ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜   作:キングフロスト

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第45話 狂いしストレルカ

 

 かつて、暗夜には王国一と呼ばれた暗殺者が居た。どんなに困難な依頼であろうと、ほぼ成し遂げてしまうその男の名を、業界内はおろか市井で知らぬ者は居ないとまで言われていた。

 高額な依頼料金ではあるが、仕事を完璧にこなすその腕前には、あのガロン王ですら感心を示しており、何度も自らの配下に加えようとした話は有名だ。

 

 そんな彼だが、有名である割にその顔を知る者はほとんど居なかった。それもそうだろう。彼は依頼を受ける時は人前には決して顔を出さず、声も発さずに筆談を小さな穴がある壁越しに行っていたのだ。取引現場も暗夜王国に無数に存在し、依頼がある時はそこにそれとなく依頼の申し込み用紙を置いておき、再びそこに訪れた時に、自分の書いたものでないものがあれば、取引が進行するという形だ。指定された日時に指定の場所へと行き、そこで直に筆談を交わして話を進めていくという寸法である。一度誰かがその顔を突き止めようと試みた事があるが、取引現場は全て彼の逃げやすい位置取り、地形であるため、彼を捕まえられる事は無かった。

 

 そんな事もあり、名前だけが一人歩きしているような暗殺者であったため、“一体どこの誰だか分からない”、得体の知れない殺し屋として、主にターゲットと成りうる富裕層、貴族達には大いに恐れられていた。

 暗夜の殺し屋『ベルカ』と並ぶ、凄腕の暗殺者。恐らくは偽名であろうが、その男の名は───。

 

 

 

 

 

 

 

「───ストレルカ。それが奴の名だ……!!」

 

 ガチガチと歯を鳴らして語り終える暗夜兵。そして、その語られた当人である透明な暗殺者は、未だミシェイル達と刃を交えていた。

 

「ストレルカ………、そうか! 思い出したぞ!!」

 

 闘いの最中、ハロルドは暗夜兵の言葉、そしてその暗殺者の名を聞き、頭の中で引っかかっていた何かをようやく思い出す。どうしてその声に聞き覚えがあったのか、どこでそれを聞いたのか、何故その声を知っていたのかを。知っていて当然だったのだ。何故なら、

 

「確か…私が捕まえた暗殺者ではないか!」

 

「ああ…ストレルカと言えば、ガロン王の暗殺をハロルドに阻止され、雇い主諸共牢獄送りになった刺客だったな」

 

 ゼロも、そういえば…という風に、その名を思い出した。ガロン王の強行があまりにすぎる統治の姿勢に、暗夜の未来を憂いたとある文官が、ストレルカをガロン王へと差し向けたのだ。しかし、折り悪くエリーゼがガロン王に謁見しており、エリーゼの臣下としてその場に同行していたハロルドとエルフィによって取り押さえられたのである。

 

「ストレルカ…? 知ラネえよ、そンな奴。俺にハ名前ナンてありャシネエ。あるノハ敵ヲ殺す事、ソンだケだ!」

 

 一度大きく距離を取ったアサシンは、空中ですかさず弓矢を引き、ハロルドへと照準を合わせる。そして地面に着地するよりも早く、限界まで引き絞った弦を離した。撃ち出された矢は空を切り、ハロルドの脳天を穿たんと一直線に突き進む。

 

「無駄よ」

 

 しかし、やはりそれは事前に察知していたニュクスにより、炎の障壁を以て弾かれる。ニュクスにはこの場で誰よりもアサシンの行動が把握出来ていた。だから、彼女はいつでも遠距離攻撃に対応出来るように、アサシンの動きを過剰すぎる程に注意して感知に努めていたのだ。神経をすり減らしてまで気を張らなければ、アサシンの動きは捉えきれないのである。

 

「チッ! やっパリオ前邪魔だなァ!!」

 

