迷宮内で、地響きが轟く。
「っ……!!」
翼は既に消失していた。
風の加護も紅い魔力も、とっくに消し飛ばされていた。
黒竜の猛攻を受けた身体はボロボロだった。
骨は罅割れ、血まみれになって―――左腕は、消失していた。
「―――」
血反吐を吐くグリファスは目を細める。
現在位置、1階層。かろうじて崩落を免れたルームで、彼は倒れていた。
「―――【我が身にっ、翼を】」
詠唱を始める。
「【
逃げ切れたとは、思っていなかった。
相手は、地下深くからディルムッドを正確に捕捉した怪物だ。
「……【奇跡の、翼を】」
当然―――すぐに、ヤツは来る。
『―――ヴゥ』
気付けば、漆黒の絶望は既にその腕を振り上げていた。
「―――【我が名は、アールヴ】」
歴戦の戦士達を叩き潰し、地形を変え、
振り下ろされる。
「【フィングニル】……!!」
再び虹色の翼を
剛腕を、掻い潜る。
その直後、彼の背後で迷宮が爆砕された。
大地が、揺れる。
「……大丈夫だ。彼は戦っている」
片腕を奇妙な方向に曲げた
「……あの魔法を叩き込んで黒竜を堕としてくれれば最高なんだが……そう簡単には行かないよなぁ」
「―――【傷付く
周りで精霊達が詠唱を行う中、レイラも詠唱を行っていた。
「【豊かな森よ、美しい花園よ、妖精の楽園よ】」
しかし、他の者と違い、レイラが歌っているのは攻撃魔法では無い。
「【契りを結んだ友を守り、彼等を脅かす敵を退けよ】」
仲間を守り、癒やす―――彼女だけの、『回復結界』。
必ず出て来る
「【
ひたすらに願う、彼の帰還を。
己の魔法で癒やし守り、彼を救う為に。
「【実れ、
一際強く、大地が揺れる。
怒りに満ちた竜の咆哮が、世界に轟いた。
「―――来るぞ!!」
槍を構える騎士の叫びに応じる戦士達が武器を構え―――漆黒の炎弾が、『穴』から放たれた。
『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
黒竜に追われて飛び出したのは、血まみれの
「っ―――【我が名はアールヴ】」
片腕を失ったグリファスの姿に瞳を揺らしながらも、詠唱を完成させる。
「「―――」」
空中で激しい猛攻を凌ぐグリファスと、目が合った。
「っ!!」
虹色の翼を羽ばたかせてこちらに突っ込む彼に応じ、魔法名を紡ぐ。
「―――【アルヴヘイム】!!」
高速で飛ぶグリファスが魔法圏内に入った直後、魔法が発動した。
深緑の輝きがドーム状の結界となって戦士達を囲み、彼等を守る。
「―――グリファス!」
彼の翼が、消失する。
「っ!!」
力尽きて落ちる彼の体を、レイラが受け止めた。
その衝撃に少女も吹き飛ばされかけたが、倒れながらもグリファスを受け止めてみせる。
「グリファス、生きてますか!?グリファス!!」
「っ……」
そんな、必死の叫びに。
目を開いたグリファスが、唇を動かす。
「レイ、ラ……?」
「っ……!!」
その言葉を聞いて、涙を流しながら彼を全力で抱きしめる。
優しい輝きを放つ無数の光粒が、彼を、彼等の傷を癒やす、そんな中。
『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
黒竜の一撃が炸裂した。
「っ……!!」
凄まじい衝撃がレイラの構築した結界を不気味に揺らすが、傷一つ付けずに耐え凌ぐ。
「……グリファス?」
「……どの程度、凌げる」
罅割れた銀杖を突き立てて立ち上がろうとするグリファスの問いに、レイラは呟いた。
「……今のと同程度であれば、5回は。砲撃をされると、分かりません……」
『―――』
その直後、黒竜が上空に飛んだ。
明らかに、砲撃を放とうとしている。
「っ……」
「―――一発で良い、耐えさせて」
そう言ったのは、詠唱を行っていた
「詠唱はもう終わった。耐えてくれれば私達が決める」
「……」
迷う暇も無ければ、その理由も無かった。
頷いたレイラは、ありったけの魔力を結界につぎ込む。
その直後。
『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
漆黒の大炎弾が、結界と激突した。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??」
途方も無い衝撃に、レイラの表情が苦悶に歪む。
ピキビギバギギッッ!!と、ドーム状の結界が破られかける中。
必死に耐え凌ぐレイラの背に懸かっていたのは、世界の命運、仲間の命、そして―――傷付き倒れた、グリファス。
「―――ッ!!」
背後には助けたい人がいる。救いたい仲間がいる。
ならば踏ん張れ、耐え切れ、抑え込め。
ありったけの魔力をつぎ込み、命を燃やせ。
全てを懸け、己を賭し、圧倒的な暴力に―――打ち勝って見せろ。
「あァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
その、一瞬だった。
彼等を守る深緑の結界が、眩く輝き―――砲撃と相殺を起こし、爆発した。
「うっ!?」
世界を蹂躙する衝撃波。
一気に吹き飛ばされたレイラが、先の光景を巻き戻すかの様にグリファスに抱き止められる。
砲撃が、食い止められた。
痛いほどの力でかき抱かれ、耳元で囁かれる。
「―――良くやった」
直後。
あらゆる物を切り裂く風の牙が、全てを貫く閃光の乱舞が、焼き尽くし呑み込む獄炎が闇が、黒竜を包み込んだ。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??』
黒竜の砲撃にも引けを取らない、精霊達の全力の魔法。
原型を留めているのが不思議な位の斉射を受け、とうとう黒竜が堕ちる。
『―――』
各所が抉れ焼き焦げ、闇に呑まれた腕など消失していた。
「……」
動きの止まった黒竜を前に誰もが安堵の息を吐き、笑い合うそんな中。
「―――」
唯一ディルムッドが、倒れた黒竜に向かって歩いて行った。
「……ディルムッド?」
「いや、何かが―――」
そう。
特殊な『眼』を持ち、黒竜を最初に目撃した彼だからこそ、その『違和感』に気付いた。
そして、ソレを発見する。
致命傷を負った黒竜、その傷跡から、真紅の光粒が立ち昇っていた。
それは、レイラが回復結界を発動した際に生まれた光粒と、とても良く似ていた。
「ま、ず―――」
警告する暇は無かった。
槍を胸部、魔石めがけて突き出したディルムッドは、剛腕の直撃を受けて薙ぎ払われる。
「「「―――」」」
突然の事態に、誰もが硬直する中。
『―――』
傷の全てを癒やした黒竜が、起き上がる。
『オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
戦士達の反応は早かった。
絶望を飲み込み、武器を手に取り、詠唱を始め―――
―――漆黒の
過去最大の文字数でした。どうでしたか?
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