「ぅ、あ……」
紅く染まった視界が、明滅していた。
割れた大地に倒れるクレスは顔を上げ、周囲を見回す。
「っ……」
悪夢の様な光景が広がっていた。
抉られた大地、血だまりの中に倒れた仲間。塔の瓦礫が辺りに散乱し、漆黒の炎が燃えている。
周囲に転がる罅割れた武器が、彼等の末路を示している様に見えた。
『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
破壊の中心に君臨する黒竜、その咆哮が轟く中。
「グリファス、グリファス!お願い、目を覚まして……!!」
少女の、悲痛な叫びがあった。
己を庇って致命傷を負ったグリファスに、レイラが必死に呼びかける。
『―――』
ギロリ、と黒竜の視線が彼等を射抜いた。
「くそ、が……!!」
動かなければいけない、そんな事は分かっているはずだった。
だが、クレスは動けなかった。
己の攻撃魔法は通用しない。すぐに回復されてしまう。
何より―――黒竜の圧倒的な存在感に、完璧に気圧されてしまっていた。
絶望が彼を呑み込む、その時だった。
血だまりの中で、聖剣を突き立てるジャックが―――立ち上がる。
「ジャック……!?」
「……クレス、動けるか?」
今も吐血する彼は、黒竜の一撃の直撃を受けて明らかな致命傷を負ったはずだった。
その脅威を、その恐ろしさを、クレスと同等以上に感じたはずだった。
だけど。
なのに。
彼は立ち上がる。
圧倒的な災厄を前に、立ち向かって見せる。
「魔力を寄こせ。一撃で決める」
「……」
罅割れ摩耗した聖剣を投げ渡して来るジャックに、目を細めたクレスは―――確かな笑みを見せた。
「無茶させやがって。とっととくたばって来い」
「黙れクソ野郎」
最悪の苦境に立たされているのにも関わらず、二人は軽口を叩き合う。
ジロリと倒れる仲間を見回したジャックは―――一言、告げた。
「―――」
そして、剣を預けたジャックは、黒竜に向かって走り出す。
「……」
黒竜の咆哮を聞きながら、彼は預けられた剣を大地に突き立てる。
罅割れ、刃こぼれを起こした聖剣を目の前に―――詠唱を始める。
「―――【迫る邪悪、邪まなる進軍。迎え撃つは集結する戦士達】」
彼の瞳には、確かな戦意が宿っていた。
『―――グリファス!お願い、目を覚まして……!!』
声が、聞こえていた。
愛する少女が、涙を流しながら縋り付いていた。
―――立てよ。
立てよ!
アレを倒さないと、レイラが死ぬ。
世界が終わる。
守りたかった物が、失われてしまう!
何度もそう己に呼びかけるが、黒竜に叩き潰された身体は指一本動かすこともできなかった。
意識を奪おうと襲いかかる漆黒の世界に青年が抗い続ける中。
視界の片隅で、聖剣を持つヒューマンが―――起き上がった。
再起する。
間を置かずに、彼の黒い瞳がグリファスを射抜く。
『―――グリファス、アリア』
それは、倒れた何人もの戦士達から選ばれた、二人の名だった。
彼は、倒れた仲間の中で動ける可能性がある者は二人だけと判断した。
『生きてんならとっとと起きろ。
それだけだった。
彼は返事も聞かず、二人が起きあがるのも待たずに死地へと向かう。
「……」
呆然と、レイラが彼を見送る中。
転がる銀杖を、
「―――あの腐れヒューマンが……!!」
「本っっ当、腹が立つ……人の返事も聞かないでっ!」
血反吐を吐き、失った腕の断面を押さえ、己の武器で体を支え―――二人が、立ち上がる。
「グリファス、アリア!?」
「【
吐血と共に振り絞った詠唱が完成すると同時、ジャックとグリファスを風が包む。
視線の先、ジャックは黒竜の砲撃を
「まさか、二人共!?駄目です、そんな―――」
「レイラ」
既に重傷を負った二人を止めようとする少女に、グリファスが告げた。
「―――行って来る」
直後。
風と紅い魔力を
苦笑するアリアもそれに続いた。
「……っ」
一人取り残されたレイラは、歯を食い縛る。
取り出したのは、翡翠色の液体が詰まった一本の瓶。
魔法を発動すると消費する
それを、一気に飲み干し―――
「―――【それは、
決戦が、始まる。
人類の命運が決まる、最初の『冒険』。
古代の戦いを描いた
次回で、『古代』における黒竜との戦いが締めくくりとさせて頂きます。
あと二話で、『古代編』完結です。