 苛つきを隠さず、ともすれば愉しげにニュクスへと怒鳴り散らすアサシン。そう、彼はこの殺し合いを誰よりも愉しんでいる。命を奪い、奪われ…それこそが死合(しあい)たりうるのだと。だからこそ、彼は愉しくもあり、同時に苛ついてもいたのだ。命のやり取りは愉しいものだが、こうも一向に殺せないのは、どうにもツマラナイ。殺せなければ、死合の意味がない、と。

 

「助かったよ、ニュクス君! …しかし、それにしてもだね、どうして彼がここに居るんだ? それに、あの透明な姿は一体どうした事なんだね?」

 

 渋い顔をして、ハロルドはぼやけた虚空に目を向ける。声は雑音が混じり、姿はうっすらと何かが居る程度にしか見えない、不可思議かつ不可視の敵。以前ハロルドが取り押さえた時は、普通の人間の姿であったというのに。何故、彼はあのような亡霊じみた姿になってしまったのか。

 そして、暗夜兵の言葉にあった、“生きている筈がない”とは、一体どういう事なのか。

 

「そ、そんなの俺が聞きてえよ!! あいつは、牢獄で病死したんだ! なのに、どうして生きてる!? しかも透明になって! これじゃ、本当に亡霊みたいじゃないか!?」

 

 暗夜兵は怯えた目で、姿の見えぬアサシンへと視線を送る。この暗夜兵は、その男の死体を目にしていたのだ。それも、死後間もなく、という死んだばかりのその男の亡骸を。暗夜兵が王城で牢の見張り番を担当していた、その当時に。

 

 ストレルカという男は、ガロン王の暗殺に失敗した後、牢へと繋がれた。どうしてすぐに処刑されなかったのか。それはガロン王がその男の腕を相当買っていたからというのもある。物怖じせず、それどころか勇み己を討とうとした暗殺者のその度胸。ガロン王は元々その男の事を買っていた事から、殺さず配下として従えようとしていた。支配下に置き、白夜の重鎮の暗殺に用いようと考えたのだ。

 

 しかし、彼はガロン王には一切靡こうとはしなかった。雇い主が誰かを吐かせるための拷問も受けたが、それでも一切白状しなかった。雇い主がバレたのは、その雇い主本人の不注意によるものだったのだ。マクベスの口添えにより行われた犯人捜しにより、証拠である依頼書を処分しようとしたところを押さえられ、その文官は牢獄送りとなり、数日の後に処刑された。

 ストレルカに一切の非は無く、文官が死んだのは本人の自業自得でもあるのだ。雇い主は裏切らない、それがストレルカの方針であり、仕事の上で自らに誓った心構えでもあった。

 依頼人が死んだ後も、彼は牢獄に居続けた。長らくガロン王の誘いを拒み続けたストレルカに、痺れを切らしたガロン王は無理矢理にでも配下にしようと、邪術士を用いて洗脳しようとしたのだが、既に手遅れだった。拷問による傷はガロン王の配下にならぬ限り治療しない、とのお達しがあったため治療されず、その傷が悪化し、病に冒されたのである。

 それから、僅か数週間と保たず、ストレルカは牢獄で息を引き取った。その死亡を確認したのが、この暗夜兵だったのだ。

 

「ならナンだ? 死んだ人間が生き返ったってか? はっ。笑えない冗談だな、コイツは」

 

 ゼロは嘲笑うかのように、目の前のアサシンが既に死んでいる事を否定した。ストレルカが既に死んでいるならば、この透明な暗殺者は一体何だというのか?

 姿は見えずとも、この敵は言葉を発している。意思を持っている。知恵を持っている。死者を用いて作り出すノスフェラトゥとは全くの別物だ。まさか、これが死者であるとは思えなかったのだ。

 

「コイツはストレルカとは別モンだろう。そもそも本人が否定シてるんだ。なら、声のよく似た別人と思ったらイイだろ」

 

「とは言っても、コイツがそれに違わぬ腕を持っているのもまた事実だがな…」

 

 ミシェイルは口を歪ませてアサシンの攻撃を警戒する。透明とはいえ相手は1人。姿が捉えにくいだけであって位置はなんとか捕捉出来るのだが、そこに敵の実力が伴ってくるため、苦戦を強いられていた。

