぁ、迷宮で死ぬよりかは多少マシなんじゃぁないか?』
『遺骨も残りますしね』
『……軽口を叩ける程度には平気そうだな』
『これでも結構無理してるんですよ?貴方を心配させない様に』
『それは本人に向かって言う言葉じゃない』
クスクスと笑う老婆に、頭を抱えるグリファスは嘆息した。
『―――お前がいないと、私が困る』
『むしろ困ってもらわないと私が困ります』
『ヘラが泣くぞ』
『それは何よりです。自由奔放な神の一柱が私を大切に思ってくださったと言う事ですから』
『(……随分と口が達者になったな、コイツ)』
『何か言いました?』
『……いや』
『?』
首を傾げる妻の姿に思わず苦笑する。
どうも本人に自覚は無いらしい。いや、自分が勝手にそう感じているだけかも知れない。
真偽はどうあれ、長い年月は自分達を大きく変えた。
多くの神と出会い、別れて行く内にグリファスは【
片や限界まで己の心身を昇華させ、片や魔法を極めた。
それでも、最盛期なのかと問われたら素直には頷けないだろう。
衰えこそ目立たないが動きのキレは数百年前―――それこそ一〇〇〇年前『古代』モンスター達と戦っていた頃と比べれば雲泥の差だろうし、レイラなどはたった今寿命を迎えている。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
重要なのは、最後に過ごせる愛した者との時間だ。
『……やれやれ。とうとうお前も
『あら、寂しいんですか?』
『当然だろう』
悪戯っぽく笑うレイラに不機嫌そうな顔を見せると、余計面白そうに笑われてしまう。
『何が可笑しい』
『あら』
そこで、満面の笑みを浮かべ。
言った。
『―――』
『……くっ』
その言葉を聞いて、笑みが零れた。
『は……はははははははははっ!!いや、まぁその通りだ。そこは認めよう』
『でしょう?』
老夫婦はどこまでも楽しそうに笑い合う。
『ただまぁ、心残りと言えば……貴方が無茶しないか、ですねぇ』
『大丈夫だ。むしろ私達の【ファミリア】の若い者の方が不安になる』
『それもそうなんですけど―――例えば、黒竜とか』
『……』
『やっぱり』
口を閉じるグリファスを見て、今度はレイラが苦笑する。
そして―――黒竜。
現在存在する三大
アレが地上に進出してから、もう一〇〇〇年が過ぎた。
未だに存命するそれは、一〇〇〇年もの間無数の討伐者達を殲滅して来たのだ。
一〇〇〇年もの月日の間、グリファスとレイラは当時の仲間と共に何回も何十回も黒竜に挑み―――仕留めきれなかった。
ある時は部隊を壊滅、半壊させ。
ある時はギリギリの所で逃げられ。
ある時は殺されかけた。
長きに渡る【
『―――正直、お前無しで奴に勝てる気がしないよ』
『それは流石に買い被り過ぎですよ。私の魔法は決してアレを殺し切れなかったんですから』
彼女は自嘲気味に笑いながらも、グリファスの言葉に満更でも無さそうだった。
『だけど―――』
そこでレイラは、老人をそっと抱き締める。
『私にも、貴方に―――世界に
『……?』
怪訝な顔をしたグリファスだが―――気付いた。
己を抱きしめる老女から流れ込んで来る、優しく穏やかで、しかし莫大な魔力に。
『私の
『お前……』
『じっとしていてください』
『……本当に死ぬぞ』
『放って置いても死にますよ。時間に数分程度の誤差が出るだけです』
『
『魔力の扱いについては貴方の得意分野でしょうに。きっと有効に活用できますよ』
『……残念だな。これ程の力を貰っても黒竜だけは倒せる気がしない』
『それなら新しい時代の為に使ってください』
『……ジャック、ガラン、シルバ、ディルムッド―――そして、お前までも私を置いて行くのか』
『流石に貴方でも後数百年も迎えれば寿命が来るでしょう。それまで我慢してください』
『―――全く。頑固な奴だ』
『人間老いればこんなもんですよ』
『じきに生まれる曾々孫の顔も見ないのか』
『……あー。それは確かに残念です』
魔力と共に流れ込んで来るのは生命力やこれまでの記憶、そしてレイラの感情だ。
何故か負の感情はほとんど無かった。あるのは喜び、達成感、
『―――本当に、仕方が無い奴だ』
気付けば、老人の銀色の瞳からは涙が流れていた。
ボロボロと涙を零しながら、グリファスはレイラをかき抱く。
『
『すぐに来たら承知しませんからね。貴方には―――』
その
先ほども、満面の笑みと共に告げた言葉を。
『―――皆が、家族がいるんですから』
それっきりだった。
全魔力を、生命力までも受け渡した
森の中で紡がれた思い出は、白い光に包まれて消えた。
「っ―――」
目を覚ます。
未だ夜も明けていない中、
「……」
瞳が濡れるのを感じる中、グリファスは起き上がる。
あの時の夢を見るのは、数年振りだった。
「―――あぁ、分かっているさ」
今はいない者に、応えるかの様に呟く。
その瞳には、確かな光があった。
それは―――誰も知らない、
活動報告を載せました。今後の方針が少し出ているので参照ください。
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