怪物と戦い続けるのは間違っているだろうか   作:風剣

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追憶、そして―――

 

 

『……』

 

 妖精(エルフ)の住む森の中、王族(ハイエルフ)の青年は一人大樹の側で佇んでいた。

 

 数年前にモンスターの襲撃を受けた森は、その生命力を発揮して元の姿を取り戻しつつある。

 

 彼等の愛した、美しい森だ。

 

『……』

 

 背後の気配に気付き、青年は振り向く。

 

『―――グリファス?』

 

『……レイラか』

 

 美しい衣装を(まと)う少女の姿に、彼は頬をほころばせる。

 

 彼女とはついさきほど契りを交わしたばかりだった。宴会の席を抜けた彼を追ってやって来たのだろう。

 

『……』

 

 そして、静かにグリファスを見つめる彼女は、彼がこの場に訪れた理由も察している様だった。

 

 ここは、大樹の根本は―――彼の師の墓だ。

 

『……最近、ここに来られる時間を取れなくてな……良い機会だったから、報告も兼ねてやって来た』

 

『……そうですか』

 

 微笑む彼女は、そっと彼に寄り添った。

 

『あの方は、きっと―――』

 

 そこで一拍置いて、少女は呟いた。

 

『―――貴方を、私達を祝福してくださると思いますよ?』

 

 グリファスと腕を絡め合い、大樹を見上げる。

 

『っ―――』

 

 月の光を浴びるその横顔は、青年が言葉を失う位に美しかった。

 

『……あぁ』

 

 少女を抱き寄せ、心中で誓う。

 

(―――必ず、守る)

 

 この森も、同胞も、腕の中の少女も―――何があろうと、守り抜いてみせる、と。

 

 迷宮で戦友(なかま)と共にモンスターと戦うより、少し前―――豊かな森の中で、王族(ハイエルフ)の青年は誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 目を覚ました。

 

 寝台(ベッド)の上、毛布の中で追憶(ゆめ)から意識を取り戻す。

 

「……」

 

 連日の戦闘による疲労が溜まっているのか、どこか気怠い体を起こそうとして、動きを止める。

 

 彼と密着する様に、一糸纏わぬ少女(エルフ)が眠っていたからだ。

 

「ん……」

 

「っ……」

 

 どこか艶めかしい声を発しながら身体を寄せ、ぎゅぅ、と満足そうな表情(かお)をして抱きしめて来るレイラに見えない自制心(ナニカ)がゴリゴリと削られた様な気がしたが、グリファスとしては眠っているレイラに手を出すつもりなど欠片も無い。

 

 暫くその柔らかな温もりに包まれていたが、いつまでもこうしている訳には行かない。

 

「―――」

 

 できるだけ静かに少女の腕を外し、毛布から出る。

 

「……」

 

 衣服を纏ってふぅ、と息を吐くグリファスだったが、細心の注意を払ったにも関わらず失敗してしまったらしい。

 

「ん……」

 

 毛布の中で呻くレイラが、目を覚ましたからだ。

 

「……おはよう」

 

「あ、おはようございます……」

 

 軽く挨拶を交わす。

 

 別に、二人の関係が変わった訳ではない。

 

 こうして過ごすだけの余裕が、ようやく生まれただけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合(ユニオン)』が『穴』の付近に陣取ってから数ヶ月が過ぎた。

 

 度重なる探索によって迷宮攻略も10階層まで進み―――それに伴ってディルムッドの千里眼で迷宮が最低でも35階層まである事実が発覚し―――迷宮の『蓋』として機能する事になる塔や巨壁などの建設も進む、そんな中。

 

 クレスの指示によって進められていた居住区の建築が、とうとう完成したのだ。

 

 名目上は完成したにも関わらず現在進行形で行われる彼の改築によって、居住区はだんだん混沌とした様相を醸し出してきているが、現状問題は無い。

 

 現在『連合(ユニオン)』の構成員の多くがこの居住区で過ごしている。

 

 余談だが、この居住区は(のち)にダイダロス通りと呼ばれるようになった。

 

「……」

 

 そして、目を細めるグリファスは路地を移動する。

 

 あれから少しした後、レイラと交友関係のある女性陣が押しかけてきて、

 

『やほー、邪魔するよー』

 

『お邪魔します……』

 

『……精液臭い……レイラ、昨夜はお楽しみだったみたいねぇ?』

 

『いや、流石にこれは分かんないでしょ……超綺麗に整頓されてるし……』

 

『なんで貴女の嗅覚はそんなに凄いんですか……!?』

 

『あ、ヤッたのね』

 

『お楽しみって……?』

 

『アリア、お願いですから貴女だけは純粋(そのまま)でいてくださいね……?』

 

『?』

 

 等と会話があったが、どうもジャックからの伝言もあったらしい。グリファスは彼の住居に向かう事となった。

 

 恐らくは次の侵攻部隊の編成についての話し合いだろうと察しをつける。

 

 辺りを明るく照らす太陽は、既に高くなっていた。

 

 

 

 

 こんな日常が続くと、誰も思っていた。

 

 塔や巨壁が完成し、『蓋』として機能を始める事で迷宮を管理できる様になれば今度こそ安心を得られると誰もが信じていた。

 

 そんな日々は、唐突に打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――迷宮の奥深く。

 

 未だ誰も訪れない、そして1000年後も到達される事の無い深層で。

 

『―――』

 

 食料庫(パントリー)で透明な液体を摂取していたナニカは、顔を上げる。

 

 付近に散らばるモンスターの死骸を踏みつぶし、その赤い瞳孔を開いた。

 

 見上げるのは、はるか上方に存在する街、そして―――どこまでも蒼い空。

 

『―――アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 迷宮全体を震わせる咆哮が、どこまでも轟いた。

 

 




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