 

「あア~、うるセぇナ!! 俺は俺ダ、ストレルカだカなんダか知らネえが、早ク殺シたいンダよ!! 特二、そコノガチむチ野郎だ。てメエを見てルト頭ガいてェンだヨ!!」

 

 喚き散らすアサシンは、ハロルドに向けて巨大な殺気を剥き出しにして放つ。肥大化を続けるソレは、止まる事を知らず、空間を濃厚な殺意で満たしていく。息をするのも苦しく感じるような錯覚がするほどに、とても濃い殺気。一体どれだけの人を殺せば、これほどまでに濃い殺気を放てるようになるというのか。

 彼らは、今までに感じた事の無い程の殺気を浴び、自然と体は強張り、知らず知らずの内に手に汗握っていた。気を抜けば簡単に殺される、それがこの場の全員が分かっていたのだ。

 

「……アガ!?」

 

 全員が身構える中、アサシンは突如苦悶の唸りをあげる。膝をつき、頭を押さえ、息も荒く。まるで、ひどい頭痛に見舞われて、いてもたってもいられないといったように。

 

「クそが…! 催促しテきやガッてあノ女ァ!!」

 

 虚空に向かって吠えるアサシンは、息の荒いままナイフを構える。理由は分からないが、焦っている気配をニュクスは感じ取っていた。

 

「なんだか知らないけれど、あの男、さっきまでとは感じが違う…。気をつけて」

 

「……!」

 

 ニュクスが注意を呼びかけた瞬間、ほぼ同時にアサシンはナイフを投擲する。両手から放たれたそれらは、それぞれ暗夜兵を狙ったものだった。狙われた男性兵と女性兵は警戒こそしていたが、王族臣下達やニュクスに比べればその反応速度はかなり遅い。気付いた時には既に避けきれない位置までナイフは迫っている。

 

「ちっ!」

 

 しかし、それらをミシェイル、ハロルドが斧を投げる事でナイフを弾くが、アサシンはナイフの投擲と同時に守りの薄くなったニュクスへと切迫していた。

 剣による刺突をニュクスは魔道書を盾にする形でギリギリ逸らすが、魔道書に裂け目が刻まれ、深く切り込みが入ってしまい、これでは使い物にならない。

 

「くっ…! きゃ!?」

 

 魔道書が駄目になったと見るや、ニュクスは魔道書をアサシンに向けて投げつけようとするが、アサシンは剣を突き出したまま、引かずにそのまま蹴りをニュクスの腹へ打ち込んだ。軽く吹っ飛んだところをゼロが受け止めるが、ダメージは少し大きいようで、ニュクスは口から血を吐き出す。

 

「ケホッゴホッ! …女のお腹を蹴るなんて、男の風上にもおけないわね」

 

 強がるニュクスだが、予備の魔道書は持っておらず、事実上の攻撃手段を奪われた形になる。アサシンにとっては厄介な炎の障壁も、これで使用不可能となった訳だ。

 

「出来レば、アと数人は殺シタいとこロだガ、時間切レが近イものデな。簡単ナ奴だケデモ殺しテおくカ」

 

 アサシンは再びナイフを両手に構えると、それぞれ角度と力加減を変えて、更にタイミングをズラして投擲する。一つ砦の天井に。そしてもう一つは、天井に当たって落ちてきたナイフへ。ナイフによって弾かれたナイフは、ミシェイル達の頭上を越え、一番後ろで怯えていた暗夜兵へと飛んでいく。

 

「あ゛が…」

 

 それは恐ろしいまでに綺麗にその暗夜兵の喉へとズブリと刺し込まれ、声にならない声が、その口から漏れ出していた。

 

「ひ…!?」

 

「な、な……!?」

 

 生き残った仲間の首にナイフが生えた様に、他の2人の暗夜兵は顔を青くして目を反らす。グロテスクでショッキング。そうとしか言い表せないその姿。口からは泡と血が混ざりながら吹き出され、ビクビクと痙攣しているせいで、それらが地面へとポタポタと飛び散っている。

 

「ひ、ヒヒひ。きひヒ!」

 

 ノーガードだった暗夜兵をまんまと殺し、アサシンは歓喜の笑いを零す。それとは対照的に、ミシェイルやハロルドは、せっかく共に闘い抜いた暗夜兵をアッサリと殺され、言い知れぬ感情に支配されていた。元々は、見殺しも視野に入れたこの加勢であったが、それでも助けた者を目の前で殺されるのは、堪えるものがあった。

 

「くそ!!!!」

 

 ミシェイルは投げる事に重点をおいた手斧ではない、本来の得物である大きな鋼の斧を担いでアサシンへと突進するが、アサシンはミシェイルの攻撃をすらりとかわし、

 

「そろソロお役目終了ダ。今度会っタら、存分に殺シ合おウや」

 

 それだけを言い残して、アサシンは泡が弾けるごとく、その気配が一瞬にして消え去った。殺気は完全に霧散し、重苦しい空気も消えている。

 

「…どうやら逃げたようね。どうやったのかは知らないけど、呪いの気配が瞬く間に消え去ったわ。それこそ、“最初から何も無かったように”消えてしまった」

 

 ニュクスが周囲を確認しながら呟くように言う。生き延びれた。しかし、アサシンを逃がし、せっかくの助けた暗夜兵を1人殺されてしまった。どうしようもない敗北感が、その場に漂っていた。結局のところ、アサシンに良いようにかき回されて、ニュクスは魔道書を、ミシェイル達は仲間を1人殺されるという、決して良いとは言えない結果が残ったのである。

 

 ただただ重い空気が充満する。ハロルドなどは、殺された暗夜兵を前に、涙を流して跪いていた。救えたと思ったのに、最後の最後で救えなかった。正義の味方であるハロルドにとって、それはとても辛い現実だろう。そして、決して浅くない傷を、ハロルドのみならず、その場の全員が心に刻み込まれたのである。

 

 

 謎を残して、アサシンは消え去った。再びの邂逅と闘いを匂わせて、闇へと紛れて、暗殺者は姿を消した。

 

 




 
「ベロアの『くん…ジジ……ルーアワ…ジジジ……」







《知られざる記録》

 アサシンは黒竜砦を見下ろせる崖の上、もう1人の元へと戻っていた。そもそも、彼を呼び戻したのも彼女であったからだ。

「オイ、どウして止メやガッタ。イイとコロだッタッてのニヨ」

 帰還早々、ぶつくさと文句を垂れるアサシンに、『女』は笑顔を崩す事なく答える。

「あのまま闘っていれば、後続の王族臣下達が合流していました。流石にあなた1人では勝ち目は無かったでしょうから」

「チッ…そリャどーモ」

「そろそろ頃合いでしょう。白夜と暗夜、双方の憎しみは十分煽る事も出来たのですから。まあ、王族臣下達と一戦交えた事はあまりよろしくはありませんが」

 それでも、彼女は笑顔を崩さない。本来なら、王族臣下達との闘いは避けるべきだった。しかし、それを推してでも彼を闘わせたのは、現状での王族臣下の実力を計るため。だから、彼女は笑顔を崩さない。それなりの結果は得られたからだ。

「あンタが直接出れバ早いノニな。自分よリ弱い俺ヲ行カせる辺リ、アんたモ人ガ悪いゼ。『竜の血』を賜っタ連中ハこれダカら困ルンだ。いつモ下ノ連中をこき使ウカらな」

「あらあら。それなら、あなたも早くそれに見合う働きを『あの方』にお見せするのですね」

 女のからかうような言葉に、アサシンは拗ねるようにさっさと帰還を開始する。女もその後に続こうとするが、一度だけ振り返り、下に見える黒竜砦を見つめる。

「うふふ…やっぱり、スサノオは『あの方』にそっくり…また、会いましょう。今度は、直接……」

 名残惜しそうに、女は崖を後にする。黒竜砦に混乱だけを残して、姿の見えざる彼女らは、城へと帰還するのだった。



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